|
はっちゃけあやこさん〜ドッペル玄関2分で涅槃
三島・玲奈 (みしま・れいな)は住宅街を大股で歩いている。
その後ろを藤田・あやこ (ふじた・あやこ)が手鏡を手に小走りに追いかける。
追いかけながらあやこが玲奈に言う。
「どこ行くのか教えてくれてもいいでしょ〜」
「言ったら家出にならないでしょう!」
玲奈は振り向かず言い返す。
「え〜、お母さん心配だな〜。玲奈が家出したり不良と付き合ったりしたら〜」
あやこはニヤニヤと娘を追いかける。
大通りに出る。目の前で信号が赤に変わる。玲奈は舌打ちをする。
玲奈に追いついたあやこは手鏡を玲奈に向ける。
「え〜、お母さん、この子すごくいいと思うな〜。玲奈ちゃんにぴったりよ?」
「鏡はもういいから!」
玲奈は鏡を振り払おうとするがあやこは素早くその動きをかわす。
玲奈はあやこを睨みつける。
「継母だからってあたしのこといじめすぎ!」
あやこは頷きながら言う。
「うんうんそうなのよね〜。血の繋がってない親子の確執っていうか〜」
玲奈は拳を握りしめ、呻くように言う。
「ふざけんなよ」
「あらあ、本気よう」
あやこはどこかふざけた口調で返す。
信号が青に変わった。
玲奈は全力で走り出す。
取り残されたあやこが横断歩道を渡り切った時には玲奈の姿を見失っていた。
あやこは鏡をしまい、小さくつぶやく。
「……ま、行く場所はわかってるんだけどね」
あやこはしっかりとした足取りで歩き始めた。
鼻息荒くインターネット喫茶の座席票を受け取ったあやこは店内を見回して眉をひそめた。
席は既に満席なのはまだいいが、全員が全員二人連れだったからだ。
いや、正確に言えば二人連れが全員同じ人間が二人づつのペアだったからだ。
「……何これ」
外回りをさぼり中のサラリーマンのペアは二人でネットゲームに参戦中。
マッド動画を見ている女子高生ペアは二人で振付を特訓中。
あやこはまわりを見回しながら答えを探す。
「どのシートも鏡張り? いや変装オフ? わかった! WRの描写ミス!」
「ブ〜! 今はやりのドッペルゲンガーだよ」
後ろからの声に振り向くと瀬名・雫(せな・しずく)が二人であやこを見上げていた。
あやこはオウム返しに雫に言葉を返す。
「ドッペルゲンガー?」
雫は二人同時にうなづく。
あちこちから囁き交わす声が聞こえる。
「流行ってるのにね」
「知らないんだあの人」
「やだー」
笑い声は少しづつ大きくなり、あやこを包む。
あやこは周りを見回して叫ぶ。
「っていうか、ウチの娘はどこに行ったの!」
笑い声が一段と大きくなる。
玲奈は神聖都学園の三階建て校舎を見上げ、下から指さしながら階数を数える。
「1」
「2」
「3」
一瞬止まり、指はさらに上へ。
「4」
玲奈はよん、と口の中でつぶやき、もう一度下から数え直す。
「いち、にい、さん、」
「よん」
三階建て校舎の四階。ここに目的のものがある。
玲奈は四階をしばらく見上げ、昇降口へ向かって歩き始めた。
「もう少しゆっくり歩いてください」
雫は先導するあやこを小走りに追いかけながら声を掛ける。
あやこは振り向き、息を切らせている雫を見て足を止める。
「先に行ってもいいかしら」
追いついた雫が息をつきながら言う。
「どうぞ。手遅れかもしれませんが」
それを聞いたあやこは頭をかきむしる。
「ウチの娘がそんなこと考えていたなんて!」
雫は冷静に言う。
「同じDNAを持っている親子でも難しいことなんていくらでもあるのに、その繋がりすらない親子
がわかりあえるなんてことのほうが少ないとは思いませんでしたか」
「千尋の谷に子を突き落とすのが我が家の教育方針よ!」
叫ぶあやこに雫は言う。
「……玲奈はゴキブリ並の生命力を持つ母親の真似はあたしにはできない、と常々言っていましたが」
「なんですって!」
「……この発言は玲奈のものです。反論などは玲奈へ」
「そうね。行きましょう」
神聖都学園の敷地に足を踏み入れた二人は遠くからの笑い声に立ち止まる。
「ワライカワセミ?」
あやこは生物ではなくアヤカシとしての名前を口にする。
「……カッコウ、ですね」
雫は親指の爪を噛む。あやこは鼻で笑い、ことさら大きい声で言う。
「カッコウの格好の餌食ってやつ? あの子らしいわ」
カッコウの笑い声がぴたりと止んだ。
静寂の後、囁き交わす声。
雫があやこの袖を引く。
「あれは賑やかしでしかありません。本命はこっちです」
雫の指さした先、三階建て校舎の四階から、瘴気が溢れていた。
四階の教室。玲奈は黒い靄のようなものに取り囲まれている。
「我々はあなたを歓迎する」
「ようこそ、こちらの世界へ」
「ここでなら何度でもお望みの方法で死ぬことができる」
その声に玲奈は疑問を呈する。
「何度でもお望みのって、一度死んだら死んだままですよね」
靄たちがざわめく。
「そりゃそうだ」
「当り前さ」
「それがどうした?」
取り囲まれ、玲奈の目がゆっくりと閉じられてゆく。
完全に目が閉じられた、その時。
ドアが開け放たれ、あやこが転がり込んできた。
「起きなさい玲奈!」
大声で怒鳴りながら窓を開けてゆくあやこ。
「このまま死んだら! バカッコウに! 笑われるだけ!」
靄たちが逃げまどい、徐々に消えてゆく。
「バカは死んでも治らない! ゆえに生きろ!」
全ての窓が開け放たれ――二人は空中に放り出された。
「いててて」
夕暮れ。足を引きずりながら歩くあやこに玲奈は手を差し出す。
その手を凝視するあやこに玲奈は言う。
「家までは送るわよ」
「……まだ家出する気なの」
「継母との確執はそうは解消しないわよ」
あやこは玲奈の手を強く握る。
「いたたたた! 痛い! 痛いってば!」
「これは母親の心の痛みよ!」
「ちょっと優しくしたらこれなんだから! 離せババア!」
「親をババア呼ばわりするような子は死になさい!」
「死なせなかったのはそっちだろうがぁ!」
二人の声にカッコウが笑いだした。
<了>
|
|
|