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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


+ LOST・最終章【後編】―突入― +



―― ドォォォォォォンッ!!


 それは地鳴りがするような衝撃。
 武彦が滑り込むように角に身を隠した途端起こった爆発音。轟音に耳を塞ぎながら事が収まるまで身を伏せたりして身体を庇う。
 パラパラ、と天井から欠けたくずが降り注ぎ、皆の身体に当たる。


「こんばんわぁー、草間武彦さんとそのご一行さまぁ」


 やがて間延びした男の声が聞こえ、各々自身の武器を構えた。声には聞き覚えがある。先日調査に入った幹部の男の部屋で入手したCD-ROMの中で付与術師を殺したメットの男の声だった。


「上司命令によりぃー、抹殺させて頂きたいと思いまぁす。……と、言うわけで出てこいや?」


 タタタタタッ、と多数の人間らしいものの足音が聞こえる。
 男の他にも敵が集結している事は間違いない。次に待っているのは確実なる戦闘。それも武彦と零が襲われた時以上の、だ。
 遠くで非常事態を知らせるサイレンの音が聞こえ始めた。同時にアナウンスが流れる。


『緊急事態発生、直ちに作業を停止し敷地の外へと避難して下さい。繰り返します。非常事態発生に付き直ちに――』


 それにより多くの人間が動き、ざわめく声が外から聞こえてきた。
 誘導を促す声が聞こえ、人々が恐怖を感じながら外へと逃げ出し始めている事が分かる。一般従業員を巻き込まないよう――決してこれから行われる「抹殺」を邪魔しないようにと配慮されていて。
 研究所内にも残っていたらしい一般の研究者達が動く気配が聞こえた。しかし「非常階段は爆発事故により使えません! こちらへ!」と武彦達が隠れている角の場所でも聞こえる大きな声で誘導している。一般人を隔離し、思う存分暴れる気である事は間違いない。

 
 ―― ごくりと唾を飲み込む。
 その音すら今は生々しく皆の耳に届いた。



■■■■■



『皆、悪いけど俺今からレーダーの役割放棄する! リミット解除はしないけどもう思考じゃ通じ合えないからごめん!』


 最初に動いたのは勇太。
 皆が同意する前に既に彼は臨戦態勢を取る為、すぅっと息を吸い今まで感覚だけの視界で周囲の動向を見ていた彼はやがていつもの色の付いた世界へと視界を切り替える。戻ってきた世界ではやはり男が呼びかけてくる声は続いており、彼はまず手を握ったり開いたりして精神と肉体の結び付きの感覚を確かめた。リミットを解除したままゆえにかなり脳を酷使しているわけだが、彼は此処で倒れるわけにはいかないと気を引き締める。


「草間さん、零さん、今まで護ってくださって有難う。後は二人も思う存分戦って下さい」
「戻ったか」
「……了解です。私は戦闘体勢に入ります」
「これは逃走しても危険そうですので、俺は出来る限りの援護をします。すみませんが、近くの事務室まで誰か一緒に付いてきて欲しいので――零、頼んでいいか」
「はい、祐樹さん分かりました」


 祐樹は早速パソコンを取り出し、皆にその存在を見せる。
 彼の武器はそのパソコン。先程ウィルスを流した事などを思えばこれから先来るであろう増援などを止めるためにそれを使う事を決意していた。頼まれた零は素直に頷き返し、すぅっと息を吸うと怨霊を呼ぶ準備を始めた。空気が変わる。元々冷えていた外気だが、それよりももっと冷たい――霊特有の冷たさが周囲を覆い始めた。


「今回ばかりは回避は難しそうですわね。相手も本気で掛かってくるのでしたら遠慮なく向かわせて頂きますわ。返り討ちにさせていただきましょう」
「うちは皆が戦闘すんねんやったら補助行くで。逃走する人いんねんやったらそっち優先するけど。ああ、人数足りなさそうやったら祐樹さんと零さんの方行く。防御や魔法、隠形の術掛けたら戦闘から遠ざけれるやろうし。ハスロ夫妻はどないすんの?」
「私は迎え撃ちます。先程の一件もありますし、出来るだけ早く事を終わらせましょう。正直仲間を呼ばれる前にカタを付けたいのが本音です。捕縛も考えましたが、そう簡単に上手くいく相手だとは思えません」
「それには同意よ。私も夫と同じで……むしろヴィルに怪我を負わせた輩の仲間と言う事で怒りが――っ、皆ちょっと待って、なんだか英里ちゃんの様子が可笑しいわ!」
「英里!!」
「ぅ、うあ……」


 朱里が腕の中で護っていた彼女がカタカタと小刻みに震え始める。
 戦闘における精神の過剰緊張状態というべきものが彼女を苛んでおり、落ち着こうとしても上手くいかない。何度か朱里が彼女の背をさすって安定を図ろうとするもそれも……。やがて朱里は彼女から漏れる妖力の動きに気付くとはっと意識をこの場にいる全員に向け、そして素早く符を投げて皆を守護した。
 それは妖力が安定していない英里の対する保護符であり、これによって符で護られている限りは危害が及ばないはずだ。特に機械系を持っている祐樹には念入りにもう一枚投げておいた。


「そろそろ出てきてくださいませんかねぇ? 俺も気ぃ短くねーんでー」


 ―― バリンッ!!
 瞬間、銃器が構えられ、威嚇射撃が行われる。


「ひぃっ! や、やだ、怖い、のだ」


 窓ガラスが一枚破られる音。飛んできた破片を見て英里の怯えが更に加速する。
 そして彼女の緊張状態が限界を超えたその瞬間――。


「うわっ!」
「きゃぁああ!」
「なんだ、いきなりレーダーが誤作動をっ」
「『K』、電流が走ってショートしました!」


 広範囲で英里の妖力の暴走が始まり、味方敵問わず攻撃を開始した。自動標準装置を乗せていた敵側の銃器が急に壊れ始め、一部使い物になっていくのを感じ取る。他にも生体反応を見るための装置など持ってきていた者にも危害は及び、感電した手から機械を落とし痺れた手を震わせる。こうなってしまえば防犯カメラも役に立たない。バンバンバンッ! と連続した音が響き、カメラが壊れていく。


