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<東京怪談ノベル(シングル)>


     Call And Run

 扉に付けられた鐘がからからと乾いた音をたてる。いささか古めかしい趣のその喫茶店に現れたのは、学校帰りと思しき学生服姿の少女だった。彼女のまとう古風なセーラー服が店内の雰囲気によく合っているためか、アンティーク調の扉のそばでたたずむところは不思議と絵になる。
 彼女は店の奥の席から自分に向かって手を振る者を見つけてそちらに歩き出した。手を振ったのは冴えない容貌の中年の男である。
 「よう、嬢ちゃん。調子はどうだい?」
 気安く尋ねてきた男に少女は礼儀正しく「こんにちは、雨達(うだつ)さん」と挨拶をしたあと、おもむろに「海原(うなばら)みなも様」という宛名の書かれた緩衝材付きの封筒を差し出して彼の先の問いに答えた。
 「学校では特に変わったことはありませんが、妖装(ようそう)については少し進展がありました。」
 「それがこの封筒か?」
 「はい。お父さんに相談してみたら、『これ』が送られてきました。」
 そう言って少女――みなもが封筒から取り出したのは小型の外付け機器である。一見ただの外部記憶装置だが、並列情報処理回路も積んだ高性能なものだ。先端には携帯電話と接続するための端子があり、側面には専用の拡張スロットも見える。
 みなもはそれを自分の携帯電話に挿入し、その中におさめられているアプリケーションソフトのアイコンを雨達に見せた。それは青い髪をしたかわいらしい女の子の絵で、みなもによく似ている。
 「お父さん曰く、『“あたし”の作った妖装を基本に、愛娘を守る親の愛を加味してみた』だそうです。」
 「なるほど、愛がつまってる感じがする。」
 雨達は思わずそう呟いて頷いた。
 妖装は、みなもが紆余曲折を経て携帯電話の付喪神(つくもがみ)を自らの中に受け入れて同化し、意識や肉体といった存在そのものを共有するようになって以後に身につけた能力のようなもので、正確にはみなも自身が生まれ持つ「南洋系人魚の末裔」の特性である「水制御」と「携帯電話の付喪神」の特性である「情報処理」を利用して構築された術式アプリケーションソフトウェアである。みなもが人魚の末裔として持つ能力を行使するための力――妖力(ようりょく)を具現化し、装束として身にまとうことで防御力や身体能力を上げるそのプロセス自体を携帯電話の演算力で代行する、というものだ。みなもの携帯電話に組み込まれているそのプログラムを作り上げたのは彼女の中に同化している元携帯電話の付喪神、もう一人の”みなも”である。
 しかし妖装はその便利さ、汎用性の広さが逆に用途を漠然とさせることになり、みなも自身、作ってはみたものの扱い方に困っているというのが現状だった。
 そこでみなもは父親に妖装について試行錯誤していることを伝え、今後どう発展させれば良いかと相談したのである。すると封筒が一つ送られてきた、というわけだ。
 「基本的に『防御』主体で組まれたものなんですけど、使い方によっては攻撃にも生かせるみたいです。」
 「防御で攻撃? どうやるんだ、一体。」
 「はい、それをお見せしようと思って連絡したんです。ついでに一つお願いもあって……。」
 そう言ってみなもがおずおずと次に取り出したのはデジタルカメラである。
 「お父さんに写真を送りたいので、撮ってもらえませんか?」

