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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【回帰・後日談2】 +



「散々朔さんに指輪の件で弄られ続けた俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)十七歳は、既にもうHPは0に近い状態です。げっそり」
「誰に向かって自己紹介をしているんだ、お前は」
「なんとなく」


 【珈琲亭】Amberの面々から……もといそこのウェイトレスの朔さんに左薬指に付いている指輪に関して散々弄られ、疲弊困憊状態となってしまった俺はぐったりと肩を垂らし脱力する。
 隣には青年姿のカガミが居て、俺達は今母が入院している病院に向かっているところだ。その道筋で俺は何気なく己の指に嵌った指輪を見つめながら先程【珈琲亭】Amberの面々に言われた事を思い出す。


―― 勇太君ってば知らないのー? 左手の薬指は婚約指輪や結婚指輪を嵌める指じゃなーい!
   男同士でも恋人がいたらやっぱり左薬指に嵌めるでしょ。所有印的な意味も持つんだから。
―― 左の薬指は確か……絆を深めるという意味を持つ。右なら精神の安定や感性を高める……そんな意味があったような。
―― ほーら、マスタもこう言ってる事だし! 左って事はやっぱり……むふふふふっ♪


 あの二人の言う事には指輪には特別な意味があるという。
 特に薬指には特別な意味が込められていると言う事でそれはもうご丁寧に朔さんに色々言及されてしまったわけで……そのせいか、先程から隣にいるカガミを意識してしまって仕方が無い。コイツがどういう意味で俺にこの指輪をくれたのかさっぱり分からないけど、もし、……もしも、その、朔さん達が言った意味だったら……と思うと……。


「あああー!! もう頭がパーンする!!」
「だろうな。こっちも思念が飛んできてて頭が痛いぞ」
「げ、通じてた」
「指輪効果も有って以前より繋がっているからな。今だとお前がその指輪を嵌めている間は大体の事は読み取れるようになっているんだ」
「へ? この指輪そんな効果あんの?」
「まあ、話してやるからこっちこい」
「ういーっす」


 病院途中の公園に手招かれ、自販機の傍にあるベンチに座るよう促される。
 カガミはと言うと自販機からペットボトルジュースを二本購入し、その内の一本を俺へと手渡してくれた。今回はスポーツドリンク。まだまだ季節は夏。影場を選んだとはいえ照りつける太陽が周囲の気温を高めており、水分補給は欠かせない。
 俺の左隣にカガミが座り、ペットボトルを開く。俺もまたそれに倣う様に貰ったばかりのジュースが温くならない内に有りがたく飲む事にした。


 ふと、カガミが俺の左手を下から掬い上げるように持ち上げる。
 そこに嵌っている細いリング。特に大した装飾も無いただの指輪だけど、朔さんに意味を聞いた今じゃそれを意識してしまって。


「これは俺専用の『案内人の指輪』だ」
「『案内人の指輪』?」
「そう。今まで関わってくれた人に対して俺が信頼出来た人物にだけ渡す事にしている。スガタやミラー、フィギュアも同様に信頼出来た相手にのみ渡すアイテムを持っているぞ。それが何かは言わないけどさ」
「信頼出来る相手にだけ……」
「俺の場合はこれを嵌めておくか、手の中に握り込んだ状態で俺を呼ぶと今まで以上に俺達は意識が繋がっていられる。正しくは俺がお前の思念をより強く感じ取る事が可能だ。今まではこの世界だとやっぱり俺の力が及ばない所が多かったが、その指輪を嵌めている間は少なくとも距離や物理的遮蔽などは一切関係なく、お前の事を感じていられるぞ」
「……そっか。そう言えばこっちの世界だと俺の意識あんまり読み取ってなかったもんな」
「ちなみにその指輪は左右どっちに嵌めてくれてもいいけど、薬指にしか嵌らない親切設計だから」
「それ不親切設計の間違いだろ!?」


 さらりと言い切ったカガミに対して俺はついつい突っ込みを入れてしまう。
 カガミは俺に左薬指に嵌った指輪を親指で撫で、そこを意識させるように俺の方をちらっと見てからまた指輪に視線を落とした。たったそれだけの動作だけどなんだか気恥ずかしい。


「ジルが言っていたけど、指輪を嵌める位置は左だと絆、右だと精神力を高める効果があるからどっちでも好きに嵌めとけ。ああ、でも普段は外してても構わないぞ。学校もあるんだしさ」
「あ。学校に嵌めていったらまずいか」
「あんまりオススメ出来ない。俺は全然構わないけどな。勇太が女子に囲まれて『きゃー! 勇太君恋人出来たのー?!』って言われて弄られるのが目に見えてるくらいで」
「それは既にげっそりフラグ」
「友人からは『彼女可愛い? ちょっとお前写メとかあんだろ。見せろよ』と散々小突かれる」
「俺の未来があまり明るくない……」
「こんなのまだまだ日常の範囲内だろ。平和でなによりだ」


