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<東京怪談ノベル(シングル)>


嗚呼!ハイパーカニ子さん。玲奈の画餅で餓死する鰊公約の巻

1.
 オランダの首都、アムステルダム。
 冬の気配が色濃いこの街に、三島家はどーんと一等地に立っていた。
 暖かな暖炉、ふんわりと柔らかなソファー、王宮直通の電話。
 そして、客をもてなすためのダイニングテーブルでは今ハーリングパーティーの最中であった。
 
 ハーリングというのはオランダの北海でとれる代表的な魚で、鰊の一種である。
 オランダではこのハーリングを塩抜きしたものを食べる。

「雫ぅ〜。ハーリングをパンで挟んで食べるとか無いわ〜。じゃ・ど・う☆」
 三島家の息女・三島玲奈(みしま・れいな)は友人である瀬名雫(せな・しずく)が悪戦苦闘しながらハーリングをパンにはさんで食べようとする姿にチッチッチッと舌を鳴らした。
「…なによぅ。じゃあどうやって食べるのよぅ」
 雫は思わずパンを置き、玲奈にぶーぶーと文句を垂れた。
「雫? いいこと? 通はね…こう食べるのよ!」
 ハーリングを1つ手でつまみあげて、あーんと口を開ける。
 角度は60度上方向。大きな口を開けて、使わない手は腰に当てる!
 あくまでも上品に、華麗をモットーに。
 そして一気にハーリングを口に放り込む!!
「しじゅく…むしゃむしゃ…これが…通…なにょよ…もぐもぐ…」
「いや、なんか銭湯の番台近くでコーヒー牛乳飲んでるのかと思ったよ…」
 雫はそういうと、置いたハーリングを挟んだパンをおもむろに手に持つとむしゃむしゃと食べ始めた。
「邪道だったら!! 今教えてあげたんだから、ちゃんと食べなさいよーーー!」
「邪道でいいもん。美味しく食べられればいいもん」
「直に食うのが一番美味しいのーーーー!!」
 玲奈の澄んだ叫び声が屋敷中に響き渡る。
 その声を聴きつけて、とある人間が三島家の戸を叩いた。
「あら、お客様ね…誰かな? もしかして、白馬の王子様かしら!?」
「それはナイ・ナイ」
 雫に即否定されつつ、玲奈は玄関へと向かうと…

「ちょっと、三島さん〜!? 居るんでしょ? 今声したの聞こえたんだからね!!」

 しまった! 大家のおばさんだ!


2.
 無視しようかとも思ったが、おそらく家賃の催促だろう。
 …ここは穏便に、とりあえず帰ってもらうのがよさそうだ。
「あら〜! ご機嫌麗しゅう〜おほほほほ〜」
 ひらひらと玲奈が対応に出ると、大家のおばさんは顔をしかめた。
「今日こそは家賃払ってもらうわよ!」
 ぐぐっ。今日の大家は覚悟が違う。
 しかし、玲奈も対抗策がないわけではない。
「それより、今日は市内の広場で催し物があるんですけどぉ…いかなくていいんですか?」
 その言葉に、大家の目の色が変わった。
「何!? 何があるの!?」
「なんでも鰊塾のパンフを配ってるとか。日の丸の腰巻をした老文豪が障子の束に特攻しているらしいですよ?」
 大家、これはどうやら情報漏れのようだ。
 慌てた顔してあたふたとし始めた。
「まぁっ! それは大変。私も障子に一筆入魂して貰わなきゃ! あ、三島さん。情報ありがとね!!」
 しゅたっと手を挙げて、大家はそばにあった障子をかついで一目散に駆け出して去った。
「ふう…大家がB層で助かったよ〜」
 汗を拭き拭き、玲奈はこの場を何とかしのいだことに安堵した。

