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<東京怪談ノベル(シングル)>


鶸の見る夢

 そこは奇妙な場所だった。
 カリブ海に浮かぶ島、それなのに何故か和風建築の蜃気楼が時折チラチラとかいま見える。蜃気楼の奥に浮かぶ街には、ほんのりと雪化粧。雪を知らぬカリブに於いて、それはひどく奇異な光景だった。
「日本はそろそろ冬なのかしらね。……それにしても」
 先程までその蜃気楼を見ていた三島・玲奈は、ちらりと周囲を見渡す。
「軍規、軍規、って……煩いわねっ! 怪人のあたしに着ることのできる軍服なんて、ないじゃない……!」
 ここは兵舎。穏やかなカリブの海とは打って変わった、激しさを持つ場所である。そして玲奈は――自らを怪人というだけはある程度に、やはり奇異な姿をしていた。細部は省くが、とりあえず服を着ても、とてもじゃないが普通の女性とは言われないだろう。さまざまな動物の特徴を併せ持ち、同時に滑稽極まりない特徴をも備えている。たとえ不要なまでに突起した部位を隠しても、だ。
 服を着ても隠しおおせないその姿ゆえに普段から全裸なのだが、それらの特徴のせいもあって色気とは縁遠い。いまも、なにも纏っていないにもかかわらず、漂うのは色気ではなく滑稽さばかり。
「とりあえず風紀上よろしくないので……これだけはお願いします」
 下士官の持ってきたのは可愛らしいイチゴ模様のショーツにフード付きバスローブ。渋々ながらそれを身に着けてはみるものの、それでも彼女の姿は隠しおおせるはずもなく、苛立ちも隠せない。
「子供向けの番組みたいに、簡単に人間の姿に戻れたらいいのに……」
 玲奈はため息をひとつつくと、ふらりとそのまま外へ出て、そしてすっと蜃気楼に近づく。
 次元の歪みを使って、京都へと向かうのだ。
「ここにいても面白みもないしね……」
 改造された暴力二女。その存在は奇異としか言いようがなかったけれど、彼女も年頃の女性であるからには悩みにひとつやふたつ当然あるのだ。
 懐かしくも思う日本の町並み、彼女はそこへと向かう――

 気がつくと彼女は、明らかにカリブとは違う場所にいた。草木の葉という葉はは赤く染まり、近くに流れる川もそれに染まったかのように紅い。
 ――百人一首にそんな歌もあったわね。
 そんなことを思いながら、先程の姿のままで歩く。恥ずかしくないわけではないが、やむを得ない。
(ここは……京都の郊外?)
 玲奈は周囲を見回すと、そこには五色鶸を観察している男たちが数多くいた。小柄ながらも色鮮やかな赤い顔をしたその鳥は、無邪気にそこらを舞っている。そうやってただいるだけで他人が可愛らしいと思ってくれる存在があるのに、自分はどうか。どう見てもそれとは真逆の存在だ。
 ――あたしだって、愛されたい、のに。
 その思いは小さく胸で弾ける。いくら強がっていても、まだ成人していない少女なのだ。そう考えてしまうのも、仕方がない。
 と、そこに周囲とは明らかに空気の違う男が一人佇んでいた。
 随分と古めかしい格好をして、イーゼルを前においている。玲奈はその男を見て、ああ、と思った。
 霊だ。
 そうわかるのもおかしな話かもしれないが、彼女自身も十分特異な存在であるからして、似たような匂いを感じ取ったのだろう。
 と、その画家らしき男の霊は、玲奈と目があった。ぽかんとしていると、彼女を呼ぶようにとを動かす。
『私を視ることができるお嬢さん。もし良ければ写真の買い付けに手伝ってもらえないかね? もちろんそれだけのお返しはするが』
「お返し?」
 玲奈が問うと、男の霊はふっと少女に優しく息をふきかけた。すると、玲奈はそれまでの突拍子のない姿から、ごく当たり前の女子高生らしい姿形へと戻っていた。身に着けているのも、ごく普通のセーラー服である。
「えっ……」
『その格好なら、そこらを歩いても支障はなかろう?』
「あ、ありがとう! それで、買い付けっていうのは……」
『なに簡単なことだ。愛好家たちがとった鶸の写真を譲ってもらってきて欲しいのだよ』
「そんなの、お安いご用だわ!」
 玲奈は久々の開放感に喜びを隠しきれぬまま、カメラをもった男たちの近くへと寄っていった。
 ――数十分後、玲奈の手の中には何枚もの鶸の写真があった。
 女子高生姿の彼女がそれらしく愛嬌を振りまけば、それに見合うだけの報酬がかえってくる。今回ならば、それは写真だ。それを男の霊に手渡すと、彼は笑った。
『よく集まったなあ。これくらいあれば十分だろうか……いや、まだ……?』
 考えこむようにつぶやく男に、玲奈はふと浮かんだ疑問を投げかけた。
「あなたはどうして鶸の写真を集めているの?」