 人気のない公園へと場所を移すと、みなもは父親からもらった妖装を発動させた。みなもの妖力を元に、瞬きよりも速く青と白を基調にした清楚な印象の装束が彼女の体を覆うように構築される。それは学生服とメイド服を足して二で割ったようなデザインで、みなもによく似合っていた。美しい海の色をした長髪が白いリボンやフリルによく映える。
 父親ならばなおのこと、娘のこんな可憐な姿の写真はぜひとも見たいだろう、とカメラを構える雨達は思った。
 「これが届いてから自分でも一通り試してみたところ、以前から備えていた五感強化や防御力上昇といった機能を発展させて、素人のあたしが何もしなくても戦闘や緊急時には自衛できるように整った感じです。『周囲警戒』『即応性』『防御力』『瞬間硬化』『瞬間加速』といったところが主な機能でしょうか。」
 「瞬間加速?」
 指折り数えて言うみなもに雨達が首をかしげながらオウム返しに問うと、みなもは一つ頷き――次の瞬間に雨達の視界からその姿を消した。
 「な……消えた?」
 「ここです。緊急回避用なので、あんまり長距離は移動できませんけど。」
 そんな声を背後に聞き、雨達があわてて振り返ると、そこにはひるがえった髪を片手で流しながらはにかんだように笑うみなもがいつの間にか立っていた。
 「おいおい……これはすごいな。まるでアニメか漫画みたいだ。」
 こんなに速いと写真なんて撮れないぞ、と呟く雨達の言葉にみなもはくすくす笑い、
 「実はこの他にも、本当にアニメか漫画みたいなこともできるみたいなんです。」
 と言う。それを聞いて雨達がぱちりと指を鳴らした。
 「それが攻撃にも使えそうだっていうやつか。」
 「はい。まだそれは実際にやったことがないのでここで軽く試せたら……。」
 みなもがそう言いかけた時、ふいに二人の横手にある路地で派手に何かがぶつかり、潰れる低い音が響いた。見ると、公園の周囲をぐるりと周るように設けられた道にバイクが乗り込み、電柱のそばで横転している。その前半分は無残にひしゃげており、運転していたと思しき者は投げ飛ばされたのか近くに見当たらなかった。
 「大変!」
 そう叫んで駆け寄ろうとするみなもを、しかし雨達が腕をつかんで引き止める。彼はばつの悪そうな顔で申し訳なさそうにこう言った。
 「残念だけど手遅れだよ。そういえばここ、出るんだった。」
 「え、手遅れって……出るって……?」
 「そこの道で事故を起したライダーの幽霊が。それで最近この公園は人気がなくなったらしいんだが……まさか本当に出るとは。」
 そう言った雨達とみなもの間に音もなく頭部をなくしたライダーが現れ、みなもは思わず小さな悲鳴をあげて飛び退った。
 「あーあ、飲酒運転なんてするから……せめてヘルメットをしていたら無事だったろうに。」
 同情混じりのどこかのんきな口調で雨達がそう呟くと、相手は気を悪くしたのか威嚇するような大げさな身振りで彼に詰め寄る。それを見てみなもが青い顔で幽霊越しにおそるおそるささやくように尋ねた。
 「う、雨達さん、大丈夫なんですか?」
 「うーん……脅かすくらいで特に何もしてこないらしいけど、おれには除霊なんてできないし、どうしようか――うわ!」
 幽霊に触れられた雨達が「何かビリっと来た!」と叫びながら首なしライダーから距離をとる。そして「逃げた方がいいかも。」と即座に頼りないことを呟いた。
 だが、それをさせまいとするかのように首をなくした幽霊がゆらゆらと足のない足で雨達に歩み寄る。
 何とかしないと、と思ったみなもの脳裏で一瞬、もう一人の”みなも”が『あのバイクを壊しちゃいましょうよ。』と言った。それは思考よりも速く、その内容について考える暇もなかったのだが、意識を共有しているみなもはその場から跳躍していた時にはすでに”みなも”の言わんとしたことを正確に理解していた。
 みなもはほぼ無意識の状態で件の衝突事故を起したバイクのかたわらに降り立ち、こぶしを固めて短く息を吸い込む。そして次の瞬間、鋭く息を吐くのに合わせてそれを力いっぱい振り抜いた。

 翌日、雨達が撮った写真を印刷したみなもは、彼と共に苦い表情でそれらを眺めていた。
 「バイクを壊したら消えたのに……どうして写ってるんでしょうか。」
 「何かちょっと嬉しそうだし、最期の記念撮影的なものとか、そんな感じなんじゃないかな……。」
 幽霊のバイクとはいえ、こぶしでそれを破壊したのが格好良いと、思わず雨達はシャッターを切ったのだが、その写真に首なしライダーが見事に写り込んでいたのである。
 「雨達さんがお父さんだったら、娘からこんな写真が届いたらどう思いますか?」
 「う、うーん……まあ、勇姿の一つと見えなくもない、かな? しかしあれはすごいな。実体のない物も壊せるなんて。」
 「まとっているのが妖力だからでしょうか……『瞬間硬化』で固めたこぶしを『瞬間加速』で打ち込めば物質的に物を壊せるんじゃないかって、お父さんがヒントをくれたんですけど、あれはちょっと予想外でした。妖装の『即応性』でほぼ行ったことなので、あたしには何だか今でも信じられない感じが少しします。」
 そう答えたみなもは再度首なしライダーとのツーショットを見やり、やがて「やっぱりこれはやめておきます。」と呟いてそれをそっと横に除けたのだった。
 ちなみに、高速でこぶしを打ち込む攻撃法にはいつの間にか加速打撃――アクセルスマッシュという名前がついていたが、みなもも”みなも”も特に反対している様子はないことから、案外と気に入っているのかもしれないと雨達はひそかに思ったという。



     了