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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


一人の兄として





 暴走した魔力と、その許容量を大きく超えてしまった翼の肉体に対する不安材料は目に見えて大きくなっている。
 意を決したように潤が翼を見つめるも、翼の身体は本来の治癒能力を大幅に上回る傷を自らの身体に刻んでいるせいか、潤よりも体力の回復は極端に遅かった。

「オフィーリア」

 潤の思念に遠くでオフィーリアが鳴き声をあげて応えた。
 時間はかかってしまうが、オフィーリアと“彼”ならば暴走しただけの翼の力を目の前にしても十分に相手出来るだろうと判断し、オフィーリアに自らの意思を伝えた。

 ――草間さんを連れて来てくれ。

 隔離されたこの世界の外、虚無の境界とIO2がぶつかり合っている状態はさすがに把握しにくいが、と潤が一抹の不安を募らせるが、それを振り払うかのようにオフィーリアが飛び上がる。




―――。




 隔離されていない世界では、虚無の復活に対して歓喜する虚無の境界と、IO2が激しい戦いを続けていた。
 潤と翼によって隔離されたこの世界も、もう間もなく虚無によって破壊される。それまで持ち堪えるのだ、と虚無の境界は死に物狂いで戦地を駆けた。
 一方、IO2はこの不測の事態に焦りが生じ、何としても虚無の復活を避けたい。

 互いの戦闘は勢いを増すばかりになり、もはやそこに理由や大義名分は立たない。

 そんな荒んだ戦場から少し離れた位置で状況を見つめていた武彦が、隔離された空間の空に一筋の影が現れた事に気付いた。漆黒色の黒い鳥が闇の空に溶けるように飛び上がっていく。

「あれは、確か潤の……?」

 隔離された世界に入り込んだ潤と翼を心配していた武彦に、ようやく少しばかりの安堵が生まれる。
 オフィーリアが潤と共に在る存在だという事は武彦も知っている。あのオフィーリアが隔離された世界から出てきて飛び回っているという事は、隔離された世界はある程度状況が好転したと考える武彦。
 しかし、それだけではやはりまだ足りないのだ。肝心の潤と翼が戻っていない。
 一体向こうの世界では何が起きているんだ、と武彦は焦りを押し殺すように再び煙草に火を灯す。

「――ッ! こっちに来る……」

 再び空を見上げた武彦を見つけたかのように、オフィーリアが武彦に向かって空から滑空してくる。
 バサっと武彦の上で翼を広げたオフィーリアが、武彦に何かを訴えるように滞空し、武彦がその意思を汲むようにオフィーリアを見つめた。

「……来い、って事なのか?」

 武彦の問いに、オフィーリアが独特な鳴き声で返事をかえした。それを察した武彦がオフィーリアに向かって頷くと、武彦の身体を漆黒の球体が包み込み、テニスボール程度の大きさにまで小さくなっていく。
 オフィーリアがそれを掴み上げ、再び空へと飛び上がる。





―――。




「――うおぉ!?」

 突如オフィーリアの魔法が解かれ、先程まで虚無と。そして、今では翼と潤との戦いによって荒れ果てた隔離された世界に武彦は姿を現した。
 手に持っていた煙草を口に咥え、オフィーリアに促されるかのように視線を向けた先に、潤が立っている。それに、その先に立っている見覚えのある服を着ている者。
 本来の着用者は目を惹く鮮やかな金色の髪をなびかせているのだが、そうではない。その姿に動揺しながらも、事の顛末が分からない武彦は戦況を見守っていた。

『草間さん』
「――ッ!?」

 突如隣にいたオフィーリアが武彦に向かって口を開いた。正確には、オフィーリアの口を通して潤が語りかけたのだった。

「潤か!? 一体、何が起きてるんだ!?」
『虚無の封印は翼のおかげで成功しました。厳しい状況でしたが、何とかなった、といえる程度でしたが』
「そうか……。それより、お前の前にいるのは?」
『翼です』
「……ッ、やっぱりそうか……」

 武彦が翼に向かって目を向ける。
 いつもの飄々とした風のような雰囲気は今の翼からは感じられない。それに、何と言っても吸い込まれるような真っ黒な髪だ。何かがあった事は武彦にも想像がつく。

「あっちの帰って来ないで俺を連れて来たって事は、何かして欲しい事があるって事か?」
『相変わらずの優れた洞察力ですね。その通りです』
「手伝える事なら何でもやってやるぞ」
『そう言ってもらえると心強いですね。今の翼は俺の血を吸って自我がない状態に陥ってます。つまり、非常に危険な状態だと考えてもらいたい』
「お前の血を、か……。一体、何が?」
『細かい話をしている余裕はありません。今は何しろ、翼をあの状態から解放しなくてはなりません』