 とたん――
 耳の後ろで轟音が響いた。
 どう見ても京都ではないそこは、レンガ造りの町並み。
 そして、その街は、炎上していた。
 ……もちろん現実の光景ではない。この男の霊が持つ、記憶が作り上げた幻だ。
 知識のあるものが見れば、中世オランダのデルフトとわかっただろう。そしていまの光景は、火薬庫の爆発で街の約三割が吹き飛び、多くの若き画家達が作品もろともに吹き飛んだ、その惨劇のまっただ中だとも。
 しかし彼女はそれを知るわけもなく。ただ、逃げ惑う人々を傍観するのみだ。
『火薬庫に気をつけろ、誘爆するぞー!』
 野太い男の声。見ればあちこちで爆発がひっきりなしに続いている。
 その中で、彼女はあの男を見つけた。爆発に巻き込まれたのか、すでにボロボロの風体をしている。
『まだ……描きかけなんだ……あの鶸たちを描き上げねば……!』
 男はそこでも、鶸に異常な執着を見せていた。震える手で筆をとり、まだ描き足りないとばかりに虚空にそれをふるおうとする。
「……どうしてそこまで?」
 玲奈が問う。男は震える声で答えた。
『鶸は……魂の化身であり、その羽ばたきは魂の躍動なのだ。だが……それでも完璧な美には程遠いと気づいたのだ、あの爆発のために! 完璧な美には、それを彩るだけの惨劇……それが必要なのだ』
 惨劇あってこその美。それは刹那のものだが、確かに分からないではない。しかし、どういう……?

 京都の御所近く。路上販売にあまり向いた場所ではないが、その男は鶸の絵を売っていた。躍動感があり、そして可愛らしい鶸の姿は、そんな場所にあっても目に付くらしくたちまち買い手がついていく。……売る男の正体も知らぬまま。
 と、その脇を黒塗りの高級車が数台通り過ぎた。
 とたん、絵を買った人々は人々はまるで内側から弾けるように――自爆する。
「……狙いは、それか」
 車に乗っているであろう要人を、爆破という手段を用いて殺害する。惨劇に彩られて成立する完璧な美とはこのことを指していたのだ。あまりにも非現実的な光景だが、もとよりこの男自体が非現実的な存在であるゆえ仕方がない。玲奈はその光景を見て見ぬふりをできるほど冷酷なわけでもなく、元の姿に戻ると泡を吹きかけ消火活動にあたった。本性がばれてしまうが、やむをえまい。
 結果的に、要人は一命を取り留めた。が、それは別の話である。

 ――玲奈の頭上で鳥が鳴く。ああ、あれはまさしく鶸の鳴き声だ。
 その声に引き寄せられるように、画家の霊と客の魂は空へと昇っていった。昇天したのだろう。
 鳥は魂の化身なのかしら。
 それとも、導く存在なのかしら。
 自分に問うも、答えはでず。
 ただ、晩秋の風が彼女を撫でていくのみであった。