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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.9 ■ 整えられた舞台





 睨み合いが続いている状況下、百合と武彦と勇太。そしてヴィルドカッツェとしての異名を持ったIO2の特殊捜査官、茂枝 萌。
 萌の身体はタイトなバイクスーツのような服で包まれている。この服が特殊な戦闘服である事は武彦も百合も知っている情報だ。
 華奢な身体からはおおよそ想像もつかない程の戦闘能力を保有した萌を前に、ジリジリと緊迫感の漂う睨み合いは勇太の言葉で終止符を打つ。

「だぁぁぁ! もう、新キャラ登場多すぎだよー!」
「新キャラ?」

 勇太の叫びに百合が萌を見つめたまま勇太に尋ねた。

「アンタが来てそんなに経ってないのに忍者とかヴィルドなんとかって言われても意味分かんないっての!」
「……はぁ。ガキね、やっぱり」
「はーいはい。どうせガキですよーっと」

 目の前にあった鉄柵に腰掛けて勇太が百合に向かって答えた後で、改めて萌を見つめた。

「それにしても、盗み見? 盗み聞き? へー、さすがはIO2だね」

 連日のIO2からのごたごたを知っている勇太にとって、萌の行動はやはり不信感を募らせたIO2への感情を逆撫でする結果だった。じとっと見つめる勇太が目の前にいる少女である萌へと口を開いた。

「ところで、ヴィルドなんとかって何なのさ?」
「ヴィルト・カッツェだ。ドイツ語の語源じゃ野良猫って意味だな。その容姿としなやかな動きからそういう二つ名がついてる」
「ふーん」

 武彦の答えにも勇太は特に興味を持たない様子で聞き流した。

「ディテクター。それに、虚無の境界の芝村 百合。そしてその目的である工藤 勇太。情報通り、危険と判断します」

 一瞬だった。
 本来人が動き出す時はその初動に力が込められる。数年間にも及ぶ戦闘経験から、武彦や百合はそれを理解し、勇太も感覚とは言えそれを感じている。しかし、初動にその動きもなく萌が姿を消すように動き出し、武彦の目の前に突如として姿を現し、腹部を蹴り飛ばした。
 突然の出来事と、構えていたとは言え予期せぬ攻撃に武彦が吹き飛ばされる。華奢な萌の身体からは想像も出来ない一撃だ。勇太は思わず鉄柵から動けずに唖然とした。
 萌の動きはそのまま流れるように続いた。背に背負われた刀を抜き取り、百合に向かってすぐに抜き出し、振り下ろされる。
 
「――ッ!」

 甲高い金属音が人気のない公園に響き渡った。
 百合に向かって振り下ろされた萌の刀は、目の前にテレポートで割って入った勇太の透明の刃《サイコクリアソード》によって防がれた。

「何の真似さ……?」
「邪魔するつもりですか?」
「当たり前だろ!」

 鍔迫り合いは分が悪いと判断した萌がクルクルと身体を回転させながら後方に飛び退いた。百合の目の前に立ちはだかった勇太が腕をピッと振って構えなおす。

「A001……」
「俺は工藤 勇太。そんな出荷待ちの家畜みたいな呼び方やめて欲しいんですけど。せめて名前で呼んでよ」
「なっ、名前!?」

 下の名前――つまりは勇太と呼べと百合が突如言われた事で顔を赤らめた。
 しかし萌から戦闘の姿勢は崩れないまま溢れでている。本気ではないとは言え、勇太も油断が出来る状態ではない。

「仕方ありません。殺さないように手加減するのは苦手ですが……」
「へーん! 俺よりちっちゃいクセに偉そうな事言っても迫力ないもんね!」
「……バカ」

 萌と勇太のやり取りに思わず百合が小声で小さくツッコミ。
 そんな事は構わず、萌が動き出した。
 初動の動きはない。相変わらず一瞬で目の前に現れるその動きは常人では読む事すら出来ない。ならば、と考えた勇太がその場から真上にテレポートする。
 勇太にいた場所に萌が刀を振るうが、空を切る。上空に飛び出た勇太の作戦勝ちだった。勇太はそのまま手をかざし、萌に向かって重力球を放った。
 萌はそれさえも一瞬で駈け出して避けてしまうが、それも勇太の予想の範疇だ。地面に降りた勇太が百合の腰に手を回し、武彦の元へとテレポートした。

「ちょっ! 何処を触って――」
「――ごめん、ちょっとどいてて」

 百合が思わず勇太の横顔を見て言葉を飲んだ。
 再び駈け出す萌に向かって勇太は目を凝らした。ただでさえ身長の低い萌が、上半身を深く落とす、独特な走法で駆ける萌の姿。
 距離があるおかげで萌の姿を捉える事が出来た勇太は地面に手をそっとかざした後で再び萌の眼前にテレポートする。
 横薙ぎされた刀を透明の刃で防ぎ、萌の身体に向かって重力球を放つ。勇太の上をクルっと回り、勇太の背を蹴って萌が回避し、そのまま百合に向かって駆け出す。

「――ッ! やっぱり狙いはそっちかよ!」

 背を蹴られてバランスを崩しながらも勇太が何かを引っ張りあげるように萌の背に向かって手をかざし、引き上げる。その瞬間、萌の身体に衝撃が走り、勇太の横を通り過ぎるように吹き飛ばされていく。

