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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ xeno−承− +



「弥生さん、あの時の態度はなんだったんですか。流石に失礼だと思うんですけど」


 いきなり近所に住む大学生の知人にそう声を掛けられたのが今回の始まり。


 ああああああああああああ。
 ドッペルゲンガーが出た。
 同じ姿。
 同じ声。
 鏡合わせの様な自分と相手。


「迷い子、また逢ったね」


 ―― ああ、日常が侵されていく。



■■■■■



 時は知人に声を掛けられる少し前に戻る。
 夫は仕事で海外へと出張中で私は一人で先日見た奇妙な夢について考え始めた。あの夢は確かに『夢』だとは思うのだけれど――ミラー君とフィギュアちゃんが現れたという事が問題。あの二人は夢の世界の住人だけど、私が暮らすこの世界にも関与出来る存在だもの。そんな彼らからは助言された事柄を考え、私は『もう一人の私』について思考を巡らせた。


―― 殺しても良いわよね?


 全く同じ姿。
 同じように能力を奮い、襲い掛かってきた『私』。
 目が覚めた時には傷も何もなかったから、確かにあれは夢だったのだろうと私は思う。けれども現実世界に現れないとはミラー君達は言わなかった。彼らは「自分達が解決できたらする」としか言わなかったのだ。私が関与しない選択肢もあると教えてくれただけ。
 だけども私は選んだ。
 己もまた関わる道を。
 だからこそ考え続ける。愛する夫を巻き込みたくない気持ちから、せめて彼が帰ってくる前に解決しようと望みながらも……――。


 そして転機は近所の公園で二人の助言を思い出し冷静に今後の事を考えていた時に訪れる。まさに思いもよらない事態の進行。
 一人ベンチに座って遊ぶ子供達の姿を見ながら考えていた折に声を掛けてきてくれたのは大学生の知人だった。「あの時」という意味が分からず、私はついつい呆けた顔を浮かべてしまっていたと思う。


「え……? い、一体、何の事?」
「覚えていないんですか。先日スーパーで逢った時に弥生さん俺に『話したい事があるから、此処で待ってて』って言ったのにそのまま帰ってこなかったじゃないですか。俺一時間も待ったんですよ?」
「え、ちょっと待ってそれはいつの事かしら」
「昨日ですけど?」
「待ってちょうだい。私、その日ずっと家に居たけれど……」
「嘘言わないでください。あれは間違いなく弥生さんでしたよ。だって旦那さんの事も知ってましたし、昔一緒に行った場所の事とか話したじゃないですか」
「え、え?」


 全く身に覚えが無い私は驚き、そして困惑するばかり。
 だって私は昨日本当に一日中家にいて家事をしていたし、食事に関しても家にあったものを使ったからスーパーには行っていない。だけど彼は「あれは間違いなく弥生さんだった」と言い切る。
 私はなんとかその場を誤魔化し、そして申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも彼に謝罪をした。彼は一応それに納得してくれたけれど……でもどこか私の態度の不審さを感じ取ったらしく、訝しげに見つめた後「用事があるので今日はこの辺で」と言いながら去っていった。


「『私』と逢った?」


 昨日、私はどこにも出かけていない。
 ならば彼が出逢った『私』は誰。――自問自答の答えは『私』へと至り、そっと頭を抱える。まだ、まだ一人だけしか教えてもらっていない。だけど不安だけが先走る。
 ミラー君達は何て言っていたかしら。


―― あれは『歪み』だよ。
    今はまだ正体をはっきりとした言葉で教える事は出来ないけれど、それだけは教えてあげられる。

―― 気をつけてね。
    アレは現実世界にもきっと干渉してくるわ。あたし達が間に合えば貴方は安全になるから、頑張るけれど。

―― 厄介なのはアレが貴方と全く同じ能力を持った上で貴方に対して殺意が有るという事だ。


「これがミラー君達が言っていた現実世界への干渉? ――あ」


 不意に携帯電話が鳴り出し、私は慌ててそれのディスプレイを見やる。
 そこには弟の名前が浮かんでおりすぐに私は応答体勢に入った。でも「もしもし」とお決まりの言葉で挨拶をした瞬間――。


「姉さん、さっき街中にいた?」
「え?」
「さっき俺が声を掛けたらなんかいきなり睨みつけられてあからさまに無視されたんだけど」
「ちょっと待ってちょうだい。私は今自宅近くの公園にいるのよ」
「え……じゃあ俺の人違いかな。でも凄く似てたからびっくりしたな。人違いじゃ相手に悪い事したかもね」
「え、ええ。きっと相手もびっくりしたのよ」
「まあ、俺は確認が取れたら良かっただけだからさ。姉さんじゃないなら良いか」
「そうね。人違いされたら相手の方も不審者だと思ったんじゃないかしら」
「え、そんなに俺怪しかったかな」


 弟からの連絡になるべく動揺を悟られないよう必死に声を作りながら私は応対する。
 街中で『私』を見かけた? 無視しただけならまだ良い方だけど、弟が連絡してくる程度には不愉快を与えた事には違いなく、心中に複雑な思いが渦巻く。そっと携帯の電源ボタンを押しながら私はそれを両手で握り締め、額にこつんっと当てて軽く祈るような格好を取った。
 大学生の知人、弟への接触。
 どうか、どうかせめて夫にだけはまだ遭遇していない事をただただ願う。
 愛おしい人達に接触し始めている『私』が最終的に狙うのは恐らく夫だろうから。


