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<東京怪談ノベル(シングル)>


【任務は優雅にテキパキと】 

 異変にはすぐに気付いた。しかし、すぐに行動に移そうとはしなかった。そう簡単に自分の部下がやられるとは思わなかったからだ。実際、仲間の銃声が響いた後、静かになった。それで、襲撃者を仕留めたのだ、と警備部隊長は思った。しかし、予想外の声が耳に飛び込んできた。
「な、何なんだ、お前は!」
 それは間違いなく、自分の部下の声だった。だが、その声は隊長の記憶にない、恐怖し、怯え、震えたものだった。
 隊長は武器を手に立ち上がり、最も信頼する側近の部下三人に指示を出した。かつてない危機が迫っている。隊長はそう直感していた。万が一の為に、隊長はデスクの上に無造作に置かれたそれを、懐に仕舞った。


 今回の任務も呆気なかったですわね。琴美はクナイを仕舞うと、証拠データを探すため、奥へと歩を進めた。先程の五人を倒した後も、どこから湧いてきたのか、と思うほどの敵が琴美を迎え撃ったが、琴美に傷どころか、衣服に触れる事すら出来ずに倒れていった。
 量より質とはこの事を言うのかしら、と琴美は思った。もう大勢の敵は結構ですから、一人くらい私が楽しめるような実力を持つ方はいらっしゃらないのかしら、と。
 スカートが琴美の歩みに合わせて、ひらひらと揺れる。このスカートも着物も、身につけているものは全て、琴美の戦闘用に特注で作られたものだ。動きやすさや、インナーとスパッツの防弾性能に加えて、そのデザインも琴美は気に入っていた。
 なんと言っても、この服、可愛いですものね。
 少し先に鏡が見えた。通路の壁に嵌め込まれた姿見だ。そこに映る自分の姿を見て、先程までの拍子抜けした気分も忘れ、琴美は鼻歌交じりに、くるりと一回転した。スカートがふわりと捲れ、スパッツに包まれた形のいい引き締まったお尻が顔を見せた。
 やっぱり可愛いですわ。それに、私によく似合ってる。
 しかし、そんな事は気にせず、琴美は鏡の中の自分に見惚れていた。
「いけませんわ。任務は優雅にテキパキと」
 琴美はそう口にして、歩を進めようとした、が足を止め姿勢を低くした。
 まだ、敵がいますわね。いつの間にか琴美の手にはクナイが握られている。
 それに、先程の方たちよりも強いですわ。通路の奥の部屋から感じる気配から、琴美はそう察知した。思わず笑みがこぼれる。今度はちゃんと楽しませてくれるのかしら。
 琴美は背筋を伸ばすと、隠れるどころか、堂々と歩き出した。
 登場シーンは大事ですものね。やはり、優雅でなくては。
 敵が待ち伏せしている事を承知で、琴美は勢いよく扉を開いた。


 罠なのか、と疑いもしたが、隊長は事前に指示していた通り、扉が開いた瞬間に、部下たちへ一斉掃射の指示を出した。
 扉の向こうから聞こえてきていた足音も気配も一人分だった。軽くて、やけに高くなる足音は女性のものに思われた。だが、そんなことで警戒を緩めるような事はしない。 例え、敵が一人で、女性だったとしても、この敵は自分が信頼し、認めた部下たちを打ち倒し、ここまで来たほどの敵なのだから。
 自分の部下が一人の敵を相手に後れを取るとは思えない。ならば、この敵は狡猾で、且つ、多人数を相手に出来るほどの強力な武装、及び武器を所持しているに違いない。 隊長はそう推測していた。ならば、無防備に扉に近付いて来ているように見せかけ、実は何らかの罠を仕掛けてきているのだろう、とも予想した。しかし、一斉掃射の指示を取り止めるつもりはなかった。撃たれる前に撃つ。
 先手必勝、攻撃は最大の防御、という先人の言葉は、これまで幾度となく死線を乗り越えてきた、隊長の経験に基づいた真実でもあった。


