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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆神様達の、暇つぶし

「さて、これでうちの手札はあと一枚。リーチやな」
 ひらりと場に投げられたのはハートとダイヤ、それぞれ仲良く数字は8。隣で手札を睨んでいた和装の女は、渋い顔をした。それだけで辺りにひやりとした空気が流れるが、場の中心の金髪の少女――見た目は少女だ――は素知らぬふりで笑う。手札を左の隣に向けて、
「次、藤の手番やで」
「ほいほい、っと…あ、俺もあとちょっとだ」
 再度場に投げ出されるのは一揃いのジャック。スペードとダイヤ。それを睨んで、ますます女は眉根を寄せ、いよいよ場の温度が下がった。気のせいではない、冗談でも何でもなく、本当に温度が下がっている。身を竦めて、少年――藤が苦笑する。
「落ち着いてよひめちゃん。ひめちゃんが機嫌損ねると町の天気が悪化するんだからさ」
「知ったことではないわ」
 つんとそっぽを向いてしまう女に向けて、その隣に座っていた黒髪の少女が口を開いた。ただし、その口から零れたのは、落ち着いた大人の男性の声である。
「ひめ、あんまり機嫌を損ねちゃ駄目だよ。可愛い顔が台無しだ」
「…兄様が仰るなら、控えるわ」
 渋々、という響きで、ひめと呼ばれた和装の女は答えたが、今度は隣の藤が口を尖らせた。
「さくらー。いくら遊びたかったからって、桜花ちゃんの身体乗っ取ってまで出て来るなよ…」
「桜花が良いって言ってくれたから、いいだろう、別に」
「俺は桜花ちゃんと遊びたかったですー」
「お前は後で遊んでもらいなさい。…さて、次はひめの手番だよ」
 ずい、と差し出された藤の手札は二枚。
 ――神社の祭神、ふじひめは、大真面目に唸りながらその二枚を睨み始めた。



