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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


+ 過去と未来の交差点で +



「あ、ヴィルさんに弥生さん達だ」


 そこは商店街からやや離れた交差点。
 向かい側の歩道路にヴィルヘルム・ハスロと弥生(やよい)・ハスロの姿を見つけたアキラは夫婦の方から手を振ってくれている事に気付くとアキラもまた手を振り返す。信号はまだ歩行者側は赤。互いにしっかりとマナーを守って立ち止まりつつちょっとしたこの距離をくすぐったく感じていた。


「……こうしてみると、ホントにあの二人若いよなぁ……ま、当たり前か」


 アキラは二人には聞こえない音量で呟く。
 十八歳のアキラに対して二十六歳の弥生に三十一歳のヴィルヘルムは若いというよりも少し年上のご夫婦という方が本当は正しい。しかし彼にはある事情があり、しみじみと通りの向こう側にいる二人を「若い」と表してしまう。
 まだ赤信号である事を目で確認しながらもアキラは――自分が晶・ハスロ(あきら・はすろ)である事を思い出し、ふっと昔の事を思い出していた。



■■■■■



 それはアキラが幼き頃の時。
 晶・ハスロとしてヴィルヘルム・ハスロと弥生・ハスロの間に生誕して数年経った本当に掠れ掠れに残っている始まりの記憶。
 彼はお父さんとお母さんに連れられながら近所の商店街へと初めて言った日の事であった。それ自体は珍しくもなんとも無い平穏なものであろう。
 だが、幼き日の記憶に残るほどの「子供にとっての事件」が彼らを襲った。


「お父さん、お母さん。おかしおかし!」
「お菓子は一つまでよ。それから値段は百円くらいが良いわね」
「弥生、さすがに晶にはまだ値段までは分からないと思うよ」
「あら、そうかしら。この頃からしっかりと金銭感覚を教え込んでおいたら将来絶対に無駄使いをしない子に育つと思うのに」
「晶、百円の意味は分かるかい?」
「えーっと……おかしいっぱい?」
「……ごめんなさい、まだ早かったみたいね」


 ヴィルヘルムに抱き上げられている息子、晶はそれでも母の問いに答えようと指折り数えるが両手の指が全部折れてしまったところで数を数えるのを止め、子供ながら困った顔で母親へと視線を向ける。母、弥生もまだ英才教育には早かったかと舌をちろっと差し出しながら息子を抱く夫、ヴィルヘルムと共に商店街の中を歩いていく。
 今回の目的は当然買い物。
 だが、晶にとっては初めての場所ゆえに好奇心旺盛な年頃という事もあり、見るもの全てが新鮮で輝いて見えきゃっきゃきゃっきゃっと大喜び。そんな息子の姿を見ると二人もまた顔を見合わせ、ついつい「お菓子は一つ」と言ったばかりなのに「これが欲しい」と指差す息子に甘い表情で買い与えてしまった。そうは言っても所詮は子供がねだるお菓子の値段。数百円程度でしかないので弥生も今回ばかりは良いかと財布を緩めてしまう。


「お父さん、これなぁに?」
「それはこうやって遊ぶものだよ。貸してごらん」
「!? うごいた!」
「ねじを巻いて、人形に息を吹き込むんだ。昔からあるからくり玩具だよ」
「ね、ね! じゃあ、こっちはなにー?」
「ああ、そっちはね」


 父と子が楽しそうに父子談義に花を咲かせている合間に、主婦である弥生は素早く近場の店で夕食のおかずを買い込んでいく。夫に任せておけばきっと大丈夫であろうと判断しての行動だ。手荷物は増えていくがそれは大した問題ではない。
 今日は折角だし子守をしてくれている夫の好きな料理を作ろう。そう決意し、しっかりとメニューを頭の中で決めながら彼女は買い物を続けた。


「弥生、買い物はどうだい。ちゃんと進んでる?」
「ふふ、大丈夫よ。そっちこそどう? 久しぶりの休暇に愛息子と一緒に商店街で遊ぶのは」
「とても楽しいね。子供がいなかった頃は弥生と二人きりも良いと思っていたけれど晶が生まれてからはまた別の意味で幸せだよ。家族三人で過ごす時間は新鮮で飽きないね」
「まあ、ヴィルったら」


 ヴィルヘルムが弥生に事の進度を問えば、彼女は増えてきている荷物を抱え上げ順調だという意思を見せる。そんな父と母を見つめ、自分もまた何か変わったものはないかときょろきょろとしていた晶はふと自分の目の前を通った子猫と視線が合い、そしてその瞬間子猫が拙い足取りで逃げようとしだす。それについ反射的に心惹かれた晶は両親に何も告げずに走り出してしまった。


