コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Route7・ついに発見☆/ 工藤・勇太

 灰色に近い空。
 覆われた雲が少しだけ重いそこを避けるように、工藤・勇太は執事&メイド喫茶「りあ☆こい」に駆け込んだ。
「今日は特別寒いな。手袋とか持ってくれば良かったか」
「あ、勇太ちゃん! おかえりなさい♪」
 入店と同時に掛けられた声。
 目を向けると、メイド姿の蝶野・葎子が駆け寄ってくるのが見えた。
「ただいま、りっちゃん。席、空いてる?」
「うん、大丈夫♪」
 笑顔で返される返事に、自然と笑顔になる。
 はじめはこうした店の接客方法は慣れなかった。
 お帰りなさいとか、いってらっしゃいとか、まるで家に帰って来たみたいに言われて、なんだかムズ痒い。
 でも今ではそのやり取りが当たり前のようになっていて、心地良ささえ感じる。
「今日の飲み物はどうする?」
「クリームソーダ、かな」
「はい。では、少しだけ待ってて下さいね、ご主人様♪」
 にこっと笑顔で言われて顔が赤くなった。
「これだけは、やっぱり慣れないかも……」
 去って行く葎子を見送り、頬を掻く。
 普段言われ慣れない言葉だからか、それとも葎子だからか、その辺はちょっと考えないようにしている。
 そもそも、こうして店の中を見ていると葎子のファンは結構いるのだ。
「りっちゃん、珈琲のおかわりもらえる?」
「りっちゃん、今日のおススメどれか教えて!」
「りっちゃん、今度映画行こうよ〜」
「今日こそ写メ撮らせて!」
 ……後半2名はちょっと待て。
「くそっ……俺だって映画とか写メとかないっての……」
 そりゃ、一緒にお茶したり、下校したりとかはあるけど。と、そこまで考えてハッとなった。
「あれもデートの内に入るのか? いやでも、りっちゃんにはそう言うつもりはないだろうし」
「葎子がどうかした?」
「うわあ!?」
 飛び上がらん勢いで驚いて胸を押さえる。
 心臓がバクバク言ってる。
「な、なんでもないよ……はは、ははははは」
 自重しなければ。
 そんなことを自分に言い聞かせて苦笑する。
 そもそもこれだけ人気のある葎子が自分とどうこうとか、そんなことあるはずがない。
「何か悩みごと?」
 葎子は首を傾げてグラスとスコーンの乗った皿を置いてゆく。その仕草は慣れていて、彼女の長いツインテールも邪魔をしないようにちゃんと後ろに下がっている。
「もし悩んでることがあるなら言ってね? 葎子、勇太ちゃんの力になるから」
 心配そうに顔を覗き込む顔に、ドキッと胸が高鳴る。
 ヤバい、この顔は近い。近過ぎる!
 慌てて視線を逸らすけど、ふとあることに気付いた。
「りっちゃん……また、なんかあった?」
「え」
 間近で見る彼女の目が見開かれる。
 その表情に勇太は確信を持った。
 パッと見は笑顔だし、元気だし、動きや言葉にも違和感はない。でも勇太にはわかる。
 何故わかるのかは、疑問だけど。
「困ったね……勇太ちゃんには葎子の気持ち、見えちゃうんだね」
 くすっと笑って小首を傾げる仕草に、また鼓動が早くなる。
 今日は盛大に動き過ぎだろ!
 そんなツッコミは取り敢えず置いておいて、気になるのは葎子の言葉だ。
「なにかあったんだ?」
「うん。ちょっと、良いことがあったんだ」
「良いこと?」
「うん、良いこと」
 なんだろう。
 はにかんで笑う顔は可愛いけど、やっぱり何かが引っ掛かる。
 言葉通り嬉しそうだし、笑顔もいつもより明るい。それでも拭えない違和感がある。
 そもそも葎子は笑顔で何かを隠そうとする節がある。勇太はそのことを嫌というほど知っているので、葎子の子の笑顔に簡単に騙されることはことかった。
 とは言え、これ以上突っ込んで聞くのもどうかと思うし……。
 そんなことを考えていると、葎子の顔が遠のいた。
「それじゃ、ゆっくりして行ってね♪」
「あ、待って!」
 慌てて飛び出した手と声。
 咄嗟に掴んだ手に、ボボッと顔が赤くなる。
「あ、えっと……りっちゃんのお家って、道場か何かやってるの?」
 ちっがああああああう!
 何で今その言葉が出てくる!
 確かに葎子の家は気になっていたし、行ってみたいとも思っていたが、今は彼女のことを気にするべきであって、出す言葉はそれじゃない。
「……葎子の、お家?」
 ほら、葎子だって驚いて固まっているじゃないか。
「普通のお家だけど……」
 呟いて、葎子は考えるように下を向いた。
「ご、ごめん! 別にりっちゃんの家に行ってみたいとかそう言うんじゃなくて――」
「もう少しでお仕事終わるから、そしたらお外で待っててくれる?」
「え」
 今度は勇太が驚いて固まった。
 何度か頭の中で葎子の言った言葉を繰り返す。
 そうして出て来た言葉は、
「行って、いいの?」
 単純な言葉だった。
 けれど葎子はその言葉に嫌な顔1つせずに頷いてくれる。それも、少しだけ照れたように頬を染めて。
「勇太ちゃんは特別だよ♪」
「特別って……」
 へたりと座り込んだ勇太を他所に、葎子は元気に接客へ戻って行く。
「う、嘘だろ?」
 ヤバい。顔がニヤける!
 必死に頬を抱えて抑え込もうとするが、まあ無理だ。
 その結果、店を出るまでの数十分。葎子ファンの冷たい視線を受け続けたのは、言うまでもない。