 扉を開いた瞬間、弾丸の雨が襲い掛かって来た。咄嗟に弾丸の軌道を読み、琴美は数発をその場で躱した。こんな物、少し体を反らしてやればいいだけですわ。
 琴美は最小限の動きで弾丸を躱す。けれど、少し数が多いですわね。
 その場で躱し続けるのは面倒ですわ、と思った琴美は宙に舞った。スカートがはためき、大腿部の際どいとこまでが露わになった。だが、そんな事は気にしない。
 的を絞らせないために体に捻りを加え、天井に足をつく。そこで止まりはしない。弾丸は天井にも届くのだ。身体のばねを使い、琴美は天井を強く蹴り、再び地上に舞い降りると、更に敵を撹乱するために高速での移動を開始しようとした。しかし、はたと琴美は動きを止めた。なぜか、弾丸の雨が止んでいたのだ。
 どうしたのかしら? 弾切れ? まだたいした弾数は撃ってないはずだけど。
 琴美は、少し楽しくなり始めていましたのに、と少し残念に思ったが、このチャンスを逃す手は無い、と思い直した。毅然と立ち、左手を腰に当て、右手で隊長らしい、立派な口髭を蓄えた男を指差した。
「あなたが隊長さんですわね。これから大事なことを言いますから、ちゃんとお聞きなさい」
 男たちは呆けたような顔をしているが、琴美は気にせず続けた。
「登場シーンはとっても大事なものなのですわ。何よりも優雅でなくてはいけません。それなのに、扉を開けた瞬間に寄ってたかってサブマシンガンをぶっ放してくるなんて、信じられませんわ。全くナンセンスですの。まあ、先程の弾丸の雨を躱す私は、なかなかに優雅だったとは思いますが」
 興奮したせいか、途中、言葉遣いが若干汚くなりながらも、琴美は先程の自分が弾丸を躱す姿を思い浮かべて、満更でもない表情になった。その時、硝煙とは別の、何かが焼け焦げるような匂いが琴美の鼻を擽った。手に触れる着物の袖にも、思えば違和感がある。自分の姿が視界の端に映った。やっと、そこで異変に気付いた。
「ぁ、あ、あぁー!」
 琴美は絶叫にも似た声を、上げたのだった。


 扉を開き、姿を現したのは予想通り、一人の女だった。さあ、この集中業火、どう対処する?
 隊長からすれば、女はあまりにも無防備に扉を開き、姿を現したように見えた。その堂々たる入室に、隊長は虚を突かれたように感じたが、これすら罠に違いない、と深読みした。
 その後に繰り広げられた光景は、まさしく、一瞬の出来事だった。だからこそ、隊長の目に、その光景は深く刻みつけられた。
 女は舞を演じるかのように、身体を反らし、襲いゆく弾丸を躱して見せた。美しく伸びる四肢を伸ばし、その豊満な胸を誇るかのように、だ。それだけでも驚愕に値する。 だが、女は止まらない。女は宙を舞ったのだ。それは天女の如く、美しかった。この女は敵であり、ここは戦場である、と言う事を忘れてしまうほどに、女の肢体、身のこなし、微笑を浮かべる口元、全てが人を魅了する美しさと華麗さ、そして艶やかさを内包していた。
 躍動的で、且つ軽い。艶めかしく、人とは思えなかった。部下たちも同じように感じたのだろう。隊長の指示も無いうちに、いつの間にか、引き絞っていた引き金から指を離し、女に見入っていた。地上に降り立った女は、人を惑わす魑魅魍魎の類かと思った。
 毅然と立った女は、こちらに言葉を寄こしてきた。
「あなたが隊長さんですわね。これから大事なことを言いますから、ちゃんとお聞きなさい」
 隊長は無言で、女の言葉を待った。この恐ろしくも美しい女は、一体、何を言ってくるのだ。隊長は敵であるはずの女に魅了されていたのかもしれない。だから、次いで、女が発した言葉に、耳を疑った。
「登場シーンはとっても大事なものなのですわ。何よりも優雅でなくてはいけません。それなのに、扉を開けた瞬間に寄ってたかってサブマシンガンをぶっ放してくるなんて、信じられませんわ。全くナンセンスですの」
 女は怒鳴りつけるかのように、そんな事を言ったかと思うと、
「まあ、先程の弾丸の雨を躱す私は、なかなかに優雅だったとは思いますが」
 今度は、自分の体を抱き、くねくねとし始めた。両腕に押し上げられた胸は、その存在を主張するかのように、柔らかく形を変え、短いスカートから伸びる、太腿を擦り合わせる仕草は、その服装とも相まって、いやに扇情的だ。
 しかし、女の奇行はそれで終わりではなかった。
「ぁ、あ、あぁー!」
 女が突然、そんな声を上げたのだ。今度はなんだ、と隊長は身構えた。やはり、この女は魑魅魍魎の類で、遂に真の姿を現すのか、と。


