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この夜のクリスマス・イブ
1.
街は明るく、赤と緑に彩られている。
夜になれば明るい光がさらに街を明るく彩るだろう。
数日後にはクリスマスイブ。
誰もが浮かれる冬の日。
この寒さならそのうち雪も降るかもしれない。
そんな街の様子を見降ろしながら、草間武彦(くさま・たけひこ)は考える。
昨年のクリスマスは奮発して、結構いい線だったんじゃないかと。
となると、今年はそれ以上の頑張りでもっと彼女の心を引き寄せておく必要がある。
絆とはそうして毎年深めていくものだ…。
なんてことを背中で語りつつ、ため息を1つついた。
…今年は…子連れか…?
「ねぇ、ママ! クリスマス何する!? ケーキ? あ、ツリーも出すよね!? サンタさん来るかなぁ♪」
後ろを振り向かなくてもわかる。
14歳の草間の娘(仮名:月紅)が黒冥月(ヘイ・ミンユェ)にベタベタと付きまとっているのだ。
「そうねぇ…零はどうしたい?」
「せっかく月紅さんもいることですし、みんなで楽しくしたいですね」
草間零(くさま・れい)はにこにことお茶を出しながらそう言う。
「さっすが零ママ! 話がわかるぅ!」
月紅がきゃっきゃとはしゃぐ。
…わかってる。わかってるさ。
『未来の』とはいえ、俺と冥月の娘だ。放っておくわけにはいかないことくらい。
だけど…だけど!
今の俺たちはまだ恋人同士なんだ!
恋人たちの一大イベントなんだよ! クリスマスは!!
…何とか理由つけて、冥月と抜け出すか…。
「ねーねー! パパはクリスマスどうする?」
「うわっ!」
突然背後から顔を出した月紅に、思わず草間は飛びのいた。
「…なんでそんなにびっくりするの??」
「え? あ、いや…そうだな…」
口を濁す草間。女の勘を甘く見てはいけない。
月紅はにやりと笑い、草間の耳元でささやく。
「クリスマスだからってパパに譲ってあげないもん」
宣戦布告。
青くなる草間と不敵に笑う月紅。
そんな2人を冥月は苦笑しながら見ていた。
2.
「なぁ、冥月? クリスマスの予定なんだが…」
草間がそう切り出すと、月紅は即座に割って入る。
「パパ、もしかして仕事でも入ったの!? それは残念〜」
「誰がそんなこと言った!? 意地でも仕事なんか入れるか!」
「それは残念〜…」
仲良し親子の壮絶なる黒冥月争奪合戦。
基本は攻撃は言葉である。
草間は冥月をクリスマスイブにとにかく連れ出そうと必死に仕掛ける。
そして、それを阻止し、できれば草間抜きで冥月と零の3人で幸せな女子会クリスマスを繰り広げたい月紅。
完全に敵である。まさに宿敵!
「ママ、クリスマスのケーキなんだけど…」
「ん? どれどれ?」
「こういうのどうかなぁって…」
クリスマスケーキのカタログを冥月に見せながら、月紅はうきうき。
しかし、今度は草間が黙っていない。
「冥月の手作りケーキが食べたいなぁ…ワインも一緒だといいなぁ」
「え!? ママってケーキ作れるの!?」
「作れるわよ? こういうケーキでいいの?」
冥月はにこやかに月紅の指差したケーキを見る。典型的なクリスマスケーキだった。
草間の切り替えしは不発に終わった!
月紅、ノーダメージの上に冥月との親密度が上がった気がした!
やばい。俺形勢的に不利?
大体、最初はあんなに疑ってたのに今じゃ全然そんなこと疑いもしないような態度…。
むしろ母性本能!? そういやそんな感じの言動がちらほらと…。
ってことは何か? 娘を受け入れた暁には俺との関係は家族愛!?
恋人終了のお知らせ!?
いやいやいやいや! あいつが俺を好きなのは一目瞭然。
月紅が押してるから今は大人の対応をしているだけなんだ。
何としてでも隙を作って、冥月の心を俺に戻さねば!
そしてクリスマスの夜の大人のひと時を!!
障害があるほど燃え上がる恋。
しかし、その障害が娘って時点で草間、大人げない。
それでも本人、一切気が付かずこの道を爆走しようとしている。
勝利の女神・冥月がただ優しく微笑むのを信じて!
3.
「冥月…ちょっと話が…」
「なに? 武彦」
月紅が少し席を立ったのを見計らい、草間は冥月を呼び寄せた。
「実はな…お前とクリスマスを二人っきりで過ごすためにレストランの予約を取ったんだ。こ、今回は高級ホテルの予約も取ってあるんだ」
「ホント? …嬉しい」
ポッと頬を染めた冥月の顔に、草間は勝機を感じる。
しかし、それも束の間の話。
「パパは…零ママも私もいらないんだ…」
「!?」
どこから湧き出たのか、しくしくと悲しそうな顔で月紅が恨めしそうに言った。
「べ、別にそんなことは一言も言ってないぞ!?」
「ならなんでママと2人だけで行こうとするの? やっぱり零ママも私もいらないんだーーー!!」
「ちょ、落ち着いて! 月紅」
暴れだしそうな月紅を冥月はぎゅっと抱きしめた。
「…武彦、気持ちは嬉しいけど…今年は月紅もいるし…」
冥月に申し訳なさそうに言われて、草間は焦った。
しかし、冥月に抱きしめられた月紅は逆ににやりと笑う。
草間、劣勢である。恋人の夜危うし!
