コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


ある日の葛藤。

 ウィーラー鍼灸治療院。

 そこが…まぁ、この世界に来ての、うちの自宅兼仕事場、になる。都内何処にでもあるよな雑居ビルの一階に借りてるそこで、昼は看板通りに鍼灸マッサージのお仕事、夜はコツコツ幻装学――幻想装具学の研究しとるかアンティークショップ・レンに出掛けたりとか、いつもそんな過ごし方しとる。
 まぁ、要するにうちも確りこっちの世界に馴染んで真っ当に生活しとる訳なんや。ちゃーんと『本能』も抑えて、不用意に他人様にバレへんように慎重に色々やっとるつもり…なんやけど。
 予期せん事も時にはあるんよ。
 や、予期言うか、こんくらいの事は頭の隅では想像しとかなあかんのやろなぁとは思うとるんやけど…。
 …や、思うとる言うのはちゃうか。思うたのは『これ』を目の当たりにした今だからこそ、でもあるんやよな。遅いわ自分。ホンマ。

 なんっでこないな事になったんやろか…はぁ。



 …空き巣、が居たんやよな。

 自宅兼仕事場に。
 ちょいと往診で外に出て、その帰り。鍵を開けてドアノブを回したら――なんや中でわかりやすくガサッて音がして。なんや!? てうちも驚いて。店子のうちが出掛けとる以上、誰も居る訳あらへん留守宅の筈のここ。そして今の音は明らかに誰かが立てないと鳴らへん音。…侵入者。そう思てしもたら――当然みたいに頭の中で『本能』が勝つ。ドアノブ回してすぐさまドア開こうとする――するが、開かない。

 あれ?

 疑問に思う。…今現在の状況。ドアの鍵が閉まっている――今。鍵を開けたのではなく鍵閉めてしもたて事か? でもうちは往診出る時確り鍵閉めて出た筈。その辺間違う事なんかまずあらへん。それに今の中の音。慌てて鍵を開け直し、うちは今度こそドアを開ける。これも当然みたいに眼鏡外して――部屋の中にずんずん向かう。眼鏡を――能力を抑える為に使てる眼鏡状の魔具と言う遮蔽物を取り払った自分の眼ぇで、舐めるようにくまなく視線を巡らせつつ部屋の中を進む。侵入者。そう思てしもたら危ないとか警察呼ぶべきとかそういう発想より先に、うちの場合どうしてもつい、取ってまう行動。

 ――――――うちが守護する場所は、ここ。

 この世界に来てここに住み着いてから、殆ど本能的な部分で、うちの中にはそうインプットされている。
 理性で考えるなら守護も何もないんやけどな。「そういう」のは大人しくビルの警備会社に任せるとかしないとこっちの世界だと色々面倒になるかもしれんて頭ではわかっとるんや。
 わかっとるんやけど、どうしても。
 つい。
 侵入者が居る思うたら、侵入者を捜しとる自分が居る。
 で、今日の場合。捜すまでもなく、結構まだ若い女の子がすぐ見付かって――――――

 …今に至る訳なんや。



 まず、目が合った。

 なんやこんな若い身空で空き巣なんて嘆かわしいわー、て思たのは多分後付けや。『その時』のうちはたぶんそこまで考えてへん。…侵入者は石に変える。その一念やったんやろなて思う。
 うちの姿に、わかりやすく驚いて振り向く女の子の姿。咄嗟に逃げるとこ探して――結局見付からんで泡食っとった感じのその子。うちもそこは自分ちやからずんずん遠慮なく部屋に入って、当然の成り行きとして――その子と鉢合わせした訳や。で、魔具の眼鏡外して侵入者石化させる気満々なうちとばっちり目が合う――目が合った時点で、パキリ、と硬質の音が室内に響き渡る。
 …音が響いた先は、目が合った女の子。その子の居た方――そちらの方からの、音。うちが来た事に驚いて振り向いたその刹那。まだ振り向く動きの勢いが付いたまま。そんな状況で――女の子当人の自発的な動きだけがぱたりと消える。…動けなくなる。パキリパキリと更に続く硬質の音。その音に相応しく――たった今まで女の子が居た筈の場所に、その女の子の姿と全く同じ造形に見える精緻な造りの――でも生身の女の子じゃ有り得ん硬質の、何か大きな石から掘り出して造ったよな人型の像が――まるで置き換わったよにそこにある事になって。
 …でも勿論、さっきの今で空き巣の女の子がその子自身とそっくりな造形の石像と置き換わる間なんか当然ない訳で。
 要するに。
 たった今まで動いていた筈のその女の子の身そのものが、硬く、冷たい石に一気に変わってしもた――て事で。