 潤の言葉には切迫感が感じられる。
 普段の潤を知っている武彦だからこそ、この状況下で潤の言葉にそういった切迫感がある事自体が意味を指し示す。
 どんな状況でも落ち着いて冷静に仕事をこなし、感情に左右されずに事態を判断する事が出来る男。それが、武彦にとっての潤の印象だ。
 だからこそ、この状況の危険度は武彦にも理解出来た。

「何をすれば良い?」
『……話が早くて助かります』

 潤はそう言って武彦に状況を説明した。

『これから俺は翼の深層心理の中へと潜り込み、翼の自我を引きずり出します』
「深層心理に……? そんな事、出来るのか!?」
『出来るには出来るのですが、何しろ魔法を構築するのに少々時間が必要になってしまう、といった所ですね』
「つまりは時間稼ぎ、か?」
『……はい』

 嫌な予感は的中するものだ、と言わんばかりに武彦がため息を漏らした。
 翼の戦闘能力は常人のそれとは比べ物にならない。それも、暴走している状況ならばなおさらの事だ。
 武彦もそれなりに腕には自信を持っている方ではあるのだが、それが翼や潤のクラスに匹敵するかと聞かれれば、赤子の手をひねるよりも簡単に負けるだろう。その実力差に関しては無駄な過信を持つ事もなく理解している。

「俺にそんな真似が出来るとは思えないんだがな……」
『オフィーリアが草間さんを守り、加勢します』
「……でもまぁ、やらざるを得ないって所か……」
『はい……。翼の身体は既に修復が間に合っていない状態です。このまま荒々しく魔力を振るっていれば、あと数時間と保たずに崩壊してしまうでしょう』
「助ける為に、か。潤からそんな言葉を聞かされるとはな」
『俺らしくないかもしれませんね。ですが、翼は俺の妹です。夜神 潤としてでもなく、一人の兄として、俺は翼を助けたい』
「……お前達がいなければ、世界は虚無によって破壊されてた。どうせ一度拾った命だ。お前の為に使ってやるさ」
『……ありがとうございます。絶対に死なせません』
「期待しておくよ」

 武彦とオフィーリアが動き出す。
 オフィーリアの初動は咆哮からの魔力の解放だった。遠距離から放たれた魔力の攻撃は翼の眼前を掠め、翼の意識が潤から削がれる。その一瞬を利用し、潤は一度後方へと飛んで目を閉じて手を地面に翳す。

 魔力が消耗している今の状態で、人の心や深層心理に入り込む魔法というのは正直な所負担が大きい。ただ攻撃を仕掛けるよりも精密な魔法の構築が必要な魔法は、万全な状態ではともかく、翼と虚無との激しい戦いをこなした潤にとってはなかなかに骨の折れる仕事になる。
 それでも弱音を吐いてはいられない。
 翼の標的がオフィーリアと武彦に移り、戦いは既に始まっていた。集中する為に目を閉じていた潤だが、オフィーリアから絶え間なく状況を察する事は出来ていた。
 荒々しい魔力だが、扱い方が下手な翼だ。力では到底及ばずとも、武彦とオフィーリアはその攻撃の及ぶ範囲から逃げ、かわし、ギリギリの所で時間を稼ぐだけに集中しているせいか、翼の攻撃は空振りを続けている。

 魔法の構築に心は焦るが、焦ってミスが生まれては翼を救えない。なんとも危険な綱渡りのような状況の中で、潤は静かに魔力を扱い、魔法を構築する。

「――うおっ、っと!」

 武彦は既に翼のワンパターンな攻撃を余裕を持って見極めていた。
 連戦が続いている上に、冷静な判断力を持たない翼の戦い方を見極めるのも武彦にとっては容易だった。
 確かに翼は強い。圧倒的な力と、そのスピードはやはり尋常ではない。しかし、逃げる事、避ける事だけを優先している武彦とオフィーリアに隙が生まれる可能性も低い。
 例えばこれが、数十分から数時間も続くとなれば、武彦にも疲労が生まれる。そうなれば確実に避ける力もなくなる。

 ――しかし、この状況はあと数分。

 そう考えた矢先で、翼の身体がグラっと揺れた。武彦がその一瞬の隙を見て潤を見つめると、潤の目の前には真っ黒な光によって浮かび上がった魔法陣が形成されていた。

「……草間さん、ありがとうございます」

 魔法陣から放たれた黒い光とも呼べる光の渦が翼の身体を捉えた。
 潤が翼の深層心理の中へと飛び込む。





                              to be countinued....




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ご依頼ありがとうございます、白神 怜司です。

ついに潤さんは翼の精神世界に飛び込むと。
これで虚無編はついに終盤へと踏み込みましたね。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司