「よっしゃ、今のうちに祐樹さんと零さん行くで!!」
「はい!」
「了解しました」
「零さんは後方から祐樹さん守護な、うち今回は前に出てるから!」


 セレシュは自分の手の中に愛用の剣を取り出し携える。
 混乱状態に陥っている敵側の動揺を突くと、三人は駆け出した。だが、その気配を感じ取れないほど相手も馬鹿ではない。壊れていく機械に囲まれながらも、ある人物が銃を構える。――そうあのメットの男が。


「何でもかんでも機械に頼ってるからそうなるってーの。やっぱ最後には――自分の腕っしょ」


 彼が所持しているのはシンプルな銃器のみ。
 メットの下でくひっと笑う声がしたかと思えば三人に目掛けて銃弾を放った。だが、それに気付いたセレシュが振り返り、素早く障壁を張る事で回避。零と祐樹に先に行くよう指示を出しつつ、彼女もまた追って来る敵勢を睨みつけながら多くの魔法を足止め用に掛けていった。


「よし、三人を行かせるぞ!!」
「分かってます! ここから先は通させません!」
「悪いけど夫に怪我を負わせた報いくらいは取って貰うわよ」
「遠慮という言葉など今は無用のようですわ。……思う存分後悔して頂きましょう」


 武彦とヴィルヘルムが慣れた兵士の動きで前線へと駆け出す。その妻、弥生は後方から魔法を飛ばしうろたえている敵勢を削りに掛かった。自分達には朱里が投げてくれた符があるため英里の気による影響はないが、それでも完全ではない。符が活動を停止、もしくは相手に術を破られてしまえば事は止まってしまう。
 アリスもまた己の魔眼を使用する為に前へ。
 勇太は鈍痛のする頭を抱えながらも一先ず戦闘は置いておき、まずは敵の数、位置、そして所持武器を探りに掛かった。


「英里、落ち着いてください、英里!」
「やだ、……あの男、の、あ……ぁ」
「――っ、英里。ちょっと失礼しますよ」


 未だに震え続けている英里を抱きしめ、戦闘開始された非常階段付近をちらっと見やった後、朱里は誰にも見られない事を確認してからそっと英里へと口付けを落とす。
 それは温かな温度。柔らかな感触。
 英里は一瞬にして目を大きく見開き、そして頭の中が真っ白になるのを感じた。接触していた時間は僅か。それでも英里から緊張を抜かすには充分な時間で、こんな状況にも関わらず彼女はかぁああっと顔を赤らめた後、やっと落ち着きを取り戻し始めた。
 本能的に過剰防衛に走っていた英里の気が静まり始めると、機械達が壊れる速度も収まる。


「私は今回前へ行きます。英里には私が持っている符を全部渡しますからこれを使って自分の身は自分で護りなさい」
「え、あ、朱里!! 今のは――っ」
「口付けの意味を考えるのは後で。今は戦闘に集中です、良いですね!」


 英里の問いに素早くそう言い切ると朱里もまた戦闘体勢へと入り、駆け出す。
 残された英里は己の唇に手を当て、けれど今は集中集中と自己暗示を掛けながら首を振り彼女は持参していたトランクを開く。中からは守護特化と治癒特化の妖力で操る絡繰り人形を召喚し、こくっと唾を飲んだ。
 勇太が目を伏せ敵勢を探っている間に自分と彼へと保護符を投げ、いつでも応戦出来るように先程とは別の種類の緊張を走らせる。それは恐怖ではなく、立ち向かう勇気だ。


「ふむ、二人術師がおる。能力までは分からないが……」
「皆!! 敵の数はメットの男合わせて十四人、それから敵の位置は正面に八人、上から四人、事務室の方から二人来ます!! 基本的には銃器系を持っているみたいですけど、英里さんの情報では能力者の中には術師が二人! 他は分かりません!」
「「「 了解! 」」」
「――え、待った! 今一人増え……って俺達の後ろ!!」
「――っ!? 誰だ!」


 勇太と英里が素早く後方へと視軸を変える。
 そこには影を纏った一人の青年。次第に彼らの方へと足を進めれば足元から次第に姿を現し、そしてその全貌を明らかにする。金の長い髪に青い瞳を持つ美麗な青年が一人現れ、彼らへと笑みを浮かべる。だがそれは決して心からのものではなく作り笑いだと察した感応能力持ちの二人はぞくりと背筋に何か凍るようなものを感じた。
 しかし青年はそんな二人の反応など意に関せず。


「ふん。たまたま手に入れた呪具を少し気にかけていたら……武彦も相変わらずな男だ」
「武彦、って」
「草間さんの知り合いか?」
「ああ、知り合いだな。今回の一件――これを手にしたので探っていた」
「とるこ石のすとらっぷ!!」
「知っているなら話は早い。武彦! 俺も動くぞ」
「海浬!? 何故お前が!」
「説明はこの危機を遠ざけてから行う。今はそいつらをどうにかした方が良さそうだな。俺は上から来るという奴らを迎え撃つ」
「頼んだ!」


 現れた青年の名は蒼王 海浬(そうおう かいり)。
 武彦が彼を味方と認めた事で全員がほっと安堵の息を吐き出す。しかし戦闘はまだ続いている。勇太はサーチを終えると自分もまた戦闘に参加するため前へと駆け出し、彼は海浬を追い掛け階段を上る。頭の痛みが視界を鈍らせるがそれでも戦い抜くまでは倒れるものかと気力を奮い立たせて。


「きゃぁあああああ! ひ、ひぎぃ、ぃ……」
「さあ、石像になりなさい。貴方の罪はそれで悔い改められますわ――生きていれば」
「くっ、魔眼使いか! 今障壁結界を張る!」
「その前に落ちて下さい。面倒なんですよ、その能力」


 アリスが魔眼を使って石化させた敵を壁にしつつ、朱里が能力者もとい術師の一人に向かって駆け出す。
 鋭く爪を伸ばしその手から繰り出す攻撃で敵を叩き落していく。特に術師には後ほどの事を考え決して能力を使用出来ないよう、アリスに改めて石化させて貰うように頼んでから徹底的に潰す。力任せの戦闘といっても過言ではない戦い方に、普段の朱里からは見えない過激さを見て唖然とした表情が思わず浮かぶ。それに応えるように朱里は拳を作りながらにっこりと笑んだ。


「何ですか、皆さん。本来、私はパワーファイターですけど?」


 意外さを目の当たりにした皆はその言葉に息を飲んだ。
 彼は爪を伸ばし、既に役立たずとなった銃を持ち抗う構成員達へと攻撃を繰り出す。その人並みはずれた力は多大で、銃で防御に走っても繰り出された衝撃には耐えられず壁に叩き付けられてまた一人崩れ落ちた。


