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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


■階下の大掃除

 令堂の地下。一年を通じて温度や湿度が適度に保たれている空間がある。
 じゃらじゃらと鍵を鳴らしながら、
 掃除道具を持参した絢斗とセレシュ・ウィーラー(8538)は無数にあるドアを眺めながら歩を進めていた。
「初めてここに入ってきたけど……広いもんだなぁ」
「久留栖さんに、心配やからって任せられてなかったんちゃう?」
 絢斗の独り言だったのだが、後ろのセレシュに突っ込まれていた。
「そうかもしれないけど、どこに……何があるかは、寧々さんくらいしか分からないんだよ。
だけど、適当に掃除しとけって言われたから、少なくとも俺たちが何をどうしても構わないと思ってるんだろうね」
 彼らの両端には、見渡す限りの扉。
 掃除と言われてきたので、二人の服装は汚れても構わぬ軽装である。
 セレシュは、絢斗から『珍しいものが出るかもしれないから手伝って』と誘われたのだ。
 たまたまその日は空いていたし、
 令堂の地下なら貴重品が出るかもしれないし、それを研究のため借りられないかとも考えているので、二つ返事で了承した。

「せやけど……地下ってこんなに大きいんやね。お店の中よりずっと広いわ」
「あやかし荘みたいなものじゃないのかな?
偏見じゃないけどさ、ここにも人知を越えた力の一部が関わってるのかもしれないし。
とにかく、俺もワインセラーくらいしか、地下は入ったことないんだよね……」
 つまりは初めてなのである。
「普通の人ぶっとるけど……鷹崎さんも、十分人間離れしとるやろ」
「お互い様だよ」
「……うちは、別にそないな……普通やし」
 少し言い淀んだセレシュに、何かを感じたのか視線を向ける絢斗。
 しかし、何も言わずに歩き続けた。

 やがて二人は金属のプレートに【4056】と書かれた扉の前で立ち止まる。
 長楕円形かつ先が尖っている、教会などにありそうな古い木製の扉だ。
「……ここなん?」
「どこでもいいんだけどね。なんか、ここにしようかなって思っただけだよ」
 適当な選び方やなぁと肩をすくめて腰に手を当てるセレシュ。
 それには答えず、絢斗はそれぞれの鍵に彫られた数字を眺め、同じ番号のものを見つけると鍵穴に差し込んだ。
 一瞬、絢斗の動きが止まったようだったが……そのまま鍵を引き抜くと、ドアノブを回して中に入る。
「さて、何が出るんか……楽しみやなぁ……」
 心躍る展開であったが、
 触れた扉に強力な封印が施してあることに気付いたセレシュは、表情を一瞬消した。身体が若干重い。
「……なぁ、鷹崎さん……」
「うん。わかってる」
 絢斗の声も、レンでアイテムを鑑定する作業時のように慎重だ。
 恐らく、鍵を差し込んだ瞬間から感じたのだろう。
 懐中電灯の明かりをつけると、部屋の中央に向かって光を当てる。
 様々な大きさの木製や金属の箱などが無造作に積み重ねられており、どう手を付けていいか悩むところである。
「……天井まで積み重ねられとるものもあるなぁ。
そこの、山が小さいところからにせぇへん?」
「それが良さそうだね」
 長年掃除していないため室内には埃が雪のように積もっていて、歩くたびに二人の足跡がくっきりと残る。
「ちょっとセレシュさん、これ持ってて。箱下ろすから」
 セレシュに懐中電灯を渡すと、絢斗は埃の積もる箱を一つ持ち上げ、床の上に置く。
 もわっと埃が浮いて、嫌そうに二人は眉を寄せた。
 気を取り直して慎重かつ……ゆっくりと箱を開いたそこには。

