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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ xeno−起− +



 ドッペルゲンガーが出た。
 今、自分の目の前に。


 同じ姿。
 同じ声。
 鏡合わせの様な自分と相手。


 だけど。


 ―― 殺していいかしら?


「そこの<迷い子(まよいご)>! そいつを見てはいけない!!」


 くきっと首を折る様に横に倒した自分と同時に声が聞こえた。
 それは『誰』のものだ。



■■■■■



 何もない世界で私はただ一人そこに在った。
 寝る前に着替えたパジャマ姿のままで、ただただ広がる暗闇の中私は自分だけが視認出来る事に驚きつつ――それでも目の前に現れたもう一人の『私』を見ていた。
 だが、『私』もまた私を見ると気味が悪い笑顔を浮かべ、そして指先へと光を集め始めた。


「――!?」


 突如目の前に放たれる炎の矢。
 しかし瞬間的に目の前が歪み、私はなんとか驚く程度で済んだ。そんな私の本当にすぐ前に立っているのはミラー君。そしていつの間に降ろしたのか足の悪いフィギュアちゃんが私の足元でぺたりと座り込んでいる姿が在った。


「見てはいけないと言ったでしょう!?」
「駄目よ、アレは貴方に関わってはいけないモノ。――初めまして、<迷い子>さん」
「フィギュア、彼女は初めましてではないからね」
「あら?」
「すまないけど、今記憶を渡している暇がない。区切りが付いてから記憶を渡そう」
「ごめんなさい」


 舞い上がり、消えた火の粉。
 振り払ってくれたのはミラー君だと察するのは容易な事。蜃気楼のように歪み終えた空間はやがて元通り向こう側の『私』を映し出し、彼女はまたケタケタと奇妙に笑みを浮かべていた。まるで鏡に映った私。同じように就寝前に着替えたパジャマ姿で、けれど微笑み方だけが悪寒の走るものでぞっとしてしまう。
 私を助けに来てくれたのであろうミラー君とフィギュアちゃんはそんな『私』を真摯な眼差しで見つめていた。
 私も『私』を見る。
 『私』も私を見る。
 それはなんて不思議な、……なんて奇怪な光景か。


「殺してもいいわよね。もういらないでしょう」
「――貴方、誰なの!?」
「私は貴方を殺したいわ。今幸せなんでしょう? 時々苦しくてもすぐに癒してくれる誰かが居て、助けてくれる人達がいるなんて羨ましいわ」
「だからなんなの! 私は――っ」
「幸せそうな貴方なんて――殺して良いわよね」


 今度は風の衝撃波が放たれ、私も反応し防御壁を張る。
 もちろんミラー君も防御専念し、私とフィギュアちゃんの前に立ったまま『私』の攻撃を跳ね返そうと力を使っていた。
 歪む歪む。
 不思議な鏡あわせの世界。
 歪む歪む。
 不思議な感情あわせの世界。
 まるで『彼女』は私のよう。私は『彼女』のようではないけれど――。


「思考を飲まれないで」
「フィギュアちゃん?」
「覚えていなくてごめんなさい。後で貴方の事を思い出すから今は許してちょうだいね」
「……いいえ、それはいいの。無理させているのは私の方ね。此処は……夢かしら。それとも現実かしら」
「『夢』よ。貴方にとってはあまり良くない夢の世界。確実に貴方の精神への侵食を望む不快なもの。……心配しないで、あたし達がすぐに追い払うわ。そうしたら貴方は今日もゆっくりとした夢の中へと落ちれるから」
「え? 待って、良く分からないわ」
「二人とものんびりはしていられない。来るよ!」


 ミラー君の声はフィギュアちゃんの解説を遮って放たれる。
 瞬間、今度は足元の地面が大きく揺れバランスを崩しそうになり、私は慌ててフィギュアちゃんの方へと意識を向けて彼女を守ろうと咄嗟に動いた。だって足の悪い彼女が一番心配だもの。己の意志で移動出来ないという状況はきっと辛いでしょうに。


