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<東京怪談ノベル(シングル)>


壱 ■ 殲滅作戦-T





 自衛隊、特務統合機動課。
 非公式に設立された部隊でありながら、その名を知る者達からその実力は尊敬され、畏れられ、敬われている。

 そんな中で、若いながらもその腕に並ぶ者無し、と称賛されている一人の女性がいる。彼女の名前は“水嶋 琴美(みずしま ことみ)”。

 女性自衛官でありながらも、髪は長く、艶っぽい程に綺麗に真っ直ぐ伸びている。

 戦闘服は自衛隊の制服とは全く違っている。

 編上げで膝まであるロングブーツを履き、ミニのプリーツスカート。
 男性陣の期待を裏切るかのようなフィットするスパッツを履いていて、それを知って尚、男性陣は彼女の脚の美麗さに目を奪われてしまう。

 着物の両袖を戦闘用に半そで位短くしていて、手にはグローブを。帯が巻かれ、たゆたう上着から覗く胸元。
 体に密着している黒いインナーを着ているにも関わらず、自己主張するかのように覗かせる胸元はインターの上からでもハッキリとそのラインを魅せつけている。
 肌の露出が少ないとしても、この姿はまさに妖艶だ。






 特務統合機動課である琴美を前に、上官は鼻の下を伸ばす事はおろか、優しく語りかける事も出来ない。

 ――その理由は、圧倒的なまでの実力に対する畏れだ。




 これまで、幾度となく死線を潜り抜ける危険な任務があてがわれた特務統合機動課。

 琴美が配属された時の自衛官達の表情は歓喜と憐憫だ。

「あんなに美しい娘ならば、わざわざこんな環境じゃなくて、もっと華やかな生活をして、優雅に暮らせただろうに」
「わざわざ危険過ぎる特務統合機動課に配属されるなんて、勿体ねぇ……」

 それが隊員達の感想であった。

 傷だらけになり、何人もの隊員が犠牲となる危険な任務。数十名といた隊員がたったの一桁しか戻って来ない。そんな任務にあてがわれているのだ。

 それでも、琴美は何一つ変わらぬ姿で帰ってきた。

 あれだけの器量だ、安全な所に隠れさせていたんだろう、と生き残った隊員を労いながら声をかけると、琴美を下心さえ持って見つめていた隊員が震える唇で言い放った。

「……返り血すら浴びないんだ。俺達の何十倍という人を葬ったのに、だ……」

 この一件から、琴美は周囲から一目置かれた。
 そして証明するように、何度も死線を潜り抜け、色香の漂う姿で変わらずに歩き、その美しい髪に火薬の匂いという不吊り合いな香りを漂わせる事から、彼女は畏れられていた。






―――。





『――潜入はどうだ?』
「あら、潜入? 襲撃の間違いではありませんか?」

 クスっと笑いながら耳に取り付けられた無線のイヤホンマイク。
 確かに琴美の言う通り、それは潜入という隠れて行う行為とは程遠い姿だった。

 ブーツをカツカツと踏み鳴らし、長い髪を靡かせながら歩く一人の美しい少女。まるで不釣り合いだと言わんばかりの廃工場に、月の光に身体のラインを浮かび上がらせた琴美は、堂々と振る舞う。

『……気を付けろよ。相手は高度な訓練を受けたテロ集団だ。重火器で武装している上に、その動きは素人とは――』
「――私も、プロですわ」

 琴美の一言には嘲笑が混じっている。

 指揮を出していて、琴美程に『作戦』が意味を成さない相手はいない、と指揮官は黙り込んだ。
 どんな任務だろうと、どんな相手だろうと一切の傷も受けず、返り血も受けない彼女を前に、『作戦』はない。ただ単純な一言の命令で全てが片付いてしまう。

