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<東京怪談ノベル(シングル)>


肆 ■ 高まる期待





 相変わらずの目立つ戦闘服に身を包んだ琴美が、堂々と胸を張って歩く。
 琴美に対する視線は相変わらず三拍子。畏れ・尊敬・羨望だ。



 今日は訓練だという事もあり、特別なメニューを独自にこなす琴美には上官もついていない上に、オフとあまり変わりはない。
 ただし、琴美の場合は上官がいないからと言って休む事もなく、独自のメニューを消化していた。

 そんな折、琴美の携帯電話が着信を告げて鳴り響いた。
 首からぶら下がったそれを手に取った琴美がふぅ、と一息吐いて息を整える。

 ――テロリスト戦でも見事に息を見出さなかった琴美が息を整える程の過酷なトレーニングメニューは、正直常人では常識離れし過ぎて笑えてしまう。

『もしもーし』
「影宮さんでしたのね。おはようございます」
『琴美ん、今何処にいる?』
「私ですか? 今はそうですね、切り立った崖を登っている最中ですわ」
『……へ? 嘘っ! いた!』

 自衛隊の基地から見える、断崖絶壁。そこに命綱もそれらしい装備もしないまま、片手でプラプラと捕まって風に揺られている琴美を、基地の中から双眼鏡で影宮と呼ばれた白衣を着た女性研究者が見つめて叫んだ。
 琴美は本来忍の一族。その視力と気配を読む力は尋常ではない。

「あら、あんな所にいましたのね。それで、どうかなさいました?」
『何澄ましてんの! 落ちたら死ぬって! っていうか何で電話に出てんの!』
「おかしな事言いますわね。電話が鳴ったのに無視する訳ありませんわ」
『とっ、とにかく! ちょっと見せたい物があるから手が空いたら研究室に来て欲しいの!』
「分かりました。汗を流したいので三十分後に」
『そこから降りてたら数時間かかると――』
「――いいえ」

 パッと手を離して断崖絶壁を飛び降りる。
 電話越しに影宮が大騒ぎしていたが、琴美は気にする様子もなく出っ張っている窪みに足をつき、しなやかに身体を曲げてその都度スピードを緩める。
 本来であればこんな事をすれば身体は壊れるのだが、持ち前の運動神経としなやかな筋肉。それに、猫のようにやらかい身体全体を使ったその動きは、まるで猫が高い所から連続してジャンプしながら地面に向かっているかのようだ。

 地面についた琴美が携帯電話を耳に当てる。

「では、三十分後に」
『無事なの!? おかしいよ!?』

 気にする事なく電話を切った琴美がさっさと自室にシャワーを浴びに戻った。





―――
――





 シャワーを浴びた琴美は、とりあえず戦闘服に再び着替える。
 膝まであるロングブーツにグローブ、ミニのプリーツスカート、色っぽいお尻にフィットするスパッツ。
 上半身は着物の様だ。両袖は戦闘用に半そで程度に短く、帯を巻いた形にたゆたむ着物の生地。
 その下は豊満な胸の形をそのまま露わにする黒い密着しているインナー。

 この姿は琴美のみが着ている戦闘服で、先程電話をした影宮による作品の一つだ。

 特殊装備開発、という名前をした部署に彼女はいる。
 彼女は独特な戦闘装備を作る第一人者であり、その傑作は自衛隊に重宝されている。

「まったくさぁ、常識外れも程々にした方が良いと思うんだよねっ!」

 自分より年上なのに背も低く童顔な天才を前に、琴美はクスクスと笑っていた。
 プンプンと怒りながら琴美を案内している影宮は先程の動きにご立腹だ。

「琴美んは自覚がないんだと思うんだよねっ! 基本的に自分がどれだけ大事な存在なのかとか、怪我したら任務にも支障が出るとか考えつくものだと思うんだけどねっ!」
「フフ、申し訳ありませんわ」
「あー! また私の事子供みたいって思ってると思うんだけどっ!」

