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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.8 ■ 事件発生




 商品の並んだ透明なケースに、色鮮やかな幾つもの種類のアイスが並んでいる。
 個人経営のアイス屋は、多店舗に渡って展開している大手チェーン店とは違い、何処か親しみを感じる。

 カウンターの役割も果たすそのケースの向こうに、一人の女性。

 淡い青色の髪は染め上げられた不自然さを感じる事もなく、元々の髪の色だと誰もが納得する。事実として、その髪は一切染められた訳ではない。整った顔は一度見れば忘れられない程の美しさ。青みがかった瞳は心を魅了する。

 ――その女性は、この店の店主だった。

「今日は雨もやみそうにないわねぇ……」

 憂いを帯びた独り言が彼女の口から零れた。どうにも雨の日は客足が遠退いてしまうのだ。

「アリアもお出かけしてるし、ルカちゃんも買い出しお願いしちゃったし。何しようかしら……」

 そんな彼女の憂いを、店内入り口のドアから鳴り響くベルの音が払拭した。

「いらっしゃいませ――」

 声をかけながら振り向いた先に立つ、人とは到底思えない異形の存在。その身体を見た瞬間、店主である女性の目付きが鋭く、そして冷たくなった。

 そんな店主に向かって、異形の存在は襲いかかった――。






◆◇◆◇





「よう、来たな」

 雑居ビルのとある一角。『草間興信所』と書かれた扉を開けて中に入った少女は、小さな事務所の様なその中を眠たげな眼差しで見回した。
 乱雑に広げられた、机の上のA4の書類。その机を挟み、向かい合う二名掛けのソファー。その向こうには、事務用の灰色がかった机が置かれ、その上はソファーに挟まれた机の上がマシに見える程に散らかっている。

 ソファーに腰かけ、口に咥えた煙草から紫煙を立ち上らせる“草間 武彦”は、眠たげな眼差しでその場に立ち尽くす、淡い青色の髪に黒い瞳をした可愛らしい少女に声をかけた。

「どうした、アリア? とりあえずそっちに座ってくれ」

 人形の様に整った顔をした少女、“アリア・ジェラーティ”に再び声をかけた武彦は、手に持った書類で向かい合うソファーに座るよう、アリアへと促した。

「……アイスの注文?」
「一言めでそれが来たか」

 ソファーへと座ったアリアが武彦に尋ねると、武彦は乾いた笑みを浮かべながら呟いた。そんな武彦の答えに、アリアは何処かガッカリとしたらしい。無表情にも近いアリアの眉が僅かに下がった。

「そんな顔するなって。今回の事件に協力してくれたら、ちゃんとアイスは買う。それもたくさん、な」
「……ご予約だね」
「まぁ、そうなるな」
「わかった」

 気を取り直したアリアを見つめた武彦が、少しばかり安堵したかのように息を吐いた。

「それでだな、アリア。今回の事件は少々手間がかかりそうなんだ」
「手間?」
「あぁ。ここに広げてある書類。全て行方不明者だそうだ」

 武彦に言われ、アリアが机の上の書類に改めて目を向けた。そこに乱雑に広げられていた書類には、写真のついた老若男女問わずの人々の写真と、その特徴や名前が書かれていた。

「……たくさん」
「あぁ。それと、ちょっと気になる事も同時に起きていてな。この行方不明の裏側じゃ、妖怪やらの存在が目撃情報がどんどん増えてる。この二つ、何か繋がりがあると俺は考えているんだがな」
「うん、最近妖気がたくさん」

 アリアが口にした通り、最近は妖気を感じる事が多い。自分にさえ関係しなければ、特段気にする事はないアリアだが、そこに違和感を感じなかった訳ではない。

「やっぱりお前も何か感じる部分はあった、か」
「……武彦ちゃん、何するの?」
「いきなり核心を突いてきたな。まぁ良い。とりあえず――」






◆◇◆◇





「何あれ」

 雨の中、人通りの少ない住宅街を歩く一人の少女。
 紅い髪に朱色の瞳。腰まで伸びた髪を後ろで一本に縛っている少女、“ルカ”はすれ違うように歩く一人の男を見つめて呟いた。

 ルカの視線の先には、分厚い眼鏡をかけたスーツ姿の男。髪はボサボサで、しかしそんなに年老いている様には見えない。だと言うにも関わらず、男はさながら老人のようにフラフラと歩いていた。

(変な人間……)