「……石?」

 出てきたのは、ルーンが全面に彫りこまれている、握りこぶし大の赤い石だった。紫の布に包まれている。
 脈動するように強く、時に弱く発光しており、触れずとも強力な力を秘めているのがわかる。
「セレシュさん、ちょっと鑑定してもらっていいかな。
俺が触れてもいいけど、多分力の暴走が起きて迷惑かけるし」
「ええよ。ほな、ちょっと借りるで」
 湧き上がる期待に心を躍らせ、セレシュは脈動する石を手に取って、集中するため目を閉じた。
「……封印石や。しかも、龍……鰭と長くて薄い尻尾……海龍の一種。力の一部が封印されとる。
全部はこの石じゃ、封印できへんかったみたいやね」
 セレシュの脳裏に、水中を泳いでいる蒼い龍が浮かぶ。
 身体をくねらせ、石に力が吸い込まれていく所までは見えたが、誰が封じたのかまでは分からない。
 眼を開き、かなり強力な物やねと微笑んで手渡そうとした石を、絢斗は全力で拒否をする。
「そんなものを手渡されちゃ、俺は魔力焼けを起こして入院になるよ。
セレシュさんが平気なら持っててくれる?」
「ええの? そしたら、この石貸してほしいなぁ。
封印を解除することなんて、よっぽどのことがない限りできへんけど、調査研究は可能やし」
 何より並の宝石よりも綺麗やんなぁ、と満足げな顔でうっとり眺めるセレシュ。
「女の人は宝石好きだねぇ。
ま、寧々さんもなんか見つけたら蓮さんとこに持って行ってって言ってたし。
どうせセレシュさんが鑑定に協力するだろうから、少し借りるくらい構わないでしょ。
俺からも寧々さんに伝えておくから」
 そうして、尻のポケットからメモ帳を取り出すと、出てきたアイテム、セレシュの伝えた効果を書き記した絢斗は、次の箱に手をかける。
 セレシュはウェストバッグに石をしまうと、軽く床を掃きはじめた。
 もこもこと灰色の綿菓子のようになる埃を楽しそうに掃きながら、次はなんやろなと声をかけたところで……絢斗の様子に気づいた。
「鷹崎さん……? どないしたん?」
 不思議そうな顔をしながら掃除用具を置くと、絢斗に訊ねるセレシュ。
「……同じような石が出てきたんだけど、これも魔力がすごく高い。
触れるのが難しそうだから次の箱をと開いてみても、出てくるものは封印石ばかり」
 絢斗の言うように、箱を開いても開いても出るのは封印石ばかり。
 中には箱自体にルーンが彫られているものも、お札のようなものが貼り付けられているものもあった。
「分かった……この部屋は『封印石の部屋』なんだ」
「……ああ、そういえば……ドアにも強力な封印があったやん。
この状況を思えば、力の流出を抑えるため、
部屋全体に封印を施してあってもおかしくないんちゃう?」
 属性に関わらず力を抑えるのだと考えると、
 セレシュも部屋に踏み入れた時、多少身体に重さを感じたことも納得がいく。
 きっと、刻印のせいだ。
「……鷹崎さんももしかして、能力一部封じられとるん、よな……?」
「……そうみたいだよ。自分の力の限界は分かってるつもりだけど、この弱そうなものにも触れられない」
 そう言って箱に納められている緑の封印石を見せると、セレシュが石を手に取る。
「そう、やな……小さな使い魔が入っとる。これなら、いつもの鷹崎さんでも鑑定できるはずや……」
 恐ろしい部屋やなぁ、とセレシュは天井を見つめて呟き、自身の両腕を抱いた。


■令堂内

「――ご苦労様。随分いっぱい持ってきたのね」
 階下から上がってきたセレシュ達を出迎えたのは、いつもの黒ドレス姿の寧々であった。
「久留栖さん、この石どうやって手に入れたん?! 蓮さんでも持ってなさそうなん仰山あったで……!」
 いくつか封印石を取り出すと、寧々の前に見せるセレシュ。
 しかし寧々は、微笑んで『忘れてしまったわ』とはぐらかした。
「実はね、私が集めたものばかりではなくて……中には頂き物もあるのよ。
でも、私は封印士ではないから、こういうものは必要ないの。
だから役立ててくれる人のところへ差し上げたり、中でも封印されている貴重な神獣は解き放たないといけないから」
 蓮ちゃんによろしくね、と説明しながら、寧々は二人にレモンスカッシュを作る。
「埃も結構吸ったでしょ。手を洗ってうがいしてから飲んでね。絢斗君も、今日はお仕事お休みしていいわ」
 疲れたでしょう、と寧々なりに気遣ってくれたのだが、絢斗は仕事も休まないと言って時計を見た。
「一度家に帰って、埃を落としてから来るので……18時頃になりますけど。
仕事休むと、生活も厳しいから」
「ほぇ? 鷹崎さん、一人暮らしなん?」
「そうだよ。魔術トリートメントも結構費用かかるから、普通のバイトしてたら生活できないし」
 魔術トリートメントとは、能力の使い過ぎで不安定になった精神や魔力を安定させる、
 いわば他者の力を借りて行う瞑想の一種である。
「そんなら、うちでやってあげよか? 知り合い割引しといてあげるよ?」
「……いいよ。セレシュさん、寝てる俺に悪戯しそうだから怖いし」
「…………鷹崎さん、封印石に封じ込めたろか、ほんまっ!」
 誰が悪戯するかっ、と怒りながら立ち上がると、絢斗はレモンスカッシュを一気飲みしてセレシュに行こうと声をかける。
「帰るんだろ? 一応セレシュさん女性だからね。送ってくよ」
「ん〜……ありがたいけど、暗い道で変な悪戯せえへんやろな」
「はぁ? ……自意識過剰じゃない?」
 呆れたような絢斗の背中に怒りのパンチを(加減して軽く)食らわせてから、後を追うようにセレシュも外へと向かっていく。
「セレシュさん、ありがとうね。気を付けて」
「おおきに。ほな」
 ぺこりと寧々に一礼し、セレシュは絢斗に送られて帰ったのであった。
 ちなみに、二人の道中は漫才のようであったと、偶然見かけた人が後日語っていた。

-end-

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登場人物一覧

【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 年齢21歳 / 鍼灸マッサージ師】