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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.15 ■ 憂の洞察力





「冥月、実はな……――」
「――言っておくが、武彦。私は試されるのは嫌いだ」

 武彦の言葉を制するように冥月が口を開いた。明らかに不機嫌そうな顔をして影から百合を出し、改めて武彦と隣に立っている憂を見つめた。

「兵数・装備・戦術戦略。全てにおいてお粗末だ。仮に武彦が私の捕縛や殺害に協力しているというのなら、尚更こんな程度では話にもならない」
「うっ……」
「IO2での私の評価がどうなっているのかは解らないが、殺気の質も半端だ。中には多少の本気を見せる連中もいるらしいが、その程度だ」

 冥月が武彦に向かって言い放つ。
 IO2として戦っていた部隊の面々からすれば、今回の行動にはそれなりに本気で当たる事を条件とされていた為に、そこまでの言われようには立つ瀬もない。本来ならばその言葉に逆上もしたい所ではあるのだが、シルバールークでさえあっさりと損傷させられた相手に下手な事は言えない、といった所が心情である。

「さて、武彦。納得出来る答えを聞かせてもらおうか――」
「――すまん! 試した!」
「……ほう、素直に認めたか」

 シラを切るにはあまりにも相手が悪いと判断した武彦が頭を下げて謝る事に、百合も憂も思わずシンと静まった。

「私を試した理由は何だ? 従わせて協力でもさせるつもりか?」
「……えーっと、そのー……」

 武彦の目が握り締められた冥月の拳を捕らえ、途端に表情が引き攣り始めた。慌てて言葉を紡ぎ出そうとしている武彦を見て、「後でお仕置きしてやる」と冥月が小声で呟いた。
 状況を見ていた憂がIO2の部隊に撤退命令を告げるように手を上げると、戦闘集団は次々にその場から撤収を始めた。それを許そうとしなかったのは百合だが、百合の肩を冥月が掴んだ。

「お姉様、こいつらは敵――!」
「――まぁ待て。武彦が無意味に私を試すとも思えない」
「……お姉様はディテクターを過信し過ぎですわ……」

 ムスっとした表情で百合が武彦を睨みつける。

「いやいやいやー、やっぱ写真で見た通りの美人さんだねぇ、武ちゃん」
「そういえば、一度写真を撮られた事があったな。IO2だと知っていれば見逃さなかったのだが……」
「でも見逃してくれたおかげで、今回こうして武ちゃんを信じる方向にテスト出来た訳だしねぇ」
「テスト?」

 冥月と憂が話を始める中、武彦は正直な所、後でのお仕置きが怖いばかりだ。

「IO2。お前達の目的は何?」
「柴村 百合ちゃんだねー。百合ちゃんの方も、あの黒 冥月と一緒なら問題ないかなー」
「なっ、何で私の名前を……!」
「んっふっふー、私の情報網にぬかりはないのですよーっと」
「で、結局の所目的は何だ?」
「あぁっと、そうだったそうだった。武ちゃんに頼まれたのよ」
「武彦に?」

 さっきから武彦の事を親しげに武ちゃんと呼称している憂が冥月を不機嫌にしている要因でもあるのだが、憂はそんな事を一切気にしようともしていなかった。

「それにしてもさすがはSS《ダブルエス》ランクだねー。シルバールークの破損具合も考えると、これはちょっと高くついたかなー」
「答えになってないぞ」
「にっひひ。実を言うと、私もまだ武ちゃんから細かい事あんまり聞いてませーん」
「は……?」
「経緯や状況はあらかた聞いたけど、私はこれから依頼される所なのでっす。だから武ちゃん家いこ」
「あ、あぁ……」





「――成る程。つまり武彦と影宮さんは昔からの知り合いだった、と」
「憂でいいよー。そう、もう義理のお兄ちゃんになる寸前だったんだから」
「……義理の?」

 草間興信所に着いた後で憂からあらかたの話をされた冥月の表情が曇った。

「お姉ちゃんの恩人なのです、武ちゃん。こう見えてもやる時はやる男なんだよー」
「こう見えても、って……」

 警戒心を解かない百合と、呆れる武彦。憂の言葉で緊迫感を漂わせる冥月。そんな面々を前にしてもなお、憂のテンションは相変わらずと言うべきだった。

「今回の襲撃は、SSランクであるアナタ達を試すって私が決めたのよね。危険人物だとしたら即逮捕。まぁ今回は武ちゃんに免じて、地球に優しい装備にしたとは言え、シルバールークまで壊されるとは思わなかったけどー」
「ガトリングガンの何処が地球に優しいんだ」
「空の薬莢はちゃんとスタッフがお持ち帰りしましたっ」
「そんな事聞いてねぇよ……」

 毒を抜かれる、とは正にこの事だった。
 冥月と百合が漂わせていた雰囲気をため息と共に押し流すと、憂がチラっとそれを見て状況の緩和に成功した事を確信する。

「さて、武ちゃん。そろそろ教えてもらおっか?」
「あぁ。話した通り、そこにいる柴村が能力付与を施された少女だ」
「――ッ! 武彦、まさか百合を!?」
「違うよー。武ちゃんは、そこの百合ちゃんの身体を改善する依頼をしたいんじゃない?」
「あ、あぁ。その為に憂にこうして頼んだって訳だが……」

 冥月と百合が思わず反応したが、憂が助け舟を出す形で事態は収拾した。

「……百合ちゃんさぁ、だいぶ危なかったねぇ」
「え?」
「ちょっと横向いて」
「ちょっ……!」

 百合の首をグイっと押さえて憂が耳の後ろを見つめた後でため息を漏らした。「やっぱりねー」と呟いて改めて座りなおした。

「耳の後ろの斑点。それ、薬物アレルギー反応だよ。そのまま症状を押さえる薬を飲み続けてたら、間違いなく血管や脳からやられてたと思うよ」
「な……んだと……?」
「今から数年前に、虚無の境界以外でも似たような実験を行った機関があったのよ。能力付与。その付与者は、数年と経たずに薬物反応で全員死亡しているわ」

