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<東京怪談・PCゲームノベル>


とある日常風景
− 災厄と鍋と冷静の間に −

1.
 〆のうどんがいい具合に煮えてきた。牡蠣の出汁をたっぷり吸ったうどんは寒い冬にはとっておきの逸品である。
 草間興信所のテーブルに向かい合った4名。
 鍋守り・草間零(くさま・れい)。
 興信所所長・草間武彦(くさま・たけひこ)。
 その恋人・黒冥月(ヘイ・ミンユェ)。
 そして、爆弾をしょって歩いてやってきた草間の娘を名乗る少女。
 先ほどまで激しい言葉の応酬をしていたが、鍋の〆であるうどんが零によって投入されたことにより事態は今停戦と相成っていた。
 無言の中でふつふつと煮えるのは何もうどんだけではなかった。
 そう、この降ってわいたような少女…最初は草間の隠し子かと思いきや、未来から来た娘だと主張し、そしてさらには冥月を『ママ』と呼ぶ。
 …これに何も思わない方がおかしいのである。
 そして、娘は言ったのだ。

『未来のママがパパに愛想を尽かして出て行っちゃってるんだよ』
 
 落着きなさい私。どんな状況でも冷静でいられる様に精神鍛錬したじゃない。
 私が愛想を尽かす? 有得ない。尽かすならコスプレ趣味で十分。
 …でも私が武彦を愛しているのはもっと大きな、そう、武彦そのものと彼の在り様だもの。
 瑣末な事で捨てたりしないわ…でももしHなビデオのアレを強要されたら…?
 ぞくっと寒気がする。
『愛があれば大丈夫』
 そんな綺麗事で許せるのだろうか? 本当に??
 ふつふつと煮えたぎるうどんと思い。
「しないわよね?!」
「え!? な、何を!? 最後の牡蠣貰おうと思ったのまずかったか!?」
 あまりの唐突な冥月の質問に、草間は箸で持ち上げていた牡蠣を鍋に戻す。
「あ、じゃあもーらい♪」
 戻された牡蠣をかっさらいにすかさず娘の箸が牡蠣に伸びる。
「こら! それはお前のじゃない!! 冥月に…」
「ママのものは私のもの〜♪」
「まだ牡蠣、残ってると思いますし。そんなに焦らなくても…」
 なんだかよくわからない会話の中、冥月は静かに睨みをきかせるとひとつため息をついて口を開いた。
「零のおかげで少し冷静になれた。話聞かせて貰うわ…でも!」
「で、でも?」
 草間が怯えているように見える。
 娘はうどんを食べながら次の言葉を待っている。

「でもその前に自分の娘に『娘』じゃ何だし、仮の名前つけていいかしら」


2.
「名前つけてくれるの!? うっわぁ!! 嬉しい!」
 思わぬ言葉に娘ははしゃいだ。しっかりうどんは食べているが。
「いや、しかし名前を付けるって…」
「あら、私と武彦の『娘』なんだから、親としては仮の名前でもしっかり愛のこもった名前で呼んであげたいわ」
 にっこりと笑う冥月に、草間はう〜んと少し悩んでいたが「冥月がそこまで言うなら」と言った。
「…なに他人事みたいに言ってるの? 武彦も考えるのよ?」
「!?」
 冥月の有無を言わせぬ迫力ある笑顔に草間は凍りつく。
 まだ…疑ってるんだろうか…そうだよな。普通簡単には納得できないよな…。
 草間が必死に考え出したのを見て、冥月もじっと娘の顔を見た。
 茶色の髪の毛はふんわりと軽い天然パーマだろうか? 染めているのか根元がやや黒い。
 くりくりとした瞳は黒いような茶色いような…草間に似ている印象は受けない。
 背は…成長中なのだろうからまだこんなものかもしれない。
「ママ? そんなにじっと見つめたりして…うどんまだお鍋にたくさんあるよ?」
 かくりと冥月はうなだれる。
 このすっとぼけたところは完全に草間に似たのだろう。
「冥月の一文字をとって『月』は?」
 散々悩んだ草間が定番の名づけを提案してきた。
「月…それだけじゃ寂しいわね。…そうだ。私が『黒』だから『紅』をつけましょ。『月』と『紅』で『月紅(つきこ)』ってどうかしら? 日本読みの方が苗字にも合うでしょうし」
 そう言って娘を見ると…ぽかんとしていた。
 冥月は不安になって「気に入らなかった?」と訊いた。
「え!? いや…ううん! すっごく…すっごくいい名前だよ! ありがとう」
 うっすらと涙ぐんでいるようにも見えたが、にっこりとした笑顔は心からの笑顔だった。
「そう…よかった」
 冥月もそう言って笑うと、少しほっとした。
「月紅…月紅か…」
 なぜか草間はその名を反芻している。何か思うところでもあるのだろうか?
「零、うどんよそってくれる?」
「はい、わかりました」
 零はにこにこと微笑んで、冥月のうどんをよそった。
 温かなうどんを少し食すると、冥月はまだまだがっつく月紅に話しかけた。
「ずばり訊くわね。私がなぜ武彦を捨てたの?」
 直球ストレート。ど真ん中勝負である。
 ずずっとうどんをすする月紅はう〜んと困った顔をする。
「な、何をやったんだ俺は?」
 気が気でない草間も、月紅の答えを待っている。
「言っていいのかなぁ…言っちゃいけない気もするんだよね…」
 ここまで来ておいてその焦らしプレイ!?
「言えないことなら言わなくてもいいわ。その方がいいっていうならもう訊かない」
 冥月がそういうと「いやいや、違うの」と月紅は頭を振った。

