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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【転機・3】 +



 逃げられない過去。
 逃げずに立ち向かう勇気。
 浴びせられたのは自分にとって理不尽な言葉で、そこから湧き上がるのは胸の痛みを伴うほどの激情。
 研究所の人間達から逃走しても無駄。諦めて彼らと共に施設に戻っても相手はきっとより多くの人材を犠牲にするだろう。己の探究心を満たしたい――ただ、それだけのために。
 人が人を知りたいと思う気持ちは理解出来る。だけど彼らのやり方は理性を伴って相手と接して知っていくのとは訳が違う。ただメカニズムを解明したいだけ。ただ渇望する何かを満たしたいだけ。そして満たされた瞬間にはまた次の欲求が湧き上がることを知っていながらも人は動き続ける。


「さあ、君の協力が必要だ。こっちに来たまえ」


 ぴりぴりと張り詰める空気に顔を顰める。
 俺が何を口にしても相手は聞き入れることはない。背に立つ男の望みは俺が研究所に戻る事。そして「オリジナル」である俺をまたしても実験動物のような扱いをし、ただただ超能力の解明のためならどんな手段でも使うだろう。
 立ち向かうしかない。
 固く心の中で決意をすると俺はポケットの中に手を突っ込み、握り締めていた指輪をそっと取り出して己の指に嵌める。カガミから貰ったその指輪は俺の指にぴったりと嵌めこまれ、抜ける気がしない。この指輪を通して俺の決意がカガミに伝わっているならば、どうか聞いて欲しい。


―― カガミ……俺、戦うよ。


 願いは「平穏な日々」。
 普通の高校生として過ごし暮らしていく、ただそれだけ。級友達が得ているような日々を同じように過ごしたいという些細な願いさえも俺には難しいと知っている。恐怖に震えていた身体が次第に落ち着き始め、俺は深呼吸を一回行ってからゆっくりと背後へと振り返った。


「もう俺はアンタ達の研究の道具じゃない! 自分の意思で抗ってみせる!」


 完全に男の方へとその身を向ければ、相手の目は狂気染みており今まで以上に飲み込まれそうになる。その目を見た事が何度もあった。研究所に居た頃の研究員達、興味本位で寄って来た人達の目にそっくりだ。だがそれよりも深い場所に宿る色は醜ささえ感じられ、俺は嫌悪感を感じて歯を噛み締めた。


「――残念だ」


 パチン、と指が鳴らされると同時に瞬時に男の背後に二人の男女が現れる。
 見覚えのある彼らに俺は目を丸めるも、すぐに気を引き締めた。それは以前スタジアムに連れて来ていた男女の能力者達。男も俺が素直に身を預けるなどと最初から信じていなかったのだろう。戦闘を予想していたのは二人が登場したことで明らかとなり、俺はぐっと息を飲んだ。
 俺が「オリジナル」ならば彼らは「イミテーション」と呼ばれる分類に入る。
 本来はただの一般人であった人達が研究員達に身を寄せ、無理やり能力を引き出された――人為的な能力者達の事である。彼らはあれから強化を重ねたようで、その瞳の色が変色していた。俺は自分の瞳の色の事を思い、彼らへ胸が締め付けられるような切なる感情を抱いてしまう。
 薬物投入によって本来の黒から緑へと変色した俺の目。
 彼らもまた同様に――と、思うだけで言葉が出ない。


「彼らは協力者達だ」
「なに……!?」
「君とは違い、自らの意思で実験体になってくれた素晴らしい賛同者達だよ」
「自分の意思、だと……ッ」
「世の中には凡人では満足出来ない人も多く存在する。そんな彼らがより優秀な能力を求めても問題ないだろう? なら私達が彼らを導いてあげれば良いだけの話だ」
「お前達がやっている事は異常だ!」
「『異常』? 多数派の意見に圧されて発展を虐げられる事の何が異常かね。――さあ、話はここまでにしよう。彼らはオリジナルである君より優秀であると認めて貰える為なら本気で君に襲い掛かるだろう。今ならまだ間に合うよ。さあ、どうする?」
「――答えなんて最初から決まっている。誰がお前達のところになんか行くもんか!」
「……本当に残念だ」


 俺が決して揺らがない事に男は溜息を吐き出し、首を左右に振る。
 まるで俺のほうが愚者であると彼はその動作で語るが、俺はそうは思わない。控えている男女の能力者達は今にも俺に襲い掛かってきそうなほどの殺意を向けてくる。感受性が強い俺はその念を肌で感じ取り、季節だけではない寒さを感じた。


