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<東京怪談ノベル(シングル)>


令嬢くのいち、悪を討つ

 いくつかのパソコンが円形に配置され、電脳の円卓を成している。
 壁全体にも様々な精密機器類が埋め込まれ、目まぐるしく点灯しながら稼動状態にある。部屋全体が、1つの機械であるかのようだ。
 そこへ水嶋琴美が踏み入った瞬間、風が吹いた。風としか思えない、高速の襲撃だった。
 白兵戦用のクナイ2本を左右それぞれの手に握ったまま、琴美はクルリと身を翻した。魅惑的なボディラインが螺旋状に捻れて躍動し、それを取り巻くように黒髪が舞う。
 左右2本のクナイが超高速で弧を描き、風の襲撃をガッ、ガキィン! と受け流した。
 金属的な手応えを、琴美は両手に感じた。間違いなく、刃物を受け流した感触である。
 人影が4つ、琴美を包囲する形に着地した。
 迷彩色の軍装に身を包んだ男たち。4人とも、大型のアーミーナイフを構えている。全員、そこそこ手練の兵士である事は、今の襲撃からも明らかだ。
 琴美は見回し、微笑みかけた。
「少しは……ふふっ、刺激的なお仕事になってきたのではなくて?」
「調子こいてんじゃねーぞう、このクソ小娘があぁあ」
 そんな獣のような声を出しているのは、電脳円卓の傍らに立つ1人の大男である。
 先程の戦闘ロボットたちに劣らぬ巨体を、迷彩の軍服に包んでいる。顔は、醜いとしか言いようがない。
 そんな大男の背後に1人、白衣を着たエンジニアらしき人物が隠れている。初老の、弱々しいが身分は高そうな男である。
「ひ、ひいぃ……し、しししし侵入者がここまで来てしまったではないか警備隊長」
「うろたえんなや所長さんよ。ちゃあんと守ってやっからよぉヘッヘヘへ、特別手当ては6割増で頼むぜえ」
 この醜悪な大男が警備隊長、見るからに脆弱な初老のエンジニアが所長。彼らも、それに4人の兵士も、銃器類で琴美を攻撃しようとはしていない。
 流れ弾で損傷するような事が、あってはならない部屋なのだろう。
 間違いない。ここが、研究施設の中枢部だ。
「安いお給料で働いておりますのね。かわいそう……」
 琴美は、とりあえず哀れんでやった。
「貧しい方々は、こんな汚らしいお金儲けしか出来なくて本当に……かわいそう過ぎて、かける言葉も見当たりませんわ」
 哀れみの言葉に合わせ、琴美は左右のクナイを一閃させた。
 音もなく襲いかかって来た兵士4名のうち、2名が倒れた。
 彼らの頸動脈を撫で斬った手応えを握り締めつつ、琴美は左足を高速離陸させていた。短いスカートが跳ね上がり、ぴっちりとしたスパッツが一瞬だけ露わになる。
 その一瞬の間に、琴美のスリムな脚線が鞭となって宙を裂く。鋭利な爪先が、3人目の兵士のこめかみを直撃した。
 構えたアーミーナイフを琴美に届かせる事もなく、その兵士はぐるりと眼球を裏返して絶命した。
 4人目の兵士も、琴美の背後で動きを止めている。
 その顔面、鼻と口の間……人中と呼ばれる急所に、琴美の細く鋭い右肘が打ち込まれていた。
 外傷のない綺麗な屍となって倒れ込んで来る兵士をかわしながら、琴美は警備隊長に微笑みかけた。
「少しは刺激的なお仕事に、なぁんて期待しましたけれど……まあ、こんなものですわね」
「ぐっ……ぶ、ぶち殺し甲斐のあるクソアマだぜぇー!」
 警備隊長の巨体が、怒声と共に突っ込んで来る。大型のトンファーが、琴美に向かって唸りを発した。
「俺ぁ強ぇえ女ってのが大ッ嫌えでよォオオオオオオ!」
 鉄棒そのもののトンファーが、ブゥンッ! と轟音を立てて空振りをする。凄まじい風が、琴美の黒髪を舞い上げる。
