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<東京怪談ノベル(シングル)>


勝負服ならご随意に
黒を基調に、紫色をところどころ利かせた配色。
薄暗いとさえ感じる落とし気味の照明。
店内にはオリエンタル系の甘い香りが漂う。
会社帰り、ビジネススーツ姿の松本太一(まつもと・たいち)は「媚びない小悪魔」がコンセプトのファッションブランドの旗艦店にいた。

(ねえ)
太一の中の魔女が脳内で呼びかける。
(いやだ)
太一はにべもなく答える。
魔女がつまらなそうに言う。
(あそこのワンピース、見たかっただけなのにな)
(不惑も過ぎたいいおじさんがワンピースを手に取るって状況はおかしいから。どう考えても)
(ふーんだ、ケチ)
(何を言ってるんだか。ここに来てる時点で大盤振る舞いだよ。感謝してもらいたいね)

「お客様?」
黒い包装紙に紫のリボンが結ばれた小箱を手に、店員が太一に声を掛ける。
「あ、はい」
黒いアイライナー、黒のマニキュアの店員が箱を太一に見せながら聞く。
「こちら、先ほどお求めになったオーデパルファンのラッピングになります。よろしいでしょうか?」
太一は頷く。
「ええ、それでお願いします」
「うちの商品が好きな方ならこのラッピングが一番いいと思いますよ。プレゼント、喜んでもらえるといいですね」
太一は眼鏡を手で押し上げながらあいまいに笑う。
小さな手提げ袋に商品を入れようとした店員に太一はそのままでと言い、ラッピングされた小箱をビジネスバッグに入れて店を出た。

街には夜が訪れている。
太一は足早に駅に向かう。
(ショッパーも欲しかったのにぃ)
太一の中の魔女は不満げだ。
(あんな明らかに化粧品だってわかる袋、提げて歩けないよ、私は)
(ケチケチケチケチ!)
(そんなに言うなら返品してこようかな)
(あっ、嘘々。買っていただいてありがとうございますぅ)
太一は口の端で笑い、改札を抜ける。
この時間なら快速に乗れる。
太一は買い物をした店内を思い出し、スーツに香りがつかないようにしないとな、と思った。

独り暮らしの太一の自室に明かりがついた。
「いい? 女は服で変わるの」
額縁に装飾が施された姿見に紫色の魔法少女の衣装をつけた太一の姿が映る。
太一は鏡の中を見つめる。
「魔法少女は精神状態に合わせた戦闘服をまとうって言ってたね」
「そうよ」
魔女は鏡の中から太一を指差す。
「逆に言うと戦闘服の状態をよりよいものにすれば能力は向上するってこと。おわかり?」
「その能力がいわゆる女子力に相当するものに依存するってことが私には納得がいかないんだけど」
魔女は太一の体をくるりとターンさせる。
柔らかいシフォン調のスカートがふわりと舞い上がる。
太一を再び鏡に向き直らせ、笑顔を作る。
「カワイイは正義、よ」
太一は溜息をつく。
「……人を見た目で判断しちゃいけないって、教わらなかったかい?」
「つっまんないこと言うのねー」
「つまらなくて結構。これまでの人生、真面目に実直に生きてきたんだからね、私は」
それが悪魔に体を乗っ取られかけ、回避するためとはいえ魔法少女に変化した。
だからといって魔法少女は職業ではないため普段は松本太一としての生活を続行するしかなく。
昼間は会社員、夜は魔法少女として暮らしている。
人生何が起こるかわからない、という次元の問題ではない気がするが、これが現在の松本太一の状況だ。

鏡の前から離れた太一に魔女が声を掛ける。
「ねえ太一」
「なんだい」
「太一は今まで、いなかったの? その、好きな人、とか」
突然の質問に太一は一瞬言葉に詰まる。
「ノーコメント。それについては答えられない」
太一はそう言いながら冷蔵庫を開ける。
買い置きしておいた発泡酒を取り出し、テーブルに運ぶ。
コンビニで買ってきた冷奴とちくわの磯辺揚げが今夜の夕飯だ。
「大体それを知ってどうするつもりなんだい? 魔法の力でどうにかなるでもいうのかい?」
「そうじゃないけど……」
「じゃあどうなの?」
「衣装を、その人のイメージで作ったらどうかなって思って」
太一は飲んでいた発泡酒を盛大に吹き出す。
「絶対に御免蒙る!」
「だって、太一はあんまりこの衣装が気に入っていないみたいだから」
太一は吹き出した泡で汚れたテーブルを拭きながら言う。
「まあ、なんというか、ね。気に入らないというか、そういうのとも違うんだけど、ね」
太一は新しい発泡酒を取りに立ち上がる。
冷蔵庫を開けながら、小さく言う。
「どうしても駄目なら、わざわざ香水を買いに行ったりしないし」
太一はその発言を隠すように冷蔵庫を閉めた。

<了>