 う、嘘ですのよ? そんな、まさか……。
 琴美はスカートの裾を持ち、項垂れるように、その変わり果ててしまった姿を見た。
 私の、お気に入りでしたのに……。
 スカートには五発の弾痕が穿たれ、風通しがよくなっていた。スカートだけではない。着物の袖にも、同じように、穴が開いている。
 琴美の反射神経も身のこなしも完璧だった。事実、敵の弾丸は琴美に掠り傷すら負わせられていなかった。だが、琴美には失念していた事があった。スカートの裾と着物の袖だ。
 弾丸を避ける際、極力、無駄な動きをなくすため、己の肉体に当たらないよう、最小限の回避しかしていなかった。その為、スカートと着物の袖が回避範囲の計算に入っていなかった。
 なんという不覚、なんという失態。琴美は暗澹たる気持ちになった。しかし、その気持ちはすぐに、別の感情へと変わっていった。
 よくも……、よくも、やってくれましたわね……。
 ふつふつと怒りが湧いてきた。琴美は一度、深呼吸をした。
 落ち着くのよ、琴美。怒りに身を任せてはダメ。そう、任務は優雅にテキパキと、ですのよ。
 心の中で、自分にそう囁きかけると、琴美は敵を真っ直ぐ見据えた。怒りの炎が完全に消えた訳ではない。しかし、それとは別の部分が研ぎ澄まされ、氷のように冷え、冴えていくのを感じた。少女のように取り乱していた琴美は、もうそこにはいない。
「参ります」
 囁くようにそう言うと、琴美の姿は、消えた。

 真の姿を現すかに見えた女は、魂が抜けたかのように項垂れてしまった。すると、おもむろに女はスカートの裾を持ち上げた。
 な、なんだ! 今度は色仕掛けか?
 女は見入るようにスカートに視線を向け、次いで、着物なども観察し始めた。何をしているんだ? この女は恐るべき戦闘能力を持っている。それは先の、我々の先制攻撃を回避した動きからも十分に窺い知れる。情緒不安定にも見える女の行動にも、何らかの意味があるのだろうか。
 隊長は警戒を緩めず、女の動きに集中していた。しかし、こちらから動く事もできずにいた。女の行動はどれも予想外のものだ。迂闊に攻撃して大丈夫なのか? 隊長は部下たちに、待機命令を出したまま、次の指示を出せずにいた。
 その時、女が動いた。こちらを睨みつけてきたのだ。怨嗟の如き、恐ろしく鋭い眼光だ。しかし、すぐに女は瞳を閉じた。呼吸を整えるように、女の胸が一度、大きく上下した。再び、女はこちらに視線を向けた。隊長は思わず、戦慄した。深く、全てを見透かすようで、そして恐ろしく冷たい眼だった。側近の部下三人も、身体を固くし、身構えている。
「参ります」
 女は囁くように、言った。そして、その姿を消した、ように見えた。
「上か!」
 隊長には見えていた。琴美は先程の再現であるかのように、宙を舞っていた。


