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<東京怪談ノベル(シングル)>


深海からの挑戦的な?


「万歳〜!」
 やた倒閣だ〜!
「万歳〜!」
 やっちまったなぁ〜?
「万歳〜!」
 遂に解散総選挙だ──!
 その日、閣議で総理が解散を宣言した。続く本会議で議長が解散詔書を朗読し、議員達は万歳三唱して粛々と議場を後に──する、はずだった。
 どこかでスイッチが入ってしまったのだろう。
 万歳の唱和が止まらない。
 狂喜であったり半ばヤケクソであったり、ともかく強い思念のこもった魂の叫びは、いつしか怒号となって渦を巻く。見るものが見たなら、顔色を変えずにはいられぬほどに──


「まあっ!」
 とある家の台所で、国会中継を横目に家事をこなしていた主婦がシャモジを取り落とした。
 どうやら『見るもの』であるらしい。
「……やってくれるわ。この年末のクソ忙しい時にアイツを召喚するとか無いわ」
 唱和にも限度ってものがあるのよ。まして解散総選挙──
 愚痴るそばから、テレビは臨時ニュースに切り替わった。


 一方その頃、東京湾では──
 かの主婦いわく『アイツ』が波しぶきを割って続々上陸しつつあった。
 すなわち海老蟹蛸烏賊他諸々の生きのいい寿司ネタ達である。
 そう、解散総選挙に向けたセンセイ方のソウルフルなシャウトが時空の歪みと共鳴し、海産総鮮魚を召喚してしまったのだよ!(な、なんだってー!?)
 近隣住民大喜びで殺到──したいところだが、あいにくどいつもこいつも巨大サイズだからたまらない。
 烏賊が道路に墨を吐き散し、スリップした車を蛸が報道ヘリに投げつけ、海老はひと跳ねで建物をなぎ倒し、やりたい放題だ。
「海産総鮮魚だ〜!」
 ぐゎらぐゎらとビルを壊しながら迫り来るナマモノ軍団に、人々は逃げ惑う。
 そんな中、
「あんた、電話してる場合かよ!」
 物陰の女性を見とがめ、通行人が声をかけた。
 親切な一般市民に軽く会釈し、スマホの電源を切ると、事情通らしき耳の長い女は慌てるふうもなく静かに立ち去った。


 再び、とある家──
「……! キタコレー!」
 受話器を叩きつけ、主婦は自嘲気味に快哉を上げた。
「お楽しみはこれからよ」
 ジト目ながらも、明らかに喜んでいる。
「玲奈〜出番よ〜!」
 返事はない。
 生さぬ仲の愛娘は、自らの醜態を嘆いて連日引き蘢っているのだ。
 けれど、海産総鮮魚を倒して株が上がれば、人目を憚らずに済む。ここは愛の鞭だ。主婦は状況説明かたがた娘の首根っこ──は、つるりぬらりのイルカ肌なので尖った両耳をつまんで引きずり出した。
「さあ、お行きなさい!」
「でもでも、だって……」
 あたし、こんなカラダだしぃ……
 うじうじと呟く三島玲奈(みしま・れいな)は、なるほど、どえらい風体である。
 であるが、どえらさに見合った能力の持ち主でもあるのだ。正義の味方ポジションさえゲットすればこっちのもの、要は成果だ──そんな継母の激励は、玲奈の心に響いた。
「わかった。あたし、やる。可憐なるバトルヒロイン・愛と勇気の暴カニ女になってみせる!」
 煽り文句がアレなのは見逃してやってほしい。
 玲奈はリビングの掃き出し窓をからりと開け放つと、天使の翼をひろげ──
「ちょっと待ったぁ!」
 出端をくじいたのは、神出鬼没の蔵倫の人だった。
「何か履いて下さい! 裸では出演できませんっ」
「え? でも、ほら、ちゃんと平家蟹が」
「却下」
 すごすごと自室に戻り、苺ぱんつ装着の玲奈である。
「タラバならよかったのかな……?」
 ともあれ、仕切り直しだ。
 しかし、一拍置いたおかげでやる気が殺げた。
 ダメモトで振り返れば、手を振る継母がにっこり笑う。ジト目で。
「……行ってきます」
 渋々、玲奈は飛び立った。