 憂の言葉は飄々としているものから一転して重くなり、その場の全員が凍り付いた。

「その中期症状が昏睡と斑点よ。その薬、成分調べるサンプルにするから私にくれる?」
「……で、でも――」
「――百合、渡しておけ」
「……はい」

 薬の入った透明なケースをポケットから取り出した百合は、憂にそのケースを手渡した。

「……十六錠ね。これまでに十四錠投与したの?」
「――ッ! そ、そうよ……」
「憂……?」

 武彦と冥月の視線が憂に注がれる。

「……二十六錠。これが、人間が死ぬ量」
「……なっ、何だと!?」
「恐らくこの形態と錠剤の形を見る限り、虚無の境界は改良もしないで投与させていたと考えるべきだね。つまりは、使い捨ての駒」
「フザけるな!」

 冥月が立ち上がり、憂の胸倉を掴んだ。制止しようと立ち上がった武彦を憂が手を出して止める。

「そんな……! そんな方法で百合は……!」
「……酷い方法だよ。でも、この禁忌に手を出したのは彼女よね?」
「そんな言い方――!」
「――少なくとも、もっと真剣に自分に出来る事を考えるべきだったのは彼女だよね!?」
「――ッ!」

 冥月に向かって憂が叫んだ瞬間、その場はシンと静まり返った。
 百合もまた、その言葉が胸に突き刺さる想いだった。憂の言う通り、自分は能力を受け入れる為に、と自分に言い聞かせてそのリスクを無視した。
 その結果が、これなのだから……、と。

「……冥月ちゃん、放して」

 憂の言葉が優しく響き、冥月は手を放した。憂と武彦が一先ず安堵したようにため息を漏らした。

「IO2の研究機関の責任者として、条件を提示します。虚無の境界との戦いにおいて、全情報を私達IO2と共有する事。そして、全面戦争時は我々IO2の指揮下において共闘する事」
「……それをすれば、百合の身体は元に戻るのか?」
「保証なんて出来ない。このデータを持ち帰って、薬を調べる。彼女自身にも、採血やデータ収集に手伝ってもらう必要があるもの」
「……保証は出来ない、か……」
「迷っている状況じゃないのよ、百合ちゃんも。フェイズ3に突入している今の段階じゃ、ゆっくりと考える時間もない。すぐにでも薬を改良する事が必要になるわ」
「……私は、お姉様の為に力になれるのなら死んでも――!」
「――笑わせないで」

 百合の言葉を遮ったのは憂だった。真っ直ぐ真剣な眼差しで、憂は百合を見つめていた。

「死んでも良い命なんて、ないのよ。誰かの為と言って自分の命を蔑ろにするなんて、そうして残された人間の気持ちも解らないの?」

 百合が言葉を失ったのは、ごく自然だった。
 残された人間。かつて、冥月が目の前から消えたあの時から、私はその立場にいた。残された気持ちから、今こうして自分の身体を犠牲にしている。浅はかだったと気付かされた気分だった。

「……私はIO2に従う気はない。だが百合の身体を救ってくれるなら、協力する」
「お姉様……」
「憂、頼めるか?」
「りょーかいっ」




―――
――





「……武彦」
「あぁ、冥月か。百合と憂は?」
「今百合の採血を完了して、二人で話し込んでいるらしい」
「そうか……。憂なら何とかしてくれるだろう」

 信頼が冥月にとって羨ましかった。それに比べて、自分は武彦を万が一にも疑っていたのかもしれない。そう考えると、武彦の顔を直視出来なかった。

「……武彦。すまない」
「何がだ?」
「……その、少しだけだ。少しだけ、お前を疑ってしまった……」
「それで良いんじゃねぇか?」
「え……?」
「お前はお前で百合を守ろうと必死だ。だから、多少は疑う事があっても良いんじゃねぇかって事だよ」
「……武彦……」

 これだからズルいのだ。冥月は武彦の横顔を見つめて、そう心の中で呟いた。

「お兄さん、お茶淹れるので手伝ってもらって良いですか?」
「あぁ。冥月もちょっと座って休んでろよ」
「あぁ、すまない」

 武彦が零に呼ばれてお茶を取りに歩いて行くと、冥月はそっとソファーに腰を降ろした。そんな所に、憂が戻ってきた。

「百合はどうだ?」
「ちょっと安定剤処方したから寝てるよー。心配しなくてもおかしな事してないからだいじょーぶっ」
「……そうか……」
「それよりさ、冥月ちゃん! あの影の使い方教えてよー! 応用法とか、理屈とかあるんでしょ!? ねっ!?」

 憂の言葉に冥月は何も答えようとせずにそっぽを向いた。そんな冥月を見て、憂が口元をニヤリと歪める。

「……自分が愚かだったのに責めない武ちゃんって、やっぱりズルいよなぁー」
「なっ!?」

 冥月が慌てて振り返ると、憂は構わずに言葉を続けた。

「でも、そんな所がス・テ・キ! なんてひゃふー!」
「お、お、お前……! なっ、ななな何を!?」
「にっひひ。気付いてないと思った?」

 冥月にとってのある種逆らえない敵が生まれた瞬間だった。




to be countinued...


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ご依頼有難うございます、白神 怜司です。

今回は色々なやり取りを混ぜさせていただいたので、
交渉材料やからかいに使われるのは次回以降になりそうですw

憂は冥月さんとはちょっと対照的なキャラなので、
今後のアンバランス具合な駆け引きがありそうですw

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司