「脳さえ無事なら多少の損傷は厭わない。お前達、彼を捕獲したまえ!」
「「はっ!」」


 声が揃えられ、戦闘の意思がはっきりと示されると俺もそれに対抗するため周囲を見渡す。
 ここは民家が密集した場所であるがゆえに戦うのには適さない。彼らは気にしないかもしれないが、俺は無関係な人間を巻き込みたくは無い。
 どこか適した場所はないだろうかと瞬間的にサーチし、俺は視界に入った河川敷を見つける。くっと小さく息を飲んだ後にテレポート能力を使って『飛ぶ』と、イミテーションである彼らもまた転移して追いかけてきた。
 周囲に灯りが少ない時間帯が幸いし、その場所には人の気配が無いに等しい。野犬のような気配はあるが、動物達は危険を察知したら逃げるだろうから問題はなさそうだ。
 だがそれは相手にとっても有利な事。
 人目が無いという事は彼らにとっても暴れやすい環境である事には間違いないのだ。


 隙を狙って転移し、俺へと攻撃を開始し始める二人に応戦する。
 物理攻撃をしてくるならば、障壁を張ってそれを拒む。弾かれる身体はまるでしなやかな動物のように衝撃を吸収し、受身を取りながら地面へと降り立った。周囲の石粒に力を込めて、銃弾のように撃ってくるのならば避けられる限りは転移して避け続ける。その後整備された地面に多くの穴が空くのを見て衝撃の強さにぞくりと背筋に寒いものが駆け抜けた。


―― 脳さえ無事であればそれでいいって、マジでやばいって!


 頭こそ確かに能力者達は狙ってこないが、それでも胴部など的確に動きを鈍らせる場所に攻撃してくる二人に俺は内心慌て始める。
 「攻撃こそ最大の防御」だという言葉があるが、俺はそれを実行するのは些か戸惑いが生じ力を使い切れない。敵がいくら望んでこの場所にいるのだとしても、人を傷つける事に迷いが無くなった時点で自分は彼らと同類になってしまう。
 念の槍<サイコシャベリン>を作り出し、彼らへと撃ち放ってもどうしてもそれは逸れ、威嚇以上の意味を持たない。直接攻撃を当てる事をしない俺にやがて苛立ちを感じ始めた彼らは、表情を歪ませ始める。


「本気で戦わないというのならば、死ね!」
「『オリジナル』よりも私達の方が優秀なのよ。その力を持て余してるというなら、私達がより強くなるための材料となれば良い!」
「――っ、く!」


 言葉は言霊。
 急に俺は頭に痛みが走り、片手で額を押さえた。それは相手の感応能力による脳への直接妨害。脳波を乱し、俺の能力を防ぐその手段は乱暴で嘔吐感がこみ上げて来た。
 もう一方の手で口元を押さえて耐えるが、それでも湧き起こる吐き気と頭痛は治まらない。更にその状態に好機を見出した能力者達は再度俺へと石礫による射撃攻撃を行ってきた。
 慌てて防御壁を張ったが間に合わない。素早く撃ち放たれ俺の四肢を貫く石は銃弾以上の威力を持っていた。


「……ぅ、あ……」
「『オリジナル』なんて研究以外には役立たずなんだから、大人しくくればいいのに」
「誰が、行くか……ッ!」
「持て余した能力なんだろう? なら今後の発展の礎となってくれればそれで良い」


 全身の力が抜けてがくりと俺はその場に膝を付く。
 服もぼろぼろになり、鮮血が溢れ出す。外気との温度差で血からほんの少し白い煙のようなものが揺らいでいるのを見て、俺は息を吐き出した時に白くなる現象を無意識の内に思い出していた。
 痛い。
 身体が、心が痛い。
 肉体的な苦痛に耐え、心に与えられる衝撃に耐え、俺はそれでも二人を睨みつける。
 緑色の瞳は研究員達によって人体実験を施された証だ。同じように変色した瞳を持つ男女もまた僅かな光を吸ってその目を輝かせているのを俺は見た。


―― まだ、戦える。まだ、俺は立ち上がれる。


 嵌め込んだ指輪を無意識の内に擦り存在を確認しながらも、俺は力の入りにくくなった身体をゆっくりと起こした。



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「カガミ、行かなくて良いの?」
「行かない」
「僕らが『案内人』であるがゆえに?」
「それは愚問だろう」
「君はそれを望むの」
「同じ時を、と願われた――それだけで俺は充分」
「そうだね、カガミ。制限のある生き方しか出来ないのは人だけじゃないのだと僕は知っている」


 二人背中をぶつけて膝を抱えあって漂う暗黒の空間。
 個として存在する彼らはただ未だ『自問自答』で世界を満たすのみ。











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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、第三話です。
 能力者達の能力が脳波妨害という事しかなかったので後は作らせて頂きました。研究所からの追っ手、やってくる魔の手にどう抗うのか……次をお待ちしております。ではでは!