 ルカはそんな事を思いながら再び視線を戻し、買い出しを終えたその足取りを店へと向けて歩いて行く。

 しばらく歩いていると、今度はスーツ姿で眼鏡をかけ、髪を結っている女性が歩いてきた。

「こんにちは、ちょっと良いかしら?」
「何?」

 不意に声をかけられた事にルカは警戒するように鋭い視線を向けた。その事に気付いたのか、女性は小さく口角を吊り上げる。

「白王社・月刊アトラス編集部の“碇 麗香”よ。これが名刺」

 そう言って麗香は一枚の名刺をルカへと手渡した。
 一般的に考えれば、わざわざ少女とも呼べるルカにそんな対応をする大人は珍しい。麗香もまた、相手が普通の人間であればそんな対応をする事もなかった。そう、普通の人間でなければ、だ。

「それで、何か用?」
「……フフ、あなた人間じゃないでしょ?」
「――ッ!」

 突然の言葉に、ルカが一歩後方へと飛び間合いを取って麗香を睨み付ける。しかし麗香はそれに対して気構える事もなく、ルカを見つめるだけだった。ルカもまた、その態度に戦意がないと見ながらも、いつでも炎を操れるだけの妖気を練り上げる。

「心配しないで。ちょっと聞きたい事があるだけよ」
「アタシが人間じゃないって知っているクセに?」
「えぇ。情報は多方向から得る方が信憑性が増す、と言えば良いかしら。その名刺の通り、私は雑誌の編集長。情報が欲しいだけよ」

 豊満な胸元を強調するように腰に手を当てて胸を張りながら、麗香が告げた。敵意も戦意も感じられない事に、ルカは戦闘態勢を解いた。

「で、なんなのよ?」
「最近頻発している、行方不明者続出の事件を追ってるのよ。何か知らないかしら?」
「知らないわね」
「……そう。それだけよ」

 一瞬の逡巡の後で麗香はそう答えた。

「あぁ、あと一つ。眼鏡をかけてボサボサの髪をした冴えないスーツ姿の男見てないかしら?」

 麗香の質問に、ルカの脳裏に先程すれ違った男の姿が思い浮かぶ。

「あのフラフラ歩いてた男ね。それなら見たわよ。そっちの路地を右に曲がってしばらく歩いた所にいたわ」
「ありがと。もし何か事件とか面白い話があったら、いつでもその名刺の番号に電話して」

 そう告げて麗香はルカの隣りを歩き去り、先程ルカが通って来た道を辿るように歩き去っていくのであった。

「……はぁ、帰ろ」





◇◆◇◆





「――……う……ん」

 深い意識の縁から浮かび上がる様に、目を開ける。硬い地面に寝ていたせいか、身体の節々が痛み、軋む。光量はずいぶんと僅かな物――いや、暗闇だ。

(……ここは、何処だろう)

 見覚えのない、僅かに暗闇の中に浮かぶ輪郭。ポケットに手を突っ込み、携帯電話を取り出して画面を見つめる。寝ぼけた頭のせいか、はたまた暗闇に目が慣れていたせいか、その画面の光に頭痛にも似た感覚を感じながら目を細める。

(圏外、か。それにしても、一体ここは何処なんだ……?)

 携帯電話の機能から、手元を照らす為の簡素な懐中電灯の機能を選び、周囲を照らす。先程見えた僅かな輪郭は、どうやらこの岩肌だったらしい。

「……誰かいますか〜?」

 私の声は、誰の返事を受ける事もなく虚しくこだまするだけだった。

 記憶が曖昧だ。どうにも眠る前の記憶が途切れてしまっていて思い出せない。一体何が起こったのかも、どれぐらい眠っていたかも解らない。

(何とかここから出よう)

 携帯電話のバッテリー消耗を考えれば、この状態で助けを待つだけでは不安だ。ここが何処なのかも解らないが、意外と冷静だ。

 幸い、足場は整備されているらしい。足元を照らす必要がないだけ、幾分かはマシ。体力の消耗も少なくて済むというものだ。

(……あれは明かり、か?)

 遠く真っ直ぐ伸びた通路の先に、光が見える。
 助かった、という安堵のせいか、足が自然と速くなる。しかし、ふとした瞬間に、私の脳裏を過ぎる疑問。

(――もし、何者かに拉致されている状況だったら……)

 期待に胸が膨らんでいた想いも、頭から水を浴びせられたように急速に萎んでいく。この状況はあまりに不自然だ。少なくとも私なら、拉致した相手は当然、監視をつける。
 しかし、立ち止まっていられないのも事実だ。明かりの向こうに何がいるのか、あるいは抜け出せるのかを確認する必要がある。

(……ッ! アリア、か……?)

 明かりが漏れている先を横切った小さく見覚えのあるシルエット。

 追いかけてみよう――。





                         to be countinued...




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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

お久しぶりですー。
久しぶりのアリアさん達の描写だったので、
なかなか楽しませて頂きましたw

今回は何やら新展開な予感、という感じなので、
私自身も今後どうなるのかが気になりますw

今年も残り僅かとなりましたが、
良いお年をお過ごし下さいませ。

それでは今後とも宜しくお願いいたします。

白神 怜司