「こっちも負けていられないな。……――さて、そのメットはそろそろ外しても良いんじゃないか。『K』」
「えー、顔見せるのやだなぁーシャイなんでー」
「その口調も苛立つから止めろ」
「そうですか。……とりあえず、草間 武彦。記憶を取り戻したようだな。あのまま死の眠りへと至ればよかったものを」
「やっぱりあの時居たのはお前か!!」
「はは、単独で動いた事がばれちゃまずいので色々させて貰いましたけどね」
「お前が元凶か――! 全てを付与術師に負わせて切ったのも」
「下っ端がお前と接触した情報は大いに役立ったが……復讐に失敗したのは痛かったな。しかしそっちにも中々良い能力者が居るじゃないか。一人分けて欲しいくらいだ」


 男はそう言いながらバイクメットを外す。
 軽かった口調はある程度丁寧な物へと変わり、印象も変わる。だがその下から現れた顔は間違いなく依頼主の男と一緒に行ったあの空き家に現れた男の顔そのもの。間違いない。『K』=バイクの男である事を確信し、武彦は銃を二丁構えた。その後ろでは弥生がいつでも武彦をサポート出来る様に術の発動を唱える。セレシュから貰った魔力貯蔵石を握り締め、攻撃魔法の威力を高めていた。
 繋がっていく情報と情報。
 バイクメットの男が『K』であると言うのならば、その上には更なる上司が存在する事になる。情報の上塗りによって改竄されていく真実。彼らの上に立つのは能力者か、それとも権力者か。


「悪いが、そちらの人間には全員に死んでもらおう。――楽しませろよぉ?」


 くひっ、と喉を鳴らす笑い声。
 殺戮快楽主義者の笑みが気味の悪さを演出し、そして彼は『変異』する。バイクスーツを圧迫するほど肉体が盛り上がり、その下には筋肉増強と共に肌を覆う獣の毛。手もまた鋭い爪を携えた獣の手へと変化し、顔付きも毛深くなると同時に形を変えていく。その顔立ちは狼。身体は人間。出来上がったのは二メートルほどもある肉体戦闘特化した獣人の姿で。


「こいつの正体ってライカンスロープ!?」
「ちっ、戦闘能力を上げやがった。来るぞ」
「銀の銃弾に入れ替えて撃ちます!」


 弥生が叫び、武彦が合図する。
 ヴィルヘルムは手早く銀のスロットへと入れ替え銃弾を装填すると同様に構えた。だがその構えが終わる前に獣はヴィルヘルムへと襲い掛かる。今までとは比べ物にならない速度で風が動き、そして対象となったヴィルヘルムの武器をなぎ払い手から叩き落し銃を飛ばした。


「ヴィル! ……撃つわ!」


 弥生が今まで溜め込んでいた魔力を一気に放出し、それを炎の鳥に変え男へと放つ。
 夫を巻き込みかねない攻撃ではあったが、それでも躊躇ってはいられない。だがヴィルヘルムは弥生の声に応えるように床をタンッ! と強く蹴り上げ自分の身体を後方へと下げた。それにより男は一人孤立し。


「っ、――!! 熱いなぁ、……燃やしてくれるじゃないか。そこの女ぁあ!!」


 炎を身に纏った獣人はヴィルヘルムから弥生へと瞳を向ける。
 そこに宿っていたのはぎらぎらとした獲物を見る目。殺意と言う感情を超越した怒り。彼は感応能力持ちではないがゆえに術に対する反応は他者より鈍い。燃え盛る炎を消すため壁に身体を擦り付けてから彼は獣の顔で笑う。その様子はグルルッ、と口端から興奮の唾液を零し床を濡らした。
 ヴィルヘルムはその間に瞬時に移動し、飛ばされたばかりの銃を拾い上げ爪によって切り裂かれた手の傷の痛みを堪えながら撃ち放つ。このままでは妻が危ないと判断した上での的確な判断である。
 ダンダンッ!! と二発の銃弾が獣の背に撃ち込まれる。その瞬間、食い込んだ銃から煙が吹き上がり、男は絶叫の声を上げた。


「グォォオオオオオッ!! 男、貴様ぁああああ!!」
「悪いがお前相手には一対一は不利だ。攻めさせてもらうぞ」
「グッ、グゥァ、アアアア!」


 武彦もまた銃弾を撃ち出し、出来るだけ頭部を狙う。
 しかしそこは敵も馬鹿ではない。いくら獣の頭とはいえその本来の思考は人間並。両腕で頭部を庇って銃弾を防ぐ。弥生も今度は足止めの為に男の傍の床に氷属性の魔法を放つ。足元から氷が男の足を覆い付くし、そして分厚く固められたそれは男が暴れるたびに欠片を剥がすがそれでも制止に至る。


「ヴィル! 草間さん! 今よ、狙って!!」
「弥生さんはこっちで護る!」


 英里が弥生の傍まで人形と共に駆け、符を何枚か使用しさらに人形仕様により安全対策として防護専念する。
 それを視界の端に見とめた二人は瞬き程度の合図で息を合わせ、そして武彦は男の後ろを取るとその腕を下ろさせるために肩部を何度か撃ち抜いた。滴り落ちていく血は人間同様赤い。毛に覆われている分落ちる流れは遅いが、それでも充分な出血量である。
 やがて肩骨を砕くような音が聞こえ、またしても獣の咆哮が上がった。そして腕が下がる!


