|
【狂獄】狂気の坩堝に咲く仇花
変装は得意なつもりでいた。
あまり他人に見せられたものではない正体を隠すため、化ける技術は、戦闘能力と同じくらいに磨いてきた。
人種性別を問わず誰にでも化けられる。普段は、標準スクールアイテムを身にまとう女子高生の姿をしている事が多い。
そんな格好でフランスの片田舎をうろついていれば、怪しまれるのは当然と言えた。
三島玲奈の潜入捜査は、序盤で頓挫してしまったのである。変装が得意だからと言って、潜入捜査が得意とは限らないのだった。
「うっ……」
セーラー服の袖の上から、蛇のようなものが巻き付いてくる。蔦であった。
スカートからほっそりと現れ伸びた両脚にも、それらがシュルシュルっと絡み付く。
何本もの蔦によって、玲奈の細い四肢は絡め取られ拘束されていた。
それら蔦たちは、今や野菜とも呼べぬものと成り果てた、大量の京野菜から生えている。
魔野菜とでも呼ぶべきか。あちこちに植えられたそれらが、毒々しい瘴気を噴出させながら、蔦だけでなく茨を生やし、無数の毒蛇の如くうねらせているのだ。
仏国、ビガラッシュ村。
UFOやら何やらを信じている人々が今、マヤ暦の滅亡説を回避出来る唯一の場所として、この村に大挙して集まっている。
彼らの純粋過ぎる信仰心を利用した悪しき計画が進められている、との情報を得て、三島玲奈は潜入捜査のため訪仏したのだった。
だが状況は今、潜入捜査から実力行使の段階へと移行しつつある。
「いつも通り……なの? もうっ……」
蔦に手足を束縛されたまま、玲奈は暴れようとした。が、強固な蔦はびくともしない。セーラー服に包まれたスリムな胴体が、空しく悶えるだけだった。
人の気配がした。
瘴気漂う魔の野菜畑に、いくつもの人影が歩み入って来る。
エルフたちだった。ただし、黒エルフである。エルフ族に古来伝わる、ケルト式巨大野菜栽培法を悪用する者たち。
「日本には……」
長と思われる黒エルフが1人、進み出て来て言った。
「女子高生という、身も心もそれはそれは美しい妖精たちがいると聞いている。だがお前は、その妖精の美しい姿を被った……何か、禍々しいものだ。邪気を感じる。我々に対する、悪意を感じる。我らを邪魔せんとする、おぞましい悪意をな」
「……大学から新種を盗んだのは、お前らね」
蔦による拘束に抗って弱々しく悶えながら、玲奈は言った。
「何故? ……あうッ!」
茨が、鞭の如く宙を裂き、玲奈の細身を打ち据える。
セーラー服が裂けちぎれ、その下の体操着とブルマが露わになった。
「訊くのは我らだ。何故、邪魔をする?」
黒エルフの長の声に合わせ、何本もの茨が凶暴にうねる。蔦が、さらなる凄まじい力で、少女の細い手足を締め付ける。
この魔野菜たちは、黒エルフの魔力に感応し、殺傷力を高めてゆくようだ。まさに生ける兵器である。
京都に拠点を置く商業結社・越後屋が、この黒エルフたちと結託し、外貨獲得に励んでいるのだろう。
この場所は今、磁界と滅亡信者らの不安が渦巻く坩堝。可塑性の高い京野菜を怪物化するには最適の環境と言える。
「死の商人めぇ……っ」
白く綺麗な歯を食いしばりながら、玲奈は気力を振り絞った。
体操着が破け、白い羽根が舞った。
裂けた体操着をまとわりつかせた少女の細身が今、華奢な背中から、天使そのものの翼を広げている。
蔦たちが、嫌らしくうねりながらも、玲奈の四肢からほどけてゆく。そして、少女の身体にまとわりついた体操着の襤褸を引きちぎる。敵の手足の拘束よりも、下劣な欲望の方を優先させたようである。
