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<東京怪談ノベル(シングル)>


【狂獄】開け手吃驚あやかし荘

都内某所、ネットカフェの一室では妙な熱を帯びていた。
最近話題というブログを見に雫の元を訪れた玲奈。
そこに写っていたのは、白魚のような手に着飾れる指輪やブレスレットなどの装飾品。
なのだが、二人の目的はその圧倒的な存在感の「手」なのだ。
ムダ毛のなく色はアルビノを思わせるほどに透き通った白。
写真越しにもわかるほどに艶やかな精気を帯びた手。
いわゆる「手タレ」という人物のブログだった。
玲奈と雫は同時にうっとりとため息をついた。
いったいどんな美形がこの手の持ち主なんだろう。
二人は顔を見合わせて同じ事を呟いた。

「ブログ主の顔がみたいね〜」

雫はブログの問い合わせ窓口から取材申し込みをした。
すぐにポーンというメールの着信音が響く。

手タレという職業のため、顔は見せないという条件付きで取材を受け入れてくれた。

後日、あやかし荘という家に招かれた二人。
やや古風の1軒屋のようだった。

「人気手タレっていうから、てっきり高層マンションに住んでるかと思ってたわ」

少し意外という様子で玲奈。

「でもきっとお金に対する態度も謙虚なのね、ステキ!」

勝手に美男と思っている玲奈は一人盛り上がっていた。
玄関のインターホンを鳴らす。

「いらっしゃい、鍵は開いてるから入っておいで」

奥の襖から、爽やかな歓待と共に美形の右手が手招きする。

「ガードが堅いね〜」

その距離およそ10メートルほど。
「顔は見せない」という約束ではあったものの、用心深い様子に苦笑とともに妙な好奇心もメラメラ燃えていた。

奥に進むと不思議な空間に一瞬目を疑った。
実に襖である。
靴を脱ぐ場所がないようなのでそのまま上がり、襖を開けると前、右、左ともに襖がある。
奥の襖を開けるとさらにまた襖が四方を囲み、今度は左の襖を開ける。
やはりそこも四方を襖で囲まれている。

「これは……忍者屋敷?」

右の襖が開き、手首が飛び出して手招きしていた。

「やぁ、こっちだよ」

雫は北海道産の玉蜀黍を取り出した。
一粒一粒がヨダレがでるほど甘みのするスイートコーンというやつだ。
手タレの好物に玉蜀黍とあったので、これを餌に齧りついたところを激写、という寸法だ。

「おや、それは玉蜀黍じゃないのかい?」
「お好きだという話を聞きましたので是非にとお持ちしました」
「それはうれしいねぇ、だけど約束どおり顔は見せれないんだ。そのへんに置いて、君たちは隣の部屋で待っていてくれないかい?」
「わかりました」

さぁ、齧りついたところを激写だ!
玲奈は汗握る手で勢い良く襖を開ける。
だがそこには玉蜀黍も、手タレもいなかった。

「あれ……?」
「はっはっは!残念だったね!」
「ただいまー」
「おや、息子が帰ってきたようだ」

声に反応し、パチンと指を鳴らす手タレ。

「息子さんって、あの超有名な手タレの?!」

超美形という噂の真相を突き止めようと、玄関に走る雫。
しかし玄関に靴はあるが、誰もいなかった。

「……どういうこと?」

息子の帰った声が聞こえてすぐに駆けつけたのだ。どう考えてもこの距離でなら鉢合わせするはずだった。
眉間にシワを寄せて考える雫に手タレ父が声をかけてきた。

「奥にきたまえ、ごちそうしよう」

……やはり手招きだけが見える。


通された清水の間では、鉄の鋤が天井から吊るされていた。
囲炉裏の火に掛けられ、通常より大きめのそれの上には牛肉、ネギ、焼き豆腐と白滝がひしめき合っている。
ぐつぐつと甘い匂いを漂わせる、鋤焼き。
鋤焼の語源の一節には、農作業で使う鋤で肉を焼いたことから始まったものだという。
もちろんこれは新品の鋤を使用している。