ていうか、はるばる未来からきて初めてママと過ごすクリスマスなんだよ?
未来では別れてても今は凄くラブラブ。こんなにママが素敵だなんて思ってもみなかった。
でも…無理言えば言う事聞いてくれそうだけど、我侭に思われたらヤだし…。
かといって、パパの計画通りに事が運ぶのはもっとイヤ。
…まぁ、1000歩譲ってパパ抜きっていうのは諦めるとしても…パパとママだけでクリスマスだけは絶対に阻止する!
私だって…私だってママと一緒にいたいんだもん♪
「冥月さん、とっても幸せそうですね」
零はにこにことそんな家族を見つめている。
「零ママも家族なんだから、いっしょにクリスマスしようね♪」
月紅がにっこりと笑うと、零は恥ずかしそうに微笑んで「はい」と返事をした。
…草間はこの時、月紅が完全に零を味方に引き入れたことを悟った。
孤立無援、風前の灯、出口のない迷宮。
草間はただ、己の答えを導き出すために脳をフル回転させた。
そうして、運命のクリスマスイブがやってきた!
4.
決め手はどちらも欠いていた。
草間はついに2人で過ごすという確約を得られなかった。
月紅も最後まで冥月からクリスマスを一緒に過ごすと明言してもらえなかった。
こうなれば…当日に決着をつける!!
オシャレな服を着込み、花束を仕込み、プレゼントも仕込んだ。
草間は意気揚々と自室を出る。
一方、月紅も精一杯のオシャレ服で身を包み、冥月への初クリスマスプレゼントと零へのプレゼントを手に客間を出る。
2人は廊下で出会うとバチバチと視線でけん制し合う。
最終決戦。決定権は冥月にある。
どちらを選んでも、選ばれなくても恨みっこなし。
ま、勝つのは『俺』『私』だけどね!
「メリークリスマス!!」
パァン! っという音と共にクラッカーの吹雪が2人を出迎える。
興信所の応接セットはいつの間にか豪華なクリスマスの食卓に変身していた。
「メリークリスマスです! お兄さん、月紅さん」
零が2人にクラッカーを渡す。
すっかり思考が停止した。どうなってるんだ? これは…。
「驚いた? ふふっ。武彦と月紅を驚かせようと思って零と頑張ってみたのよ」
真ん中に置かれたケーキは月紅が見せたケーキカタログに載っていたケーキそっくり。
「買ってきたんじゃないわよ? ちゃんと手作りだからね」
美味しそうな料理はアツアツで、作り立てだということが見てとれる。
「それから、私からプレゼント」
そういうと冥月は零にニットの帽子をかぶせ、月紅にマフラーを巻き手袋を渡し、草間にセーターを肩から羽織らせた。
手の込んだ模様と、同色の毛糸からそれが冥月の手作りであることは明白だった。
「喜んでくれると嬉しいんだけど…」
「う、嬉しい! ママからプレゼント貰えるだけで…」
「俺も嬉しいぞ! でも…よくこんなの作れたな」
そう言った草間に冥月は優しく微笑む。
「だって、私の愛してる人たちに心のこもったものをあげたかったから」
そして、冥月は呟いた。
「色々あった1年だけど、3人と素敵な日を過せて嬉しいわ」
その微笑みに草間と月紅はシュンとした。
いかに自分勝手であったか、いかに冥月のことを思っていなかったか…。
『ごめんなさい』
2人は謝った。心から冥月に悪いと思った。
「え!? ど、どうして謝るの? プレゼント気に入らなかった!?」
「いや、そうじゃなくて…」
「ママの思いが嬉しすぎて…」
口々にそう言いつつ、冥月へのプレゼントを渡す。
草間からはダイヤが輝く黒猫のブローチ。
月紅からは淡いピンクのバラのコサージュ。
「…嬉しい。ありがとう」
その笑顔ですべてが温かな気持ちになった気がした。
と、そこで冥月たちへのクリスマスプレゼントを用意していた零が至極まっとうな疑問を口にした。
「お兄さんと月紅さんはプレゼントは交換しないのですか?」
「零!」
冥月が叫んだが、時すでに遅し。
…クリスマスイブの戦いは、まだ終わっていない…。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
NPC / 草間の娘 (くさまのむすめ) / 女性 / 14歳 / 中学生
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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黒・冥月 様
こんにちは、三咲都李です。
このたびはご依頼いただきましてありがとうございます。
昨年とは違うにぎやかなクリスマス。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
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