 正にその通りだと思うものだが、影宮という存在を考えると誰もがその傾向にある。顔をプリプリと膨らませながら目の前を歩く少女のような影宮は、その白衣も合うサイズがない為に袖を折ってあったり背中を引きずりそうになっていたりと、何しろ小柄な女性だ。

「まぁ良いけどさっ! 言っておくけど、私の方が年上なんだよっ! 敬う気持ちを持った方が良いと思うんだけどねっ!」
「あら、私は影宮さんの事を尊敬してますわよ?」
「えっ……、あの……っ、ありがと……」
「そういう可愛らしい所とか、特に」
「ふぇ……、バ、バカにされた気がするけど、まぁ良いや……」
「それで、見せたい物、とは?」

 そう尋ねた琴美に影宮がフフンと小さな胸を張る。

「琴美んの任務成功も兼ねて、プレゼントがあるんだよー」
「任務成功はいつもの事ですわ」
「じゃあいつものも合わせてって事でー」

 相変わらずの自由ぶりに琴美は少々呆れがちだが、彼女のプレゼント、というのは琴美にとっても嬉しい物だったりする。
 この戦闘服についてもそうだ。

「じゃんじゃじゃーん!!」
「これは、この戦闘服と一緒の?」
「フッフッフッ、全然違うんだよねー。試着して、試着」
「えぇ」

 早速影宮に連れられて別室へと連れて行かれた琴美は、影宮から渡された戦闘服に身を通す。

 デザイン自体はそこまで変わらない。そこに特に何も感じなかった琴美は、服を着替える毎にその違いに気付かされた。

 スカートと上着。それに、全ての服に独特な違和感を感じる。生地が違うらしいが、軽い。
 スパッツを履いてキュっと締まったお尻に太もも。今までの締め付けてる感じもなければ、ゆるくもなく、完璧なまでに身体にフィットしている。
 その上からプリーツスカートを履く。何処か違った繊維素材なのか、今までのものよりも軽く、それでいて丈夫そうだと気付いた。

 編み上げのロングブーツも生地自体が変わっているらしい。
 足を入れると、自分の足の形にフィットしているせいか、足に違和感を感じない。それどころか、独特な重さすらない気がする。

 上着を着替えに、服を脱ぎ、インナーの黒いシャツを着ると、これもスパッツと同じような違いを感じさせた。
 上着を羽織、帯を締め、グローブを手にはめ込む。

 着替え終わった琴美を見つめて、影宮が得意げに「どう?」と聞く。

「……素晴らしい物、ですわね」
「そうでしょそうでしょ? 琴美んの身体に合わせて作った服と、特殊繊維を使って軽量化。かつ、防刃防弾性の高い密度を持った繊維で作られた服! 動き易いと思うよー」
「……えぇ、これは確かに……」
「試す?」
「えぇ、お願いしますわ」




 その動きのあまりの華麗さに、影宮はおろか、研究者達は息を呑んだ。

 屈強な自衛官達に頼み、肉弾戦を琴美にさせる。勿論、琴美は手加減をしているが、その身体に触れようと男達が攻撃を繰り出すが、全てあっさりと避けてみせる。

 躍動する胸、プリッツスカートから覗かせるライン。
 そして、何処か楽しげな琴美の笑顔は妖艶さを増し、その場にいた女性陣でさえ心を奪われていた。

 ――早く、次の戦いを……。

 絶対の自信と、無骨な男を相手にしながらも心が踊る琴美は、そんな気持ちを抱きながら舞い続けた。






                                FIN




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ご依頼有難うございました、白神 怜司です。

今回も四話連続でしたが、いかがでしたでしょう?
お楽しみ頂ければ幸いです。

美しい戦う女性の姿を思い浮かべながら書かせて頂きましたが、
気に入って頂ければ幸いです。

それでは、今後とも機会がありましたら、
宜しくお願い致します。

白神 怜司