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姫巫女の白き深淵 −後編−
1.
「ただいまー」
仕事を終えマンションに帰った響(ひびき)カスミは、いつもなら返ってくる「おかえり」の声がないことに気が付いた。
鍵はかかっていた。靴もあった。けれど、人の気配がしない。
「いないの? イアル??」
部屋を見回すと、パソコンがつけっぱなしで放置されている。
なにか、急な用で出て行ったのだろうか?
カスミは別段気にすることもなく夕飯の用意をし始めた。
しかし、その夕飯が出来上がっても、イアル・ミラールが帰ってくる気配はない。
待ちくたびれて、うとうとしていたら深夜12時近くになっていた。
おかしい。イアルが何も言わずにこんな時間まで帰ってこないなんて…。
カスミは席を立つ。探しに行かなければ!
『たす…けて…カ…スミ…』
それは、空耳にも思えた。
しかし、カスミは疑わなかった。間違いなくイアルの声だと。
声の方向を見ると…パソコンのモニターが何かのメッセージを出している。
カスミはそれを覗き込んだ。
『GAME OVER
…NEXT NEW CHALLENGER?』
その文字の裏にはどこかの部屋らしきものが映し出されていた。
だが、何かがおかしい…そして、それに気が付いたとき、カスミは「ひっ!?」と小さく悲鳴を上げた。
石像…女の石像がバラバラにされ、インテリアのように飾られている。
そしてその部屋の真ん中に籠に入れられた妖精姿のイアルが角の生えた見た目からして悪役につるし上げられている。
『たす…け…て』
再びイアルの声が聞こえ、カスミはパソコンの前に座った。
わからない…だけど、助けなければ!
エンターキーを押すと、タイトル画面へと戻る。
『最初から始める』
キャラ選択、踊り子を選択してカスミはゲームの中へと吸い込まれていった…。
2.
中世の町並み。石畳の道。
大きな城門の後ろには大きなお城がそびえている。
ひらひらとした薄い衣をまとった妖艶な踊り子・カスミは自分が今どこにいるのかすらわからなかった。
ただ、イアルがここにいることだけははっきりと確信できた。
イアルを助けなければ。
カスミは歩き出す。それは、さきほどイアルも歩いた道だった。
『カスミ…敵を…倒して』
「イアル!? どこにいるの!?」
カスミはあたりを見回すが、イアルの姿はどこにもない。
「敵を倒せばいいの? …どうやって?」
『あなたの腰にある鞭で…』
カスミが確認すると、確かに鞭がある。
…こんなもので敵が倒せるのだろうか? そもそもイアルの言う敵とはなんなのか?
カスミはRPGはおろか、ゲーム全般の素人であった。
しかし、ゲームは待ってくれない。
突然現れた敵にカスミは思わず鞭を振り下ろすと、バシュッという音と共に敵は消えた。
「…なんなの、ここ…」
『大丈夫…そのまま進んで…』
「敵を倒していけばいいのね?」
『そう…でも、もう少しあがったら…』
何があがるのだろう?
カスミは色々な疑問がわき出たが、今はイアルの言葉を信じていくしかなかった。
それがイアルを助けるために必要だと思った。
イアルの言葉は的確だった。
まるで次に何がカスミの前に現れるのか知っているようにも見えた。
「な、なにこれ!?」
大きなゴーレムがカスミの前に立ちふさがった時、イアルは言った。
『そのゴーレムの足に、わたしの足が使われているわ。それを持ってきてほしいの』
カスミは苦戦しながらもイアルの足を確保し、イアルに言われるまま敵を倒した。
そして『これ以上、敵を倒してはダメ』という言葉に従い、敵と遭遇しても逃げるようになった。
それにどんな意味があるのか、カスミにはわからなかった。
けれど、イアルの言葉だから信じられる。
カスミは怖かったけれど、精一杯の勇気でイアルの元を目指した。
3.
その城は禍々しいオーラを放っていた。魔王の城である。
カスミはすぐにそこにイアルがいることを確信した。
『馬鹿ナ!? 姫ノ獣化ガ進ンデイナイダト!?』
ボロボロの姫は獣化の魔法をかけられながらそれでも自我を保ち、魔王に屈服することはなかった。
すべてはイアルがカスミに伝えたことによる変化だった。
「イアルがここにいるんでしょ!? あなたを倒せばイアルが助けられるのね!?」
カスミはそういうと、魔王は忌々しそうに吊るしてあった籠を見上げた。
その籠の中には妖精と化したイアルの姿が…。
「イアル!!」
『オ前ノちからカ…!!!!』
憤怒の表情で魔王はイアルの籠へとかざして魔力をその掌に集中し始める。
「カスミ! 今よ!!」
カスミはイアルのその言葉に反射的に鞭を振り上げる。
それと同時に、イアルは鏡幻龍をその鞭に乗せる。
魂だけの姿でどこまでの力が出せるかはわからなかった。
しかし、カスミの攻撃が致命傷に至らなかった時、魔王は間違いなくカスミを手にかけるだろう。
それだけは…それだけは絶対にさせない!
部屋のあちこちに飾られたイアルの体から、色とりどりの力の光が溢れだす。
それは鏡幻龍の力がイアルの魂から体へと流れて、カスミの力になった。
「イアルを…返しなさい!!」
空をも引き裂き、魔王の体を呪いごと無に帰した一撃。
何も残さず、何もなかったかのように…そのゲームはあっけない終わりを迎えた。
4.
カスミはイアルの石化した体をすべて集めて並べた。
妖精となったイアルを助け出し、カスミはイアルの体へキスをした。
すると、見る見るうちにイアルの体は元の柔らかく温かな肉体へと戻り、妖精のイアルの魂はその肉体へと吸い込まれた。
「…おかえりなさい」
「ただいま、カスミ」
抱きしめた体が温かい。生きている。
カスミとまたこうして会えたことが奇跡のように思えた。
「帰りましょう。私たちの家へ」
カスミと共に、イアルは魔王城の一番奥にある扉の前へと進んだ。
そして、扉を開けた。
そこは見慣れた部屋。いつもの風景。
「お腹空いちゃったわね。夕ご飯食べましょ。作って待ってたのよ? …あ、温めなおさなきゃ!」
カスミがそういうとパタパタとキッチンを走り回る。
「手伝うわ、カスミ」
「ありがとう。あ、じゃあ肉じゃが温めてくれる?」
にっこりと笑って、温めたお味噌汁と温かな肉じゃがとごはん。
質素でもう夕ご飯というには遅い時間だったが、2人は笑顔でその夕飯を食べた。
その幸せな時間がイアルには何よりも大切なものだった。
後日、新聞にて。
パソコンをつけっぱなしで自室から突如失踪していた多数の若者たちが、突如自室で発見された。
彼らの記憶は曖昧で、ただ、2人の女性が開けた扉をくぐったら部屋にいたということだけが共通していたという…。
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