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希望につなぐ光
チュンチュン、チュチュッ。
「……朝……ぜんぜん、寝れなかった……」
擦れた声で呟き、工藤・勇太は重たい瞼を開く。
カーテンの隙間から差し込む朝日が頬を撫で、彼は眩しそうに目を細めると、その光を避けるように背を向けた。
「りっちゃんは、寝れたのかな……」
まるで悪夢のような告白を受けた昨日。
外の冷たい空気が嫌と言う程充満した彼女の実家の道場で、寝たきりである葎子の双子の姉を助ける方法を聞いた。
それはとても信じられないもので、許せるものでもない。
――蝶野家の人間の命。
「何が、命だ……りっちゃんの、いや、りっちゃんだけじゃない。命はそんな軽いものじゃない……っ!」
命を賭けて姉を助ける。
葎子はそのことを受け入れようとしていた。
でもそんなのが本心であるはずがない。いや、気持ちはきっと本物だ。
それでも本当にその覚悟を決めている人間なら、何故あんなにも震えていた?
「……怖いからに決まってる」
呟いて自身の手を見下ろした。
まだ発展途上中の手だが、昨日はこの手が葎子を支えたのだ。
震える小さな肩を抱き寄せて、彼女を支えることが自分にも出来た。だから、きっと……
「探して見せる!」
決意して飛び起きた。
部屋の時計はまだ朝の7時を指している。
健全な学生であれば起きているはずだが、昨日の今日で葎子はどうだろう。
「昨日あんなことがあったんだ。寝れなくて今も……ん?」
不意に、勇太の目が充電中の携帯に落ちた。
いつの間に受信したのだろう。
携帯の着信を示すライトが点いている。
「誰から――って、りっちゃん!?」
どうしたんだろう。
何があったんだろう。
早鐘が胸を打ち、慌てて携帯を取り上げる。
そうして開いた先に見えた文字に、勇太は慌てたように携帯を充電器から放し、上着を引っ掴んだ。
「俺のばかっ! 何で気付かなかったんだ!!」
そう叫ぶと、彼は急いで部屋を出て行った。
***
――国立希望が峰総合病院。
都内某所に建てられたその病院の前で、葎子は待っていた。
寒そうに肩を竦め、胸の前で手を組む姿はまるで祈りを捧げるかのようだ。
「りっちゃん、遅くなってごめん!」
息を切らせて駆け寄った勇太に、葎子の顔がゆっくりと上がる。そうして手を上げる彼女の顔にはまだ曇りが見えた。
やはり昨日の事が尾を引いているのだろうか。
だとしたら、今日も彼女の心は……
「おはよう、勇太ちゃん」
にこっと笑うその顔にホッと息が漏れた。
どうやら昨日のように無理をして笑っているわけではなさそうだ。
自然に漏れた笑みってだけで、なんだか嬉しくなる。
「おはよう。すごく待ったんじゃない? メール、ぜんぜん気付けなくて……」
「大丈夫だよ。葎子の変な時間にメールしちゃったから、おあいこ」
そう言って笑いかけてくれるが待ってないはずがない。
葎子がメールをくれたのは6時ごろ。
そしてメールに気付いたのが7時だから、最低でも1時間は待っていたことになる。
「ごめん……」
「勇太ちゃん気にし過ぎ。それよりも、行こ」
そう言って、葎子は勇太の手を引いて歩き出した。
どこに行くのか、何をするのか、そんな説明は一切ない。それでも病院の中に歩いて行く様子から、ある可能性だけは浮かんで来た。
「もしかして、お姉さんの所に連れて行ってくれるの?」
葎子の姉は病院にいると聞いている。
生まれた時からずっと寝たきりで、1度も目を覚まさないと言う彼女。そしてその姉に対して葎子は罪悪感を抱いている。
それは昨日、彼女が口にした言葉からも理解できた。
――葎子のせいでずっと眠ってるんだし、だったら今度は葎子が何かしてあげないと。
それが命を差し出すと言うことなら、そんなのは却下だ。絶対に許せるはずがない。
「……勇太ちゃん?」
突然足を止めた葎子にハッとなった。
いつの間にか葎子の手を強く握っていたのだ。
そのことに慌てて手を放すと、葎子の首が傾げられた。不思議そうに、それでいて少し面白そうに。
「あ、いや……なんで俺がここに来たいって分かったのかな、って」
そう、これは偶然じゃない。
寝れなかった間、布団の中でずっと考えていた。
どうすれば葎子を助けられるか。そして彼女の姉を助けられるか。
それを発見するためにも――違う。それを発見しなきゃいけないと自分自身に言い聞かせるためにも、葎子の姉に会いたいと思ったんだ。
「俺、りっちゃんにお願いしようと思ってたんだ。りっちゃんのお姉さんに会わせて欲しいって」
