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<東京怪談ノベル(シングル)>


令嬢くのいち、新たなる舞い


 踵が高くなったわけでもないのに、脚が以前よりも長く見える。
 更衣室の鏡に己の姿を映しながら琴美はまず、そう感じた。
 しなやかで強靭な左右の美脚が、新型のロングブーツによって、より肉感的に戦闘的に彩られているのだ。
 形の綺麗な、だが細身の刃の如く鋭利に鍛え込まれた、優美な手。そこに、ぴったりとグローブを被せてゆく。
 被さってゆく感覚が、しかし全くない。まるで素手だ。溶け込むように手肌にフィットした、特殊素材のグローブ。これなら素手と同じ感覚で、細かな作業を行う事が出来る。
 丈の短い戦闘用の着物を、ふわりと羽織った。そしてキュッ、と帯を締める。
 やはり、と琴美は改めて思った。下着の良し悪しは、外見の着こなしに間違いなく影響を与える。
 胸の形も、くびれた胴から尻にかけての膨らみも、以前より綺麗に引き締まって見える。着物やプリーツスカートの上からでも、はっきりと見て取れる魅惑的な曲線。
 下着からして特殊素材で作られた、新開発の戦闘服である。
 形状は以前と同じだが、性能はまるで違う。こうして試着してみただけで、それがわかる。まるで裸のような、このフィット感。それだけではない、防弾性も間違いなく向上しているだろう。
「それを、お役に立てられるかどうかは……わかりませんけれど、ね」
 琴美は優雅に苦笑した。防弾性が必要となるような仕事は、した事がない。
 自分に銃弾を当てる事が出来る敵など、いなかったのだ。