「落ちて下さい――っ!!」


 その隙を狙っていたヴィルヘルムは頭部を銀の銃弾で射抜き、男は――『K』はグルルッ……と喉を鳴らす。ゆらり、とヴィルヘルムの方へと振り返り、その目に殺意を抱かせるも……眼球が上を向きそのままその巨体は崩れ落ちる。血と共に脳髄も壁や床に飛び散り、醜いそれに女性陣が顔を背けた。だが英里を脅かしていた『狂気』はもう、無い。


「貴方、手に怪我を! ああ、それにやっぱり私の魔法も受けていたのね。火傷も増えてるわ」
「火傷は炙られて赤くなった程度だよ。それよりもまだ敵が残っている! そっちを先に!」
「怪我人は私の人形で治せる、こっちに来てくれ」
「ヴィル! お願い、治癒を受けて!」
「ヴィルヘルム、この先何があるか分からん。先に治癒を受けてろ。俺はアリスと朱里のところへと応戦に行く」


 ここで下手に戦力を失わせるよりも治癒を優先させた方が良いと判断を下し、武彦は英里とその隣の人形を指差す。そして彼は朱里とアリスが戦っている場へと身を投じた。
 ヴィルヘルムは握っていた銃をゆっくりと下ろし、そして英里と妻である弥生の傍へと寄る。弥生は素早く夫の手や身体を眺め見て、その怪我の多さに顔を歪めた。今すぐ抱きしめたい心地に駆られるがそれは出来ない。手には『K』が付けた爪の裂傷、それに加えて身体全体には第二工場で負った傷が残っている。
 英里の人形が齎す治癒特化能力をフルに使っても恐らく時間的問題で完治には至らない。それでもヴィルヘルムは最低限の応急処置として彼女の人形に頼った。


「朱里さんが結構暴れてくださったので助かっておりますわ。……さて残り三名ってところですわね。その内能力者はあと一名。どうされるおつもりでしょう」
「さあ、私はもう突っ走るのみですので」
「では先に同士討ちを狙わせましょう。草間さん、朱里さん、暫し待機を。わたくしが危なくなったらサポートをお願いします」


 石化させた構成員を遠慮なく盾に使い潜みながら三人は即座に判断を下す。
 向こうも防弾用の諸々を持っているため重厚な装備であるにも関わらず、それでも手早く片付けていくアリスと朱里の動きに武彦も内心能力値の高さを認めざるを得ない。
 そしてアリスは前へと出た。


「わたくしの目を見て。さあ、貴方達の敵はその後ろの能力者――」
「敵を見るな! 私の声に従え! もう一度繰り返す。『敵を見るな』『私の声に従え』『お前達は私の人形達だ』」
「暗示か!?」
「どちらかというと言霊使いに近いかもしれません。と、なるとアリスさんが危ない!!」


 朱里は飛び出し、アリスの前に立つ。
 瞬間、鈍器を持った敵が襲い掛かってきて朱里へと振り下ろした。これには回避を捨てた朱里もダメージを重たく受け止める。だが彼は肩に落ちたそれを握り締めると、ぎりっ……と力を込める。
 メキメキメキッ、と音を立て鈍器が指の形に歪んでいくのが目に見え、朱里の込めている力の恐ろしさを知った敵は一瞬ひくっと反応するも、目が虚ろな状態のまま改めて振り下ろそうと動く。だがしかしそれを許す朱里ではない。瞬時にもう一方の腕を振るい、腹部に拳を叩き込めばそのまま構成員は崩れ落ちた。強化されているならともかく、一般構成員ならば彼の拳に耐えられるわけが無い。
 内臓破裂か、それとも死か。いずれにせよ手加減の出来なかった状態で食らわされ、相手は戦闘不能に陥った。
 更に武彦もまた銃弾をもう一人の構成員に連続で撃ち込み、戦闘不能へと追いやる。これで残りは術者一人のみ。怯んだ術者の前にアリスは素早く駆け、そして術者は現れた彼女の姿を思わず見てしまった。


「貴方はわたくしの魔眼を恐れていらっしゃるようですけど、それでも強制的に見せますわ」
「――っ! ぁ、ぁああ……ぁ゛、あ゛……!」
「さようなら、あの世で他の方と出会える事を祈っておきますわ」


 魔眼を利用し、石化させた術者を見ながらアリスは妖艶な笑みを零す。
 これが彼女好みの石像だったら嬉しかっただろうが、生憎と不細工な顔ゆえに興味は浮かず。


「皆、奥に入って! 今祐樹さんがシャッター下ろすで!」
「了解!!」
「移動なのだな」
「敵をこれ以上増やさんよう研究所自体を封鎖すんねんって。あと偽の情報流す言うてんよ」


 扉から顔を出し、セレシュが現在の祐樹の状態を教える。
 朱里は移動途中に石像を徹底的に潰しながら奥へと進む。アリスも今まで追ってきていたバイクメットの男を最後に石化させ、朱里は英里を怯えさせたその男の石像を力いっぱい殴り付け他の石像よりも粉々にした。その拳一発一発にはそれはもう怒気を込めて。
 そして皆は事務室へと一旦集合すると怪我人の治療へと当たる。武彦だけは事務室側から来ていると言われていた敵を駆逐するため外へと駆けて行く。


「朱里、肩を治す!」
「お願いします」
「夫妻もやで。ほれ、見せてみ」
「私より先にヴィルをお願い!」
「いえ、弥生を優先で」
「どっちも治すから早うし!」
「わたくしは待機ですわね。祐樹さん、ここのデータを読み取って今現在適当な幹部とかいらっしゃるか把握出来ます? やはり団体を潰すには頭を徹底的に潰しませんといけませんもの」
「俺もそう思う。今別のパソコン弄ってデータ探してるんだ。結構……うん、酷いよ。この組織がやってる事。盗難に偽装は予想範囲内だったけど、それに更に人体実験もどきをしてる。――それにこれ見て」


 祐樹がある一台のパソコンのモニターを指差し、画面をスクロールする。
 それは顔写真付きの団体の構成員リスト。しかし彼が見せた画面には今まで皆が知りえなかった事が新たに出現していた。
 写真の上に浮かび上がる×と「LOST」の文字。その顔は先程武彦達が倒したばかりの構成員達の顔で――。


「リタルタイムで更新されているんだ、このリスト。つまり凄く考えたくないけど……」
「全団体員の生死を把握出来る能力を持っている敵がいるって事?」
「いや、それとも頭に機械を埋め込んでいたとか」
「どっちにしても気味悪いで。ホラーじみてて嫌やわ」
「あ、また一人増えた」
「――ホンマ、どないせいっちゅーねん」
「とりあえず武彦さんが戻ってくるのを待ちましょう。それまでは怪我の治癒と此処の防衛に専念してください」
「よっしゃ、うちも手伝える事は手伝う!」
「あ、そう言えば第二工場の方に何があったのか気になるの。それも調べられたらお願いして良いかしら?」
「私もそれ気に掛かっていたんですよね。あそこに能力者が居たって事は何か隠されている可能性が高いでしょうし」
「もちろん探ってますよ。コンピューター関係ではありますけど」


 弥生と朱里の言葉に祐樹が応える。
 彼は今己が持ってきたパソコンも使い、周囲のパソコンをフル活動させこの敷地内の情報を操ったり、先程ウィルスを仕込んできた第一工場の製造ラインをストップさせたりと大忙しである。能力での足止めも大事ではあるが、こうした裏側からのサポートも非常に強く頼りになるものだ。
 祐樹はパソコンを叩いていた指を止め、ふぅと息を吐く。


