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忍びの掟(3)
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人々で賑わう休日の街中を、水嶋・琴美(みずしま・ことみ)は歩いていた。少し肌寒くなってくる時分、彼女は上着の上にブルゾンを纏い、桃色のミニプリーツスカートに、茶色のロングブーツといういでたちである。
任務に追われる日々。そんな中、久々におとずれた休暇である。彼女はこの日を、存分に謳歌するつもりでいた。
まず、彼女が向かったのは街でも有名な生花教室だった。ここでは生花の他、茶の仕立て方なども教えており、そのどちらもが彼女の趣味である。
教室には、すでに他の生徒達も集まっていた。生徒たちは全て着物に身を包んでいたが、琴美だけは例外だった。それもそのはず。普段、任務の際に、そでを短くしているとはいえ着物を羽織っていることから、任務と休暇の区別を付けるために、彼女は任務外の際には決して着物を着ないと心に決めていた。その旨は教室の師匠にも伝えているため、彼女だけは着物を着ていないことを認められている。
まずは、生花だ。琴美はリンドウを使って実に秋らしい花を生けてみせ、師匠からお褒めの言葉をいただいた。また、次の時間に行われたお茶の淹れ方も堂に入っており、再びほめられることとなった。
朝から長く趣味を楽しんだ頃には、太陽もすでに高いところを過ぎ、なかなか良い時間になっていた。夕食をとる場所はすでに心に決めてあるため、あとは予約の時間まで暇を潰すだけである。
「本屋さんにでも、顔を出してみようかしら」
そんなことを思いついて、琴美はさっそく、街で一番大きな本屋へ足を運ぶ。彼女は本は大好きであり、こうした大きな本屋は、いつまでいたところで全く飽きない自信があった。
はじめに彼女の目を引いたのは、趣味のコーナーにおいてある、花に関する本だった。季節ごとの花をまとめた本だ。それなりに花に精通している自負はあったが、それでもこういう本は勉強になるし、何度読んでもそのたびに新しい発見をすることができる。
今の季節は、秋。せっかくなので、秋の花についての本を一冊、買うことに決めた。そして次は、小説のコーナーをのぞいてみる。ずっと仕事続きで追うことができていなかった作家の新作がかなり出ていたので、それらも購入した。じっくりと時間をかけて見て回ったこともあって、気が付けば、予約の時間が近くなっていた。
夕食の予約を入れたのは、それなりに名のある料亭だ。実に上質な日本料理を出す料亭で、休暇のたび、琴美はこの店に予約を入れている。
座敷に腰を下ろすと、早速、料理が運ばれてきた。
金粉をあしらった茶碗蒸しに、あっさりとした味が特徴な鯛のお吸い物、釜飯、魚のお造りなどなど、それなりに味にうるさい彼女の舌を、相変わらず十分に満足させる出来だった。最初から最後まで正座を崩さずに、締めの甘味を味わって、最高級の玉露で息をついて、彼女の優雅な食事は終わった。支払いは当然高くつくが、休暇の一日を締める夕食としては申し分がない。多少の失費は目を瞑れるというものだ。
料亭の女将に、いつものように丁寧に礼を言って、琴美は帰途についた。
充実した一日だったのだろう、彼女の顔には清々しい喜びの色が浮かんでいる。自室へ戻った彼女はシャワーを浴びながら、今日という一日を振り返ってみた。
久々の休暇。これ以上ないというほどに、羽根を伸ばすことができた。こうして養った英気が、次の任務に活きてくる。
傷ひとつない、白磁のように美しく艶かしい身体をタオルで拭いつつ、琴美はふぅ、と息をつく。
次の任務はいったい、どんなものだろう。不謹慎かもしれないが、うんと困難なものがいい、と彼女は思う。忍びは常に全力で任務にあたるのが鉄則だが、それゆえに生半可な敵では、まるで相手にならない。今まで、一切の傷を受けることなくすべての任務をこなしてきた自分――そんな自分に、傷を付けることができるような強敵と出会いたい。
「次は、出会えるかしら。そんな相手に……」
そんな淡い期待を胸に、新たな任務へ当たる決意を、彼女はかためた。その表情には、明らかな自信がありありと浮かんでいた。
忍びの掟(3)了
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