「はぁ〜〜んおいしい!」

うっとりして玲奈は嬌声をあげる。
手タレ親子がもてなしてくれた鋤焼は、なんとも豪勢な松阪牛だった。
口に入れるとじゅわっと溶けて、上品な甘みだけがいっぱいに広がる。
霜降りの最高級肉を味わう、ふりをして横目で手タレ親子を見る。
僅かに開いた襖から手だけを出して、二人とも器用に鍋をつついていた。
まるで襖が肉を食ってるかのようで、やはり少々不気味だ。

「おや、もう食べないのかね?」
「ちょっと食べ過ぎちゃいました」

腹ごなしにと、雫は得意のゲーム機対戦を誘うが、さすがに襖越しでは無理なので断られてしまった。

「じゃあ腕相撲なんてどうかしら?」
「腕相撲なんて学生の時依頼だよ。私が受けて立とう」

子供のようにはしゃいで親タレが乗ってきた。
雫に背中でピースサインを送る。
玲奈はにやりと口元を緩めてこう切り出した。

「ただ腕相撲をするだけなら面白くないわ。せっかくだから、何か賭けをしませんか?」
「ほう、何を賭けるんだい?」
「私が勝ったら、顔も取材させてもらいますね!」
「いいだろう。では私が勝ったら……ふふ、考えておくよ」


いつの間にか襖の間に現れた卓上の上に、手タレ親と玲奈は腕を置いた。
手を握った際に襖の奥を覗こうと思ったのだが、いつの間にか暗幕が掛けられ、二の腕から先しか拝むことができない。
軽く舌打ちしたい気持ちを抑え、二人は手を組み合わせる。
握った瞬間、全身に電気が走るような、まるで一目惚れしたかのような錯覚に心を揺さぶられた。
玲奈の握る手タレの手は、シルクのような人間の皮膚とは思えない心地良い感触の中に、父親らしい力強く引き締まった筋肉の感触も調和し、直接脳に甘く蕩けるような刺激となって伝わってきた。
雫のレディ...という声で我に返り、ゴ―!と同時に自身の力を目一杯振るった。
何度となく困難を乗り越えてきた玲奈。腕っ節に自身はあった。よもやタレントなんかに負けるはずはない。
玲奈は全ての力をその右腕に託した。

「せやぁあああ!!」

ドォォォン、という地響きがしてモクモクと煙が視界を覆った。
うっすらと景色が晴れていく。
勝ったのは………。

「あれ?」

勝ったのは手タレ親。逆に玲奈はひっくり返っていた。
当の手タレは嬉しそうに言う。

「手を握った瞬間、君の力の強さが分かったよ。つい、君の力を利用させてもらってね。ハッハッハ。合気道って知ってるかい?」

腕相撲では無理なのでは、という疑問もよそに、今度は雫も腕相撲に挑む。
そしてやはり、雫も負けてしまった。

「フフ、では約束どおり、何をしてもらおうかな」

楽しげで小悪魔的に手タレは笑った。
と、玲奈の鼻をつく奇妙な匂いを感じ取った。

「どうしたの?」

と尋ねた雫だったが、すぐに同じにおいを嗅ぎとったのだろう。
匂いのする方向、後ろを振り返る。
焼け焦げた畳の上には黒々とした煙をあげている鋤焼鍋があった。
玲奈と雫が立ち上がると鋤焼はゴォっと巨大な火柱をあげて燃え広がる。
腕相撲騒ぎで鍋が覆ったのだろう。
玲奈と雫は一気に燃え広がるあやかし荘から一目散に逃げ出した。
二人が外へ出ると同時に轟音を立てて爆発した。
火が収まり、焼け跡へやってきた玲奈と雫。
あれ以来、手タレの二人を見ていないので少し気にかかっていた。

「確か……ここあたりが鋤焼き食べたところ、よね!」

大きめの天板をひっくり返す。
もわっと燃えカスが舞うが、それ以上に二人の目を引きつけたものがあった。
そこには……大人と、子供のものと思われる二の腕から先の骨が2つ。焼け焦げた箸をそれぞれ持っていた。
骨はその2つ以外、見つからなかった。
玲奈の目が点になり、雫がどんどん青ざめていく。

「これって……いったい?」

ようやく絞り出した声は、掠れてほとんど聞き取れなかった。