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<東京怪談ノベル(シングル)>


姫巫女の白き深淵 −前編−

1.
 アンティークショップ・レンからの依頼はいつも決まっていわく付だ。
 イアル・ミラールは受け取った依頼の品を居候させてもらっているマンションへと持ち帰った。
「呪いの…ゲーム…」
 CDのラベルは真っ白で中に何が入っているかはわからない。
 パソコンを立ち上げてCDをセットする。
 立ち上がったのは『白銀の外伝』というタイトルのゲーム。
 自分のキャラを数種類の中から選び、最終的に魔王に攫われた姫を救い出すというRPGのようだ。
 初心者向けと書いてあったキャラを選択し、性別は女、名前には『イアル』と打ち込む。
 これでおそらくは…そう思った矢先、くらっとしためまいのような感覚に襲われた。

 気が付けば赤いビキニタイプのアーマーと腰には剣。
 女勇者、イアルの出来上がりである。
 大きな門の前で突っ立っていた。
 その門の後ろには大きな城が見えた。
「これが呪いなのね…」
 依頼で聞いていた通りだった。
 呪いのゲーム『白銀の姫』のプログラムを流用して作られたという『白銀の外伝』。
 流用されたプログラムで呪いまでもがコピーされた。
 この呪いですでに何人もの人間がゲームに取り込まれているそうだ。
「この呪いを解くのがわたしの役目」
 女戦士イアルは歩き出す。
 この世界の呪いを解くために。


2.
 RPGの世界は不思議なもので、突然魔物が襲いかかってくる。
 そして、その魔物は倒さなければならない。
 倒さなければ世界の中で経験値が貰えず、経験値がもらえなければ成長はできず弱い存在のままになり、姫を助けることはおろか魔王の城まで到達もできない。
 イアルは鏡幻龍の力を使いながら、魔物を薙ぎ払っていく。
 最初は弱い敵ばかりだったが、段々と敵は強くなる。
 しかしイアルも経験値を稼ぎ、強くなっていった。
 少しだけ世界が見えてきた。
 白銀の姫からプログラムが流用されているというのはどうやら本当のようだ。
「我々の姫・モリガン様が囚われています。勇者様、どうかお助けください」
 白銀の姫では女神として君臨していたモリガンがこちらでは『姫』と設定されていた。
 だが、わからないのは『魔王』の存在。
「魔王とは…どんな人なのかしら?」
 イアルのその問いに答えられるものは誰もいない。
 それはプログラムに入っていないから。
 プログラムされていない問いには誰も答えられない。
 魔王の城に直接乗り込む以外にイアルには魔王の正体を知る術はないのだ。
 そして、それはきっと他のプレイヤーたちがどこへ行ったかも知る重要な手掛かりとなるのだ。
「わたしが頑張らなければ」
 鏡幻龍は魔物を撃退し、イアルをどんどん成長させた。

 道を進むにつれて、段々と険しくなっていく風景。
 その奥に見える禍々しきオーラをまとう城。
 その頃にはイアルは十分な経験値を得て、この世界に慣れていた。


3.
 その城は魔王が住む城としてふさわしかった。
 暗い室内、ところどころに据えられた蝋燭の光は床を照らすことはなく、時々足元を何かが走っていく。
 イアルは不安を抱えながらも、その意志で足を奥へと運ぶ。

『待ッテイタ。勇者ヨ』

 突然響いたのは低い男の声。
 これが魔王なのだと、イアルは直感で思った。
『ダガ、オマエノ相手ハ私デハナイ。私ノカワイイペットト遊ンデモラオウ』
 暗闇の奥に不意に殺気が湧き上がる。
 イアルは身構えた。その殺気はまるで野生の動物のようだと思った。
 しかし、それは間違いだった。
 薄い蝋燭の明かりに照らされた輪郭を見て、イアルは愕然とした。

 煌めいていたはずの髪は乱れ、美しかった体はまるでぼろ雑巾のようになった服で薄汚れ、汚臭を放ち獣のように四つん這いでこちらへと狂気の目を向けるモリガンの姿。

「ウグルルルルルルル!!!」
 獣のように雄たけびを上げ、涎をそのままに垂れ流す。
 美しく威厳のある女神の姿はそこにはなく、イアルは混乱した。
『気ニ入ッテイタダケタカナ?』
 コツコツと奥から響く靴音と共に、声はモリガンの後ろで止まった。
「なんて酷いことを…!!」
『酷イ? 酷イノハ君ダ。君ガ戦ッテ強クナレバナルホド姫ハ野生化シテイッタノダカラ』
 嘲笑うかのように、それは言う。

『コノげーむハ面白クナイ。ナラバ私ガ面白クシテヤロウ。姫ニハ野生化ノ魔法ヲ。ソシテ野良犬ノヨウナ生活ヲ。サァ、助ケテミヨ! コノ姫ヲ!!』

 まさか、イアルが経験値を積むことでモリガンの野生化が進行していくなどと誰が考えられたのか?
 それはイアルの失態ではない。
 けれど…
「モリガン! 目を覚まして! あなたを救いに来たの!!」
 しかし、そんな言葉は通じない。
 モリガンは躊躇なくイアルに襲いかかってくる。

 攻撃…できない…!

 それは、事実上の敗北であった。


4.
 モリガンに組み伏せられ、魔王に屈服せざるを得なかった。
『面白イげーむダッタダロウ?』
 その言葉にイアルはキッと魔王を睨むと、魔王は不愉快そうに口元だけを上げて笑った。
『何モデキナイ。ダガ、今マデノ勇者トハ違ウ…面白イ。オ前ハ私ノこれくしょんトシテ残シテヤロウ』
 コレクション…!?
「待って…!?」
 そのイアルの言葉は恐怖の表情と共に固まり、一瞬の後に石の彫刻と化した。
『姫ヨ。ソノ石像ヲ砕ケ』
 魔王が言うが早いか、モリガンの攻撃がイアルの体へと刻まれる。

 イアルの石の体はバラバラになり、その場に放置された。

『…出テクルガイイ。拠リ所ヲ亡クシタ魂ヨ』
 魔王がイアルの石像の破片にそう呼びかけると、石像からふわふわといくつもの光が浮き上がり、ひとつの形を作り上げていく。

 それは、イアルだった。

 だが、その背中には4枚の羽が生え、虚ろな瞳でバラバラになったイアルの体を見つめていた。
『丁度妖精ガ欲シイト思ッテイタ。コレハイイこれくしょんニナッタ』
 にやりと満足げに笑う魔王に、モリガンは何も考えていないかのように魔王の足元に付き添った。
 イアルはただ、自分がここから抜け出せなくなったことを知った。
 誰か、助けてほしい。
 わたしをここから、助けて…。


 暗いマンションの一室で、パソコンのモニターだけが明るく光る。
 そのモニターに映し出される文字。

『GAME OVER
 …NEXT NEW CHALLENGER?』