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<東京怪談ノベル(シングル)>


令嬢くのいち、闇に舞う
 照明1つない通路に、ブーツの足音が軽やかに響き渡る。
 まるで遊びにでも行くかのような足取りで彼女は、研究施設への侵入を成功させていた。
 脚線を引き立てるロングブーツに包まれた両足が、楽しげに足音を鳴らし続ける。
 美しく膨らみ引き締まった太股が、その歩調に合わせて躍動する。
 魅惑的なヒップラインは、短めのプリーツスカートでは全く隠せていない。
 しなやかな身体には黒のインナーがぴったりと密着し、その上からは丈の短い戦闘用の着物が被さって、綺麗にくびれた胴の辺りで帯に締められている。
 インナーと着物をまとめて形良くふっくらと膨らませた胸は、瑞々しいメロンかグレープフルーツを思わせる。
 ほっそりと優美な背中を撫でるほどに伸びた黒髪は、照明のないこの場にあっても色艶を全く失っていない。
 高貴そのものの端麗な顔立ちに、今は微かな笑みが浮かんでいる。
 もはや数えきれぬほどの敵が、このたおやかな美貌に騙され、命を落としてきたのだ。
 水嶋琴美。19歳。
 代々、忍者の血を受け継ぐ家系に生まれた。今は現代の忍びとして自衛隊・特務統合機動課に所属し、公務員でありながら公には出来ない仕事をこなしている。
「本当に、退屈なお仕事ばかりでしたわ……」
 照明のない通路内の暗闇に、琴美は声をかけていた。
 その声に応えるかの如く、銃声が起こった。1つ2つではない。
 嵐のような銃撃が、琴美1人に集中し始めていた。
「あなたたちは、どうかしら……少しは、刺激的なお仕事にして下さる?」
 軽やかにステップを踏みながら、琴美は身を翻した。
 しなやかな細身が、暴風のように飛び交う銃弾と銃弾の間を、くぐり抜けてゆく。
「……あまり、期待出来そうにありませんわね」
 まるで銀盤上のスケーターの如く、琴美の肢体が柔らかく反り返った。
 インナーと着物を豊麗に膨らませた胸が、上向きに揺れる。その近くを、薙ぎ払うような掃射が通り過ぎる。
 反り返った上体を起こしながら、琴美は跳躍した。ステップを踏んでいた両足が、タンッと通路を蹴って離陸する。蹴られた通路をガガガッと銃撃が穿つ。
 回避の跳躍。
 空中で逆さまになった琴美の身体が、ギュルッと錐揉み状に回転する。凹凸のくっきりとしたボディラインが旋風の如く捻れ、豊かな黒髪が弧を描いて舞う。
 錐揉みの旋風と化した琴美の身体から、無数の光が飛んだ。
 投擲用の、小さなクナイである。何本ものそれらが、照明なき通路の暗闇あちこちに突き刺さる。
 くぐもった悲鳴が、いくつも聞こえた。
 やかましい銃撃が止み、その代わりドサドサッと何かが倒れ落下する音が連続する。
 小銃を持った男たちの、屍だった。
 全員がっちりと防弾装備に身を固めているが、その隙間に深々とクナイが刺さり埋まっている。
「そんな装備では、銃弾は防げても……忍びのクナイを防ぐ事など、出来ませんわ」
 ふわりと着地しながら琴美は、屍たちに声をかけた。
 いや、全員が屍となったわけではなかった。1人が、よろよろと立ち上がってくる。
「ぐっ……こ、この化け物!」
 鎖骨の辺りにクナイを埋め込まれた男が、そんな無礼極まる口をききながら、琴美に小銃を向ける。
 向けられた銃口が火を吹くよりも早く、琴美は右足で踏み込み、左足を跳ね上げていた。美しい脚線が、下から上へと一閃する。
 蹴り飛ばされた小銃が、高々と宙を舞った。
 その間に琴美は、男の傍らを、悠然と歩いて通過していた。右手を、軽く揺らめかせながら。
