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<東京怪談ノベル(シングル)>


弐 ■ 殲滅作戦-U





 扉を開けた先で、琴美は周囲に立った男達から放たれる圧倒的な威圧感に、何処か楽しげに笑みを浮かべていた。
 しかしその笑みの後ろに倒れた男達と血の池。そしてそのか細いラインに不釣合いな胸元と華奢な足。

 これらの光景を全て見た上で、男達は唾を呑んだ。

 これ程の美女を相手に、油断したのではないか。再奥にいたテロリストのリーダーはその可能性を疑ったが、いくら油断していても、さっきの銃声を聴いていた。
 そんな銃声の中から、誰一人声もあげずに死んだ。つまりは即死。

「……ずいぶんと手荒な芸者が来たもんだ」
「芸者は舞うものですわ。私はあの野蛮な鉄の塊が奏でたリズムに合わせて舞っただけ」

 服装を皮肉ったリーダーに対して、琴美はクスクスと笑うように答えた。

 ――狂人。

 テロリスト達は琴美を見て、今まさに琴美こそがそれだと感じる。

 命のやり取りが多い環境で、精神を病む者は多い。次第にゲーム感覚になり、自分が生きた事に感謝していた戦士達が、やがて何人の命を奪えるかを楽しむようになる。
 今目の前で、ざっと二十名近い者達を屠った琴美は、まさにそれではないか、と。

 彼らは知らない。琴美は決して狂人などではない。
 ただ単純に、命を刈り取る事にも自らの命を危険に晒す事も、当たり前な事だと受け止めているだけだと。

「無駄話はここまでにしようか、芸者さんよ。まぁまぁの器量で殺すのは勿体ねぇが、仕方ねぇ」
「あら、残念ですわね。ユニークな方は嫌いじゃありませんのに」
「殺れ!」

 銃声が鳴り響いた。

 琴美は先程のように後方へは飛ばず、クナイを両手に一本ずつ持って一番近い男に駆け寄る。その速さに慌てて何も出来ない男を切りつけるかと思えば、足を止めて妖艶な笑みと独特な柔らかな匂いをふわっと漂わせた。
 次の瞬間、他の仲間が銃を撃った瞬間に再び駈け出し、その銃弾が仲間に当たって命を奪った。

「可哀想な事をしますわね」

 クスクスと笑いながら飛ぶ琴美がトンっと地面に着地する。流れるような黒髪がゆっくりとそれに追従し、胸元が踊るように揺れ、そのまま上体を屈める。
 そして、弾けるように駈け出し、次の標的に向かって近寄る。

 同じ轍を踏むか、と男が慌ててナイフを取り出すが、一瞬でそのナイフは弾かれ、首元に銀閃が通過する。
 慌てて加勢に入ろうと走ってきた男が、今しがた琴美が切った男の喉元から舞い上がった血の雨に怯んでいると、その雨を切り裂いてクナイが男の額に目掛けて飛ぶ。

 血の雨が止み、加勢にきた男が倒れる前に男の額からクナイを抜き取り、再び左右の手にクナイを持つ。一番近くにいた男に切りかかり、それをナイフで受け止められた。

「へっ、腕は立つみたいだが、非力だな」
「えぇ、その方が都合が良くって」

 弾かれた勢いのままクルっとまわり、逆の手に持っていた血に染まっていたクナイが、銃を構えて加勢しようとしていた男の額を突き刺す。
 自分が牽制で、本来の目的があっちだったと気付かされた男は慌てて琴美に攻撃を仕掛けようと間合いを詰めずに銃を構えるが、後ろに手をついてクルっとまわりながら蹴り上げられた銃口が天井を見つめる。
 ふわっとゆれて肌が露わになった足元だったが、男が銃を持ち直す頃には既にクナイが額を突き刺さっていた。

「ちょっと遅かったですわね」

 黒いインナーを露わにして立ち上がった琴美が、着物のたゆみをスッと直す。綺麗な身体のライン。返り血すら浴びていない琴美が、残ったリーダーとその連れを見つめる。

 月明かりに照らされた瞳は潤んでいるように見えたが、ゆらりと揺れた身体と共に再び弾けて二人に向かってクナイを両手に出して駆け寄る。

 慌ててなんとか対処しようとする男達だったが、マシンガンから放たれる銃弾は早くても、それを操作している自分達が琴美の動きについて行けない。
 その現実を目の当たりにしながら、琴美の接近を許してしまった。

 振り下ろされたクナイをリーダーがナイフで受け止めるが、加勢しようとしたもう一人の男が銃を構え、琴美に向かって放つ。
 しかし琴美はそれを知っていたのか、なめらかに身体を逸らして銃弾を避け、再び飛びながらクナイを二本投げた。リーダーは何とか避けるが右足に、加勢しようとした男は首を貫かれ、その場に倒れ込む。

「……バケモンが……!」
「化物……? フフ、貴方達が弱すぎるのではなくって?」
「なんだと……?」

 ゆっくりと歩く琴美に見惚れてしまいそうになるリーダーの男。
 上気した顔もせず、息も切らせていない琴美は、何一つ入って来た時と変わらない姿をしている。
 月明かりに照らされる躯は美しいラインを魅せつけ、躍動している身体は踊るように跳ねる。
 そしてその瞳は、嘲笑にも似た笑みを浮かべ、呆れるようにため息を吐いた。

「期待外れ、ですわ……」

 ピシっと戦慄が走る。リーダーの男はつい一瞬前まで正面にいた琴美の声が、真後ろから耳元で聞こえた事実に絶句した。
 既に首から温かいものが流れ、意識は朦朧とし、揺れた視界の先から崩れるように倒れた。

「回収をお願いしますわ」
『……了解した』

 指揮官は全てを聞いていた。
 マイク越しに聞こえる銃声。風を切る音。何一つ乱れない琴美の息遣い。

 マイクをオフにして、ヘッドフォンを外した指揮官のため息に、その横にいた部下が心配そうに声をかけた。

「全軍、敵本拠地へ。死体を回収する」
「し、死体を? 援護では?」
「……もう全て片付いたそうだ」

 元々、琴美は潜入して撹乱。その予定だったのだが、琴美はそれをさせなかった。





 日本で起こったテロ集団の壊滅は、自衛隊によって解決されたと報道された。
 栄えある自分達の勝利だと言うのに、誰一人としてその勝利を喜ぶ姿もなく、上層部は安堵をしただけで、琴美と共に作戦を共にしようとしていた部隊からは、再び琴美の強さを知らしめられた現実だけが残った。

「ご苦労だったな」
「労われる程の苦労をした覚えはありませんわ」

 琴美の言葉は、ただの上官に対する謙遜でもない。事実琴美にとって、テロ集団の殲滅など何の苦労もしていないのだから。

 彼らは知っている。

 あの殲滅作戦で使われたクナイは二十本にも満たない。そして今回、火薬の匂いすら纏わずに帰った琴美が、戻ってきて一番最初に口にした言葉を。


 ――「明日はショッピングに出かけましょうかしら」


 死線を潜り抜ける事が当たり前となりつつある琴美にとって、死線にすら成り得なかったのだった。



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