 事の起こりはごく単純。
 その日、セレシュが境内に顔を出すなり、泣き付かんばかりの勢いで藤が駆け寄ってきた。いつもセレシュの顔を見るなり「セレシュちゃんこんにちは、お賽銭は?」と図々しく賽銭を要求する彼なのでセレシュは思わず身構えたのだが、
「セレシュちゃん、お願い! 助けて!」
 拝むようにして頭を下げられ、セレシュは目を丸くした。
「…お賽銭ならお断りやで」
「ち、違うよ! 俺が人様にお金要求するようなヒトデナシに見えるのセレシュちゃん!」
(じゃあいつもの賽銭要求は何なん…)
 思ったが、逐一指摘するのも馬鹿げていたのでセレシュは沈黙を守った。代わりに視線だけで話を促すと、藤は自分の背後を無言で示して見せる。
 彼の背後には、空中に腰をかけた女が一人。浮かんでいた。
 見事な藤色の和装を纏っているが、足元だけは裸足だ。扇子と長い見事な黒髪が顔を覆っているので表情はいまいちうかがい知れなかったが、ぴりぴりした雰囲気から察するに機嫌は良くはなさそうである。
 セレシュも知った相手だ。
「こんにちは、ふじひめ。うちが居るのに顔出すなんて、珍しいな?」
 人間嫌いの、この神社の主神様。
 藤の古木の精霊であり、元悪霊でもある、というややこしい過去を持っている女神様は、セレシュを見るなり挨拶も無しにこう答えた。
「あら、こんにちは。お前、何か暇を潰せるものを持っていて?」
「いきなりやなぁ。…暇つぶし?」
「このままだとわたくし、退屈で退屈で、町で祟りのひとつでも起こしてみたくなってしまいそうなの」
「傍迷惑やなぁ」
「傍迷惑だろ!? もって言ってやってよセレシュちゃん!」
 お前が言うな。という言葉は呑み込んでおく。そしてセレシュは鞄に軽く手を突っ込んでみた。幸い、先程まで仕事で魔道具の修繕などしていて、おまけに行きつけのアンティークショップにも寄り道したもので、鞄には色々と物珍しいものが入り込んだままだ。がさごそと漁ると、少し硬い紙の感触が手に触れた。僅かに日焼けした紙箱に収まっているのは、見目に鮮やかな色合いの派手なトランプ。
「トランプでもしよか?」
 駄目元で、そう提案してみると。
 存外楽しそうに、目の前の女神様はにやりと笑った。
「神に勝負事で挑もうとはなかなか分かっているわね、セレシュ」
 あ、名前呼ばれた。
 ――人間嫌いの彼女は滅多に人の名を呼ばない。大抵「お前」呼ばわりである。どうやらセレシュの提案はいたく彼女のお気に召したらしい。問うように眉根を寄せたセレシュが傍らにいた藤を見遣ると、彼は肩をすくめて答えた。
「『奉納試合』ってよく言うだろ。神様は割と、勝負事が好きだよ。観戦するのも好きだし、自分が参加するのも大好き」
「成程、『奉納試合』の扱いになるんか、これ」
 トランプを掲げて見せる。藤は箒に顎を乗せた格好で頷いた。
「そゆこと。で、何する?」
「ババ抜きでええんちゃうか」
早速取り出したトランプを切りながらセレシュが提案すると、藤は早々に「じゃあ俺、面子集めるねー」と走り去った。それを見送りながら彼女の頭上に移動したふじひめはふぅん、と鼻を鳴らす。
「それだけ?」
「なんや、大富豪のがええか?」
「そうではなくて。只の勝負だけでは詰まらないでしょう。折角だもの、何か趣向が欲しいわ」
扇子で顔を隠したふじひめは、きっと今意地悪く笑っているに違いない。
「ほんまに無茶ぶりばっかりやなぁ、自分」
すっかり呆れて言ったところで、相手は堪えた様子もないのだから困ったものだ。仕方なくセレシュは少しだけ思案し、とはいえあまり真剣に考えるのも途中で面倒になったので、
「ほんならこれでええか」
 無造作に鞄から取り出したのは大きな鏡だ。――明らかに鞄には収まらないサイズである。一瞬だけふじひめは首を傾げたものの、気にしないことに決めたのか、それよりも現れた鏡の方に気を惹かれたのか。双方かもしれないが、
「ただの鏡ではないみたいね」
「勿論。まぁ、いわゆる遠見――これの場合は過去見の鏡や」
「成程。で、どういう趣向かしら?」
「ババ抜きのルールは知っとるか? ああ、知っとるんなら話は早いわ」
 鏡面に指先で触れる。古い鏡ではあるが、いや、古いものであるが故にそこに宿る力は確かだ。そこにある程度方向付けをするくらいならば、セレシュには容易いことである。
「ルールは簡単や、ババ抜きで負けたら罰ゲーム。あと…そうやなー、神通力とか、特殊能力使うんも禁止な。これ破っても罰ゲームやで」
「お、面白そうなこと話してるなー」
 折よく藤も戻ってきた。隣には黒髪の巫女姿の少女――桜花も居る。どうやら彼女を誘ってきたらしい。丁度いい、と彼らにも説明する積りでくるりと見回して、セレシュは続けた。
「で、罰ゲームだとどうなるの、セレシュちゃん」
 首を傾げる藤。まだ状況が把握できていないのか、桜花は眉根を寄せて怪訝そうな表情だ。二人を見比べ、セレシュはにっこり笑った。

「鏡の力で、見られたくない恥ずかしい過去が大公開や」

 この提案も、ふじひめはいたく気に入ったらしい。彼女はにやにやと、扇子の端から覗く口元を品の悪い笑みの形に歪めて、
「それは面白いわねぇ、ええ、面白いわ。よくってよ、その提案、乗りましょう」
「さっきも言うたけど、変な力使うんは禁止やで。運勢改変とかも禁止な」
 ――僅かに舌打ちが聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。