「大丈夫よ、有難う。優しい<迷い子>さん」
「怪我はない!?」
「ふふ、ないわ。二人も守ってくれる人がいると心強いわね。でもあたし達が貴方を守りたいの。……ミラー、お願いね」
「了解した。フュギュアの心を乱すのも僕にとっては良くない事だからね」
「でも今は<迷い子>に専念してあげてね」


 庇うように私はフィギュアちゃんの身体へと覆い被されば、彼女の己より若干幼い手が私を安心させるかのように二の腕へと伸びてきて、ぽんぽんっと数度叩いてくれた。
 私はその事と言葉が嬉しくて思わずほっと息を吐き出すと同時に微笑んでしまう。しかしそれは皮肉にも『私』にとって不愉快な方向へと効果を齎してしまい。


「もう殺して良いわよね。やっぱり私は私が嫌いだわ」
「っ――貴方一体なんなの!?」
「私は『私』。貴方と対面している私自身が全ての存在」
「聞かないで! 精神を侵されるわ!」
「気付いているんでしょう? 知っているんじゃないかしら? こんな日が来るんじゃないかって思っていたんだもの。だから『私』は此処にいるの。私は貴方を殺したい。殺したくて殺したくて――堪らないわ」
「聞かないでっ!!」


 フィギュアちゃんが叫ぶ。
 けれど『私』の声は此処にいる誰よりも空間を通り、私の耳へと到達してしまう。思考が可笑しくなりそう。急に胸が痛み息が苦しくなって私は己の胸元へと手を当て、乱れ始める呼吸に気付いた。
 『私』が力を溜め込んでいるのが肌をぴりぴりとさせる感覚で分かる。手に取るように分かる。だってあれは私。私が使う魔術の方法。手の中に小型ナイフを出現させ、媒体兼飛び道具として扱うその技法。独学で学んだその方法は何よりも個性的で――。


 私は貴女なのかしら。
 貴女は私なのかしら。
 殺したいほどに憎い感情を抱いた記憶が蘇り、私は混乱し始める。
 ミラー君とフィギュアちゃん達と再び出逢えた事には喜びと安堵を感じるけれど、状況が状況なだけに再会の喜びには浸っていられない。
 分かる。
 分かってしまう。
 次に相手が何をしようかと考えているのか。
 その思考が――私にも手に取るように分かるのよ。


「手に取るように、とはまた愉快。二人は確かに縁がある」
「でも意識してはいけないわ」
「来るよ――構えて!!」


 『私』が放つ水属性の氷の矢。
 小型ナイフを軸として作り上げた多くの氷柱が私達を貫こうと鋭さを持って放たれ、私とミラー君はすぐにまた防御壁を立てる。けれどこのままでは何も解決しない。するわけがない。だからミラー君は飛び出したのね。氷柱によって身を裂かれるのも構わず、私とフィギュアちゃんへの害だけを避けてから『私』に向かっていくその背中は十五歳ほどの少年なのにどこか心強い。私は己の指先に力を込め、そして彼を援護するために炎の竜を作り上げた。


「行きなさい! 彼を支援するのよ!!」
「本当に憎らしいわ。殺したいわ。もう良いじゃない。幸せのまま眠りましょうよ」
「喰らいなさい――!! 私は貴方じゃないわ!!」
「あら」


 かわされる私の炎の竜。
 巻きつこうとした大きく長いその身体は空中で何もないものを捉え、失敗した事に気付いて消滅していく。ミラー君が繰り出す衝撃波も私の能力と全く同じように壁を立てて阻む。
 攻防が続き、均衡が保たれ続ける――何故かそれが可笑しいと感じるの。
 だって貴方は私なのでしょう。
 私はミラー君以上の力を持っているとは思えない。いいえ、正しくは私とミラー君という二人分の力を超える力を有しているとは思えないの。


