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<東京怪談ノベル(シングル)>


魅了魔法をお手盛りで
つややかなロングヘアの黒髪。強い意思を感じる紫の瞳。抜けるように白い肌。
紫と黒をベースにしたデコラティブなワンピース。
それが普段着なのだと納得させる、存在感のある少女。
それが今日の松本太一(まつもと・たいち)の外見だ。

(これで文句ないでしょう?)
太一の中の魔女が脳内で太一に呼び掛ける。
(別の文句はつけたいところだけどね)
太一はなげやり気味に答える。
(おじさんが女物の洋服見るのはおかしいっていうから今日は女体なんでしょ。勝手ばかり言わないでよ)
魔女は言い返しながらメニューを再度眺める。
ここはショッピングモールにあるガレットとクレープの専門店だ。
平日の昼過ぎという中途半端な時間帯のせいもあり、フランス北西部を意識したプロヴァンス風の店内に客は太一だけだ。
まあ、太一の中には魔女が同居しているのだが。

太一の前にアイスの乗ったクレープが置かれる。
注文と違う内容に顔を上げた太一にウェイターが言う。
「アイスクリームはサービスです」
太一の中の魔女はありがとう、と言いナイフとフォークを手に取る。
アイスのはしを少し崩し、ナイフで切り分けたクレープで巻いて口に運ぶ。
バニラアイスとはちみつが口の中で塩気のあるクレープ生地と混ざり合う。
「おいし……」
「そう言っていただけて何よりです」
ウェイターが笑顔を作り、去ってゆく。
太一が脳内で問いかける。
(魔女のチャーム発動か)
(そう。でも誤解しないでね。あたしはただ、おいしそうって思っただけなんだから)
魔女はクレープを切り分けながら答える。クレープの枚数もメニューより多い。
(いい店ね。気に入ったわ)
魔女はカウンターから様子を見ているウェイターに笑いかけた。

店を出た太一は小さくため息をつく。
「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」
魔女が聞き返す。
(何それ)
「そのまんまの意味だよ。人間は女性らしいって型に嵌められて女性になるってこと」
(そういうの古くない? 太一だってサラリーマンになりたくてなったわけじゃないでしょ)
「いろいろ準備したしその後も努力したよ、それなりには」
(ふーん)
魔女は適当に聞き流す。
キャッシュディスペンサーを見つけた太一は足をそちらに向ける。
(どうしたの?)
(太一って名前の女性はいないだろ? 今日は会計にカードは使えない。だから下ろすんだよ)
暗証番号を入力する。画面が通信中に切り替わる。
魔女は慌てて抗議する。
(洋服代はあたしが出すって言ったじゃない)
(そういうわけにはいかないよ)
(へえ、男の沽券ってやつ)
(これ以上、現実世界の秩序を乱したくないだけだよ。キミの情報演算とやらでの支払いは断固拒否する)
金額を入力する画面が表示される。太一は画面の外を軽く指で叩く。
魔女は試すように言う。
(……いくら使うかわからないわよ?)
太一は画面の外をなおも指で叩きながら答える。
(洋服として常識の範囲内ならかまわないよ)
(キャバクラとか興味なくてよかったわね太一。そんな考えじゃいいカモにされるだけよ?)
(誰にでも同じことを言うわけじゃない。それにまあ、自分の洋服でもあるわけだしね)
魔女の笑う気配。
(じゃあ今日はうんとおめかしさせてもらいましょうか)
太一は入力画面に手を触れた。

そろそろ夕方のラッシュが始まる時間。
両肩にいくつもの紙袋を掛けた太一が電車の入口で座席の横にもたれかかっている。
「ありがとね」
太一、いや太一の中の魔女は電車の窓に映る太一に笑いかける。
(……どういたしまして)
太一は窓から目をそらしながら答える。
魔女は弾んだ声で言う。
(あたし、こんなに洋服見てまわったの初めてだわ)
(魔女なら自分の服くらい魔法で生成できるだろうに)
(わかってないのね。新しい自分が発見できるところがいいんじゃない)
太一の中の魔女は紙袋の中を覗き込む。
(そんなものが必要だなんて、平和なんだねキミは)
(そうね。太一といるからだわ)
魔女は無邪気に答える。

自分にチャームはノーカウントだ、と太一は思った。

<了>