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<東京怪談ノベル(シングル)>


【HS】ポートロワイヤルで二度死ね






□■オランダ領シント・マルテン島。空港■□

 エメラルドグリーンにも似た海。そしてそこで楽しむ海水浴客の頭上を掠めるかのように旅客機が発着する事で有名なこの場所。
 “鍵屋・智子”がその容姿におおよそ似つかわしくないサングラスをかけて空港へと降り立った。

「フン、何でこの私がわざわざこんな所に来なくちゃいけないのかしら……」

 ブツブツと文句を垂れ流している智子の機嫌はあまり良くないらしい。

 とは言え、オランダ領シント・マルテン島の半分は仏領である。あらゆる現実が鬩ぎ合うこの場所は、霊的なパワーに満ちた場所であり、研究という分野においては興味がない場所ではない。その事もあってか、そこまで機嫌は悪くないのが智子の心情ではあった。

 黒服の男が智子に向かって駆け寄る。

「エージェント、か?」
「はっ……。実は今……――」
「屑鉄の囮を壊して愉しいか?」

 不意に智子の頭上を飛び越えた新型機を見上げ笑う。
 エージェントから受けた報告は、キュラソー島にあるIO2基地の壊滅状態に関する報告ではあるが、既にそれは予測されていた事態だ。戦力はここに避難済みだ。智子は嘲るように笑ってみせた。

「それで、敵は?」
「……敵は虚無の操る紅鶴。そして……――」
「――ほう、それはそれは……。奇異な光景を目の当たりに出来そうだな」

 智子がエージェントの報告に出た名前を聞いて肩を上下に揺らして呟いた。



―――

――





■□キュラソー島□■




 虚無が操る紅鶴の襲来を受けIO2基地は壊滅状態に追い込まれていた。焼けるコンクリートや血の臭いが風に乗って運ばれる。その臭いの元凶とも呼べるその場所から、狂ったような笑い声が響き渡っていた。

「ウ〜ヒャッヒャ!!」

 狂笑する異形の生物。かつての三島 玲奈の面影はもうそこには微塵程度にしか残っていない。
 自分こと玲奈号は実母が造った妖蟲兵器“テラノーマ”の一種と聞かされた玲奈はそれをきっかけに人格を崩壊させてしまった。
 股間の平家蟹を振り翳して基地破壊に加わって狂笑する姿と言えば、身の毛もよだつ光景だった。

「玲奈、良い子ね」

 巨大な絡新婦が暴走する玲奈の隣でニタアと表情を歪ませながら玲奈をあやすように声をかけている。

「増長したバカは必ず同じ轍を踏むわ。一瞬の隙が墓穴よ」

 物陰からそんな事態を見守る智子が嘲るように呟いた。その横に護衛についてきたエージェントが構える。

「ここまで拗れたら神の摂理でリセットする他ないわね。今すぐポートロワイヤルに飛んで、碑文を手に入れてきて」
「碑文、とは?」
「旧英海賊の根拠地にあると思うわ。碑文とは言っても、形は球体の物もあれば石碑のような物もある。旧英海賊の根拠地は街の三分の二が地震で壊滅してるけど」
「で、でしたら――」
「――なくなった、とは思わないわ。恐らく海面下に沈んだと考えるのが道理ね」

 あっさりとそう告げて智子は小さく笑った。

「もっと図に乗れ、糞婆ァ……。まだ足りないわ、もっともっとよ……」

 エージェントが智子の笑みを見つめて腰を抜かしそうになりながら、その場を駆け出した。
 智子にとってあの絡新婦は小さな井の中で高らかに笑っている蛙に変わりない。

 嘲笑とも呼べる笑みを浮かべながら、智子が気配を隠していた。






――

―――




■■ジャマイカ。ポートロワイヤル■■




 旧英海賊の根拠地。街の三分の二が地震で壊滅したと言われているその近くへと訪れたエージェントが智子の指示通りに、捜索を開始した。

「霊的な力を持った球体を発見しました」
「碑文か!?」

 海中を捜索していた他の隊員と交信しながら、智子の言う碑文を待つ。とは言え、エージェント自身もそれはどういうものなのかは解らない。

「霊力計測器が振り切れています。恐らくはこれかと……」
「ならば至急引き上げろ。鍵屋殿の指示だ」
「はっ!」





■□再びキュラソー島□■




「玲奈や。愉しく遊ぼうね」

 絡新婦が娘である玲奈を褒めつつ破壊の限りを尽くす。人格が破綻してしまった玲奈にはもはや感情はない。ただ狂笑しながら全てを破壊してやろうと一心不乱に周囲を攻撃する姿は、もはや絡新婦と共にいても不思議でも何でもない、といった所だ。

 そんな折、絡新婦が物陰にいた智子の存在に気付き、その奇怪な動きで智子へと歩み寄った。

「IO2のマッドサイエンティスト、鍵屋……。こんな物陰から見物しているのか?」
「私にとっては特等席のようなものよ。気の触れた絡新婦風情に話し掛けられるのでは、せっかくの眺めも台無しですけどね」
「フフフハハハ、お前に何が出来る?」

 絡新婦が智子を見つめて嘲る。

「天才、故に孤独が付きまとうとでも? 貴様のその自分に陶酔している姿はあまりに滑稽だ。奇異なる才能を無駄にしているのでは、宝の持ち腐れではないか」
「ならば貴方のこの侵略行為を正当化出来る道理があるとでも?」
「無論だ。私とあの醜く可愛い娘を見なさい。私達が現実というくだらない世界と概念から解放され、世界を蹂躙する。それは在るべき姿なのだ」
「フン。どの口から出る言葉やら。娘を玩具にして独りよがりで悦に浸る愚か者の思考は生憎私も同意する考えを持ち合わせてはいないわ」

 絡新婦の表情が歪む。

「なんだと……?」
「尖った耳に、坊主頭に位牌。二対の燭台を生やし、右胸にパラボラ。左胸には便所掃除に使われる吸盤。背には翼が生え、首には鰓がある。股間には平家ガニがつき、臀部に弓道の的が光色に輝いている。アレは私が作ったモノではないか」
「だから有効利用しているのだ! 安心しろ、鍵屋 智子! 世界は間もなく私達親子の闇が――」
「――闇があるからって……、何が出来るの? 死にいくお前に」

 鍵屋がエージェントに回収させた碑文を投げつけると、光が周囲に拡散した。

「ぐっ……あぁぁぁあ!!」
「ヒ……!」

 光の収束。そしてその先に、倒れた絡新婦と怪人とも呼べる玲奈が倒れていた。








□□同島ルイス・ガルディの墓□□




『地震で地溝に陥ちたが『神の驚異的な摂理』により余震で大地から海に転落し泳いで助かる奇跡に逢った……』

 碑文に刻まれた文字を見つめて智子が手を伸ばした。やはりこの墓に奇跡的な霊力が満ちている。霊力計測器など必要ない。肌で感じる違和感が智子にそれを知らせている。

「……どういう服を着ればいいの?」

 吸盤の柄と蟹を翳して全裸状態になっている玲奈が涙目で訴える。碑文の放った光によって正気を取り戻した彼女は、その年齢に相応の悩みを智子にボヤいた。
 智子は小さく笑って呟いた。

「些細な問題だよ……」






                                           FIN


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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

今回もまたまた絡新婦の実母の暴走と、
玲奈さんの人格破綻。

まったくもって救われない彼女ですねぇ……w

それにしても智子さん大活躍過ぎますw
お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司