「何で……葎子も、勇太ちゃんに会って欲しいって思ったからだよ。勇太ちゃんに見て欲しかったの。葎子の大事なお姉ちゃんだもん」
そう言って笑うと、彼女は勇太を病室に案内した。
そこで目にしたのは、冬の柔らかな光を浴びて横になる少女。
「……本当に、そっくりだ」
双子とは聞いていたが、ここまでそっくりだとは思わなかった。
違うのは伸びっぱなしの髪と、顔色くらいだろうか。
それ以外は本当にそっくりで、勇太はギュッと手を握り締めた。
「……絶対、2人を助けなきゃ」
覚悟が固まって行く。
「必ず助ける」そんな言葉が頭を過り、全身が奮い立つような、そんな気にさえなってくる。
「りっちゃん!」
「……な、なにかな?」
向かい合わせになって肩を掴んで見詰めた勇太に、葎子の目が瞬かれる。その頬が少しだけ赤くなっているのだが、勇太は気付いていない。
「蔵で見付けたって言う本、持ってないかな!」
「え」
「持ってたら見せて欲しいんだ! もしかしたら他にも何か方法が載ってるかもしれない!」
熱弁する勇太と、きょとんとしている葎子。
2人の間に短い沈黙が流れ、不意に葎子が吹き出した。
「あ、あれ……何か変なこと言った?」
「ううん、大丈夫。勇太ちゃんは勇太ちゃんだなって。ご本だったよね……本ならここにあるよ」
葎子はそう言うと持っていた鞄から本を取り出した。
ふるぶるしい表紙の分厚い本。
1ページを捲るだけで壊れてしまいそうなそれを受け取り、勇太はゆっくりと表紙を開いた。
そして1つ1つ丁寧に中を確認していく。
けれど――
「何も、ない……本当に……あの方法しか……っ!」
何度も何度も繰り返し見るページ。
どこをどう探しても、何度見返しても、別の表現なんて出て来ない。
徐々に焦る気持ちがページを捲り手にも表れていたのだろう。唐突に葎子の手が勇太の手を掴んだ。
「勇太ちゃん、大丈夫だから……葎子なら大丈夫」
「!」
寂し気に笑んだ彼女の表情に息を呑んだ。
次に出てくる言葉が容易に浮かんだ。
「だ、ダメだ! 絶対にダメ!」
「……勇太ちゃん」
勇太は本に目を戻すと、覚悟を決めたようにキッとそれを睨み付けた。
「この本に宿る思念に真相を聞こう」
「え?」
「俺の能力なら出来るはずだよ。一緒に、この本に宿る思念に話を聞きに行こう!」
勇太が持つテレパシー能力。その一種である精神共鳴――サイコレゾナンスと呼ばれるその能力を使えば、本の思念と話をすることが出来るはずだ。
「絶対りっちゃんを守るから」
そう言って握り締めた手に、葎子の目が落ちる。
そして目が上がった時、彼女も勇太の手を握り締めていた。
「わかった。葎子も勇太ちゃんと一緒に行く」
こうして2人は本の意識に潜ったのだが……
「これが、あの本の中……」
真っ暗で何も見えない不思議な空間。
まるで波の上を漂うようなそんな感覚の中、勇太と葎子は手を繋ぎながら奥へと進んでいた。
「りっちゃん、大丈夫?」
問いかけに頷く様子が見えると、勇太は繋いだ手に力を込めて意識を集中した。
もっと奥。もっと奥にこの本の思念がいるはずだ。
「必ず、見つけるんだ」
そう呟いた時だ。
突然、目の前の視界が開けた。
何もない空間に忽然と現れたガラスの街。
流れ星が流れる星空と、白く透き通った建物が点在するそこはまるで夢の国だ。
本の中なのだから不思議はないのかもしれない。けれど違和感を覚える。
「あの本はもっと古い感じがしたんだけど……」
けれどこの街は確かに存在している。
そしてその街に足を下した時、彼等の前に1人の少女が現れた。
水色の髪に幼い顔立ち。
長い髪を頭上で括った少女は、2人の姿を見ると僅かに驚いたように目を見開き、そして睨み付けてきた。
「――……ッ!」
突風で巻き上げられるように体が浮き上がる。
そして意識が飛ぶ。そう思った時には、勇太の意識は現実に戻って来ていた。
「……今のは……」
擦れた声で呟きながら葎子に目を落とす。
すると彼女もちょうど目を覚ましたようで、ゆっくり体を起こしているのが見えた。
「りっちゃん、大丈夫?」
「……うん、大丈夫。それよりも、今の女の子……」
葎子はそう言うと、姉が眠るベッドを見た。
静かに寝息を立てて眠り続ける少女。その顔は本の中で出会った少女とそっくりだった。
そしてその少女に似ている人物を勇太と葎子は知っている。
「……もしかしたら」
淡い期待が胸を過る。
もしかしたら「彼女」なら知っているかもしれない。
勇太は浮かんだ考えを噛み締めるように息を詰めると、繋いだままの葎子の手を握り締めた。
――END
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