 ***

 葎子に連れられて彼女の家に到着したのは、もう直ぐ日も落ちるかと言う夕方。
 外灯の明りが灯り、寒さが更に厳しくなる中、勇太は到着した家の大きさに驚愕していた。
「す、すごい家……」
 まるで日本の武家屋敷を思わせる建物は、勇太の想像を越える物だった。
 高い塀に囲まれ、何処までも続く瓦屋根だけが見えるそこは、明らかに普通の家ではない。
「……もしかして、お嬢様……?」
 考えてみれば、生まれた時から寝たきりの娘が病院に居ること自体普通じゃない。
 ただ病院に入っています。
 それだけでもかなりの費用が掛かるはずだし、寝たきりとなればそれ相応の医療費も掛かっているはずだ。
 それを葎子の年齢と同じだけの時間病院にいて、医療費も払い続けているのだとしたら、それはかなりな額だ。
 並みの家庭では家自体が傾いてしまうのではないだろうか。
「お家の中はちょっとだけど、こっちなら大丈夫だから!」
「え、こっちって……」
 勇太の手を強引に引いて歩き出した彼女は、門を潜ると屋敷とは別方向に向かって歩き出した。
「もしかして、俺が来たらまずかったんじゃ……」
 家の中は駄目という事は、まあ、そう言うことだろう。
 けれど葎子は大きく首を横に振って否定した。
「そんなことないよ、大丈夫!」
 そうは言うが、葎子の足取りを見てもマズかったのは確実だ。
 それでも勇太を招こうとしてくれたのは、勇太に見せたい何かがあったのか、それとも言いたい何かがあったのか。
 その辺は確かめてみなければわからないが「何もない」という線は、これでなくなった。
「ここは蝶野家の道場。入って♪」
 葎子は豪華すぎる日本庭園を横切り、屋敷から少し離れた位置にある道場に勇太を招いた。
 庭を望める道場は、清潔感溢れる綺麗な物だった。
 きっと毎日掃除を欠かさず行っているのだろう。
「今日は誰も使わないはずだから、ゆっくりして大丈夫だからね♪」
 そう言って笑った葎子の顔に憂いが見える。
 けれどその中には安堵にも似た表情も伺え、やはり自分が来てはいけなかったんだと自覚する。
 けれど来てしまったものは仕方がないし、聞きたいこともある。
 なら、まずすべきことは、
「手合せしようか?」
「え」
「折角の道場だし、りっちゃんさえ嫌じゃなかったら、だけど」
 どう? そう首を傾げると、葎子の顔にパアッと笑顔が乗った。
 ここまで来たのは良いけど何をして良いかわからなかったのだろう。
 彼女は嬉々として鱗粉の入った布袋を取り出し、やる気満々な仕草を見せる。そして勇太も気合を入れて闘う準備をするのだが――
「うわあああああ!」
 ドシーンッ☆ と大きな音が響き、勇太の体が道場に床に叩き付けられた。
「勇太ちゃん、やる気ないでしょ!」
 そう言って、葎子が少し怒ったようにして駆け寄ってくる。
 まあ一切避けずに攻撃が直撃すれば無理もない。
 でも、仕方がないと思う。
「りっちゃんの舞いが綺麗だから、つい見惚れちゃって」
「え」
 勇太の言葉に葎子の顔が真っ赤に染まった。
 それを見て勇太も固まる。
 なんとも言えない雰囲気が流れ、沈黙が道場の中を支配する。
 けれどその空気は直ぐに破られた。
「そ、そう言えば、りっちゃんの良いことって何だったの?」
 空気に耐え切れず、勇太が言葉を切ったのだ。
 それも慌てて紡ぎ出した物だから、聞きたかったことの核心をズバリ突いてしまっている。
「さっき、言ってだろ。ちょっと良いことがあったって」