 カガミにはちょっとだけ先の未来を見通す力があり、俺はそれを知っているからこそげんなりとした顔つきを浮かべてしまう。恋人は……まあ、ともかく。彼女の写真を見せろと言われた日にゃ俺はどうにも出来ないぞ。カガミは男だし。


「女にもなれるぞ」
「なんだ、と!?」
「今度なってやろうか」


 あっさりと俺の考えを読み取るカガミはニヤニヤとそれはもうイイ笑顔を浮かべて俺を見つめてくる。黒と蒼のヘテロクロミアの中に映った俺はそれはもう動揺に動揺を重ねまくって……。


「年齢操作も自由、性別も自由。俺の心身もいつだって自由。――望むがままに、望まれるがままに『在る』のが案内人だからな」
「け、結構フリーダムだった」


 女性のカガミ……想像出来ない。
 なんなの、女の子ってどうなの。いつもの十二歳姿で女の子だと俺、ロリコンフラ……いやいやいや、まだなるとは言ってないし! 落ち着け俺の頭!
 引きつり笑いを浮かべる俺は今はもうペットボトルに口付け、話題を誤魔化しに掛かる事にする。これ以上の暴走は危険。ある意味危険。
 何よりもカガミがこの思考を確実に読み取っている事が一番危険だと、俺は本気で思った。



■■■■■



 公園で穏やか?な時間を過ごした後、俺達は目的地だった母親の病院へと至る。
 先日までは見知らぬ場所だったこの病院も、母から分けてもらった記憶のお陰で大分視界が違う。前は「こんなところ通っていたっけ?」と初めて来た場所の印象の方が強かったけれど、今見ると「そう言えば通っていたな」と感慨深くなる。記憶を所有しているのとしていないのとではこんなにも感覚が違うんだと改めて思い知らされた。


「俺、待合室で待ってるからゆっくりして来い」
「ん」
「迷子になんなよ」
「この敷地内で迷子になったらそれこそ駄目だろ!?」
「…………」
「なんだよ、その生温かい目」
「いやいやいや、なんでもない。お前は早く携帯の電源くらい切ろうなって思っているだけで」
「それは早く突っ込め!!」
「以前だったら即切りしていたからさ。どれくらい身体に記憶が馴染んでるか様子見も兼ねて黙ってたんだ」
「っ〜! 場所が場所だから早く言ってくれよ!」
「じゃ、俺待合室行きー」


 ひらひらと手を振りながらカガミが病室前を離れていく。
 なんだか意地悪された気分となり、言いようの無い心境に口がもごもごと動くが反論の言葉が出てこなかった。遠くなっていく背を見送った後、俺は母がいる病室を訪問する。久しぶりに通り抜ける扉からは相変わらず病院独特の薬剤の香りが漂っていた。
 窓際の病院ベットに母は居る。
 カーテンで区切られたその場所で、彼女は今日も笑顔の仮面を張りつけて笑って――。


「こんにちは、母さん。久しぶり……って言うほどでもないけど」


 前回は母の診断結果を受け取りに来た時だった。
 でも当時は記憶が無く、彼女が自分を産んでくれた『母』であることも分からず戸惑っていた事を思い出す。僅か一週間と少し。二週間ほどの前の事だけど、それでもその期間中得た旅路では沢山の事を学んだ。
 能力を持っていても一人では何も出来ず、沢山の人によって自分が支えられて生きている事。それを自覚出来ただけでも随分と自分は成長出来たと思う。


「母さん、今回ね。俺沢山報告する事あるんだ」
「……あら、おはな綺麗、ね」
「いつも通り花を買って来たから花瓶に活けさせてもらうな。あとそれから……最初に母さんの事忘れててごめん」
「?」
「ちょっと此処に来れなかった理由としては母さんの事思い出すために九州地方の方へ行ってきたよ。ある人がそっちの方に母さんに関して思い出すきっかけがあるかもしれないって教えてくれたからさ。――あ、もちろん信頼出来る人だから大丈夫。変な人じゃないから安心して」
「――おはな、白、うすい、桃色」
「うん。母さんは母さんのペースで良いから俺の話を聞いてて」


 俺は知ってる。
 深層エーテル界に潜った時に見た母からの視点。
 彼女は心を壊して以来会話が上手に成り立たない状態に陥っているけれど、それでも俺が帰った後に必死に応えようとしてくれていた。だから今は彼女が何を言っても、例え俺よりも花に興味を示していても構わない。俺は母に伝えるべき事を伝えよう。


