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<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜Second〜】



(あれ、あそこに居るんは、こないだの……)
 セレシュ・ウィーラーは、雑踏の片隅に見覚えのある顔を見つけて足を止めた。
 東洋風の顔立ちながら、天然らしい金髪と青い目。会ってからそう時間は経っていない。記憶を想起するのは簡単だった。
(確か、イリスっちゅー名前やったな)
 ナンパされている現場にたまたま通りかかって、逃げ出すのに利用された――そんな出会いだったので忘れるはずもない。その後目の当たりにすることになった、彼女ともう一人――深月の変わった体質のことも含めて。
 声をかけようか少し迷う。知り合いと呼ぶには関わった時間も交わした言葉も少ない。けれど、先日彼女が口にした『少し近い感じがする』という言葉が気になった。あれがどういう意味だったのかを訊ねるくらいはいいだろう。深月も『縁が結ばれた』などと言っていたし。
 そう結論づけ、近付こうと足を踏み出しかけ、……微かに感じた気配に反射的に動きを止めた。
(何やこの気配…。あれから漏れとる?)
 視線を向けた先、イリスが手にした包みから、よくない気配を感じる。
 どうしてそんなものを持ち歩いているのか、ちょっとばかり注意せねばなるまいと思い、改めて声をかけようとした瞬間、ふと振り向いたイリスと目が合い、その手元から禍々しい光が放たれ――そうして、世界は暗転した。

◇ ◆ ◇

「っ、な、――なんで!?」
 イリスは今し方起こったことに動揺し、思わず声を荒げた。けれど、そうしたところで声の先にあったはずの人影は戻るはずもない。
 原因である手の中の呪具の包みを取り払ってみても、そこにはあらゆる色を無秩序に混ぜ合わせたかのような混沌が渦巻く鏡面しか見えない。どうすれば、と焦りのあまり舌打ちをしそうになったところで、彼女にだけ聞こえる、落ち着き払った声が頭に響いた。
『古い呪物だったから、封印がゆるんでいたんだろう。彼女が標的になったのは、不幸が重なったと言う他ないが』
「…随分と落ち着いているのね、深月」
『私が慌ててもどうにもならないし、そういう場合でもないだろう』
「……ッ、」
 思わず感情のままに詰りそうになったのをこらえて、今自分がどう行動すべきかを考える。
 己の…自分たちの悲願を叶えるために手に入れた『呪具』。やっと手に入れたそれを損なわずに、『呪具』の標的となった人物――セレシュ・ウィーラーを解放したいのが本音ではあるが。
「……まあ、無理よね」
 溜息とともにひとりごちる。姿を見ることはかなわない『対』――深月の声なき同意を感じ取りながら、口先で小さく『呪』を唱えた。足元に浮かび上がった『陣』に目を落とし、一度だけ深呼吸をして。
 『呪具』を、そこへ落とした。

◇ ◆ ◇

(……? なんや、ここ。ようわからんけど、変な…ヤな感じやな)
 セレシュは突然周囲の風景が変わったことに戸惑い、ぐるりと辺りを見回した。
 人並みも、建物も、何もない。――代わりに、そこにあったのは。
(…これ、まさか…)
 『それ』をセレシュはよく知っていた。触れればひやりと冷たく、そして無機物でしかありえない硬さを伝える――石の像を。
 何故なら、見つめるだけでヒトを石の塊に変えてしまう――それこそが、ゴルゴーンたるセレシュの能力であったから。
 気付けば、セレシュは石像に囲まれていた。
 突然の風景に混乱する。何故、どうして、と咄嗟に浮かんだ疑問に答える声はない。自分がやったのではないという思考と、けれど自分以外の誰がこの空間でそれを為すのかという思考がせめぎ合い、頭が正常な働きをしない。
 混乱したまま、ほとんど無意識に辺りへと視線を巡らす。誰か、何か、生きて動くものがいないかと。
 そうして数々の石像の中、ぽつりと立つ鮮やかな色彩に気付いて――向けた視線がそのままセレシュの恐れていた事態を引き起こした。
 瞬く間に彼女――イリスを彩る色彩は周りの石像と同じ灰色へと変じていく。けれど彼女はただじっと、視線を逸らさず、立ち尽くしていた。その全身が完全に石へと変わるまで。
 石像に変じてからも、その瞳が自分を見つめているような――責めているような、そんな錯覚すら覚える。
(な――なんや、これ、どうなって……ッ)
 恐慌状態に陥りそうになりながら、セレシュはイリスだったモノへ石化解除を試みる。けれど、いくら試しても目の前の石像に変化が起こらない。イリスがダメなら、と周囲に立ち並ぶ他の石像へ向けて試しても結果は同じ。
 石化解除と石像修復、それらができるようになって、セレシュは初めて人間社会でも生きていける生き物になった。例え誰かを石化してしまっても、元に戻せるからだ。
 けれど、今、セレシュの目の間に広がるのは――自らの石化能力のコントロールも、石化解除もできない故の――自分以外に動く者の居ない、冷たいばかりの石の世界。
 セレシュが脱したはずの、孤独な世界、だった。

 じわり、と暗い感情に心が侵食される――その瞬間。


―――……かっしゃぁあん。


 何かが割れる、音がした。
 光と色彩。そして雑多な音。それらがイリスの周囲に戻る。
「――なんとか、間に合ったみたいね」
 安堵が混じった声がそう零すのを、セレシュはどこか遠い意識のまま聞いた。
「意識はどう? 気分が悪いとか――」
「……イ、リス?」
 やっと出た声は、目の前の人物を――鮮やかな色彩をまとって、動き、喋る――石像ではない、イリスを呼ぶものだった。
「ええ。先日はありがとう。セレシュさん、だったわよね? ごめんなさい、巻き込んでしまって」
「巻き込んだ、って――あの、手に持っとったやつのせいで?」
 言いながらイリスの手元に目を遣るが、そこに件の物体はない。代わりに、彼女の足元にきらきらとした破片が散らばっていた。
(……鏡、やったんか)
 恐らくあれは何らかの呪物だったのだろう。それも、あまり性質がよくない類の。そして自分は、イリスにとっては予定外に、それに関わってしまったのだと思われる。
 何故あんなあからさまに良くないものをイリスが持っていたかということくらいは、彼女曰く巻き込まれた身として説明を求める権利があるはずだ。そもそもああいうものはそこらに持ち歩くべきものではない。それとは別に、先日イリスが言っていた『少し近い感じがする』という発言の真意も気になる。
 ぐるぐると脳内を巡る言葉たちを口に出す前に、イリスが溜息とともに口早に告げた。
「聞きたいことも、言いたいこともあるって顔ね。まあ、当然だとは思うけど。――こんな場所で立ち話というのもなんだし、もう少し落ち着いて話せる場所に移動しない?」
 イリスの提案に首を横に振る理由は、セレシュにはなかった。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【8538/セレシュ・ウィーラー (セレシュ・ウィーラー)/女性/21歳/鍼灸マッサージ師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、セレシュ様。ライターの遊月です。
 「D・A・N 〜Second〜」にご参加くださりありがとうございました。お届けが大変遅くなってしまい申し訳ありませんでした…!

 呪具の対象はセレシュ様、ということで、色々悩んだ結果こういう感じに。
 NPC設定の都合上、プレイングを完全に反映できない部分もありましたが、ご了承ください。
 続き物っぽくなってしまいましたが、もし次回発注される場合はどう繋げてくださっても構いませんので。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 それでは、本当にありがとうございました。