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<東京怪談ノベル(シングル)>


忍びの掟(1)


 とある、深い山の奥。安定の悪い山道を走る、複数の車両の姿を見ることができる。それは、ただの車両ではない。軍事用ジープである。ジープには、重火器で武装したいかつい男たちが乗り込んでおり、各々、銃を肩にかけながら車に揺られている。
 彼らは、テロリストであった。実に高度な訓練を受けた、抜群の統率力と戦闘力を誇る、極めて悪質なテロリスト。このあたりでも、彼らの悪名は高い。
 がたがたと音を立てながら、ジープが走っている。
 その、わずか上の木々から、こつんとブーツのなる音が響いた。その音は、ジープにのるテロリストたちには届かなかっただろう。もし気づいて、その物音の方に目を向けたならば、木々の上に一人の女性が立っているのを見つけることができたはずだ。
 膝まで届く編み上げのブーツに、小手を兼ねたグローブ。これでもかというまでに短いミニのプリーツスカートと、その下には魅力的な肢体が強調される、身体にフィットするスパッツをはいている。上着は豊満な胸がより強調される、身体に密着する黒のインナーと、その上に、戦闘用に袖を短くしてある着物を羽織っており、帯まで綺麗に巻かれていた。
 そんな装いをしているこの女性、名を、水嶋・琴美(みずしま・ことみ)と言う。
「見つけましたわよ」
 ぽつり、とつぶやく琴美。その手には、黒光りするクナイが握られていた。
 微風が、木々の間に流れている。その風に美しい長髪をたなびかせた次の瞬間、琴美の姿が辺りへ溶け込むように掻き消えていた。



 テロリストの男たちを、衝撃が襲った。正確には、ジープが激しく揺れたのだ。そして、止まった。それでも男たちは動じず、静かにジープを降りて、車をあらためた。車のタイヤには、黒く輝くクナイが一本、深々と突き刺さっている。男たちは顔をあげ、無言で支持を飛ばしあい、陣形を組みながら銃を構え、警戒態勢にはいった。なるほど、そこいらの生半可なテロリストではない。まさしく、戦闘のプロらしい行動だった。
「四名、辺りの様子をさぐれ。警戒を怠るな。敵は、どこに潜んでいるかわからん」
「了解」
 隊長格と思しき男の指示を受けた男たち四人が、銃を構えつつ姿勢を落としながら、注意深く探索へかかった。三つの車両はすべて止まっており、テロリストたちは隊長格の男を中心に円形へ広がり、厳重な警戒態勢をしいている。彼らの人数は、隊長を含めその場で警戒を続ける者たちが六名、探索へ出たものが四名、合わせて十名の少数部隊だ。
 探索へ出た四名は二名ずつで組み、それぞれ反対の方向へ向かった。
 深い山の奥のことだ。周囲は不気味なほど静まり返っており、薄暗い。土を踏みしめる自分のブーツの音と、時折響く鳥か何かの鳴き声だけが耳に届く。男たちの緊張が伝わっているかのように、空気がぴんと張り詰めている。並の人ならたちまち気持ちが押し潰されてしまいそうな重い静寂の中を、男たちは銃を手に警戒し、様子を伺う。一見、敵の姿や気配はまるでない。何せ木々の生い茂る山の中だ、どこかにうまく隠れているのだろうか、それとも敵はもう一方が向かったほうにいて、自分たちははずれを引いてしまったか……。油断の欠片もない様子で、男たちはただ、黙々と敵を探す。
 すでに本隊とはだいぶ離れた位置だ。ここまで来て何も見つからないということは、敵は去ったか、はたまたはずれを引いたかだろう……。そう思ったのか、男たちは互いに頷き合い、本隊へ合流しなおすため、引き返し始めた。
 その、片割れの男に、突如、何かが音も立てずに飛来した。“それ”はまるで肩車をされるように男の両肩へ落ちてきて、瞬間、男の首筋へ深々とクナイを突き立てた。ぐぅ、と男が鈍い声をあげるころには、“それ”の姿は再び宙へかき消えている。
 いきなり、相棒の呻くような声を聴いて、もう一人の男がそちらへ目を向けた。飛び込んできたのは、首の後ろへクナイを突き刺したまま、ゆっくり前へ倒れてゆく相棒の姿だった。男が驚きに目を見開く。そして、その男の首が、表情もそのままにあらぬ方向へとねじ曲がった。普通ならば、絶対に曲がらないであろう方向へ、だ。男は驚きの表情を崩さずに血のあぶくをふいて、その場に崩れ落ちた。あとに残ったのは、彼らの屍体と、先程までと変わらない、厳かな静寂だけだった。


 一方、周囲の探索へでたもう一組。そちらの方も、だいぶ遠くのほうまで来てみたが、大した収穫を得ることはできなかったらしい。このまま探索を続けても無意味だと判断し、本隊へ戻ることにした。と、その時、何か大きな影が、木々の間を飛び抜けていったのに男たちは気がついた。あんな大きな影に、厳しい訓練を受けた彼らが気づかないわけがない。影の過ぎった方向へ、男たちは銃を向けた。だが、影の姿はもうそこにはない。今度は、銃を構える男たちの後ろを、大きな影が駆け抜けていった。そして、クスクスクス、と彼らをおちょくるかのような、柔らかい嘲笑。影は、男たちの周りをものすごい速度で、あちらへ、こちらへと行き交いはじめる。
「撃て!」
 どちらが、そう声を発したか――男たちの重火器が、火を噴く。放たれた無数の弾丸は、その嘲笑を発する影をかすることもできはしない。男たちを手玉にとるように、木々の間を行き交っていた影はやがて、男の片割れへ流星のように落ちてきた。
 まさに一瞬。影の直撃を受けた男は、がふ、と声をもらし、身を折って倒れ伏す。大地が彼の身体を受け止めた時には、男はすでに事切れている。
 生き残りの男が、焦燥に身をかられながら、無線機に手を伸ばす。焦りと恐怖に震える声で、本隊へ謎の敵の存在を連絡する。その、男の瞳に、想像していた敵とは全く異なる、艶めかしい肢体を持つ、着物を羽織った美しい女性の姿が映った。間もなく、男の断末魔が辺りに響き渡って、消えた。

                      忍びの掟(1) 了