「よし、研究所は完全封鎖完了。此処には一切入らないように情報も流しておいたから暫くは外部からは来ないと思う。内部はともかく、ね」
「それが厄介やけどな。なんや依頼人の奥さんの件もあるし、気ぃ引き締めていこか」


 治癒魔法を掛けたりデータを弄ったり、セレシュはセレシュで大忙しである。
 時が経つにつれて増えていく怪我人に苦々しい感情が浮かび、早く夜が明ければ良いと本気で願った。



■■■■■



 その頃、上から来ると言う敵を迎え撃ちに行った海浬と勇太は見事その敵と三階研究所廊下にて遭遇し戦闘に入っていた。相手と会話する隙など一切無く、二人の姿を見つけたその瞬間に、敵は銃弾を放ってきたのだ。
 それを勇太は素早くバリアを張り、攻撃を塞ぐ。リミッターを外している彼は自分でも己の能力がどれほど高まっているのか分からない。障壁は分厚く、決して銃弾を通りぬかせない。海浬はそんな勇太の能力を見抜きながら自分もまた行動を開始した。


「敵は四名。内、一名は能力者です!」
「分かった」
「気をつけて!」
「やれやれ、舐められたものだな」


 海浬はすたすたと何でもないかのように歩き出す。
 その度に銃弾が撃ち込まれるが、彼は自分の前に手を翳しそれを止めた。攻撃無効という能力を持つ彼に実弾での攻撃は無に等しい。ゆえに、彼が気を止めている敵は能力者ただ一人。一番奥にて指示を出している男だけだ。
 勇太も彼を追いかける。乱射した銃弾が自分の身体に当たりそうになると障壁を作り上げ、防護専念した。


「お前の能力、見抜かせてもらう」
「ひっ――」


 能力者すら圧倒する空気。
 纏う気配は神々しささえ感じられ、それが人間には畏怖すべき対象に映って見えるのである。美しき右の天色と左の矢車菊の青の瞳が能力者を捕らえた。
 途端、流れ込んでくる情報。能力は遮蔽、そして感応。攻撃能力は六大属性魔法。


「属性使いか。厄介な敵に当たったものだな――普通なら」
「『闇よ、彼の者の心を封じよ』!!」
「海浬さん、避けて!!」


 勇太は残りの三名に対して念をあわせ、そして念の槍<サイコシャベリン>を放つ。
 撃っても撃っても何故か痛みを感じないかのように立ち上がる構成員達のその様子に奇妙さを覚え、それでも撃ち放った。


「『不屈』を与えているな。肉体は限界を超えても尚、精神を無理やり奪い肉体を人形化させて操っているんだ」
「そんな――!」
「闇か、そんなもので俺の心は封じられない。俺は光に愛されている男だからな」
「効かない、だと……!?」
「悪いがお前の記憶、奪わせてもらう」


 海理はまた一歩能力者に近付く。
 幻覚を生み出し、それを能力者に見せれば攻撃など無力。相手は火を放ち、氷の矢で射抜き、風で切り裂き、床を揺らがせ……攻撃、攻撃の繰り返し。だがその全てをものともせず、海浬はそこに在った。彼の正体は異世界の太陽神。まさに神である存在に人の攻撃など通じるはずも無く――。
 そして彼の手が能力者の頭に掛かり、その瞬間対象は目を見開いた。


「う、がぁ、ぁああああ……!」
「お前の記憶を元に此処を潰させてもらう。今はただ眠れ。深く深く……」


 やがてバタバタと音を立てながら一般構成員達が倒れていく。
 能力が切れ、限界を達したためである。勇太もその時点で攻撃を止めると、彼はぜぇぜぇと荒い息を吐き出しながらじわりと浮いた汗を手の甲で拭った。リミッターを外しているせいか疲労が激しい。息がままならない感覚に苛まれ、今にも倒れそうなのを必死に留める。


 そもそも『研究所』という言葉は勇太は嫌いだ。
 かつて自分が超能力者持ちだったゆえに、幼い頃実験体扱いされた記憶がある為である。この場所はかつて居た研究所と重ねてしまい、呼吸が苦しい。ヒュー……ヒュー……と喉の奥が鳴る。明らかに過呼吸一歩手前に陥っている事が分かるがそれを上手く止める術を今の彼にはない。


「大丈夫か?」
「ぁ……」
「とりあえず下へと行こう。もうこいつらは起きないから」
「あ、……はい」
「敵の数はもうこれで終わりだな」
「……はい、探りま……っ!」


 ぐらりと身体が揺れる。
 感応能力を広げ、サーチしようとしたが勇太自身も限界が近く、疲労感が半端ではない。海浬はそっと勇太の身体を支えると、「探らなくていい」と一言だけ述べてから彼に肩を貸し、そして皆の元へと集うべく階下へと至った。



■■■■■



 そして一階事務室にて集った全員は海浬が能力者より吸い取った記憶を語りだす。
 その間、勇太は安静にするようにと部屋に置いてあったソファーに寝かされた。


「俺が読み取った能力者の記憶によるとそいつは団体に声を掛けられ、此処に来たらしい。そして此処に来たら自分と同じように特殊な能力を保持する人間……いや、人以外の者も存在しておりびっくりしていた記憶が残っているな。そして接触した者達にも話を聞いたところ大体が同じような答えが返ってきている」
「ふぅん。団体は能力者を開発してたっちゅーより集めておった方向やったんやね」
「しかし上の方の人材は違うようだ。ここを立ち上げた人物達はほぼ能力者のようでな。その顔は殆ど見ることはなかったみたいなんだ。いや、俺が下っ端に当たったせいかもしれない……例の『K』ならばもっと詳細に分かったかもしれんな」
「もう砕いてしまいましたわ。残骸から読み取れると言うのならお任せいたします」


