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<東京怪談ノベル(シングル)>


参 ■ 微笑





 テロ集団を殲滅にした翌日、琴美は有言実行と言わんばかりに買い物をしに街へと訪れていた。
 相変わらずの美しく黒いロングヘア。ミニのプリーツスカートをヒラヒラと揺らしながら、ロングブーツを踏み鳴らす。
 身体のラインが強調されるタートルネックの真っ白な長袖の上着と、あまり厚すぎないロングコートを羽織って颯爽と歩く姿は、何処かのモデルのようだ。

 そんな彼女を待っていたかのように、様々な男性が声をかける。

 ナンパに興じる若者。
 スカウトしようとする者。

 それらを相手にもしない琴美の姿に、周囲にいた女性が羨望の眼差しで琴美の後ろ姿を見送る。



 任務に参加していない時の琴美は、ただ純粋に見れば女性として輝く存在だ。
 自信に満ち溢れるような立ち振る舞いと、風に揺れる流れる黒髪。清純そうに見えるのに、それでいて何処か妖艶なその姿は魅力であり、その風貌に誰もが見惚れる。

 勿論、これに対して琴美は嫌な気分にもならず、鼻にかける様子も見せない。

 そんな事をする必要がない程、とっくに自分に対しての評価と仕事に対しての周囲の評価が、何をするにも琴美の自信へと繋がり、形成しているからだとも言える。


 若者の集うショッピングモールに訪れた琴美は、イルミネーションで鮮やかに彩られた木を見つめ、もうすぐクリスマスだと気付いた。
 彼女にとっては何も変わらない日常だが、どうにも他の人とは違うらしい。



 代々忍として生き続けた家系に生まれた琴美は、そういった祭事とは全く関係のない暮らしをしていた。
 それらに僅かに憧れた事もあろうものだが、琴美は違う。
 彼女は一族の中でも才に恵まれ、周囲からも期待を込められて育ってきた。だからこそ、今の生活にも自信を持っている。胸を張って生きている、と体現出来る。



 それはそれ、と言った感覚でショッピングに繰り出す姿は、やはり十九歳の少女らしい一面もある。
 人里に降りて生きる以上、無関心ではいられない。
 そうは考えているのだが、買い物に一度出れば、周囲の彼女に対する羨望から、ファッションセンスに対してそこまで拘りがなかった琴美も、おのずと良い組み合わせを店員によって勧められる。

 ――簡単に言えば、着せ替え人形のような物かもしれない。

 琴美の美しく整った体型や顔立ち。それに清純かつ妖艶という両極端な特性は、周囲から見れば、何を着せても絵になる。
 だからこそ、彼女に合った服を見立てよう、と勝手に闘士を燃やす店員達の思惑も、琴美が知る訳もない。






 この日も例外なく琴美は色々な服を勧められた。
 売ろうという商売欲ではなく、似合うから是非着て欲しいという純粋な勧め方をしてくる店員達はいつも楽しそうだ。

「……やっぱり疲れますわね」

 普通なら琴美ぐらいの年齢ともなれば、色々な服を着飾るのは楽しく、疲れよりも興味が上回る年頃だろう。
 しかし琴美は、数店回っただけで荷物をだいぶ増やし、ゆっくりと大手コーヒーチェーン店の中で窓際の席に座り、一息ついていた。

「あら、水嶋さん?」

 不意に声をかけてきたのは、昔琴美が特務統合機動課に入る前に世話になっていた年上の女先輩だった。
 彼女は現場に出るタイプではなく、指揮官と共に指揮車から状況を確認したりと、自衛隊の中でも女性らしい仕事をしている、知的なタイプだった。

「お久しぶりです」
「こんな所で会うなんて珍しいわね」
「えぇ、そうですわね。先輩もお買い物ですか?」
「そうよ。貴女程の量は買い込んでないけどね」

 薄っすらと笑いながら、琴美の足元にあった大量の紙袋を見つめて苦笑する。

「勧めて下さるもので、つい」
「女の子ならではの発想ね。商売欲からじゃなくて、似合うから勧めたくなっちゃうってトコかしらね」

 この女性の洞察力は琴美も一目置いているが、やはりその鋭さは相変わらずだった。

「聞いたわよ、昨日の仕事。もう噂になっているのね」
「昨日の? あぁ、掃除の事ですか?」

 掃除、というのは公共の場での殲滅任務の総称だ。
 さすがに殲滅やら任務、といった言葉を公共で使う訳にはいかないので、自衛官達の間ではそういった表現が用いられる。

「また、何一つ問題なく終わらせたみたいね。今じゃ私の所でも天女や鬼神や、色々な呼び名がついてるわよ?」
「天女なら素直に喜べそうですけど、鬼神は喜べそうにありませんわね」

 ふう、と困ったように答える琴美に女性はクスっと笑った。

「まぁ良いじゃない。無事で何よりよ」
「ありがとうございます」
「さて、私はもうすぐ人と会う約束があるからこれで失礼するわね。貴女もデートかしら?」
「いいえ、お一人様ですわ」
「あら、勿体無いわね。それじゃあね」

 そう言って、彼女は琴美の前から立ち去っていった。


 勿体無い、とは言われたが、琴美はそんな事は感じていなかった。
 琴美にとって、任務が終わった後の昂揚感はどうしようもなく好きな感情だ。

 自らの力に限界はないと感じ、そしてそれが次へ次へと自分を駆り立てる原動力になり、自信になる。

 もっと、もっとそれを味わいたい。それで自分は更なる高みへと向かえる。


 まだ見ぬ新たな任務にさえ、彼女は胸を焦がしていた。
 それが、例えどんなものだとしても。


 新たなる戦いへと心を踊らせながら、琴美は小さく決意を新たにしていた。





 ――余談ではあるが、琴美の存在はその街の芸能事務所やナンパ師の中では既に有名になっていた。
 琴美が買った服は、その光景を見つめていた女性達からも人気を博し、見事に店側としては利益を獲るという形が出来上がっていた。

 そんな事から、実は琴美は陰で「気紛れな天使」という異名を冠している事は、琴美は知る由もなかった。




to be countinued....