 ――――――石化の視線。

 その効果は、覿面で。
 …うちの『本能』言うのは、それの事。

 神殿の守護者として生み出されたゴルゴーンとしての『本能』。
 うちが守護する場所への、許可されない者の出入りは決して許さない。
 不法な侵入者は、石化させる。
 頭ン中にまずあるルールが、どうしてもそうなってまう。

 せやから、ちぃと気を抜くと、どうにもその意識が抑えられなくなってまう訳で。



 …更に一拍置いて、元々は生きた女の子だったその石像があっけなく倒れて転がる。…固化した状態のまま倒れて転がる言う動き自体がもう、石化の直前まで派手に動いてた名残とも言える訳で――どうにも生々しい。
 そしてそこまでを――石像がひとりでに引っ繰り返るまでをじっくり見送ってしまってから、うちは漸く、我に返る。

 我に返って。

 頭を抱えた。

 …どないしよ。
 それは侵入者は許さん言うんは当たり前やろし罰してもええやろとは思う。でもそれでも普通頼るのはまず警察やろし。自分で手ぇ下してどないするんやうち。それもこの「手の下し方」て警察で説明でけへんし――そもそも空き巣やからて命までとるのもどうかて思うし。
 …ちゅうか行方不明者として御近所でこの子の捜索でも行われたら面倒やないやろか。最後の足取りがここで、ここにはその女の子そっくりの石像がありましたて関係ない言うても説得力あらへんし。…そもそも実際手ぇ下しとるし。それは本人がもう石像やからこの当の石像が女の子当人やとまではそうそう思われへんやろけど…でもなんでそないなもんがあるんやとか…見付かったら黒い噂ちゅうか疑惑も残るやろし、どうしたって昼の仕事に支障出るやろしな…上手く誤魔化して説明するにも都合良い言い訳思い付かへんし…。
 …どないしよ。

 って、どないしよも何も、よう考えれば…いや考えなくともこの子の石化を解けば万時解決なんやよな。や、万事ちゅうには石化させた瞬間のこの子の記憶とかが大問題やけど。まぁ、その辺は…記憶を誤魔化せる魔具もある事はあるし、何とか上手くやれる方法はあるやろ、とは思う。
 よし。と決めて、うちは再び石化させた女の子をちらり。石化解除や、戻すで――と。頭の方ではそうするつもりだったんやけど。
 うちは女の子にちらりと目をやったまま、暫し眺めて、無言。

 ――――――戻したないなあ。

 殆ど反射的に、そう思う。…言うても、そこまできっちり言葉として思ったかまでは自信ない。ただ、戻したくない気持ちが先に立った。できるんやけど、どうにも――したくない。
 忌避と言うより禁忌のような、枷のような――これまた『本能』的にそう思ってまう。
 戻しちゃダメ。と自分の中の何処かで、結構強制力強いストップが掛かる。
 せやけど――戻さんと色々困るのも重々自覚しとる訳で。
 でもどうしても、戻したない。
 …そっちに思考の舵を切ると、すんなり頷ける自分が居る。

 両方の考えがぶつかって、ううう、と思わず唸ってもうて。
 悩み果て、部屋ん中に何か上手い解決法のヒントがないかて思わずあちこち見回して。

 時計の文字盤が目に入る。
 まだ、昼間。
 一歩外に出ればまだまだ人出がある時間帯。
 目立つ。
 …ちゅうか、そろそろ治療院開けへんと不自然な時間帯やな、て思い出す。ヤバい、いつ飛び入りの患者が来るかもわからん。そしたらまた『本能』が首を擡げてまう可能性。いやいやそれ以前に誰か来たら目の前のこの石像の説明付かんし。…何処かに一時的に隠してやり過ごすのが無難やろか? …いやいや、それちょっと無理あるて。
 …むしろ普通に休診にすればいいんちゃう、と気付いたのは少ししてから。そんな当たり前の事にもすぐ気付けへんかったんやから、相当慌てとるんやろなぁとはうちにも自覚はある。
 生唾飲み込んで――結構真剣に決意してから、こっそりドアに向かい、休診の札を掛けて内側から鍵を閉めてカーテンで目隠し。…それだけの行動にも緊張する。休診の札を出す直前まで、誰かひょっこり顔を出してくるかもしれんて不安は残るから。何もない時ならごくごく普通に「休診なんやすまんな」て施術断れば良いだけやけど――今日の場合はそもそもこの石像見られたらアウトやから。…説明でけへんから。簡単にでも一言だけでも応対する事自体が不安やから今のこの状況は。
 そないな事つらつら考えつつ休診にする為の行動起こして、結果、治療院は無事休診の体裁を整える事はできた。はああ、と思わず安堵の溜息が出る――第一関門突破。…いや、そない言うても結局何も解決してへんのやけども。
 ともあれ、これで少ーしは時間稼ぎができる。今、新たに誰かが来る心配まではしなくて良い。…誰か来ても休診の札見て、中入る前に回れ右してくれるやろ。
 なら、今度こそ本題。この石化させてしもうた空き巣の女の子は――どないするか。