 アリスは肩を竦めながら廊下の方へと視線を向ける。
 海浬は左右に頭を振るとパソコンを弄っている祐樹の方へと足を運び、話を続けた。


「男の記憶の中に一つ気に掛かる情報を見つけた。関係者情報だ。このパソコン借りるぞ」
「あ、はい」
「リストなんだが、実は細工がされているらしい。ここをこう弄って……ほら、パスワード画面に到達した」
「え。嘘だろ。こんなギミックがあったのか!」
「だがパスワードだけは抜けなかった。誰か探れるか」
「あ……じゃあ俺、例の『K』のところに行ってきて……」
「勇太君は寝ててちょうだい! それ以上精神を酷使すると危険よ!」
「でも……」
「そやで、脳に直接響いてるんやったら危険や」
「でも多分俺、この先役に立たなくなると思うんですよ……だったら、最後に、と思って」
「――……勇太君」


 勇太がふらりと立ち上がる。
 事実彼の顔色は真っ青に近い状態で、今にも気を飛ばしても可笑しくない。だがそれでもやると彼は言う。出来る事ならしておきたいとそう言って。
 彼を支えるためにヴィルヘルムが寄り添い、弥生もまた傍に寄って三人で『K』の元へと急ぐ。勇太が情報を読み取っている間に残りの面々は今後どうするかの話し合いへと至った。


「うちはここの研究所の方に魔術的なものがないか調べ、使えないように壊すで。例のトルコ石からの精気集積装置見つけたら逆流させて持ち主が元気になるようにしてみよかとも思っとる。後は――できたら付与術師も捕まえておきたいな。目的は知らんけど、誰彼かまわず巻き込むようなやり方は放っておけんわ」
「ああ、付与術師のほうだが、そいつらもスカウトのようだ。属している理由は様々という感じのようではあるが――、一致している点は支援目的だと記憶から読み取った」
「金がないと何も出来んってことかいな。世知辛いわー」
「死んだ付与術師も確か金目的じゃなかったか。私はそう記憶している」
「死んだ時の動画を見る限りではそうでしたね。あの付与術師曰く『小物作り』ばっかりさせられていたらしいですけど」
「だからと言うてあんな物騒なもん作ってたら駄目や駄目。今回の一件が今日で纏められるとは思てへんけど、せめて情報だけでも掴んで後でそいつら捕まえてそれなりの制裁加えさせてもらうで」


 セレシュは同じ付与術師として思うところが多々あり、此処に属する付与術師たちに対して明らかなる嫌悪を抱く。当然と言えば当然であり、彼女のその感情は全うな物だ。
 朱里と英里もうんうんと頷いて同意し、そして付与術師に関しては少々複雑な思いを抱く。


「私もこの組織の壊滅をメインに動きますわ。情報を頂いた後に動きます。具体的にはそうですわね……幹部クラス辺りから上へと連絡と取らせ、リーダー格の男と接触してみましょう。ここにそれに対応できる人材がいるのであればその人材を使いますわ」
「では俺はそれに付いて行こう。きっと芋蔓式に色んな情報が出てくるだろう。汚い世の中だしな」
「海浬さんでしたっけ。お願いいたしますわ。協力者は多い方は心強いですもの」
「例の……依頼人の妻だったか。そちらは俺は武彦達の判断に任せる。俺は見ていないし聞いてもいないという事で」
「了解した」


 アリスと海浬の意見を聞くと武彦は一回だけ深く頷く。
 そして祐樹の方へと向くと、視線で彼の意見を求めた。


「俺も正直ここの団体潰しておいた方が良いと。それも徹底的に、ですね。今出来る限りの情報をコピー中です。それを証拠としてしかるべき場所に提出し、あと関わっている権力者に関しても失脚を狙います。表舞台から引き摺り下ろさないとまた同じような団体が立ち上がりますからね。あと……」


 言葉を止め、祐樹は口篭る。
 だが決意を胸に抱くと彼は言った。


「例の依頼者の奥さんなんですが……俺としては助けてあげたいんですよね。反魂という生死の掟を覆して戻ってきた存在ですけど、彼女に対して何が行われていたのか現在探ってます。……実験データを拾い上げて……」
「何されてるか記録されとる?」
「薬物投与は間違いないです。セレシュさんが持ってきていた薬あるでしょう。あれ、一般人には依存性の高い麻薬で、能力者にとっては所持能力向上の効果が有るみたいです。その実験に……言い方は悪いんですけど『使われてた』みたいで」
「反魂の上に実験体か。ますます許せん組織やな」
「依存状態が抜ければ多分元の生活に戻れるとは思いますよ。ただ、それを現実問題としてどうしてあげるべきなのかが問題なんですよね。なんせ奥さん世間的には死んでいるわけですから」
「それは……、うん。複雑な問題なのだ」


 祐樹とセレシュの会話に英里が顔を顰める。
 彼女の心もまた判断に迷っており、意見がはっきりと纏まらないのだ。元より反魂は自然に逆らった術。ゆえに危険性も高いが、それでも依頼者の男を利用し、その見返りとして妻を蘇らせた事実はもう変えられない。彼女としては苦しみが少ない内に再び依頼人の妻を眠らせてしまうべきではないかとも思っているのだが、祐樹がパソコンから情報を見つけ出しもしかしたら助けられるかも、と言われてしまえば心は揺れる。


「ただいま戻りました」
「……一応読み取ってきました……そして俺、もう限界」
「勇太君しっかりして!」
「読み取ったもの、夫妻に記録してもらったんで……後、お願いします……」
「勇太君!」
「勇太さん!!」


 言い切った瞬間、ヴィルヘルムに肩を支えられていた勇太が完全に意識を飛ばしてしまう。ぐったりと脱力した身体をソファーに寝かせると、彼は深い精神の底へと潜った。
 先日肩に受けた銃弾の傷もそうだが、今回レーダー役を買って出てくれた負担が一番大きいのだろう。顔色は悪く、疲労しきった表情が痛々しい。
 ヴィルヘルムは勇太が読み取ったパスワード、それから関係者の情報を皆に開示する。
 その中には有名かつ好感度の高い政治家の名前も挙がってきており、言葉を失う。かつて偽装騒ぎによる失脚問題が有ったが、それでも懸命に国民に無罪を訴え続けて上り詰めてきた経歴を持つ男の名だった。
 失ったものを再び手に入れる――この団体の信念を形にしたような人物の存在が浮かび上がり、まさかの事態にアリスや海浬が顔を顰めた。