 現場は磯の香りに満ち満ちて、たいそう生臭かった。
 だが、海産物どもの姿が見えない。
 暴れ疲れて帰った、とか?
 希望的観測を胸に高度を落とした玲奈の眼前に、突如巨大穴子が現れた。
「ひゃう!」
 間一髪、鋭い牙の並んだ顎から逃れる。
 “餌”を捕らえそこねた穴子が潜んでいたマンホールに戻ると、入れ替わりに、崩れかけたビルの影から吸盤付きの触腕がのたくり出た。
「ふ、あたしを待ってたってわけ」
 不敵に微笑んだ玲奈は長い猫の尾をひと振り、そのまま戦闘モードに入ろうと──したのだが、研ぎすまされた聴覚が色々拾ってしまった。
「うわ、あの子なに!?」
「なんか色々生えてね?」
「てか飛んでるし。おねーちゃん、どこ星人よ?」
 慌てて見回せば、ビルの屋上、民家の屋根、果ては街路樹の枝にまで、結構な数の老若男女がいるではないか。もれなく携帯だのスマホだのビデオカメラだの手にしており、野次馬全開だ。
「え、う、あ……」
 どれほどどえらい風体であろうと、芳紀十六歳の乙女である。樹脂っぽいつるんとした頬を羞恥に火照らせ、それでも玲奈は継母の言葉を思い出した。
「あ、愛と勇気の、あの……暴カニ女参上ぅっ!!」
 唐突に名乗りを上げ適当にポーズを決めると、リアクションも待たずに身を翻す。
「あ〜恥ずかし。さっさと倒して帰ろ」
 心の傷を最小限に抑えるには、短期決戦しかない。
 なにしろ猟奇で悶絶の暴カニ女である。吹っ切れたら、後は早かった。
「そぉいっ!」
 電柱すら叩き折る蝦蛄の尾や海老、蟹の鋏をかわして懐に飛び込み、右胸のトイレ用棒付き吸盤の柄に蠢く脚を絡めて次々ひっくり返し、頭部の燭台に仕込んだ香辛料を喰らわせて悶絶させる。
「とうっ!」
 アスファルトで跳ねる巨大鮮魚には、左胸の衛星アンテナから電磁波をぶっ放す。鯛も平目も、またぞろ出てきた穴子も湯気を立ててほかほかになった。
「はぁっ!」
 アミノ酸豊富な烏賊墨をかいくぐり、苺ばんつをぐいと引き上げ、挑発的に尻を突き出す。左右の臀部に明滅する光に幻惑され、蛸と烏賊が紅白の触腕を絡ませ情熱的なタンゴを踊りだしたところへ、右胸の柄から容赦なくビームを見舞う。
 更に縦横無尽に飛び回り、倒れた海産物どもに実にいい焦げ目をつけまくる玲奈の耳に、歓声が届いたのはその時だ。
「B・K・O!」
「B・K・O!」
 気づけば野次馬の皆さんが拳を突き上げている。
 そして一帯は、食欲をそそるシーフードの匂いに満たされていた。
「ちょww東京港を鍋にするとか無いわ」
「ど〜すんだよコレ」
「蟹旨ぇ」
 食べ頃に調理された海の幸に群がり舌鼓を打つ人々の目も、好意的だ。
「B・K・O!」
「B・K・O!」
 暴カニ女の略称らしきよくわからない歓呼を聞くうちに、玲奈は目頭が熱くなってきた。
 ふわりと地上に降り立てば、マイ箸を手にどよめく人の輪ができた。
「よくやった! 感動した!」
「ねーちゃん、すげえじゃん」
「海老旨ぇ」
 やった……あたし、やったよ、おかーさん!
 ほろりと涙をこぼした、その時。
 ちゃーっと、香ばしい液体が頭に回しかけられた。
 醤油だ。
「ちょ、待っ、あたしはネタちゃうわ! ヒドス!!」
 玲奈の叫びが東京湾にこだまする。
 頑張れ玲奈! 負けるな暴カニ女! BKOの明日はどっちだ──!