「私ね、直接の原因は知らないんだ。パパの日記読んで来ただけだから」


3.
「日記…だと!?」
 草間の顔色が一気に悪くなる。
「…なにか心当たりがあるのね?」
 冥月がジト目で草間を見ると、いやいやいやいやと頭をぶんぶん振る草間。
「に、日記みたいなものは確かに存在する! だけどやましいことはないぞ!? ほ、本当だ!!」
 草間の日記…冥月はぼんやり思い出す。
 確かに興信所の記録のようなそんな物をつけていた…私のことまで書いて…。
「…ママ? 顔、赤いよ? 大丈夫!?」
「あら…お熱でしょうか?」
 月紅と零にツッこまれ、冥月は慌てて「なんでもない!」と頬を押えた。
「でね、パパに訊いてもその話になるとボーっとしちゃって話にならないから日記漁って読んでみたってわけ」
「…人のプライベートを勝手にみるんじゃない…」
 ぽつんとそんなことを言った草間だったが、それはスルーされた。

「で、読んでわかったのが『ホストクラブ設立』『体が入れ替わって大変だった』『商店街の慰安旅行で酷い目にあった』ってこのみっつ。このみっつの書き込みの後にママが行方不明…ていうか、家出しちゃったってわけね」

 …ん?
「もしかして…いつかの夜の占い師?」
 いつかの夜のデートで出会った占い師。具体的すぎる占いは、予言にもとれた。
「あ、バレた?」
 あははと笑って月紅はペロッと舌を出した。悪気は全くないようだ。
 …怪しげな占いグッズを売りつけようとしたのはいったいなんだったのかと小一時間…(略)。
 そこで冥月はふと疑問を口にした。
「ひとつ聞いていい? 月紅は私の顔、知らなかったのよね? つまり産んで間もない貴女を見捨てて別れる程の理由があったと?」
 冥月の疑問に月紅は首をかしげる。
「う〜ん。そこなんだよねぇ。パパの日記、日付が滲んでて読めなくてね…今言ったみっつがどれくらいの間隔で起きたことかもわからないし、もしかしたらパパの都合の悪いことは全然書いてない…ていう可能性もあるんだよね」
 そういうと、月紅はじろっと草間を見る。
 零もつられて草間を見る。
 冥月もじろりと草間を見る。
 何しでかすのかしら…?

「…な、なんだよ! なんか俺が完全悪者になってないか!?」


4.
「まだ話もあるし、何が起きるかも分からん。今日は泊まってけ」
「そうですね。うどんも全部終わりましたし、明日は美味しいおじやができそうです」
 零さん、話がずれてます。
「ママはパパと寝るの?」
「えっ!? あ…そ、そんな…わ、わけ…」
 真正面から月紅にそう言われ、しどろもどろに赤面して冥月は否定も肯定もできない。
「うふふ〜♪ ママ、可愛い!」
「大人をからかうんじゃない」
 にやにやする月紅に草間がこつんと頭を小突いた。
「あー、パパが叩いたぁ! ママぁ、こんなパパほっといて今日は一緒に寝よ♪」
 紅月が冥月の腕を引っ張って客室の方へと歩き出す。
「お、おい!?」
「パパは1人で寝てね?」
 べーっと舌を出して紅月はあっという間に客室へと駆け込んだ。
「…なんなんだよ?」
「うふふ。紅月さんと冥月さんのお布団、敷いてこないといけませんね。お兄さんは今日は我慢です。男性は我慢も時には必要です」
「………」
 微笑んだまま、零は草間をおいて客室へと去っていった。

 客室に二つの布団を零が敷き終わると、紅月は零に「ありがとう、零ママ」とお礼を言った。
「ごめんね、手間かけさせて」
 冥月が零にそういうと、零は微笑んだ。
「未来の…とはいえ家族なんですから。私、仲よくしてくださるのが嬉しいです」
 そう言って「それじゃ、おやすみなさい」と零は一礼して出て行った。
「…ママ、怒ってる?」
 紅月が不安そうに顔を覗き込む。
 冥月はそんな紅月の頭を撫でた。
「怒ってない。未来からきて…大変だったんでしょ?」
 冥月の手に、紅月の手が重なる。
「ママの手…温かいね」

 その夜は2人で色々なことを話した。
 朝日が昇るまで、2人の部屋の灯は消えなかった。

 だが、無情にも朝は来る。
 それは大音響のブザーと共に更なる災厄を連れて…。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い

 NPC / 草間の娘 (くさまのむすめ) / 女性 / 14歳 / 中学生


■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼いただきましてありがとうございます。
 草間の娘についに仮名が付きました!わーわー!
 さて、どうなることか…私もドキドキします。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。