 少しは楽しめそうですわ。琴美はうっすらと笑みを浮かべ、クナイを投じた。隊長と思われる男に四本、他の三人には二本ずつ、計八本のクナイが、それぞれの頭部や心臓など、急所目掛けて真っ直ぐ走る。
 右手の二人は銃を使い、クナイを防いだ。隊長ともう一人は体の位置をずらし回避した。
 悪くない動きですわ。琴美は更に笑みを濃くした。琴美が地面に着地するのと同時に、敵部隊の銃が炸裂した。着地の瞬間は体を支えるため、動きが止まる。それを敵は狙ってきた。
 だが、琴美は止まらなかった。琴美は、着地の勢いを縦方向に受け止めるのではなく、横に流したのだ。転がるように移動すると、態勢を整えて、更に加速する。
 敵は必死に琴美を狙い、引き金を引くが、掠りすらしない。そうしているうちにも、琴美は更に加速していく。その速度は、最早、目で追うのがやっとなほどである。
「如何なさったのですか? 手加減など無用ですのよ」
 挑発ともとれる琴美の言葉に、敵の火力が増した。一人に一丁ずつだったサブマシンガンを、片腕に一丁ずつ、つまり、一人に二丁ずつに切り替えたのだ。単純計算で、先程の倍の弾丸が琴美を襲う。
 興醒めですわ。
 しかし、琴美は焦るどころか、白けた気分だった。確かに、弾丸の数が倍になるのは脅威ではある。しかし、敵は琴美の姿を追い切れていない。下手な鉄砲、弾撃ちゃ当たる、などというのは素人同士で戦った場合の話だ。琴美に対して、下手な鉄砲など、当たるはずがなかった。いや、決して敵の銃撃は下手な鉄砲ではない。しかし、それでも弾数を倍にしたくらいで、琴美を捉える事は出来なかった。
 むしろ逆効果ですわ。
 敵はサブマシンガンを片手で撃つことで、両手で撃っていた時よりも照準がずれてしまっていた。
 それに隙だらけですわ。
 二丁のサブマシンガンを同時に撃つ事により、敵の動きは完全に止まっていた。一丁でもかなりの反動があるのだ。それを二丁同時となれば、重心を落とし、足を踏ん張らなければ、反動で後ろに倒れてしまう。そんな相手は、琴美にとって、ただの動かぬ的でしかなかった。
 これで終わりですわね。
 琴美は無慈悲に腕を振った。クナイが四人に向かって走る。胸に吸い込まれるように、刺さり、敵は倒れた。
 しかし、ただ一人、隊長だけがぎりぎりで反応し、致命傷を免れていた。
 腐っても隊長と言ったところですわね。でも、その傷では、戦闘続行は不可能でしょう。
 琴美はそう判断し、部屋を後にしようとした。
「無事では……、帰らせんぞ、女!」
 その背中に、隊長はそう声を上げた。振り返ると、隊長は懐から何かを取り出した。
「注射器?」
 琴美の口から漏れ出た通り、男の手には注射器が握られていた。男はそれを高々と持ち上げると、自分の腕に突き刺した。注射器に入っていた液体が男の腕に呑まれていく。
「一体、何ですの?」
 突然の事に、琴美も動揺を隠せなかった。
「ふふふふ、はははは」
 液体を全て注入し、注射器を投げ捨てると、男は不気味な笑い声を上げた。
「これで、お前も終わりだ」
 男は立ち上がると、胸に刺さったクナイを引き抜いた。決壊したダムのように、血が溢れ出る。しかし、男は表情一つ変えなかった。
 どうなっていますの?
 琴美は疑問に思った。致命傷を免れたとはいえ、琴美のクナイは深々と男の胸に刺さっていた。それは立ち上がるどころか、声を出すのも一苦労なほどの重傷だったはずだ。にもかかわらず、男は立ち上がり、あまつさえ、クナイを引き抜いて平然な顔をしている。
「何をしましたの?」
 琴美の言葉に対し、男は自慢げに答えた。
「ここが何の研究施設か知らないのか? 薬物兵器だ。そして今、俺が射した注射こそが、人間を最強の殺人兵器へと生まれ変わらせる、『HEM』だ」
「……HEM?」
「そうだ。こいつの効果は驚異的。身体能力を五倍に引き上げ、しかも、痛覚をシャットアウトする。それだけではない。五倍に引き上がるのは身体能力だけではない。五倍に引き上がるのは細胞レベルでの話だ。つまり、この傷も」
 男は服を捲り上げた。
「この通り」
 傷が治っている訳ではない。しかし、血が止まっていた。あのまま出血多量で死んでいたかもしれないほどの傷だったにもかかわらずだ。
「見た目からじゃ、あんまり分からねえな」
 男は吐き捨てるように言った。どこか、男の様子が違う。最初に対峙した時は、もっと冷静で、冷徹なイメージだった。
「だが、こいつにも欠点がある。いや、欠点と言うよりも副作用だ」
 男は厭らしい笑みを浮かべた。
「それはな、理性がぶっ飛んじまうんだ。破壊衝動が溢れて来る。今の俺のように、な!」
 男が地を蹴り、琴美に襲いかかって来た。爆発的な瞬発力だ。一瞬で十メートルの距離を詰めてきた。その手にはいつの間にか、コンバットナイフが握られている。琴美はその軌道を瞬時に読み取り、躱した。
 速い! 琴美は素直にそう思った。自分と同等か、あるいはそれ以上のスピードである、と。男は手を休めることなく、ナイフを振り回すかのように、斬りかかって来る。警備隊の隊長とは思えない、無茶苦茶な攻撃だ。恐るべきスピードで襲ってくるナイフを、琴美は悉く、躱した。
 琴美は、男が上から振り下ろしたナイフを横に体をずらすことで躱し、カウンターで男のナイフを持っている腕を、クナイで切り裂いた。
「ははは、だから効かないと言っただろう。痛みを感じないんだからな!」
男は得意げに笑う。動きを鈍らせることなく、男はナイフを薙ぎ払うように、振った。
「そう言えば、そんな事を言っていましたね」
 琴美は身を低くし、その攻撃も難なく避けると、
「それでは、これではどうです、か」
 クナイを男の左胸に、深々と突き刺した。
「いくら、治癒能力が上がったとしても、心臓が止まれば終わりでしょう」
 そう言って、琴美は男の胸に刺さったクナイを、更に深く突き立てるかのように蹴りを放った。男は数歩、後ずさり、
「どうして、俺の攻撃が、当たらない?」
「簡単な話ですわ。確かにあなたのスピードは驚異的、けれど、理性を失うというのは、想像以上に大きな欠点だったみたいですわね」
「どういう、ことだ?」
「あなたの攻撃は単調過ぎましたわ。視線、構え、予備動作、全てが私に、あなたがどこをどのように狙って攻撃してくるのかを教えてくれましたわ。そんな攻撃、何度やったって、私に当たるはずありませんわ」
「そんな……」
「おしゃべりはこのくらいでお仕舞いですわ。心臓にクナイを刺されても死なないなんて、不気味でしかないですわね。せめて、最後は安らかにお眠りなさい」
「ま、まっ――」
 男は何かを言おうとしたが、その前に、琴美の放ったクナイが男の脳天を貫いていた。さすがに、それで男も絶命した。
「哀れな男ですわね」
 琴美はそう言い残すと、振り返る事なく、部屋の奥へと歩を進めたのだった。