「『K』の立場としてはリーダー格の直下だったようです。上司が困る……つまり、政治家の方々が困ると言う意味だったのかもしれません」
「あと勇太君が読み取ってくれた事なんだけど、奥さんの場所も例のトルコ石が集めていた精気の収集場所が分かったわ」
「あと片桐 桂(かたぎり けい)なんですけど、完全に付与術師との仲介ですね。団体に属しておりませんし、あまり罪には問えないかもしれません」
「では片桐に関しては放置でも良いんじゃないか。私はそう思う」
「英里と同意見ですね。私もそこまで関わっても意味は無いと思いますよ。第二工場の事は何か読み取れましたか?」
「第二工場も教えてくれたよ。あそこの地下には多くの人が眠っているらしい」
「眠って?」
「信者や身寄りの無い人達が死んだ時、保管しておく場所らしい。……あまり言いたくない話だけど、構成員の中には既に戸籍の無い方々もいらっしゃるみたいだ」
「――!?」
「特に能力者が死んだ場合は、その…………能力について、色々と調べるために、……」
「あー、もうええわ。察したわ。蘇りも実験も沢山や。潰す、これに限るで」
「直接読み取った勇太君途中で気分が悪くなっちゃったみたいで、後で何か心のケアしなきゃいけないわね」


 弥生の最後の言葉に皆一様に今は眠っている勇太の方へと視線を向ける。
 勇太の感応能力はリミッターを外していたせいで恐らく自分が見た光景のように映ったであろう事を察するのは容易い。人体実験、薬物投与、そして能力を調べるために行われていたのは人体解剖。
 『失ったものを再び手に入れる』とは何か。
 それは信頼であり、命であり、土地であり、類稀なる能力だったり。


 海浬は教えてもらったパスワードをパソコンに打ち込む。
 一瞬だけ解除の音が響いた後開いた画面に映っていたのは――。


「これは裏リストだ」


 最重要たる面々の顔ぶれ。
 先程挙げられた政治家の顔写真や組織の麻薬密売ルート、薬の生産方法などの情報が其処には大量に詰め込まれており、最後には脳を切り裂く実験動画まで発見するともはや誰もが言葉を失った。



■■■■■



 アリスと海浬は勇太を連れて問題の人物の元へと移動を開始する。
 空間転移が出来る海浬はまず勇太を未だマークされていない自分の部屋へと寝かせた後、アリスと共に政治家の方へと向かった。
 二人は遠慮などしない。
 内部から組織を崩壊させるための情報は充分に集まっており、そしてそれに対する怒りも湧いている。アリスは自身の魔眼を使い、政治家と使って内部崩壊を狙うと皆に伝えてから場を離れたため恐らく明日には……いや今日中にでも例の政治家はまたしても信頼を失い失脚するだろう。


 残った面々は託された情報を元に依頼人の妻の元へと足を運んだ。
 場所は研究棟の地下。隠されたエレベーターを使って降り、太陽光の届かない場所は空気が淀んでいてどこか苦しい。


「あんまり空気が良くないのだ……」
「英里ちゃん大丈夫?」
「うー……早く事を済ませて外に出たい」
「あと少しだから頑張ろう」
「で、その収集装置みたいなのと奥さんの幽閉されている場所が同じやってホンマ?」
「ええ、勇太さんはそう言ってましたね。でも考えてみればトルコ石は奥さんのものなんですから、専用化されていても可笑しくはないですよね」
「まあそやね。後はうちは出来るだけ研究所内探って壊して回ろっと」
「こんな場所があったなんて……しかしこの裏リストバックアップ取っておこう。パソコンが奪われてもデータが無事なら色々出来るしな」
「おい、あったぞ。っと、当然だが鍵が掛かってるな」
「壊しましょう」


 武彦が問題の部屋に辿り着くとドアへと手をかける。
 暗号を打ち込むタイプの開閉ドアだったが、ヴィルヘルムは時間短縮を考え扉崩壊を選択すると躊躇無く銃で破壊に走った。それにより直ぐに扉は開き、中の様子が見える。


「ロスト」
「そう……またもう一人亡くなったのかい」
「この人もロスト」
「そう……今日は多いね」
「ロスト」
「……っ」
「ロスト」
「ああ……こんにちは、草間さん……」
「貴方、この人も……ロストだわ」
「草間さん……とうとう辿り着いてくださったんですね」
「お前は――」


 そこに居たのは依頼人の男とその妻。
 注射器と使用後のアンプルが多く置かれたミニテーブルが部屋の隅に置かれ、食器という食事の跡も残っている。男はいつから此処にいたのだろうか。土曜日以降であった事は間違いない。記憶の中では妻と共に団体から抜けさせてもらえる計らいをして貰う算段だったはずだ。だがそれが叶っていない事は男がこの場にいる事で判断出来る。
 だが、団体から抜けられなかったとしても最愛の妻と共に過ごせた日々を物語るように彼は弱々しく訪問者達に微笑んだ。


 ベッドの上で妻は紙の上に指先を置き、印刷された顔写真の上に×印を刻む。ペンも持っていないのに紙の上に浮かび上がる×の記号。そして呟かれる……「LOST」の単語。
 彼らは知る。
 誰が一体全てを知っていたのかを――。
 何故この女性が利用されていたのか、その理由を――。
 それを考えれば団体が彼女を手放すはずがないのだ。彼女こそ最大の能力者。彼女こそ団体にとっては失ってはいけないもの。反魂のリスクを考えても手に入れたかった能力者。


「ロスト」


 女性は政治家の上に指を滑らせ、そして祐樹が手に持っていたノートパソコンの中でも問題の政治家の顔写真の上に赤い×印が浮かんだ。



■■■■■



 二日後。
 政治家の死亡ニュースがテレビのトップニュースとして持ち上げられ、死して問題の政治家は話題の人となった。当然団体に関しては内部崩壊を起こし、証拠品もしかるべき場所へと提出。裏ルートを持つ面々はそれをフル活用し決して同じような団体を設立出来ないよう根回しをした。


「勇太泣くな」
「うえ、うえ……ひっく、ぅー……」
「一応終結やな。裏リストのお陰で付与術師達も捕まったし、界隈からも追い出せたからうちは満足や。あの工場も閉鎖されたし、ホンマ良かったわ」
「はい、勇太君の好きなエビフライも作ってきたのよ。食べましょう?」
「は、ふぁあい……」


 その後、結果報告も兼ねてあの時協力してくれていた面々が集い、各々処理に動いた様子などを話しあった。特に途中で倒れてしまった勇太はどういう状況で、どういう結果が出たのか知らない。
 彼に教える意味も含めて彼らは集まっていた。弥生など折角なのでとご馳走を作って興信所に訪れ、結果を聞いて泣き出した勇太に好物のエビフライを箸で掴み口元へと持っていく。


