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<東京怪談ノベル(シングル)>


―― 悪戯好きの夜に起きた惨劇は ――

「‥‥ふぅ」
 松本・太一はいつものように7時前に起きて身だしなみを整えていた。
 指通りの良い漆黒の髪に櫛を通し、女性用のスーツに着替えて出社準備を行っている。
「‥‥また胸が大きくなった? スーツも買い替え時かな‥‥?」
 小さくため息を吐きながら、室内履きからパンプスへと履き替える。
「‥‥違う、何故私は当然のようにこんな事をしている?」
 疑う事もなく化粧をし始める自分にゾッとして、松本は自分の身体を両手で抱きしめる。
 その仕草すらも『女性らしさ』を増していて、松本はよろめき、壁へとぶつかっていた。
(前にも同じようなことを思ったはずなのに、私はなぜ忘れていた?)
 以前も感じた事を松本はすっかり忘れていて、別の意味で恐怖に陥っていた。
(何で私は最初から女だったかのように行動をしている? 疑問に思う事もなく、何故!)
 その時、松本の視線に入ってきたのはリビングに置いてあったパソコンだった。
(そうだ、昨夜はLOSTのハロウィンイベントが行われて、それに参加していたんだ)
 LOSTに関わらずに何も問題がないのなら、松本も関わろうとしないだろう。
 しかし、1度踏み込んだ――いや、LOST自身に選ばれた松本は決してLOSTから逃げる事は出来ない、逃げるという選択肢はLOSTを起動した時、既に消されていたのだから。

※※※

『LOST ハロウィンイベントにようこそ!』
 仕事から帰宅した松本はいつものようにLOSTを起動させていた。
(今日の夕方から新しいイベントが始まったんだ、ハロウィン‥‥か)
 イベントの内容は、とある街に死者が甦り、死者たちを浄化させるという定番的な物だ。
 ハロウィン限定のレア武器が手に入るらしく、参加者は数万人を超えている。
(こんなにキャラが集まっているのを見るのは初めてかもしれない)
 舞台となっている街にはいたる所にキャラクターが表示されていて、名前が重なってしまって見えづらいほどだった。
(入手出来る武器は、あぁ、ハロウィンらしく南瓜をモチーフにした物なのか)
 攻撃力は無いに等しいものだけど、その可愛さ故にこんなに人が集まっているんだろう。
(女性キャラクターが圧倒的に多いな、武器が可愛いから女性の方が多く集まるのかな?)
 松本が心の中で呟いた時、街全体に大きな音が響き渡った。
『これより、ハロウィンイベントを開始します!』
『ルールは簡単、現れる敵をひたすら倒すだけの単純なイベントです!』
『1番多く敵を倒した人が優勝、それでは皆様! 優勝を目指して頑張ってくださいね!』
 放送が止んだ途端、そこら中に数えきれないほどの敵が現れ、キャラクターたちを襲う。
(まさか、こんなに敵が多いなんて思わなかった‥‥!)
 松本も武器を振るい、襲い掛かってくる敵を倒していく。
 だけど1度目より2度目、2度目より3度目と段々と敵の強さが増してきている。
(流石にMPも足りないし、アイテムも不足しているから、倒しきれない……!)
 近くにはLv90を超えているキャラクターがいたけど、その人ですら苦戦している。
(主催者側は簡単なイベントだと言っていたけど、冗談じゃない‥‥!)
 ある意味仕組みが単純な分、余計に厄介なイベントになっていると思う。
「くっ‥‥!」
 20匹以上の敵を倒しただろうか、松本はアイテムも尽きて回復も出来ない状況だった。
(‥‥このまま、ここでやられてしまったら、どうなるんだろう‥‥?)
 心の中で呟いた後、松本は嫌な汗が頬を伝うのを感じていた。
 普通のプレイヤーであれば、街に戻されて終わりなのだろう、普通であれば。
(だけど私はログイン・キーに選ばれてしまっている、街に戻されるだけなのだろうか?)
 緊張した心ではまともにプレイする事も出来ず、松本は敵の攻撃を受けるばかりだった。
(は、早く回復しないと‥‥!)
 だけど手が震え、松本は回復するタイミングを逃してしまい、最後のHPも削られ、それと同時に松本の視界が真っ白になってしまった。
(私は、これで死ぬ‥‥?)
 床に倒れたはずなのに何も感じない、何も伝わって来ない。
(もう、死んでしまったのか?)
 松本が心の中で呟いた時、鈴が鳴るような少女の笑い声が聞こえてきた。
「あなたは死なない、だけど安心しない事ね」
 くすくす、と笑いながら少女は言葉を続ける。
「ログイン・キーがあるからって、あなたが絶対に死なない事には繋がらないのよ」
「あくまでも、今回は私の、ログイン・キーの気まぐれで助けてあげるんだから」
 少女の声が遠くなり始めた途端、松本は意識が戻り、勢いよく起き上がった。
(い、今の声は誰のものだったんだろう‥‥?)
 汗ばんだ手で髪を掻きあげると、違和感を覚える。
(私、こんなに髪の毛が長かった‥‥?)
 腰よりも長い黒髪、鏡を見ると、明らかに進んでしまっている女性化。
 確証はなかったけど、松本は原因が何だったのかわかったような気がした。
(あの、少女のせいなんじゃ‥‥?)
 少女は気まぐれで助けるのだと言っていた。
 それならば『女性化』が進んでしまったのも、少女の気まぐれなのではないか。
 松本はそんな気がしていた。

※※※

(まだ、私は『男』を失くしてはいない)
 身体の女性化が進んでしまっても、心だけは男だった事を覚えている。
(ただ、心でさえも忘れた時、私はどうなるのだろう‥‥?)
 言いようのない不安が松本を襲い、恐怖を堪えるように唇を強く噛みしめていた。



―― 登場人物 ――

8504/松本・太一/48歳/男性/会社員・魔女

――――――――――
松本・太一様>

こんにちは、いつもご発注頂きありがとうございます!
今回の話はいかがだったでしょうか?
気に入って頂ける内容に仕上がっていれば幸いです。

それでは、今回も書かせて頂きありがとうございました!

2012/11/8