「ねこ、まってー!」
「みぅー!!」
「まてー!」
「みぃー!」


 子猫特有の高くて甘い声色が愛らしい。
 晶は一生懸命後を追いかけ、その身体を撫でようと自分の歩いた事のない場所を子猫につられるがままに走っていった。


「ねえ、ヴィル。晶はどこ?」
「晶ならそこで今――あれ? いない?」
「すみませーん! そこの店員さん、これくらいの子供見かけませんでしたか?!」


 一方、何も告げずに消えてしまった晶に気付いた夫婦は慌てて近くを探し始めた。
 素早い動きで走っていったため店員も晶の失踪に気付かず、弥生の言葉に首と手を同時に振って否定の意思を告げる。周囲を懸命に探し始めた夫婦だが、我が子の姿は一向に見当たらず、目撃証言も出ない。


「ねえ貴方。もしかして晶誘拐されたんじゃ……」
「そんな。こんな一瞬で攫えるとは思えないよ。何より子供を抱えていたら目立つしね」
「でも商店街の道を外れてしまえばいくらだって人目なんて避けられるわ。それにあの年頃の子供にはまだ危機管理が備わっていないのよ。誰か知らない人に連れて行かれてもされるがままに決まっているわっ!」
「落ち着いて、弥生。もう少し近辺をしっかり探したらきっと見つかるよ。きっと何かに気を取られてそっちにふらふらっと行ってしまっただけだと私は思うから」


 今にも泣き出しそうになっている妻を懸命に落ち着かせながらも、ヴィルヘルム自身も一瞬でも我が子から目を離してしまった後悔に襲われる。息子に何かあったらと気が気ではないが、何より妻の動揺を宥める方が先である。二人して混乱を起こしても解決する訳がない。
 妻の女性特有の細い肩を抱き寄せ、背中をぽんぽんと叩いては深呼吸を促して落ち着きを取り戻させ、それから彼は唇を開く。


「そうだね。念のためあと少し周辺を探してみても見つからなければ警察に失踪届けを出そうか」
「ん、んっ」
「ほら、『お母さん』がそんな顔をしないで。あまりにも悲愴な顔をしていると晶がひょっこり帰って来た時に逆に心配されてしまうよ。それでもいいのかい?」
「……良くない」
「じゃあ、笑顔とまではいかなくてもいつもの弥生らしさで頑張ろう。ね」
「ええ、頑張るわ」


 弥生が徐々に蒼褪めた表情から元気を取り戻し始めるとヴィルヘルム自身もほうっと息を吐き出す。
 妻まで落ち込んでしまうのは彼の本意ではない。彼女の手を取りつつ、懸命に周囲へと息子の名を呼びながら迷子捜索を始めた。


 さて、問題の晶はと言うと。


「うぇ、うえぇええん! おとうさん、おかあ、さん、どこー!?」
「あれ、晶君。どうしたんだ?」
「おかあさん、おとー、さーん!」
「もしかしてお父さんとお母さんとはぐれちゃったとか?」
「わーん! おかーさんー! おとうさん、どこー!」
「げ、こりゃハスロ夫婦と完璧にはぐれた……っぽいな」


 子猫を追いかけていった当の本人は子猫が見えなくなった辺りでぽつんと一人取り残されている事に気付く。
 そこは商店街から少し離れた交差点。いつの間にか信号すらも渡っていたという子供にとっては大変危険な場所であった。そこで晶は独りである寂しさに耐え切れずとうとう泣き出してしまったところ、近くを通りかかったお兄さんに声を掛けられた。知っているような知らないような……記憶能力が曖昧なこの時期では声を掛けてくれた男性が誰なのかもわからず、それが余計に不安を煽る。


「大丈夫、大丈夫。多分二人とも晶君のこと探してくれているはずだからさ。とりあえずどこから来た?」
「しょーて、ん、が、い!!」
「商店街か。じゃああっちの交番に連れて行けば多分合流出来るよな」


 おいで、と通りがかりの男性は晶へと手を差し出す。
 晶は知らない人には着いていってはいけないと一応両親から言われているためその手には戸惑う。しかし一人でこの場所にいても自分にはどうにも出来ない。それに何故かその手が父の手にように大きく頼りがいがあるように見えた為、そっと幼い手を伸ばして絡めた。
 男性と手を繋ぎ、今度こそしっかりと信号が青になるのを待ちながら晶は反対側の手で必死に涙を拭う。
 すると――。