 証拠データはすぐに見つかった。琴美はそれをコピーすると、施設を後にした。
 酷い施設でしたわ。あんなもので力を手に入れたとしても、何の意味もないと言うのに。
 琴美は手元のスイッチを押した。遠くから、静寂を切り裂く爆破音が轟いた。夜でも分かる、大量の煙が立ち上るのが見えた。琴美は小高い丘から、施設が倒壊するのを確認すると、携帯端末を取り出し、操作した。相手はすぐに出た。
『ああ、琴美君かい?』
 端末から、若いようにも、老獪なようにも聞こえる、掴みどころのない声が、琴美の鼓膜を震わせた。相手は自衛隊、特務統合機動課、琴美の所属する非公式組織の司令官だ。
「はい。任務完了ですわ。事後処理はよろしくお願い致しますの」
『もちろん、それは任せておいてくれ。琴美君も今日は疲れただろう?』
 司令官は労うように、そう言った。
「そんなことありませんわ。いつもと変わらず、簡単で退屈な任務でしたもの」
 琴美はさも当然のように答えた。実際、危険な状況も無く、いつも通り、無傷で任務は終了した。少し取り乱してしまった場面はあったが、それは報告する必要なないだろう。
『ははは、琴美君からすれば、どんな任務も簡単なんだろうな。ただ、今日はもう遅い事だし、証拠データは明日にでも、こちらから人を寄こして取りに行かせるよ。今日は帰って、ゆっくり休んでくれたまえ』
「わかりました。それでは、お言葉に甘えさせて頂きますわ」
『そうしてくれたまえ。それじゃ、任務お疲れ様』
 報告も済み、これで、正式に任務完了だ。琴美は端末を仕舞うと、施設のあった方角へと視線を向けた。
 今度は、薬などを使わず、鍛え抜かれた肉体と、磨き抜かれた技を持つ、そんな、私を楽しませて下さるお相手と手合わせできればいいのですけど。
 琴美はそんな、まだ見ぬ好敵手と相まみえる日を夢想し、闇夜に姿を消したのだった。