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<東京怪談ノベル(シングル)>


欠片を探して埋めて

 多目的ホールの空気が刺々しく殺伐としている。
 滑らかな歌声に華やかなオーケストラ。どこかで曲を外した訳でもなければ、観客が誰一人として舞台を無視して話をしているという訳でもないのに、空気が重い。
 夜神潤が席に着いている間も、嫉妬の声は着々と広がっていた。

『悔しい』
 『どうして』
  『どうして』
『脇役は嫌』
 『脇役は嫌』
   『見て欲しい』
『私だけを見て欲しい』
  『主役でなければ見てくれないの』

 滑らかに広がる歌声とは対称的に、刺々しい殺伐とした空気は和らぐ気配がない。歌が、嫉妬をホール内に広げてしまっているのだ。
 それでも嫉妬に駆られて誰も暴れたりざわつかないだけまだマシなのかもしれないが。
 潤は舞台で笑顔で歌う三波をじっと見た。
 彼女の歌っている役はフローラ。ヒロインのヴィオレッタの友人の役割を演じているはずなのに、流れる思念は自己主張ばかりをする。
 本来は友人の恋を応援する立場にも関わらず、嫉妬に身を任せているような。

『悔しい』
  『どうして自分は駄目なんだろう』
 『テストの点よくなかった』
   『フラれた』
『どうして自分だけ』
  『どうして自分だけ』
    『どうして』
『どうして』

『どうして』

 水面に一石投じたかのように広がり続ける嫉妬の声を無視し、三波を上から下までつぶさに観察した。
 三波の身に纏っている姿はオペラによく着る舞台用ドレスであり、身体のラインは背中以外は出る物ではない。髪はセットしてあり、ドレスに合わせた髪飾りがあしらわれている。
 だが……。
 なおも潤はじっと三波を観察した。
 理事長曰く最後の秘宝は形を変えると言う。何かが三波の本来持っているものとすり替わってしまったのなら、普段三波が付けているものだろうが、オペラ用の小物を付けていてもなお付けたままで構わないものだろう。
 灯りで照らされる三波の顔は、舞台用に化粧を施されている。その目に入る光をじっと見て、潤は顔をしかめる。この状況でもコンタクトなら入れ替えられるかと思ったが、彼女の目にはコンタクトは入っていないようだった。もしコンタクトが入っていたらこれだけ照明がついているのだ。目に光が増えていてもおかしくないが、あれは何も入っていない目だ。
 次に頭に大量に髪飾りをあしらわれた髪を見て……気が付く。
 ヘアピン。そう言えば地味で目立たない印象の強い三波はセミロングヘアで前髪をヘアピンで邪魔にならないように留めていた。ファッションの一部になるような派手で目立つようなものではなく、ごくごくシンプルで髪に紛れてしまえば気付かないような奴を使っている。髪飾りをあしらってセットしていてもなお、前髪はいつものように留めてあった。
 まさかと思うが……これとすり替わったのか……?
 前に三波に会った時の事を思い出す。
 音楽科塔でずっと歌の練習を続け、プレッシャーで泣き出した三波。あの時は確か制服姿だった。自警団服の時は彼女には不釣り合いな殺伐とした空気を振りまくっていた。あの時ヘアピンをつけていたかどうかは……よく思い出せないが、髪型はいつも変わっていなかったはずだ。
 それに……。
 自分が声をかけた時、一瞬だが思念の声が治まった事はあったはずだ。なら、まだ彼女はあの声に塗りつぶされるだけでなく、秘宝さえなくなればまだ元に戻るはずだ。

「……決まり、だな」

 思念が一斉に自己主張し、壮大な音楽と比例して騒がしい思念の声を無視しながら、潤は腕を組んで三波の歌に耳を傾けた。
 乾杯を告げる歌は、華やかな余韻を残して終わろうとしていた。第一幕はもうそろそろ終わりを迎えようとしている。

<了>