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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.10 ■ 影、動き出す





 ――予想外な事態だ。

 IO2のヴィルトカッツェこと、茂枝 萌は舌打ちした。

(……あの戦闘能力で私とそんなに歳も変わらないなんて……)

 壁に掛けられたシャワーから流れて来るお湯を頭に浴びながら、目を閉じ考える。
 圧倒的な実力差だった。殺意すら持った自分が、全て殺傷能力の低い攻撃のみで圧倒された現実。
 あまりの実力差に、世界の広さを突き付けられた気分だった。

(……工藤 勇太。ファイルを見た所、決してあんな性格には成り得ないはず。人を恨み、虚無の境界に利用されてもおかしくない。なのに……)

 思い出す笑顔。無邪気にすら感じる笑顔だった。でも、何処か陰を持った違和感があった。
 触れてはいけない。触れられてはいけないと何処か危険な匂いすらする、咲くような笑顔。

(……知りたい……)

 ――不意に、部屋の中から電話機の呼び出し音が鳴り響いた。

 シャワーを止め、萌は身体にタオルを巻いて洗面所に置いていた携帯電話を手に取る。
 番号は通知不可。

「はい」
『初めまして、IO2の野良猫さん』
「どちら様ですか?」

 過る違和感とは対照的に、萌は平静を装って答える。

『虚無の境界、エヴァ・ペルマネント』
「――ッ!」
『ヴィルトカッツェ。工藤 勇太から手を引け』

 唐突な言葉。萌の頭が困惑と混乱で埋め尽くされる。

(どういう事……。やはり工藤 勇太と虚無の境界は繋がっている……? でも、もしも繋がっているのなら、果たしてこんな強引な手段を取るだろうか……。そもそも、この電話の相手は本物か……?)

「……言っている言葉の意味が分からないですね。味方を庇うつもりで、わざわざ私に警告しているのですか?」
『味方? フフ、IO2も一枚岩ではないようね』
「どういう意味ですか」
『いいえ、なんでもないわ。とにかく、手を引く事ね。これから始まる大きな劇を悲劇にしたくなければ、ね』
「何を――ッ!」

 淡白な通話終了音が鳴り響いた。
 携帯電話を置いて萌は静かに考える。

(……一枚岩ではない。悲劇。間違いない。ディテクター達の言った言葉は偽りではないという事ですか……)

 一つの結論に行き着いた萌の目が虚空を睨み付ける。






―――
――







(物音を立てたら、気付かれるよな……)

 静まり返った室内でつま先からそっと地面に足を降ろして歩く。
 緊張のあまり頬を嫌な汗が伝い、喉がからからに乾く。緊張のせいで口の中は乾き、飲み込んだ唾はまとわりつくような嫌な感触を生み出す。

 工藤 勇太はそれでも、静かに静かに室内を歩いた。

「――朝帰りの旦那様には、やはり冷たい言葉が一番ですかね?」

 くすりと嘲笑にも似た笑みを孕んだ言葉が、勇太の動きを制止する。優しい口調とは裏腹に、まるで感情が篭っていないかのような冷たさを感じる。

「……だ、旦那様ってそんな――」
「――あら、おかしいですね。あれだけ切迫していた状況で一晩連絡もなく、気配を感じて起きてみた私に、口ごたえするのですか……?」
「ごめんなさいっ!」

 振り返って合掌。
 目の前にいたのは寝間着姿で腕を組んだ凛だった。

「……まったく、心配していたのですよ?」

 ふわりと舞う、石鹸の柔らかな匂い。
 勇太の頭をそっと抱き寄せた凛が静かに呟いた。

「おかえりなさい、勇太」
「た、ただいま……」





 事の顛末を凛に説明した。
 エヴァの襲撃や萌の事は除く。これは別れ際に武彦から伝えられた、凛への情報の制限だ。
 しれっと何事もなかったかのように話す反面、騙しているような気分の勇太は何処となくぎこちなさを生み出し、凛はそれにも気付いているようではあった。

「――分かりました。深い事は聞きませんよ」
「う、うん……」
「恐らくIO2には記憶を覗く能力者もいます。情報を制限するのは良い判断だと思いますしね」
「……ごめん」

 そうは言っているものの、凛はやはり面白くないといった態度を見せていた。勇太もそればかりは何も言い返せずに謝るのが精一杯だった。

「勇太、安心して下さい。IO2は今、貴方にばかりかまけていられない様です」
「どういう事?」
「虚無の境界が動き出し、IO2とぶつかりました」
「やっぱり……」
「やっぱり?」

 勇太の言葉に凛が尋ねるように尋ねた。

「うん。草間さんからもその可能性があるって。ってなったら、IO2は俺を虚無の境界からの接触から遠ざける為に、IO2内に軟禁するかもしれないって」
「……さすがですね。全てその通りです」

 武彦から言われた通り、やはり虚無の境界も動きを活発化している。



 虚無の境界に接触させたくないIO2としては、五年前と同じく勇太を監視下に置きたいはずだ、と武彦は勇太に告げていた。しかし、今のIO2は楓の動きもあり、勇太にとってはあまり監禁されたくはない状況。
 武彦にとっても馨から聞いた話を基に、今は楓と勇太が接触するべきではないとは考えている。

 とは言え、萌と遭遇した時点で武彦と合流した事は楓に伝わっている可能性が高かったが、楓が個人的に計画しているのであれば、わざわざ上層部には勇太の所在を告げる可能性は低いと考えた勇太の案に、武彦も同意した。

