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<東京怪談ノベル(シングル)>


忍びの掟(4)


 久々の休暇を謳歌した翌日、水嶋・琴美(みずしま・ことみ)は仕事場を訪れた。今日は研究課の同僚に声をかけられており、なんでも、前々から発注していた新素材での戦闘服が仕立て上がったのだという。
 曰く、早速試着してくれ、とのことだった。完成までもうしばらくはかかると思っていたので、彼女にとって、その知らせは僥倖である。
 いつもの戦闘服のまま、颯爽とブーツをならし、研究課に足を運ぶ。研究課に所属している同僚は一人。少々風変わりな性格で、彼女一人で研究課を切り盛りしている。
「やあ、来たね」
 部屋に入ってきた琴美の姿を見つけ、同僚が手を上げて挨拶してくる。琴美も頷いてそれに答えた。
「最近、ご無沙汰だったな。どうだい、調子は」
「ええ、変わりなく」
「そりゃあ、何よりだ。この仕事は健康第一だからね。さて、例のもの、ばっちり仕上がってるぞ。試してみてくれ」
 そういって、彼女が琴美の前に、新戦闘服一式を並べた。編み上げのロングブーツにグローブ、スパッツ、インナーと袖を短くした着物、赤い帯。どれもが丁寧に折りたたまれていて、同僚の几帳面さが伺える。
「はい、それでは……」
 琴美は、それらを手にとって、つまんだり、なでてみたりして素材を確かめる。手触りは柔らかく、それでいて丈夫そうだ。いい素材でできているのはすぐに分かった。では、はやく試着してみようと、琴美が自らの服に手を駆けた時、傍らから熱い視線を感じで、そちらに目を向けた。同僚の女性が、嬉々として目を輝かせ、琴美を凝視していた。
「……あの」
「なんだい?」
「少し、視線を外していただけませんか? 恥ずかしくなります」
「……、仕方がないな」
 ものすごく残念そうに、彼女は琴美に背を向ける。
「いや、実際、君の体つきときたら、女のわたしでもむらむらきてしまうほどだからね、眼福にありつけると思ったが……残念だ」
 同僚には、こうしたちょっと困ったところがあるので、琴美も少々弱っている。
 まずは、帯をほどいて着物。次にスカート。スパッツ。それらを脱いで下着姿になり、新戦闘服に身を包んでゆく。張りのある、ぼんと突き出た胸にぴったりと吸い付く黒のインナー。弾けんばかりに張りつめた、丸く健康的なお尻にフィットするスパッツ。黒いミニのプリーツスカートをはいて、着物を羽織り、帯をしめ、兼小手のグローブと編上げのブーツを装着する。いつもの水嶋・琴美の出来上がりだ。
「もう、振り向いていいかい?」
「どうぞ」
「おお、ぴったりだな。どうだ、着心地は」
「――、申し分ありません。前のものよりも身体に馴染みますし、それでいて軽い」
「その上、丈夫にできてるぞ。まぁ、君が敵の刃を受けるなんてこと、万に一つもあるわけがないと思うが」
「動き心地も確かめてみますわ」
 言って、琴美は部屋の真ん中に発って、両手を合わせ目を閉じた。それから、すう、と流れるように身体を動かしてゆく。それは舞踊の動きだった。代々、忍者の血を引き継いだ家系の生まれのため、忍びの訓練を受けているほか、くのいちとして女性らしい動きもできなければ、ということで、そうした嗜みの一切を、琴美は習得している。
 右へ、左へ。下から、ゆっくりと上へ。琴美の動きは緩やかでありながら繊細で美しく、見るものをとりこにしてしまう不思議な引力があった。
 こうした舞踊の動きは、嗜みだけではなく、戦闘面でも活きてくる。一切無駄のない洗練された最低限の動作で、敵を仕留めることに非常に役に立つ。
 たっぷりと十分か、それくらいをかけて、琴美は身体こなしを終えた。動き心地も文句なし。新戦闘服は、最高の出来だった。
「素晴らしいです。これで、任務もはかどりますわ。まことにもって、ありがとうございます」
「なに、喜んでもらえて、なによりだ。君の活躍がわたしの楽しみだからね。頑張ってくれ」
「ええ、もちろんです。それでは……」
 そうして研究課を後にしたところで、通信機からコール音。司令官からの呼び出しだ。きっと新しい任務のことだろう。
 簡単な任務、そしてとびきり難しい任務――どんな任務であれ、全力で、完全に、完璧に、そして優雅にこなす。
 忍びの鉄則を胸に、琴美は颯爽と歩き出す。その胸に、かつてない高揚と期待をみなぎらせながら。彼女の行く先には、一体何が待ち受けているのか――それは、誰にも分からない。最強のくのいち、水嶋・琴美。彼女は今日も、闇に舞う。
                         忍びの掟(4)了