―― また殺しに来るわ。その時こそ死んでちょうだいね。


 殺意のある『私』。
 それが本当に私だけに向いているならばこっちも応戦出来る。だけどその手段の為に周囲の人物を巻き込み始めているのだとしたら私はどうしたら良いの……?
 相手は私だ。
 今集まっている情報によると記憶すら私と同じものを持っていて、夫の存在も今まで関わってきた人達との過去も知っている。私のふりをして人間関係を滅茶苦茶に壊しに掛かる事もきっと容易いに違いない。どれだけ私がフォローに回ったとしても、『私』と並んだところを見てもらわない限りきっと周囲は疑って掛かってくるに違いない。


「疑心暗鬼の闇は人との繋がりを薄くさせるからね」
「人の心は目に見えたもの以外は揺らぐものですもの。どうかその前に止めにいかなければいけないわね」
「ミラー君! フィギュアちゃん!」
「こんにちは、<迷い子>。また逢ったね」
「こんにちは。今日はちゃんと記憶を貰ってきたからちゃんと覚えているわ」
「――……ああ、二人が来てくれて良かった。相談したい事があるの」


 声が掛かり、隣を見やればそこには既に腰を降ろして寛いでいる二人の姿。
 三人が限度のベンチに並んでいる姿は別に珍しくもなんとも無い。私は突如現れた彼らに対して不信感を抱くことなく、むしろこの動揺している心を落ち着かせたくて今しがた知った二つの出来事を彼らに話した。
 スーパーで知人を置き去りにしたこと。
 弟が声を掛けた『私』が無視をしたこと。
 実害は出ていないけれど、それでも関わってくれた人達を不愉快にした事は間違いない。私に直接手を出してくれるのならばこっちだってそれなりに覚悟を決めて関われる。だけど間接的に追い詰められているような感覚が恐ろしい。


「早く見つけなければ、もっともっと私おかしくなる……!」
「確かにアレは貴方を追い詰めてしまおうと企んでいるね」
「貴方が知っている事を彼女もまた知っているわ。完全なる複製といても過言ではないほどに」
「このままじゃ確実に夫にまで接触するわ……それだけは絶対に避けたいの!」
「落ち着いて、焦っても改善はないのだから」
「行動を見ると確かに彼女は貴方の旦那様に逢うと思うわ。もちろん最終的には貴方を殺したいのが目的でしょう。でも、その為の方法は幾通りもあるのよ。だからあたし達も出来るだけ動いているのだけれど……彼女もまた貴方と同じ<迷い子>なの。拒まれれば動けないわ」
「――私はどうすれば良いの?」


 私と『私』は全く同じ記憶まで持っていて、二人を拒めば彼らの動きを止める事も可能だと判断せざるを得ない。
 焦燥だけが身を、心を襲う。
 不安が満ちそうになり、私は寒さだけではない震えが生じるのを感じた。


「貴方は彼女をどうしたいのかな」
「……え?」
「拘束が目的? それとも彼女と同じように貴方も相手に殺意を抱く? もしくはただ安易に今回の件の収束だけを願うのかな」
「私の、願い……」
「彼女は非常に安定している。ただただ『弥生・ハスロを殺したい』という意思によって支えられて安定し、動き続けるだろう」
「でも貴方が<迷い子>である限りは彼女もその枷からは逃れられないわ。安定しているけれどとっても不安定。暴走に転じない事だけをあたし達は祈るしかない」
「だからこそもう一度貴方に問おう。貴方はどうしたいのか」


 私がどうしたいのか。
 今回の一件で既に周囲を巻き込み始めている事は分かっている。今後放置しておけばもしかしたらミラー君達が解決してくれるかもしれないけれど、ただそれを待っているだけなんて出来ない。
 過去を知っている彼女――いいえ、『私』はきっとより深く私の心を抉りに掛かる。それはきっと辛い昔の出来事すら持ち上げてきて……。


「私は彼女を無視出来ないわ。追いかける事が出来るなら追いかけるし、周囲に迷惑を掛けるならばその前に何かしら行動しましょう」
「そう、この件についてまだ関わる意思があるのだね」
「改めて決意したわ。こんなの絶対におかしいもの」
「――無理はしないでちょうだいね。どれだけ能力は拮抗していても貴方達は既に乖離した存在なの。同一ではないという事だけ覚えていてちょうだい」
「同一ではないという事はバランスも変わってくる。貴方が苦痛に思うことを彼女は喜び、逆もまたしかり。貴方がもつ魔術も応用してくるだろうからね」


 ミラー君達は助言を与えてくれる。
 私はそれをしっかりと聞き、心に刻み込んだ。


「どうか、よい未来を」


 最後にミラー君がそう言った瞬間、二人はその場から溶けるように身を消す。人気のない公園にはまた私一人が取り残され、二人が去った後に長い長い溜息を吐き出した。
 彼らには見えているのだろうか、私の過去が。
 そして未来もまた見ていそうなあの不思議な瞳が――時折怖いの。


「――ル……どうか、私の心を守ってちょうだい」


 小さく呟く夫の名前。
 一番失いたくない最愛の人。
 それを聞いてくれる相手はこの国には居ないけれど、私は今すぐにでも彼の声を聞きたくて家に帰ったらすぐに電話を掛けようと心に誓った。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 「xenoシリーズ」へ再度参加頂きまして有難う御座います!

 今回は起承転結の承ということでもう一人の何者かが現実世界にて侵食を始めます。
 NPC達の言葉も踏まえてまた次がある事を祈りつつ……ではでは!