 それが2度、3度と続いた。
 まるで風に揺らめく柳のように、琴美の細い肢体が柔らかく躍動し、トンファーの猛撃をかわし続ける。
「私、弱い殿方が好きではありませんわ。退屈なんですもの」
 言いつつ琴美は、ひょいと右足を跳ね上げた。
 しなやかで強靭な美脚が、トンファーを振るう大男の腕に、蛇の如く絡み付く。そして締め上げる。
 鈍い音が響いた。警備隊長が、表記不能な面白い悲鳴を上げる。
 大男の腕から、琴美は右脚をほどいてやった。太い腕が解放され、だらりと力なく垂れ下がる。肘関節が、砕けている。
 クナイでとどめを刺してやろうとしながら、琴美はとっさに跳び退った。何かが、襲いかかって来たのだ。
 表記不能な面白い悲鳴が、そのまま断末魔の絶叫に変わった。
 襲いかかって来たものが琴美を仕留め損ね、そのまま勢い余って警備隊長の胸板を貫通し、背中へと抜けている。
 それは、一言で表現するならば機械のムカデだ。先端では大顎のような刃が、大男の巨体を食い破ってガシャガシャと凶悪に蠢いている。
「素晴らしい……素晴らしいよ君は……」
 怯えていた所長が、何やら悦んでいた。白衣をまとう脆弱な身体が痙攣し、右腕を伸ばしている。
 その右腕が、白衣の袖を破きながらムカデ型の機械と化し、何メートルも伸び、警備隊長の巨体を穿ち貫いているのだ。
「強く美しいお嬢さん……君を私の、新たなる実験材料にしてあげよう……」
 世迷い言を吐きながら、所長がメキメキメキッと変貌してゆく。白衣が破け、その下から銀色の金属装甲が盛り上がる。
「もはや、こんな毒ガスの開発などどうでも良い! 本社にかけ合い、新しく予算を出させる! 君は、私の手で! この世で最も美しい兵器となるのだああああああああ」
 絶叫に合わせてギュイィイイイン! とドリルが唸る。所長の左腕は、猛回転する穿孔兵器と化していた。
 この会社では、先程の戦闘ロボット開発の技術が、人体にも応用されてしまっているようである。
 機械のムカデが、警備隊長の屍を放り捨てて猛り狂い、琴美を襲う。
「楽しい夢を見ておられる御様子……ふふっ、殿方らしいわ」
 襲い来る、金属の大顎。その付け根の可動根幹部に、琴美は狙い澄ませてクナイを突き立てた。
 異物をくわえ込まされた機械ムカデが、長く節くれ立った全身をバチバチッ! とショートさせながら苦しげにうねる。
 くわえ込まれた左のクナイをそのまま手放し、琴美は軽やかに床を蹴って踏み込んだ。
「さあ、さあ! 私の胸に飛び込んでくるがいい!」
 機械の異形へと改造された所長が、嬉しげに喚きながら左腕のドリルを回し、琴美を迎え撃つ。
 そのドリルが、しかし右腕と同じくバチッと漏電しながら、猛回転を止めてしまう。回転の基幹部分に、琴美の右のクナイが突き刺さっていた。
 金属装甲で表情筋を潰された所長の顔面が、それでも見てわかるほど苦しげに引きつった。
 その顔に、琴美はそっと両手を差し伸べ、間近から微笑みかけた。
「夢見心地のまま、お休みなさいな……」
 左右の繊手が、機械化した頭部を優しく撫で、掴み、そして捻り上げる。
 機械化する事でむしろ人骨の強靭さを失ってしまった所長の頸椎が、鈍い音を発し、捻転した。装甲外皮を引きつらせた顔面が、真後ろを向く。
 所長の身体が倒れ、屍というか残骸に変わったのをチラリと確認しつつ、琴美は電脳円卓にメモリを差し込んでデータの抽出を始めた。

 爆破された研究施設が、火柱に変わり、やがて煙となり、立ちのぼりつつ消えてゆく。
 崖の上からその様を見つめながら琴美は、携帯通信機に向かって報告をした。
「任務完了……こんな楽なお仕事でお金をいただくなんて、何だか世間の方々に申し訳ありませんわ」