「晶!!」
「見つけたわ!」
「!? おとうさん、おかあさん!!」


 交差点の向こう側で晶の両親が心配そうに立っている。
 弥生は「早く青に変われ」と念じながらも通りの向こう側で男性と手を繋いでいる息子の姿へと視線を釘付けにした。息子と手を繋いでいる男性が偶然にも知人であった事に心から安堵したのは夫婦両方とも。男性もまた無事に夫婦と合流出来そうだと内心胸を撫で下ろしつつ、信号と待つ。
 そしてついに歩行者側が青に変わると晶が走り出す。それには手を繋いでいた男性もつられるようにして慌てて駆け出した。ここで手を離して事故にあっても危ないと考えたためだ。夫婦もまた横断歩道を渡ろうとするがここで自分達が歩いていっても逆に車道で再会という大変危険な位置に入ってしまう為、ぎりっと歯を噛んで耐える。
 やがて息子が信号を渡りきり、弥生がしゃがみ込んで両手を広げた。男性はそれを見計らって手を離し、子供が母親の胸の中に飛び込むのを無事見届ける。


「息子がお手数かけてすみませんでした」
「いやいや、無事で良かったっすね。商店街から此処までって子供の足じゃ結構距離あるのに……しかも信号まで渡ってたっていう」
「横断歩道の向こう側で見つけた時は内心心臓が冷えましたよ。本当に有難う御座います」
「じゃあ、俺はこれで。用事あるんで今回は失礼しますね」
「ええ、お礼は後日出来れば」
「エビフライでいいっすよー」


 晶を保護してくれた男性は手を振りながら去っていく。
 それに対して弥生もまた慌てて頭を下げたりお礼の言葉を掛けながら見送った。晶もまた小さな手をふりふりと振る。全く知らない人ではなかったようで、ちょっとだけ晶の心も軽くなった。


「もう、晶ったらどこに行っていたの?」
「ねこおいかけた。ちーっさいねこだったよ」
「猫って……お父さんとお母さんに何も言わずにどこかに行っちゃ駄目でしょ!」
「ご、ごめんなさいっ」
「もう、今日から一緒に出かけるときは迷子にならないようしっかり手を繋いでガッチリとホールドしましょ」
「うん、確かにそれが一番良いね」
「がっちり? ほーるど?」
「絶対に手を離さないっていう意味よ」
「晶が自己判断出来る様な年齢に育つまでは常にお父さんかお母さんと手を繋いでいようか」
「……う、うん」


 それってもしかして自由に動けないんじゃ、と晶は内心思ったが、迷子になった今を思えばそれに反論する言葉など出せるはずも無くこくりと頷くだけ。
 心配させてしまったので自業自得といえば自業自得の出来事である。
 そして宣言通り晶は自立出来るようになるまで夫婦としっかり手を繋いで育つ事になるわけだが……それもまた一つの家族の教育の形であった。



■■■■■



 そして十八歳へと育った晶は――アキラとなり、『過去という今』へと意識を戻す。
 記憶の中の両親は向かい側の歩道路に立つ夫婦よりも年は当然上だった。しかし彼らは今若く、子供もいない。この時間軸には『晶(じぶん)』という存在はいないのだ。
 どうして晶がこの時代に来たのかは一切不明。アキラ自身も良く分からぬままいつかあの『未来という現在』へ帰れる事を祈っている。


 そして信号は青へと変わり。


「こんにちは、アキラ君。今日はバイトかい?」
「ええ、ヴィルさん。そちらは商店街にでも買い物ですか」
「そうよ。今日はヴィルが久しぶりに帰って来た日だから頑張って大好物の料理を沢山作るの!」
「弥生さんの料理絶対に美味しいですからね。……とと、信号が点滅し始めた。じゃあ、また機会があったら」
「またね、アキラ君」
「今度はゆっくりお喋りしましょ」


 幼き日と視点が逆の位置。
 迷子になったあの日は商店街を目指し、今は逆に商店街から離れようとして歩き出す。一分にも満たない会話はそれでも心を満たし、あの幼き日と重なる。離れていく夫婦の姿をそっと見送りながらアキラも早足で信号を渡りきった。
 過去と未来が交差する道。
 此処は周囲の景色が微妙に変わってもそう簡単には潰されない思い出の場所。


「俺にとっては確実なる過去で――あの二人にとってはもしかしたらこれから訪れるかもしれない未来、か」


 繋がる場所をしっかりとその足で踏みしめながら、三人は思い思いにこの時代を生き抜く。
 ただそれゆえに、愛おしい。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8555 / ヴィルヘルム・ハスロ / 男 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8584 / 晶・ハスロ (あきら・はすろ) / 男 / 18歳 / 大学生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、発注有難う御座いました!
 今回は家族ネタという事でそれはもう楽しく書かせて頂きました^^

 夫婦にとっては未来、アキラさんにとっては過去。
 迷子になった時の晶さんはさぞかし不安だったでしょうね……。でも迷子に気付かない子もいるのである意味良かったのかな?

 ではではまた三人同時にお逢い出来る事を楽しみにしつつ!