 そんな訳でババ抜きをスタートしたのだが。
「…あれ、桜花かと思ったら、さくらやったんか…」
「うん。桜花が途中で交代してくれたよ。はい、上がり!」
「道理で途中から運が良くなったと思ったんだよ!」
 神様、というのはナチュラルに運が良く出来ているらしい。不運をつかさどる神様でもない限りは神様の天性の素質、能力ではなく体質なのでどうしようもない、と藤が諦め顔で語っていたので、セレシュとしても罰ゲームを発動する訳にもいかない。黒髪の少女の身体を借りて現れた桜の古木の神様、「さくら」はあっという間に手札を揃えて真っ先に上がってしまった。ずるい、と場に残された藤とセレシュは口を尖らせたが――同時にもう1柱取り残されたふじひめを見遣り、また互いに顔を見合わせた。
「おかしいわ。わたくしだって同じくらい運はいいはずなのに」
 その時点で、ふじひめの手札はまだ10枚ほど残っていた。
「あなた達、何かいかさまをしているんじゃなくて? 神との勝負に、小細工なんてしたら祟るわよ」
「してへんって」
 セレシュは苦笑しながら応じるが、眼前の姫神はいくらか不審そうな様子だった。それから彼女は今度は藤の方へ顔を向け――多分睨んでいるんだろう、と、顔を隠している彼女の表情は、セレシュには想像するしかないのだが――
「…藤。お前、何かわたくしに隠していないかしら」
 尋問するような語調だが、藤はそっぽを向いてわざとらしく口笛を吹く。それに怒りを煽られたのか、ふじひめは眉を寄せ、それに呼応するかのように辺りでぎしぎしと音が鳴る。境内の木々が、風も無いのに動いているのだ。
「藤!」
「怒るなよ、ひめちゃん。俺は何もしてないし、セレシュちゃんだって何もしてない。だよな?」
「してへんなぁ。何ぞしよったら、即罰ゲーム発動するで? それくらいの仕込みはしてあるさかい」
「自分だけ判定を緩めたりしていないでしょうね」
 歯ぎしりでもしそうな調子の詰問である。してへんって、と再度強調してからセレシュはふじひめに手札を出すよう促した。
「ほら、次はウチの手番や。ふじひめ、手札」
 不審そうにしながらふじひめは扇状に広げた手札を差し出す。迷うようにその上で指を走らせ、セレシュが一枚を掴もうとすると。
 ざわわ、と辺りがさざめいた。突然鳥が羽ばたいて、曇天だった空から明りが差してくる。気のせいか、空気も温かくなったようだ。
(ふーん)
 内心の笑みを噛み殺しながらセレシュがその札を離し、隣の札を掴みとる。
 ――途端。空はまた薄曇りに戻り、羽ばたいた鳥が勢いを落とし、空気が冷やりとした冬の温度に戻った。
「……」
 納得いかない。
 表情こそ見せないが、そう思っているのが手に取る様に分かってしまって、セレシュはとうとう我慢しきれずに笑ってしまった。
 ――何しろ彼女は町の神様で、感情ひとつで町の天気まで左右できるのだ。それに加えて、彼女自身にその感情を留めたり、影響を抑えようと言う考えが皆無なのである。
(どこにババ持っとるか、丸わかりやなぁ…)
 これほどポーカーフェイスの苦手な相手もなかなか居ないのではないだろうか。
 苦笑いをして隣の藤を見遣ると、彼は澄ました顔をしてこそいたが、手札で隠した口元の笑みが隠しきれていない。
 後で怒られて祟られても困るなぁ、とちらりと脳裏を過らないこともなかったが、セレシュは結局最後まで、ふじひめにその事実を指摘するのはやめておいた。



 ――そうして、十分後。
 早々に手札を全て捨てた藤とセレシュを前に、手札を3枚残して敗北が確定したふじひめが唸り声をあげていた。祟られるか、と一瞬だけ冷やりとはしたものの、彼女は口惜しそうに着物の裾で口元を隠しながら、
「納得いかなくてよ。もう一回、もう一回勝負なさい!」
「…あー、ひめちゃん。多分次、ババ抜きはやめた方がいいよ…」
「せやなぁ。ダウトでもするか」
「それもっと駄目だよセレシュちゃん! 結構面白がってるでしょ!?」
 そんなことないで、と答えながら口元が緩んでいたのは隠せなかったようだ。むっつりとした様子で、ふじひめはそっぽを向いて、
「いいえ、ババ抜きよ。…わたくしが勝てるまでやるから覚悟なさい」
 それは大変なことになりそうだ、と嘆息しながらも、セレシュは一先ず目先の楽しみを優先することにした。すなわち。
 こつん、と鏡を叩く。鏡面が揺らぐ。
「ほんならその前に、罰ゲームやなー」



 その日、結局ふじひめが諦めるまでババ抜きは続き、セレシュはこの小さな神社の神様が流行りの髪型にセットしてひっそりご神体の鏡を覗き込んでポーズをとっている姿やら、テレビにかじりついてサイリウムを振っている姿やら、様々なものを目にすることになる。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8538 / セレシュ・ウィーラー】