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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜戦果と報酬〜


「これで任務達成ですわ」
 白鳥瑞科(しらとり・みずか)はにっこりと微笑を浮かべた後、泥とむせ返るような濃い木々のにおいをかき分けるようにして、山を下りた。
 途中、周囲には無数の敵の屍が山と積み上げられ、彼女の戦果が山肌に刻み込まれていた。
 それなのに、瑞科の方は、疲れなど微塵も感じさせていなかった。
 服はどこも乱れておらず、しわひとつ見当たらない。
 十字架を模した剣は、戦闘の中で敵の血にぬれていたが、瑞科はそれも持っていた布でていねいに拭い落としている。
 来たときと何ら変わらない姿で、瑞科は山のふもとから、近くの村へと歩いて行く。
 口元にはあきれと多少の不満がただよっている。
 村の入り口で山の頂上を振り返ると、瑞科はふっと薔薇色の吐息をこぼした。
「次はもう少し、手ごたえがあるとよろしいのですが…」
 自分の所属する教会の部隊に致命傷を与えた敵に対して、彼女はいつもと同じ感想を述べた。
 彼女の艶やかな髪を隠すヴェールがはらりとそよ風に吹かれ、帰還を促す。
 これ以上ここにいてもどうしようもないので、瑞科は早々に自分の所属する場所へと戻って行った。
 
 
 
「教会」に帰還してすぐ、彼女は上官の神父の許へ報告に行った。
 それが終わるまでが彼女の任務なのだ。
 コンコン、と軽くノックすると、ドアの向こうから少々驚いたような声が入室を許可した。
「白鳥瑞科、ただいま帰還いたしました」
 ブーツのかかとをそろえてまっすぐに立ち、瑞科は普段と変わらぬ静かな表情で上官を見返した。
 上官はやや落ち着かなげに咳払いをした。
「よくやった。だが、ずいぶんと早い帰還だったな。敵は確かに、我々の精鋭を瀕死に追い込んだはずなのだが…」
「楽な任務でしたわ」
 事もなげに、瑞科はさらりと言ってのけた。
 すると上官もやれやれというように肩をすくめ、机の上で指を組んだ。
「君にかかると、どんな任務でも簡単すぎるようだ」
「いいえ、そんなことはありませんわ。わたくしは、常に油断してはおりません」
「心構えのことを言っているのではない。事実を述べているまでだよ」
 ゆるやかに否定してから、上官は再度瑞科にねぎらいの言葉をかけた。
「今回の件は本当によくやった。あの部隊は精鋭部隊だった。それもまぎれもない事実だ。そんな彼らを命からがら追い返したモノたちを、たった1時間で殲滅することができるのは、君が特に優秀だからだ。誇りに思う」
「ありがとうございます」
 ふわりとお辞儀をし、瑞科は花が開くように笑った。
 それを見て、神父も満足そうにうなずいた。
「次も頼む」
「承知いたしました」
 瑞科はもう一度一礼すると、その部屋を出て行った。
 そのときようやく、彼女の表情から戦いへの緊張感が消えた。
 これで今回の任務は終わったのだった。
 
 
 
 翌日、彼女は一枚の通知を受け取った。
 それは彼女に休暇を与えるというめずらしい許可書だった。
 瑞科が出動する機会は非常に多く、彼女なくしてこの組織は成り立たないとまで言われているくらいなのだ。
 そんな彼女が休暇をもらえるなど、めったにないことなのである。
 それだけ、今回の任務は、「教会」にとって重大なものだったということだ。
 瑞科は許可書を見つめながら、困ったように笑みを浮かべた。
「本当に楽な任務でしたのに…」
 だが、休暇は休暇だ。
 一日部屋でのんびりしようと、外出しようと、同じ休みには変わりない。
 彼女は自分の部屋の中を見回した。
 きれいに整頓され、ほんの少しだけ女の子らしい小物で飾られた、さほど広くない部屋だったが、彼女にとっては自分の城だ。
 その一角にある木製のクローゼットに目をやり、ふふ、とかすかに笑みを浮かべる。
「そろそろ本格的な夏ですわね…せっかくいただいた休暇ですもの。かわいらしい夏服でも、買いに行きましょうか」
 戦乙女と呼ばれる彼女も、年頃の女の子なのだ。
 明日の休暇の予定に心を躍らせ、瑞科は大切な許可書を、明日持って行くつもりのバッグの中に、そっとしまったのだった。
 
 
 〜END〜