 …。

 うん。
 ………………夜まで待とう。

 夜まで待って、人目を避けて――外に運び出してから、石化の解除をしよう。
 その選択肢を思い付いた時、グッドアイディアとばかりに、うん、と思わず頷いている自分が居る。そうするのが最良の選択や、と思う自分が居る。何故なら――外ならば本能が働かない。何とかできる。うん。そんな理屈を頭に思い描く。

 …ちゅうてもまぁ、その選択を取るなら夜まで先延ばしできる、て逃げの気持ちがなかった言うたら…嘘になるんやけどな。うん。



 それから。
 まんじりともせえへんまま部屋の中で女の子の石像を眺めて過ごして。
 女の子の石像は石化して倒れたそのまんま、起こしもしてない。石化させたその瞬間を切り取った、女の子の石像。…どうも触る気になれへんと言うか、見るたびどないしよーて悩ましくなってまうから…なんやろな。

 また、時計を見る。

 待つと言う行動のせいか、時間が経つのがどうにも遅い。
 ああ、早く人目に付かん夜にならんかな…。
 暗くなるのが、待ち遠しい。

 …ちゅうでも、そう思うのはあくまで頭でだけなんやよな。
 逆に、夜にならんとええなあて思とる自分も、どうしても何処かに居るのは自覚しとる。



 で、夜。
 …と言うか、深夜。
 結局、深夜になるまで粘ってもうた。…まだ宵の口やとまだ人目があるんやないやろか。この辺繁華街近うなかったっけ。そうならまだまだ待たんといつ人来るかわからん。…そんな言い訳自分に続けつつこんな――明日に響きそうな遅い時間にまでなってしもうて。
 ここまで来たら、さすがにもう運ばんとどうにもならんて覚悟を決めて。
 女の子の石像を移動さす――移動させよて思い、引き摺って表に出す――出そうとする。服の襞とか髪の撥ねとかの出っ張りを掴んで――運ぶ為の手掛かりとして掴もうとして――でもやっぱり止めて。
 どうにも、うちの中にはこの石像運び出しとうないて気持ちが消せへんのやなって事に落ち込んだりもする。
 …や、運び出さんと困るんやて。
 外にまで持ってけば石化解除に抵抗なくなるんやて。
 そう頭で思っても、肝心の手足があんまり言う事聞かん。
 聞かんが…それでも。もう少し、頑張らな。
 また覚悟を決めて、石像を引き摺って…裏口に向かう。向かうが――向かう途中でまた、足が止まってもうて。
 この石像。
 やっぱり、運び出したない。
 どないしてもそう思ぉて、躊躇してまううちが居る。
 …うう、進めへん。
 やらなあかん事はわかっとるのに。
 なかなかでけへん。
 うう、この調子やったらあとどんだけ時間掛かるやろ。
 できる限り頑張らな。
 でもな…やっぱり運びとうない。…あぁこの堂々巡りどないしたらええんや、うち…。



 と、その後、結構経って。
 …覚悟決めてからどんだけ時計の針が進んだか確認もしたくないくらい時間が経って。

 やっとの思いで石像と化した女の子を治療院裏口の外にまで運び切る。運び切ったところで思わず手の甲で額を拭い、ふぅと一仕事終えたとばかりに息を吐く。…いや、終わっとらんのやけど。
 でも、一歩家を出たならうちにとってはもう終わったようなもんや。ここから先は『本能』に由来する妙な抵抗なく事後処理できる訳やから。
 さて、とばかりに女の子の石化を解除。解除するなり、女の子は石化の直前、うちを振り返ったその瞬間の全く続き、その直後からのよに動き出す――でも、石像と化した後に倒れてそのまんま――のところからの動きやから、どうにも自分の置かれている状況がよくわからないらしく――まぁそもそも立ってた筈のところが地面に足付いてない訳やし自分の角度がおかしい訳で――、軽くパニック起こしかけてしもて。
 今にも声を上げるか――てとこで、うちは冷静にその子をぱこんと一発、脳天殴って気絶させ。
 改めて、記憶を誤魔化せる魔具を使って――うちとは会わなかったここにも来なかったきっと何処か違うとこに居てコケて頭ぶつけた災難やったから今日は大人しく家帰ろ。とか思うようその子の記憶に刷り込んで。
 そこまでの作業を終えてから、うちは辺りを見渡して人目が無い事を確かめつつ――裏口からそっと治療院に引っ込み、音立てないよう――人目引かんよう――気ィ付けて扉を閉める。

 よっしゃ、ミッションコンプリート。
 …これで一応誤魔化せそう、やろ。うん。

【了】