 全く同じなのかしら。
 本当に同じなのかしら。
 でも……でも心の奥底で警鐘が鳴り響く。キーンとした耳鳴りにも似たそれは危険信号。ドッペルゲンガーという名前が相応しく、そして……憎らしく。


「自覚しなさい、『私』の存在を」
「あな、た――!」
「邪魔者が強すぎるから一旦引くわ――でも覚えていてね」


 揺らめく炎。
 その明るさの向こうで『私』は歪な笑顔で私を見つめてくる。それはまるで冷えた氷のような微笑だった。
 笑う。
 嗤う。
 哂う。
 嘲笑う『私』はこんな表情を浮かべているのね。――こんな風に心の中は冷静な感想を抱くほどに私は落ち着いていて。


「また殺しに来るわ。その時こそ死んでちょうだいね」


 闇の中へと溶けるように消えていく私。
 チッという舌打ち音が聞こえ、それがミラー君から発せられたものだと気付くのに些か時間が掛かった。危険が去った事で安心し身体の力が抜ける。下を向けばフィギュアちゃんが膝の上に両手を置きながら私をその灰色と黒の瞳で見上げていた。ミラー君が寄ってきてフィギュアちゃんの額へと額をくっつける。受けた彼女はそっと瞼を下げてそれを甘受していた。
 やや時間が過ぎてから二人が離れるとフィギュアちゃんの表情が和らぐ。
 そして開かれる小さな唇。


「こんにちは、<迷い子>さん。先日の薔薇園はとても楽しかったわ。薔薇図譜は気に入ってもらえたようでなにより」
「! 思い出してくれたの!?」
「ふふ。もう暫くは大丈夫よ」
「……でも喜ぶのはまだ早いわね。聞きたい事があるの」
「『もう一人の貴方』の事かしら」
「ええ、そうよ。一体何が起こっているのか説明してもらえるかしら」
「――……関わらなくても大丈夫なのよ?」
「僕達がアレを排除すればそれで終わりだからね。貴方はこのまま夢の続きを見ていればいい」
「駄目よ」


 記憶を取り戻してくれたフィギュアちゃんが困ったように眉根を寄せる。
 ミラー君がやれやれと肩を竦めた。


「遭遇したからには、関わらなくちゃいけない気がするの」
「貴方には荷が重いと思うけど?」
「それでも放っておくと良くないことが起きるような胸騒ぎを感じるわ。……それにいつの日かきっとこんな状況が来るような気がしていた。いいえ、知っていたのかもしれない」
「貴方は未来視が強いもの。その勘はきっと正解ね」
「だからこのままじゃ駄目ね。何があったのか教えてちょうだい」
「あれは『歪み』だよ。今はまだ正体をはっきりとした言葉で教える事は出来ないけれど、それだけは教えてあげられる」
「『歪み』……」
「気をつけてね。アレは現実世界にもきっと干渉してくるわ。あたし達が間に合えば貴方は安全になるから、頑張るけれど」
「厄介なのはアレが貴方と全く同じ能力を持った上で貴方に対して殺意が有るという事だ。聞いたからには間に合わなかった時は自己責任ということを覚えておいて欲しいものだね」
「分かったわ。気をつける事にしましょ」


 二人の説明は曖昧だけど、公開される情報がないよりかはマシ。
 私はきゅっと唇を引き結び、『私』が消えていった方向へと視線を向けた。


「あれは、『私』なのかしら」


 言葉で形にする事は出来ない。
 形にした瞬間それは固定され、確かな存在へと進化してしまうから。
 私は考える。
 今後を考えて、対策を練る。どうか、私の大切な誰かが傷付かない事を祈りながら――。


「もう誰も失いたくないの」


 ふと多くの大切な人たちを失った過去がよぎったこの思考は――侵食の名残なのかしら。











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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 今回は「xenoシリーズ」へ参加頂きまして有難う御座います!

 まだまだ起承転結の起ということで事件の発端だけ。
 話が続くか否かはお任せしつつ……もう一人の弥生様の存在をそっと残します。ではでは!