 ――『殲滅せよ』。

 月明かりにゆらりと妖艶の身体を浮かばせた来訪者。
 そんな琴美を、誰が敵襲だと感じるだろうか。下衆で醜悪な笑みを浮かべた男が歩み寄り、声をかける。
 彼の行動に、仲間達二人も多少は警戒しながらもニヤニヤと笑みを浮かべていたが、次の瞬間だった。

 キラリと鈍い光を放ったクナイを手にしていた琴美が、歩み寄った男の首を切り裂き、血の飛ぶ方とは逆へと一歩だけ横に歩く。
 妖艶な琴美の手に握られた、あまりにも不釣り合いとも取れる鋭利な凶器。噴水のように巻き上がった仲間の血。

 動揺しながらも、男達は慣れた手つきで銃を構えた。

 ――しかし、彼らの一瞬。安全装置を外そうと一瞬だけ視線を外してしまった事が、彼らの命を奪う選択になった。

 先程まで数メートル先に立っていた琴美が二人の間に立ち、逆手に持ったクナイを両手にクルっと舞って前方へと再び歩き出す。
 歩き出す琴美に、慌てて振り返ろうとテロリスト二人は振り返るが、自分達の意思とは違った光景が広がり、赤く目の前が染まった地面へと倒れこむ。
 自分達が切られた事実に気付いたのは、身体が言う事を聞かなくなってからだった。

 赤い地面の視界の隅に、まるでモデルがショーで歩くかのように進む琴美の後ろ姿を見つめながら、男達の視界は闇の中へと堕ちていく。
 死に際に何とか指を動かし、無線機で異常事態を告げる音を鳴らして、彼らの意識は完全に絶たれた。




 異常事態を知られた事に、琴美も気付いていた。
 地面を通して感じる、人が走る僅かな振動。人数はざっと十五名前後か、と理解したかのように口角を少しだけあげた。

「チッ、女だからって油断したのか!」
「油断するな! 撃て!」

 周囲を囲まれ、右に左に。そして二階部分の壁際を走る廊下からも、堂々と歩いていた琴美に銃口を向け、火を噴いた。

 テロリストの一人が、そのあまりの美しい光景に息を呑む。

 黒髪をなびかせ、たゆたう着物のような服。銃弾の飛び交う雨の中、彼女はクルクルとまるで演舞をしているかのように後ろへと飛び、その先で着地した。
 これをチャンスと見たテロリスト達がそこへ目掛けて銃口を向け、改めて引鉄を引く。

 全てがスローモーションに見えた。そんな異常な世界の中で、彼の目に映った琴美だけが、二倍速で動いているのではないかと疑った。

 たゆたう着物の袖口から鈍い光りに煌めいたクナイが、一斉に十本左右と二階廊下にいた男達に向かって飛び、突き刺さす。更に駆け出した琴美はクナイを三本ずつ手に取り、残っていた左右の六人が同じようにクナイにその命をあっさりと絶たれる。

 最後に残った三人は奥への扉を死守しなくてはならない。
 しかし、彼らはその圧倒的なまでの素早さと、眉間に突き刺さった仲間たちの死にゆく姿を見たせいで、恐怖を通り超えて感動していた。

「どいて下さる?」

 目の前で鬼神のように人の命を刈り取った美しい天女。
 それが彼らにとっての琴美の印象だった。か細い声は血の雨を降らせた今の光景をまるで幻覚だと教え込もうとしているかのように、男達の神経を絡め取る。

 ここで一人の男が復讐でも守ろうという意志でもなく、錯乱から琴美に銃口を向けた。

 先程から琴美に見惚れていた、扉の真正面に立った男は後悔していた。

 その事がなければ、自分達は少なくとも、この美しく妖艶な美女をもっと近く、手に触れられるぐらいの場所で殺されたのに、と。

 次の瞬間に投げ放たれたクナイが眼前に広がり、その奥に佇む琴美の妖艶な瞳を焼き付けて、彼はその生涯に幕を下ろした。




 ――扉を開けて、琴美は最深部へと足を踏み入れるのだった。



                            to be countinued...