「弥生さんこれ美味いわ。料理上手やねんなー」
「確かにこの味は温かみがあって美味しいですわね。家庭の味という感じでほっといたしますの」
「あら、褒めてもらえると嬉しいわ」
「今度私も夫妻には野菜を差し入れしよう。何故かうちの家庭菜園には大量に出来てな。もし受け取ってもらえるなら野菜達も嬉しいだろう」
「本当? それは嬉しいわ」
「英里の作る野菜は本当に美味しいですよ。そこに弥生さんの料理の腕が加わったらきっともっと美味しくなると思います」
「料理上手な奥さんでヴィルヘルムさんが羨ましいですね」
「確かにな。この料理の腕は誇れる」
「まあ、朱里さんに祐樹さんに海浬さんまで。……ふふ、ヴィル。野菜が届くの楽しみね」
「じゃあ私はその野菜を使った料理が食卓に並ぶのを楽しみにしようか」


 各々自由に弥生作の料理を突きながら感想を述べる。
 零は飲み物を皆に配りながら、もう兵器としての笑顔ではなくいつもの「草間 零」としての満面の笑顔を浮かべていた。


 結果的に組織としては内部壊滅。
 最終的には政治家の自殺ニュースが世を騒がし、組織は頭角を失い解散へと至った。潜入前の約束通り零と祐樹は信者達のケアに時間を割いているし、能力者達に関しても犯罪に加担していたものに付いては相応の処罰を法的に受けてもらったり、そうでない者にも厳重注意と監視が付けられている。


「はーくしゅっ。……ずず、……で、例の奥さん、本当になんとか元に戻りそうなんですか?」
「ああ、そうだな。薬物投与に関しては依存が抜ければ何とか落ち着くらしい」
「でもあれやね。反魂の挙句、生前は微々たるもんやった感応能力が薬によって思い切り開花しよって、団体のメンバー全員の生死が判断出来るようになったとかめちゃ怖いで」
「でも奥さん自身もセーブ出来るように訓練させられていたんでしょう? なら大丈夫じゃないですか」
「今頃あの二人どうしてるのか。確か偽造戸籍だったか、アレでなんとかなったんだろう? そして誰も知らない遠い場所で暮らすとかなんとか」
「私達が踏み入った時には既に奥さん結構正気に戻ってきてましたからね。あの状態では流石に薬の依存が抜けていないとはいえ殺せないでしょう。あ、英里そっちの卵焼き私も欲しい」
「なー、草間さん。うちあの装置弄ってよかったんよね」
「んぁ? ああ。良いと思うが」
「実はあとちょっと精気足りてなくて後から反魂の術解けたら怖いちゅー話や」


 研究所にて二人を見つけた時、例の妻は「ロスト」の言葉を呟き続けていたが、それも政治家を最後に止まった。
 それはアリスと海浬が動いた際に邪魔をし、死してしまった者達が居なくなった為である。


「最後は自殺して下さいましたわ。一応良心的なものは存在していらっしゃったようですわね」
「いや、もしかしたらただのプライドからによるものかもしれない」
「あら、そうだったでしょうか」
「あのような男ならば失脚よりも自殺を選ぶだろう。二度目の失脚の重圧には耐えられないと俺は思うが」
「ふふ、…………本当に、哀れな方ですこと」


 アリスの笑みと海浬の言葉にどこか冷たさを感じるが、当人達はいたって気にしていない。
 自業自得という言葉はあの連中の為にあるようなものだと思っているからだ。二人は零が入れてくれた飲み物を頂きながら雑談しつつ、時折弥生の料理を口に運んでいく。


「ところで朱里」
「何?」
「あの時どうして口付けたのだ」
「ぶふっ!!」


 突然の英里からの質問に朱里は思わず噴出す。
 その言葉をつい、うっかり、偶然、もしくは必然的に場にいた全員が聞いてしまったため、シーン……とした静寂が辺りを包む。一部の者は微笑ましく、一部の者は内心はわわわわと、一部の者は羨ましいとすら感じながら彼らを見守り。


「え、ええええ、英里。あのね、その、それはね」
「お陰で落ち着いたが、そう言えば理由を聞いてなかったと思ってな。何か特別な意味があったのだろうか?」
「ぅ……うう……そりゃあ、え、英里をお、落ち着かせるため、ですけど……」
「頑張れ朱里さんー」
「どんまいや、朱里さん」


 まさかこんなところで発言しなくても!! と内心朱里は涙をだばだば流す。
 それでもこんな彼女だからこそ自分は好きであって、傍に居たくて。きょとんと自分を見返してくる愛らしい瞳。もう一回口付けられたら――今度は二人きりの時にちゃんとその理由を告げられたら良いとさえ思う。


「やれやれ、どこの世界も恋愛事とはそう簡単には行かないゲームのようだ」
「ですわね」


 海浬とアリスは何気なく共通するものを感じて互いに肩を竦め、はわはわする朱里を見守りながら心の中では彼の恋路を応援する事にした。












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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【4345 / 蒼王・海浬 (そうおう・かいり) / 男 / 25歳 / マネージャー 来訪者】
【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【8555 / ヴィルヘルム・ハスロ / 男 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8564 / 椎名・佑樹 (しいな・ゆうき) / 男 / 23歳 / 探偵】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】

【登場NPC】
 草間武彦(くさまたけひこ)
 草間零(くさまれい)

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は「LOST」の本当にラストのお話に参加頂きまして有難うございました!

 今回はとうとう戦闘及び殲滅へ。
 本当に長い間お疲れ様です。そして最終的には6PCから始まったこのシリーズですが、最終的には9PC様にお世話になりとても嬉しい結果となっております!

 結果としては団体壊滅成功。
 そして依頼人の妻に関しては助ける方向という意見が多かったので有り難く、色々報告せいを調節させて頂きました。

 今回のLOSTは「依頼人の妻の能力」及び「団体壊滅」。
 長かったこのシリーズもとうとう決着が付き、ほっと一安心で御座います。ではではまたの機会にまた参加して頂けましたら嬉しく思います!


■ヴィルヘルム様
 こんにちは、お疲れ様です!
 今回もちょこっとだけ怪我を被いつつ、戦闘ガンガンやって頂きました。正直な話、プレイングがとても政治的考えで素敵でした。退席していたので話し合いに参加出来ずちょっと残念ではありますが;
 また別のノベルでヴィル様とお逢い出来ますようお祈りいたします!