 凛にも迷惑や心配をかけたくなかったという点と、手詰まりになった現状を打破するべく、流れに身を任せるという賭けに出る事にし、こうして勇太は凛の元へと戻って来たのだった。



「勇太、どうします?」
「うん。鬼鮫さんに全部ぶっちゃけようと思う」
「え?」

 勇太の突拍子もない発言に、凛は思わず聞き返した。

「今ってさ、IO2・虚無の境界・楓さん・俺達。四箇所で違う目的で動いてるよね?」
「え、えぇ……」
「俺にとって、IO2は味方だけど楓さんは分からない。虚無の境界は敵。この状況って、あんまり良くないと思うんだ」
「三つ巴ならぬ四ツ巴、ですね……」

 状況は複雑。武彦は百合と一緒に動くという行動になっている為に、勇太達とはずっと一緒にいる訳にはいかない。

「草間さんとも話したんだけど、鬼鮫さんにこの状況を言えば鬼鮫さんがIO2を調べてくれると思うんだ。そしたら、IO2の中でも味方になってくれる人と俺達は合流して、IO2本体とは距離を置けるんじゃないかなって」
「成る程。それで楓さんからも離れられる、と?」
「そういう事。それに、凛も俺達と動いても問題ない状況になれるかもしれないでしょ?」
「そう、ですね。分かりました。鬼鮫さんは私が呼び出します」
「うん、お願い」






――
―――





 数時間後、昼。エストと鬼鮫が凛のマンションへと訪れた。

「エスト様! お姿を見ないからどうしたのかと……。鬼鮫さんと一緒に行動されていたのですか?」
「えぇ、そうです」

 凛の質問にエストはにっこり微笑んで答えた。その横で、鬼鮫は重い溜息を漏らす。

「人使いの荒い女だ、こいつは……」
「あら、良いではありませんか。若い男女をさりげなく二人っきりにするのも、年長者の務めですよ?」
「それって何か違う気がするんですけど……」

 鬼鮫へのエストの言葉に、思わず勇太がツッコミを入れる。凛は勇太の隣りで「二人っきりなんて」と言いながら頬を赤くしているが、勇太は気にしない事にした。

「それで、鬼鮫さん。実は相談があって……――」
「――あぁ、コイツからも話は聞いてる」

 エストを指さして鬼鮫が答えた。

「凛から聞いたかもしれねぇが、虚無の境界が動いたって情報もあるからな。お前の保護は俺が引き受けた」
「それって……」

 勇太の脳裏に、つい先日の街中での鬼鮫の行動が過る。

「あんな真似はしねぇ。それに、虚無の境界を相手にするならお前がいた方が良いってのは、五年前の騒動で俺も分かってるからな。とりあえずここにいる五人はIO2本体とは別行動するぞ」
「五人って……――?」
「――私もいますので」

 急な言葉に背後を振り返った凛と勇太。そこに立っていたのは萌だった。

「え、だって、アンタ楓さんの……」
「部下ではありません。協力はしましたが、あの人の駒にはなっていませんから」

 しれっとした態度で萌がそう答え、凛を見つめる。

「勇太、この可愛らしい方は?」
「あぁ、なんとかって言う猫?」
「ヴィルトカッツェです! 野良猫って呼ばれてますが猫扱いされるのは心外ですっ!」
「ごっ、ごめんなさいっ」

 勇太から萌の視線が凛に移る。

(……噂の護凰の巫女……。この人も確か、IO2内に入った若手の中では郡を抜いた実力者。それにこの親しい様子……。工藤 勇太の知り合い……?)

「……護凰 凛さん。貴女と工藤 勇太の関係は?」
「あぁ、チビネコ」
「鬼鮫さんまで! いつまで私をそう呼ぶんですか!」
「チッ、なんでも良いだろうが。それより、お前には聞かせただろうが、凰翼島の事件」

 むきーっと顔を赤くして反論する萌を相手にしないと言わんばかりに、萌に鬼鮫が言葉を続けた。

「二年程前でしたか。確か、悪魔が生まれたとかで有能な能力者がそれを打ち砕いたとか。護凰 凛さんのいた島だそうですが。それが何か?」
「その悪魔を打ち砕いたっつーのが、そこの勇太だ」
「……へ?」

 萌の顔がきょとんとする。
 報告書にあった悪魔の情報。それによれば、鬼鮫でさえ手が出ない程の力を持った天魔による騒動と、たまたま居合わせた一人の能力者の協力によって、悪魔は消滅させられたと報告があった事を萌は聞いていた。

「だ、だって、その悪魔は鬼鮫さんでさえ手が出なかった、と……」
「それを打ち破ったのはここの三人だ。俺は降りかかった火の粉を払っただけだがな」
「……ウソですよね?」
「本当だ」
「……。」

 どうやら萌は目の前にいるのほほんとした三人の実力を信じたくないらしい。
 しばらくの間、萌はそのまま喋ろうともしなかった。

「さて、早速だが。俺達は行くぞ」
「行くって何処にですか?」
「決まってんだろ。虚無の境界が現れたっつー場所だ。何か手掛かりがあるか調べんだよ」

 ヤル気満々の鬼鮫に連れられて、勇太達は引きずられるように凛のマンションを後にするのだった。






                           to be countinued...