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<東京怪談ノベル(シングル)>


●今日は本日和

 アールグレイ、そしてバニラアイスを乗せたシフォンケーキの香り。
 最早恒例になった、魔術に関する情報交換の場で件の魔術師は口を開いた。
「ねぇ、セレシュ。私、行きたいところがあるんだけど……」
 魔術師の渡した魔術書に目を通していたセレシュ・ウィーラー(8538)は、その言葉に顔を上げた。
 ずり落ちた眼鏡を直し、魔術師の方を見る。
「古書展なんだけどね――魔術書が流れてるって噂があって。でも、私は交渉とか上手くないし」
 じぃ、と青い瞳に見られてたじろいだのか、魔術師はやや早口で言った。
(「交渉ベタなん、自覚してたんや……」)
 内心、そこに驚きを覚えながらセレシュは開催される日にちと場所を問いかける――構わない、鍼灸院も定休日。
「別に、うちは構わへんで。交渉くらい」
 セレシュの言葉に、パッと魔術師の表情が明るくなった――感情をストレートに出す姿は、いっそ好ましい。
 が……、生ける屍の姿を見た瞬間に好ましさは半減する。
「なぁ、せめて使用人雇うとかせぇへん?」
「使用人でしょ、ゾンビ」
 ――ゾンビは使用人じゃないと、思うんやけどなぁ。
 とは、言えないセレシュだった。



 古書展会場は、思いの他賑わっていた。
 一般客も多いのか……或いは、異質能力者ばかりなのか、見た目だけでは判断できない。
「セレシュー!」
 ブンブンと腕を振りあげ、遠くから襲ってくる布の塊に、セレシュの表情が引き攣った。
 漆黒のドレスを纏った、中世の貴族の様なその姿は紛れもなく、件の魔術師だった。
 後ろには、配下と思われる骸骨が立っているが、此方も兵士風の衣装を着ている。
 見事な仮装だなぁ、と感心するような声が聞こえてきた――見当外れな人々の感想が、今は有り難い。
 だが、セレシュは目立たず生きてきた、此れからも目立ちたくないのだ……頭を抱える。
「久しぶりの外出だし、お洒落して来たのよ」
「ああ、うん。わかったから、せめて骸骨はやめようや」
「セレシュ、死霊術は最高のアクセサリーでスティータスなのよ」
 最早、聞いちゃいない。
「IO2にバレたら、五月蠅いで――って言うより、うち、帰るで」
 それは困る、と魔術師は慌てて骸骨達を冥府に戻す。
 人形だったのか……? と周囲の言葉が聞こえてくる中、セレシュは首を振って気を取り直す。
「どんな魔術書なん?」
「白の書って言う、神聖術の原理を、独自の解釈で執筆したものよ」
「へぇ、そんな書物があるねんなぁ」
 神具に関しても詳しいセレシュだったが、その書物の存在は初耳である。
 もしかしたら、自分の研究に役立つ書物もあるかもしれない。

「おや、ウィーラーさんとあの時の……」

 いきなり話しかけられ、それが最近良く聞く人物の声だと知り、セレシュは振り向いた。
 何時もの通り、彼岸花の着物を着た斡旋屋(NPC5451)と、傍に控える人形だ。
「ああ、晶やん」
 隣であからさまに、嫌な顔をする魔術師……だが、そんなものは気にせずに斡旋屋は口を開く。
 ――前々から思っていたが、図太い神経である。
「一緒に回りませんか、良ければ」
「うちはええけど……なぁ」
「――邪魔したら埋めるから」
 何処に埋めるのだろうか――心の中でツッコミを入れる。
「晶は、どんな本が好きなん?」
「何でも読みますよ、絵本や小説も好きですし――魔術書で言えば、論理や実験の類が好きですね」
「実戦は、苦手そうやもんなぁ」
 殆ど人形に戦わせていた、この間の戦闘を思い出しながらセレシュは呟く。
 その言葉に、斡旋屋は苦笑したようだった、埋めてやりたいわ、と魔術師がぶつぶつと言っている。
「ほら、白の書、探さなあかんのやろ?」
「そ、そうだったわ――きっと、中世に書かれたものだからそれ程、古くはないと思うけど」
「恐らく、競売に出されているでしょう。欧州の動乱を生き延びた書物は少ない筈ですから」
 競売で競り落とす事を考えると、莫大な資金が飛んでいきそうだ。
 此れは、物々交換の線も考えた方がいいだろう、と思考を巡らす。
「あ、白の書――!」
 突如叫んで、魔術師が飛び出した、長々とした説明の後に、白の書、という言葉が聞こえてくる。
「ああ……。あんなに欲しそうにしたら、足元見られるやん」
 釣りあげられた値段を聞きながら、セレシュも魔術師を追いかける。
 それにゆっくりと、斡旋屋と人形が続いた。



「もう少し何とかならない?」
 マイナーな事が功を奏したのか、競売の様子は販売手と魔術師の勝負、のようだった。
「マイナーな商品やったら、此れを逃したら売れへんかもしれへんで?」
 セレシュが口を挟む、足元を見られているのは明らかだ、此処は立ち位置を明確にする必要がある。
「でも、保存状態もいい品ですからねぇ……」
「保存状態が良くても、イコール価値とはならへんなぁ。それに、過激な集団に見つかると焚書されるで」
「――と言いましても」
 競売が一時止まり、人々から不満の声が上がる。
 だが、そんな事は気にしていられない。
「それに、解釈なんてどんどん変わっていくもんやろ、此れから価値は下がるやろなぁ」
 解釈が変化しても、古人に学ぶ事は多い、が、敢えてセレシュはそこを説明せずに告げた。
 渋る販売手、やがてやれやれと魔術師の提示した料金から、5%を引いた値段で売却の手続きを済ませる。
「交渉がお上手ですね、流石」
 斡旋屋の言葉に、取り立てられた時の事を思い出したのか、魔術師がキリキリと歯ぎしりする。
「そう言えば、花の一生を書いた絵本が気に入ってたって――」
「ええ、素晴らしいものです」
「それはね、画家に直接書いて貰ったものなのよ……私だってお気に入りだったのに!」
 対抗心を燃やす魔術師の言葉をサラリと流し、斡旋屋は物色する。
「自分、めっちゃマイペースやなぁ」
 知ってたけど……と言うのを飲みこみ、セレシュも魔術書を手に取る。
 パラパラと捲れば、ゴルゴーンの性質、と言う部分が目に入った。
「基本的に動けない、って……適当やなぁ」
 ゴルゴーンが自分の生体についての書物を見ている、という光景もシュールである。
 斡旋屋も本を捲りながら、呟いた。
「付喪神は妖怪ですって、和魂と言われても困りますよね」
 見た目は華やかなお嬢さん方ではあるが、中身は人外魔境、見た目で判断してはいけないのである。
「まあ、他者から見れば自分の知らへん部分が見えるって事なんかな?」
「どうでしょう、個体差の問題の様な気も……でも、電子書籍に比べればこの本の方がマシです」
「――不本意ながら分かるわ、それ」
 珍しく斡旋屋の言葉に、魔術師が同意する――そもそも魔術書は、電子書籍になっているのだろうか?
 本を元の場所に戻し、そして3人は古書の海へと埋もれていくのだった。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 21 / 鍼灸マッサージ師】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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セレシュ・ウィーラー様。
発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

魔術師はウィーラー様にべったり、です。
確かに、3人揃うと華やかそうですよね。
会話のやり取りや、所々のツッコミを楽しんで頂ければ、幸いです。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。