「うん……あったよ、良いこと」
 葎子ははにかんだ様な笑みを浮かべ、そして勇太から視線を逸らした。
 そうして見詰めるのは蝶野家の屋敷。
 開け放たれた道場の戸からは、日本庭園を含めた蝶野家の屋敷全てが見える。
 彼女はそこを見詰め、そして少しだけ表情を歪めた。
 そしてポツリと呟く。
「幻の蝶……光子ちゃんを起こす方法が見付かったの」
 ちっとも嬉しそうじゃない声に、胸の奥がザワめく。
「……その方法って?」
 嫌な予感を振り払うように、そっと問いかける。
 この声に、弾かれたように葎子が振り返った。
 その顔にはいつもの笑顔があって、
「蔵にあった本で見付けたから、確実なの! ちょっと大変な方法だけど、これで光子ちゃんが目を覚ますんだから、ちょっと大変でも大丈夫なの!」
 必死に捲し立てる声が、自分自身に言い聞かせているように響いてくる。
 何をそんなに必死になっているのか。
 姉が目を覚ます方法が見付かったのに、今の葎子は嬉しそうでもなんでもない。
 何かに縋るように紡ぎ出される声も変だ。
「りっちゃん、その方法って何?」
 本当は突っ込んで聞くつもりはなかった。
 でもどうしても聞かなきゃいけない気がした。
 ここで聞かなければ、彼女はとんでもないことをしてしまうんじゃないか。そう、思ったから。
 けれど葎子はこの期に及んでまだ言う。
「確実な方法で、ちょっと大変な――」
「だからその方法って何!」
「っ!」
 遮るように発した怒声に自分でも驚いてしまう。
 これでは葎子を責めているようではないか。
 でも、この声に葎子の唇が動いた。
「……蝶野家の人間の、命」
 ゆっくりと、少し不明瞭な声で呟きだされた声に、サアッと血の気が引いてゆく。
「それのどこが確実な方法なんだよ! ちょっと大変なことでもないじゃないか!」
「で、でも、光子ちゃんは葎子のせいでずっと眠ってるんだし、だったら今度は葎子が光子ちゃんのために何かしてあげないと……」
「ダメだ!」
 ピシャリと言い切った勇太に葎子の言葉が止まった。
「ダメだよ、そんなの」
 真剣な眼差しと声。
 それを受けて、葎子の目が伏せられた。
 そこから零れ落ちる涙が彼女の心の内を示している。
「ダメだよ、そんなの。きっと他にも方法があるはずだよ。だから、そんなことしたらダメだ」
 そう言って無意識に彼女を抱き寄せる。
 腕の中に納まった葎子は生きている人間の温もりがする。
 今日は特に寒いからそう感じるのかもしれない。
 けれどこの温もりは葎子の温もりだ。
 これを失う訳にはいかない。
「俺も一緒に考えるから。だから、その方法だけはダメだ」
 良いね? そう囁きかけ、ギュッと腕に力を篭める。
 季節は巡り、もう直ぐ冬が来る。
 光子に与えられた死の宣告まであと僅か。
 勇太は葎子を抱きしめながら、蝶のように舞い降りる粉雪を1つ、見ていた。

 END


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート7への参加ありがとうございました。
葎子ルートの核心に入って参りました。
そしてかなりなシリアス具合で、なんだか申し訳ありません。
そして勇太PCがかなり男の子らしくなってますが、如何でしたでしょうか?
もし何かありましたら遠慮なく仰って下さい。

このたびは本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。