 しかし、そこに一本の電話が鳴った。
 それは、王宮直通の電話に他ならない。少し緊張しながら、玲奈はそれを取った。
「ハロ〜?」
「玲奈ちゃん? 指令です。テロリストを逮捕して下さい」
 流ちょうな日本語で喋るこちら、女王様です。
 王宮の執務室より玲奈への直々の電話。
 詳しく話を聞くと、どうも市内の各所で先ほど大家に話した鰊塾の塾生が和食店を襲撃している模様。
 急を要する出動依頼に玲奈は快く返事をした。
「らじゃ〜!」
 ちんっと電話を切ると、雫が目を輝かせて寄ってきた。
「なになに!? またトラブル??」
「…トラブル好きね、雫…その通りよ。じゃ、あたし行ってくるから!」
 シュタッと窓に足をかけて、玲奈は家を後にする。
「おもしろいことがあったら連絡してね〜!」
 雫の応援を背に受けて、玲奈は今走り出す…。


3.
 市内に出ると、あからさまに出自の卑しい弁護士が群がる主婦に鰊塾のパンフを配布している姿がある。
 その中に先ほどの大家の姿が見えたが、玲奈は見なかったことにした。
「和食店…和食店はどこ!?」
 混雑する市内。混乱する人々。
 人の多いところへ…騒がしいところへ…!!
「あ、そぉれ! よいしょーー!!」
 どかーん!
「…って! 何やってんの!? 貴方、どっちの味方よ〜?」
「ん? 吾輩に言っておるのか?」
 玲奈は古臭い着物の襟首をつかんで、和食屋襲撃中の日の丸の腰巻をした老文豪をつまみ出した。
 玲奈は老文豪にお説教をしたが、よくわからない日本語で反論されて理解に苦しんだ。
「アタシ、ニホンゴ、ワカリマセーン」
 玲奈は逃げ出した!

「玲奈ちゃーん! おもしろいことがわかったよ〜!!」
 息せき切って走ってきたのは、雫だ。
「なに? 雫…ていうか、調べるの早くない!? どんなチートよ!」
「展開を進めるのに私の役割が必要だっていうんだからしょうがないでしょ! 文句言わないの!」
 雫からも説教を受けて、玲奈はぶーぶーと文句を垂れた。
 だが誰も聞いていなかった。
「この和食屋襲撃には裏があったのよ! 鰊塾は鰊で鯛を釣った利鞘を財源にすると公約したみたい。つまり…鰊の独占に和食店は邪魔なの!!」
 玲奈が聞いていない状態で雫が一体誰に向かって話しかけているのかは謎!
 すべては心のままに…。
「つまり…和食屋がつぶれたら鰊塾の思うツボってことね…。どうする雫ぅ?」
 玲奈がしかたなく雫にそうふると、雫はガッツポーズで断言した。
「対立候補を乱立すればいいのよ!」
 いや、乱立って…誰が立つのさ?
「そうだ〜! 女王様に選挙資金工面してもらお〜!!」
 雫と玲奈、2人してオーッと勝ちどきを上げてますが、大丈夫なのか!?
 ホントーに大丈夫なのか!?!?


4.
 玲奈と雫の提案は、すぐさま王宮の女王に伝えられた。
「んなぁんですってぇえぇぇぇぇ!!! わかったわ! 玲奈ちゃんの頼みですもの、早急に対応しましてよ!!」
 女王はいろんなところに電話をかけ始めた。
 おかかえの中央銀行、プロのスカウトマン、プロのジャーマネ、プロの整体師、プロの逃走者を追うためのハンター。
 ありとあらゆる人脈を駆使し、鰊塾に対抗するべく手はずを整えていく。
 中央銀行では交付金用のお札が急ピッチで印刷され、うずたかく山をなしていく。
 ドバババ!
 その山の数でオリオン座が作れてしまうほどだ。

 結果、鰊塾に対抗する立候補者の乱立は成功し、鰊塾の野望はもろくも潰えた。
 やはり鰊はみんなのもの。独り占めなどするべきではないのです。
 女王は涙ながらに玲奈の手を取り、両手で包み込むように握手をした。
「こうして惨敗した鰊塾は反逆罪で絞首台の露と消えたのです。有難うカニ子さん」
「これでハーリングも安心して食べられますね…って誰がいつ『カニ子』さんになったの!?」
 雫は感動の場面にそっと涙をぬぐった。

「任務完了〜。菓子でも食い行くか〜」
「お〜!」
 雫と玲奈はアムステルダムの街へと消えていった。
 オランダの一般的有名お菓子は…リクリッシュ。