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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜青い海原に怪人現る!〜


「何がお祭りよ…人の気も知らないで…」
 蘭領アンチル、シントマルテン島。
 11月11日の聖マルチン祭のため、外はお化け灯篭を飾る人々でごった返している。
 今年は虚無の境界からキューバ奪還に成功した兵士達の祝賀で騒がしい。
 その喧騒に背を向け、地面にめり込むレベルのテンションを背負ったまま、三島玲奈(みしま・れいな)が兵舎のベッドに沈む。
 やっとのことで実母との戦闘に勝利をおさめたのに、代わりに押し付けられたのは、全身無毛、イルカ肌でツルツル(ある意味脱毛の心配がなくていいかもしれない)、背中には天使の翼、尖った耳、水掻き、手の甲に宝珠、猫の尾、腰から膝にかけて鋸状の鰭、右胸にパラボラ、左胸には便所掃除に使われる柄が1メートルの吸盤、首には鮫の鰓が、そして股間には平家ガニがつき、臀部に光り輝く弓道の的。ついでに頭部は髪が生えるべき部分がイルカの頭の様に濃紺。頭頂に位牌、ツノの代わりに燭台が2対生えていて線香の束が常に燃えていて、下腹部には白い錨の模様がある。ついでに突起物は全て収納式――玲奈でなくても、こんな姿は普通に考えて、誰にも見られたくないだろう。
 部屋の中にあった鏡は既に砕けて粉々だ。
 こんなに醜い自分を正視できる自信は玲奈にもない。
 どうやったら戻れるのか、さしもの玲奈でさえ見当がつかなかった。
 いや、それよりも、戻れない可能性の方が高いのではないか。
「そんなのはいやぁあああ〜〜〜〜〜!」
 つるりとした濃紺の頭を抱え、玲奈が駄々っ子のようにわめく。
 その声すらも、外の幸せな喧騒を乱すことは、一切なかった。
 何しろ玲奈以外の人々は、盛大なお祭りの真っただ中にあるからだ。
 
 
 
 同じころ、シントマルテン島の最高峰に、鵞鳥たちが多数集結していた。
 一種異様な風景だが、場所が場所だけに人間たちの目には留まることなく、次から次へと新しい鵞鳥たちが飛来して来ていた。
 彼らはこの最高峰にいる神鳥に、人間たちを退治してくれるよう祈願しに来たのだった。
 それもそのはず、このシントマルテン島で毎年行われる聖マルチン祭では、多数の鵞鳥が料理に供されるのだ。
 彼らにとっては、生死を賭けた祈りである。
 無数の鵞鳥たちの祈りに応え、神が重々しい声で神託を下した。
「島は各国の争奪戦により血塗られている。怨霊の力で何らかの災いを招こう」
 鵞鳥たちは色めきたった。
 神が自分たちの願いを聞き届けてくれたのだ。
 両手を天にかざし、神は怨霊――虚無の残党を呼び寄せる。
 残党たちは神鳥に化け、島にくすぶる小さな憎悪の間を飛び回った。
 彼らがひと飛びする間に、供養してもらえぬ鵞鳥たちと、この島を取り巻いてきた戦争の犠牲者たちの慙愧が、黒い霧となって人々の間を流れて行った。


 島の沖では、別の波乱が起きていた。
 ヨットによる、最年少での世界一周記録を目指す地元出身の少女が、今にも島にたどり着かんとしているところだった。
 そこへ、年少者の冒険を良しとしない団体が、帰港阻止のため多数の船を港の中に配置し、彼女の行く手を阻んでいる。
 一番大きな船の甲板で、傲慢を顔に貼りつけたような男が、拡声器からだみ声を沖合に響かせた。
「貴様、止まれ!」
 少女は潮と太陽に洗われた小麦色の腕と肩を惜しげもなく人前にさらしながら、大きく表情をゆがませた。
「今さら私の邪魔をしないで!」
 ゴールは目前なのだ。
 こんなところで夢をあきらめるつもりはなかった。
 少女は自分の小さな艇を巧みに操り、抗議船の間を猛スピードで走り抜けて行く。
 それを見た団体の過激派構成員たちが、客船を乗っ取って全速でヨットに突っ込んで来た。
「あんなの、客船のスピードじゃないわ…!」
 一瞬ひるむ少女を見て、彼らはさらに気勢をあげた。
 それもそのはずだ。
 彼らの乗っている客船には、異形の力が加担していた。
 一派の我欲と無数の鵞鳥と死者の霊がめらめらと機関室で燃えて客船を後押ししているのだ。
 少女が顔色を失って、呆然と客船を見つめる。
 こんなところで強制終了なんて、考えたくなかった。
 
 
 
「いい加減にして下さい! 三島准将」
「嫌ぁああ! こんな姿、見ないでぇえええ!」
 人の気配を察して、ガウンを羽織ってはみたものの、戦いに臨む時にはどうせ全裸になってしまうのだ。
 うら若き乙女としては恥ずかしくて地面に穴を掘ってでも消え入りたいくらいだ。
 ずるずると部屋から外へ引きずり出されながら、玲奈はまだぐずぐず言っていた。
「三島准将! 本当に大変なことになっているんです! 早く向かってください! ほら、『衣装』はここにありますよ!」
 部下たちに促され、玲奈は渋々現場へと鎮圧に向かった。
 指示された港に到着するや否や、カーチェイスさながらの船同士の戦いに、玲奈は目を見開いた。
 ターゲットにされているのは、まだ小柄な、だが勇敢な少女だ。
 そんな彼女が、玲奈に救いを求めている。
「こんな醜い私を、まだ必要とする人がいるのね…」
 玲奈はきゅっと唇をかみしめてガウンを脱ぎ捨て、大きく跳躍して客船に着地した。
「玲奈参上!」
 仁王立ちで、玲奈は叫んだ。
 部下たちが用意したのは、玲奈が醜いと思っている、身体が変化した部分を、かろうじて覆うビキニだった。
 戦いの現場が海だから、という理由だとすれば安易な発想だが、そのきわどいラインとあざといデザインは玲奈を派手に目立たせるのに十分な役割を持っている。
 無論、かつらもなかなかにセクシーな形をしている。
 よい意味で、いつもと玲奈の印象とちがい、今日の玲奈は「別人」に見えた。
 怨霊たちに操られた客船の犯人たちを、つかんでは海に投げ、蹴っては海に容赦なく落としていく。
「うわわっと!」
 最後のひとりを海中の藻屑とした玲奈だったが、船は暴走していて、足元がおぼつかない。
「この進路じゃ、街につっ込むわ…」
 機関室へ走る玲奈を、悲嘆の念がふわりと包んだ。
「憎悪じゃなくて、悲しみ、なの…?」
 足を止め、周囲に問いかける。
 念は応えるように、いっそう濃くなった。
「そっか…」
 この船に必要なのは、力ずくの阻止ではなく、鎮魂なのだ。
 床に座り、玲奈は線香をあげた。
 すると、目の前の景色がゆらゆらと陽炎のように揺れ始め、ゆっくりと消えて行った。
 玲奈は何もなくなった海の上に降り立ち、つぶやくようにこう言った。
「成仏しなさいね」
 港に戻った玲奈は、拍手と歓声に迎えられ、ついでに喝采と胴上げも献上された。
 胴上げで空を舞いながら、玲奈は複雑な気分で青い青い空を見上げる。
(あーあ、私の天国は地と空のどちらにあるのかしらね…)

〜END〜