天使の翼を生やした清楚なレオタード姿が、破かれゆく体操着から脱皮するかの如く現れた。
ここまでだ、と玲奈は思った。自分の正体で他者に見せる事が出来るのは、この翼までだ。
そう思いながら羽ばたき、そしてレオタードの付属品であるリボンを振るう。
毒蛇の動きで襲いかかって来た何本もの蔦に、そのリボンが優雅にクルクルと絡み付いた。そして縛り束ね、搾り上げる。搾られた蔦がビシャアッと汁気を飛び散らせ、滴らせる。
それが玲奈の髪に、翼に、付着した。
艶やかな黒髪が、純白の羽毛が、シューッ! と痛々しく灼けた。強酸性の、植物液だった。
「あうっ……く……ッ! きゃああっ!」
棘の生えた鞭そのものの茨が、超高速でしなって玲奈を直撃した。レオタードが、無惨にちぎれた。
凹凸の控え目な細身にぴっちりとスクール水着を貼り付けた姿で、玲奈は地面に投げ出された。
「うっく……このぉ……っ」
涙ぐみ、歯を食いしばりながら、弱々しく起き上がろうとする玲奈。
その華奢な水着姿に、容赦なく蔦が巻き付いてゆく。茨が宙を裂き、生ける鞭となって少女を打つ。
「ひっ! ぎぃ……ッ!」
玲奈の両目は激痛に見開かれ、涙がキラキラと飛び散った。
「無駄な抵抗はやめておけ。この魔野菜たちは完璧なる兵器、何人も抗う事など出来はせぬ」
黒エルフの長が、得意気な声を発する。
彼らの魔力に感応する蔦が、茨が、力を増して玲奈を締め上げ、打ち据える。
ビシュッ、バシィッ! と凄惨な音を立ててスクール水着が破け、その下のビキニに血が滲んだ。白い肌も、傷だらけである。
可愛らしい歯を気丈に食いしばったまま、玲奈は声を漏らした。
「もう……やめて……やめないと……大変な事になるのよ、本当に……っ」
「無意味な虚勢は張らずに泣け! 喚け! あの滅亡信者どもの如く、絶望するが良い!」
黒エルフの長が、勝ち誇った。
「そう、絶望こそが最高の肥料よ。滅亡信者どもの、藁にも縋る思いを粉砕した後に生じる、底なしの絶望! それを浴びた魔野菜は、絶望の種を増殖させ、まき散らす! 核に準ずる兵器となるのだよ!」
得意気な高笑いに合わせ、玲奈を縛り打ち据える蔦と茨が、力を弱めてゆく。黒エルフの長が勝利を確信し、油断しているのだ。
「すっ……隙をくれるなんて、素敵な愚か者ね…………ッッ!」
血に染まった玲奈の肌が、スクール水着やビキニもろとも裂けた。その身体を縛っていた蔦が、ブチブチッとちぎれて飛んだ。
「な…………」
勝利を確信していた黒エルフが、声と表情を引きつらせる。
その間に玲奈は、襲いかかって来た茨の鞭を無造作に掴み止め、引きちぎっていた。
「暴力二女……参上!」
気合いの声と共に三島玲奈の、異形、としか表現しようのない正体が出現していた。
黒エルフの長が、黒い顔を青ざめさせる。
「な……な、なななな何だ、何なのだ貴様は……」
「キシャアァ!」
返答代わりの奇声と同時に、異形の少女の胸から光線が迸る。
大量の魔野菜が、黒エルフの長もろとも灼け砕け、灰と化した。
生ける暴力装置と化した少女の身体が、舞い上がる灰をバサッ! と翼で蹴散らしながら躍動する。
蔦と茨を一緒くたに引きちぎり、それらの発生源たる魔野菜たちを片っ端から踏み潰し、噴き上がる強酸を平然と浴びながら、玲奈は牙を剥いて微笑んだ。
「これが、兵器……? 所詮は野菜……脆い」
黒エルフたちが恐慌に陥り、逃げ惑う。
天使の翼を凶暴にはためかせ、玲奈は彼らに襲いかかった。
「本物の、兵器を……見せてあげる……っ!」
暴力二女を止める事は、もはや誰にも出来ない。
|
|
|