 グローブに包まれた繊手に、手品の如くクナイが1本現れた。白兵戦用の、いくらか大振りなものである。
「口を、お慎みなさいな……」
 囁きに合わせ、そのクナイが閃く。
 首筋を切断された男が、もはや無礼な口をきく事もなく倒れた。その屍の近くに、小銃が落下する。
「いけませんわ。こんな退屈な殿方ばかりがお相手では……私、お仕事に対する情熱を失ってしまいそう」
 形の綺麗な五指で、大振りのクナイをくるりと弄びながら、琴美は溜め息をついた。
 そうしながらも、歩を進める。この先に、研究施設の中枢部があるはずなのだ。
 某軍事兵器会社の、研究施設である。違法な猛毒ガス兵器の開発が現在、ここで行われている。
 証拠となるデータの入手と、研究施設の爆破。それが、今回の任務である。
 琴美は足を止めた。足音が、聞こえたのだ。
 恐らく足音であろう。重く、規則正しく、近付いて来る。
 やがて大柄な人影が1つ、前方に現れた。琴美の視界の中、堂々と通路を塞いで立っている。
 巨漢である。身長は2メートルを超え、体重もそれに見合う以上にありそうな巨大な全身に、金属製の防弾装備が施されている。それは、もはや防弾着と言うよりも鎧であった。首から上には、のっぺりとしたフルフェイスの防具を被っており、どのように視界を確保しているのか定かではない。
 生身の露出が一ヵ所もないその全身鎧の、最も異形の度合いが激しい部分は、両腕である。左右共に五指ではない。右手は3本の銃身が束ねられたガトリング砲、左手は金属でも叩き斬れそうなチェーンソー。
 戦闘と破壊以外には何の役にも立ちそうにない機械鎧をまとった巨漢が、右手のガトリング砲を琴美に向ける。3つの銃身が轟音を発し、回転した。
 琴美は跳躍した。その足元で通路が砕け、コンクリートの破片と粉塵が舞い上がる。ガトリング砲の銃撃。
 それをかわしながら琴美は1度、壁に着地し、すぐにまた跳んだ。その動きを追ってガトリング砲が小刻みに揺れつつ、轟音と火花を発する。
 吹き荒れる銃弾の嵐をかわしながら、琴美は天井を蹴り、機械鎧の巨漢を頭上から襲った。
「ふふっ、鬼さんこちら……ですわ」
 優美な肢体が、猛禽のように舞い降りる。それと共に、白兵戦用のクナイが一閃。
 琴美の着地と同時に、巨漢の生首がゴトンと重々しく転げ落ちた。
 のっぺりしたフルフェイス・ヘルメットを被った生首。その滑らかな断面からは、血が1滴も滴り落ちず、代わりにバチバチと火花が発生している。火花を発しているのは、切断された血管や神経……ではなく、断ち切られた配電線である。
 思った通りだった。機械のような鎧ではなく、機械そのもの。全自動の、戦闘ロボットである。
 それが、もう2体いた。すでに至近距離である。
 彼らの左手の大型チェーンソーが、雷鳴のような機械音を凶暴に轟かせ、襲いかかって来る。
 琴美は柔軟に身を反らせながら、右足を跳ね上げた。短いスカートがはためき、スリムな美脚が鞭の如くしなって、襲い来る戦闘ロボットの左手を打ち据える。
 琴美に向かっていたチェーンソーが、その蹴りで軌道を変えられ、もう1体の戦闘ロボットを直撃した。
 直撃を喰らった機体が、耳障りな音を響かせながら、真っ二つの残骸に変わった。
 仲間殺しをやらかした戦闘ロボットが、そのまま動きを止めた。頸部の装甲の隙間に、琴美がクナイを突き刺していた。
 人体の構造をモデルとして作られた兵器であるようだ。メインコンピューターは頭部にあり、人工の神経で全身に命令を伝えている。つまり人間と同じで、頭部との連結を断ち切ってしまえば動かなくなる。
「つまらない玩具を作るものですわね……お金の使い方、間違っておりますわよ?」
 同じ大富豪でも、この会社の経営者とは絶対に相容れない。琴美は、そう思った。