「俺、精神体で母さんに会いに行った。……その時の母さん、凄く温かかったよ」


 深層エーテル界での出来事をゆっくりと報告し始める。
 彼女はきっと覚えていない。覚えていられるのかも俺は知らない。もし覚えていたとしてもそれは泡沫の記憶。夢のような感覚でしか覚えていられないものであろう事は容易に想像出来る。
 どこから話して、どこまで伝えたら良いのか慎重に言葉を選びながら俺は伝え続けた。彼女はどこまでも自分のペースでただ笑っているだけだったり、たまに花の花弁に触れて遊んでいたりと一般人の常識に当てはめると「非常識」にあたる行為を続けていたけれどそれでも構わない。母さんがどんな気持ちで「こちらの世界」に戻ろうとしているのか俺はもう知っているから。


「母さん」


 思い出す。
 俺が去った後に母が誰もいない空席へと微笑みかけ、『俺』の幻影へと手を伸ばし頭を撫でながら応えてくれたいたあの仕草を。
 思い出す。
 その時の母がしっかりとした手付きと精神で微笑んでくれていた事を。


「いつか迎えに行くから待ってて」


 握り締めた母の手。
 それは生きているものの体温を有しており、とても温かい。生きている。母さんは生きている。心を壊しても、完全には精神を閉ざしてはいない。だってこんなにも今の母さんは――。


「っ――!」


 ほら、またあの無表情にも近い笑顔を浮かべながらも、ほんの少しだけ重ねた手を握り返してくれる……ただそれだけの応えが、今は嬉しい。



■■■■■



「泣くなよ」
「泣いてない」
「ハンカチとティッシュどっちだ」
「……ティッシュ」
「ほら」


 病室から出て、カガミ待っている待合室へと運んだ瞬間に言われた言葉がこれ。
 そりゃあちょっとうるっと来てしまいましたとも。でも幸せだったから良いんだ。俺は渡されたばかりのティッシュをそれはもう遠慮なく頂いて鼻を拭う。目も少しだけ腫れぼったい。そんなに長時間泣いたつもりはなかったけれど、やっぱり色々知ってしまった後の対面は心の中に来たようで。
 カガミが俺の手を引いて自分が座っているソファーの隣に移動させてくれたので有りがたくそこに座る事にした。


「話せてなにより」
「うん」
「あの人も大分戻ってきてるから大丈夫だろう」
「うん、うん」
「……もう少ししたら出るぞ。ここの病院にはお前顔知られてるんだから泣き顔見られたら恥ずかしいだろ」
「もう担当の看護士さんには見られた。だって土産渡したかったし」
「じゃあ頑張れ」
「おう、超恥ずかしい」


 カガミがくだらない会話で俺の心を満たす。
 やがて落ち着きを取り戻した頃、俺達は立ち上がり病院の廊下を歩き出す事にした。一緒に歩く廊下はこんなにも長かっただろうか。なんとなく新鮮な気持ちで俺はそう思う。
 だが、ふとカガミが足を止め、窓の方へと視線を向ける。
 少し先を進んでしまった俺は若干振り返り気味に彼を見た。


「カガミ?」
「ん。なんでもない。珍しい鳥が居ただけ」
「鳥かー。カガミそういうの好きなのか?」
「いや、どっちかと言うと今回見た『鳥』は慎重派なくせに攻撃的なタイプだから嫌い」
「きっぱり言った!」
「いずれ見るかも?」
「へえ、どんな鳥だろうな」


 俺はカガミの言葉に明るく突っ込みながら開いたばかりのエレベーターへと二人で乗り込む。
 その時の俺は知らなかった。
 カガミが何を表して『鳥』と言っていたのか。何を見つけてそれを『鳥』と言い換えてくれていたのかなど――。


 双眼鏡で病院内に居た俺達を見ている人物が居た事――そんな『誰か』に気付いていたのは何名か。
 少なくとも俺は今は気付かないまま、幸福に浸っていただけのそれだけの時間だった。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / ジル / 男 / 32歳 / 珈琲亭・亭主,人形師】
【共有化NPC / 下闇・朔 (しもくら・さく) / 女 / 17歳 / ただの(?)女子高生.珈琲亭「アンバー」のアルバイト】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 題名的には後日談2にさせて頂きました。
 また後日談が来るなら3、新しい展開に行くならばまた何かタイトルが変わるという事で!

 今回は指輪の意味や母との対面という事でドキドキしつつ書かせて頂きました。久しぶりに二人きりの時間が多かったかなという印象で御座います。
 カガミにお任せという部分はこんな感じで。
 結構さっぱりしているのもカガミっぽいなーと思っていただければ! ではでは!