「な、何!?」
「サイコジャベリンならぬ、サイコハンマー? 透明の刃と組み合わせて見えないようにそっちの周りに仕掛けておいたんだよ」

 勇太が百合に向かってそう告げると、吹き飛ばされて茂みへと押し込まれた萌の姿を探すように見つめる。
 百合は勇太の戦闘能力に思わず固唾を飲む。

 ――これが、本当の……。オリジナルと呼ばれる力の成長……。

 五年前に戦った相手とは確実にレベルが違う。百合はその現実を魅せつけられた気分だった。
 能力だけで戦っていた子供の戦い方ではなく、頭を使い、罠を仕掛けて戦況を読む能力。明らかに戦い慣れた勇太の実力は、今の百合と五年前の勇太では比較にならない。
 その現実を目の当たりにしながら、百合は思わず小さく武者震いすら感じていた。
 そんな折、茂みから萌が無傷で姿を見せた。

「これ以上やるなら、俺も手加減しないよ」

 ただのハッタリではない事は、萌も百合も分かっていた。
 勇太の本気はこの程度ではない。殺傷能力を抑え、全ての攻撃に見える攻撃は、萌の攻撃を防ぎ、動きを妨害する事のみに集中されている。
 幾つもの戦いを凌いできた萌と百合だからこそ分かる、底を見せていない勇太の戦いぶり。そんな勇太がそう宣言するという事自体がただのハッタリではない事を証明している。

「ったく、いてぇな……。そこまでにしておけ」
「――ッ! 草間さん」
「ヴィルトカッツェ。お前に情報を吹き込んだのは楓だな」
「……答える義務はありません」
「お前がお前の意志で戦う事はない。だとすれば、俺達が繋がる事を危惧するのは楓しかいない。お前に対しての命令権を持ち、今回の首謀者として有力なのはアイツだけだ」

 武彦の言葉に萌はしばらく黙り込んだ。戦闘の姿勢を解かない萌のその直立不動の状態に勇太も百合も警戒を続けているが、萌が突如として気持ちを切り替えるようにため息を漏らした。

「……ディテクター。貴方程の方がどうしてIO2に反乱を起こそうと仰るのか、私には理解出来ません」
「反乱、だと?」
「はい。今回の任務は確かに、貴方達の監視のみでした。自分で言うのもおかしいと思いますが、これまで監視で尻尾を掴まれた事はありません。こうして戦闘行為になったのは、予定外でした」
「完璧過ぎる監視が仇になったのよ」

 萌の言葉に百合が告げた。
 完璧過ぎる尾行と監視を行える人間はそうはいない。ましてや相手である勇太は超能力を使える。五年前、勇太が人の思考を読み取る能力を見せた事は武彦からの報告でIO2上層部にも上がっていた。だからこそ、機械のように仕事をこなせる萌に仕事が回ってくる可能性は低くはなかった、と百合が付け加えた。

「……そういう事ですか」
「茂枝、一度停戦にしないか。俺達の持っている情報をお前にも話す」
「それを知った事で関係ありません。私はIO2のNINJA。依頼の背景など、私が関与する事ではありませんので」

 やはりか、と言わんばかりに武彦が煙草に火を灯した。

「変だよ、そんなの。普通にしてりゃただの可愛い女の子なのにさ」
「な……っ!」
「何言ってるのよ、アンタは……」

 百合の冷たい言葉とは裏腹に、勇太の言葉に萌が真っ赤に染まっていく顔をマフラーに埋めるように俯いた。
 それを見ていた武彦が小さくニヤリと笑う。

「茂枝。事情を聞いてくれないか?」
「……だから、私は――」
「――勇太、お前からも頼め」
「へ?」
「な……、どっ、どういう事ですか……?」

 武彦の言葉に拍子抜けする勇太と、明らかに動揺する萌。
 百合はそんな二人の様子と武彦のやり取りから、事情を察する。
 要するに、萌は完全に勇太を『敵』としての認識から外しつつある。それだけではなく、年齢もそう離れていない、自分よりも明らかに強い『異性』だ。
 そこに憧れや尊敬を抱くのは不思議ではない。大人顔負けの実力を保有する萌だからこそ、その考えはより強調されているのだ。
 百合の中で何やらメラメラと燃え滾る感情があるのだが、ひとまずは武彦の提案に乗る事にする。

「ゆ、勇太。アンタが説明して、補足は私達がしてあげるわよ」
「ゆ、勇太って……。だぁー、もう。分かったよ」




 勇太がゆっくりと見てきた事や実情を萌に向かって説明する。とてもじゃないが、その説明能力はじゃっかん乏しい。惚けて勇太を見つめる萌の顔に百合が苛立ちながら、武彦と自分の立場を改めて勇太の説明に補足する百合。
 この状況で凛がいたら大変な事になっていたかもしれないな、と武彦は心の中で小さく呟いた。




「……全ての話を鵜呑みには出来ませんが……」

 一部始終を説明し終えた所で萌が口を開いた。

「茂枝、だったよな?」
「ひゃっ、はい!?」

 勇太の言葉に萌が慌てて返事をした。

「信じてくれないかもしれないし、俺なんかの事信じたくないかもしれないけど……!」
「へ……ぁ……ぃ……、とっ、とにかくっ! 私は私で調べますっ! それではっ!」

 慌てて萌がその場から姿を消す。
 勇太は信じてくれない事にため息を漏らすが、武彦はそんな萌の姿に腹を抱えて笑いを堪え、百合は何故かやり場のない怒りに心を燃やしていた。

 長い長い一日が、ようやく終わろうとしていた。






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