『どうかね水嶋君、新型の戦闘服は』
 自衛隊・特務統合機動課の、戦闘実技練成室。
 1人そこに立つ琴美に、機動課の司令官がアナウンスで話しかけてくる。
「申し分のない、素晴らしいお仕事ですわ司令官……だけど、よろしいんですの? 私1人のために、このような」
『君は、特別扱いを受けるに値する仕事をしてくれている。気にする事はないよ』
 司令官が、にこやかな声を発している。
『それにだ、君がその新素材の服を試してくれれば、その結果は我々の技術開発にも大いに反映されるのだよ……というわけで水嶋君。今からちょっとした実技訓練を受けてもらう。その戦闘服が、果たして我々の期待する効果を発揮してくれるものかどうか』
「お見せしますわ司令官。いつでもどうぞ」
 琴美は白兵戦用のクナイ2本を左右それぞれの手で構え、練成室の一角を見据えた。
 壁が、ウィィィン……と開いてゆく。何者かが、練成室に歩み入って来ようとしている。琴美の、実技訓練の相手を務めるために。
 否、と思いながら琴美は、とっさに床を蹴って跳躍した。足元から、攻撃の気配が盛り上がって来たのだ。
 爆撃にも耐える床が突然、裂けた。直前まで琴美が立っていた辺りである。
 何かがギュイィイイイイイン! と激しく震動しつつ、床下から現れたのだ。
 自動車を一撃で真っ二つに出来そうな、大型のチェーンソーである。
 距離を取って軽やかに着地しつつ琴美は、メキメキッと床を裂いて姿を現しつつあるものを見据えた。
 右腕は、3つの銃身を束ねたガトリング砲。左腕はチェーンソー。そんな姿の怪物が、琴美を床下から襲撃したのである。
 間違いない。あの研究施設に配備されていた、戦闘ロボットである。
 開いた壁から練成室に歩み入って来る、と見せかけて床下からの襲撃。
 この司令官がやりそうな事ではあるにせよ、この機体が何故、こんな所で稼動しているのか。
『あの会社から、我々が接収したものだ』
 訊く前に、司令官が教えてくれた。
 琴美が持ち帰ったデータが証拠となり、あの兵器会社は業務停止処分を受けたのだ。経営陣からは、何人もの逮捕者が出た。社内で非合法に開発が進められていた様々な兵器・技術が、片っ端から国に接収された。
『接収したものは、この先、我々が合法的に利用してゆく事になる』
 司令官の言葉に合わせるように、戦闘ロボットが動いた。ガトリング砲の3連銃口が、琴美に向けられる。
 それらが火を吹く寸前、琴美は駆けた。駆けながら、跳躍した。まるで風のように、身体が動く。技術陣の人々は、動き易さを極限まで追求し、戦闘服を仕立て上げてくれている。
 疾風の如き跳躍。それと共に、クナイが一閃する。
 銃撃を始める寸前だったガトリング砲が、床に落下した。戦闘ロボットの右腕が、関節部分の装甲の隙間にクナイを叩き込まれ、切断されたのだ。
 その返礼とばかりに、左腕が襲って来る。チェーンソーが轟音を立てて猛回転し、琴美に斬り掛かる。
「あら……」
 ひょいと後退してかわしながらも、琴美は感心した。
 あの研究施設で戦った者たちと比べて、斬撃の速度と正確さが格段に向上している。特務統合機動課の技術陣によって、それなりの改良が施されているようだ。
『ここで君が死ぬような事になれば、我々は接収した技術を使って、君以上の戦闘兵器を作り上げるだけの事……さあ、生き延びる事が出来るかな? 水嶋君』
「……素敵ですわ司令官。私、そのような考え方が大好きですの」
 琴美の綺麗な唇が、にっこりと不敵に歪んだ。
 片腕の戦闘ロボットが、猛然と斬り掛かって来る。轟音を立てるチェーンソーが、まるで達人の振るう剣の如く一閃する。
 琴美は、柔らかく身を反らせた。ギュイィーン! と猛回転する斬撃が、眼前を激しく通過する。
 空振りしたチェーンソーが、しかし即座に角度を変え、琴美の回避行動を執拗に正確に追尾する。
 まるで斬撃が引き起こす風に煽られるが如く、琴美のしなやかな細身がゆらゆらと躍り続けた。
「ふふっ、手の鳴る方へ……ですわ」
 猛撃を繰り返すチェーンソーを紙一重でかわしながら、琴美は身を翻した。凹凸の瑞々しいボディラインが柔らかく捻れ、その周囲で新素材の着物がはためく。
 豊かな黒髪が、戦闘ロボットの目を眩ますかのようにフワリと舞う。
 まるで舞踊のような回転を披露しながら琴美は、襲い来る戦闘ロボットと高速で擦れ違っていた。それと同時に、左右のクナイが一閃する。
 猛回転していたチェーンソーが、バチバチッ! と漏電しながら床に落下した。戦闘ロボットの左前腕が、切断されている。左腕だけでなく頸部もだ。のっぺりとした機械の生首が、火花を散らせながら転げ落ちる。
 頭部それに左右の武器を失った戦闘ロボットの巨体が、残骸と化して倒れ、動かなくなった。
『見事……』
 司令官が感嘆・驚嘆している。
『新しい戦闘服の試験と言うより……君自身の力を、改めて試すような事になってしまったな』
「こんな相手では、お試しにもなりませんわ」
 自身が作り出した残骸を一瞥しつつ、琴美は言った。
「やはり実戦で試さない事には、ね……お次の任務は、まだありませんの?」
『いくらでもある。優先順位の高いものばかりで、上層部でも決めかねているところでな……が、今日じゅうには次の任務が正式に決まると思う。今しばらく、待機していてもらえるだろうか』
「了解……お早くお願いしますわね」
 琴美の任務が、いくらでもある。
 あの研究施設にいたような輩が、世界中いたる所で、人々を脅かす企てを進めているという事だ。
 それらを全て潰し、悲劇を未然に防ぐ。子供たちの、平和な日常を守る。
 失敗の許されない任務だ。遊びのように刺激を求める事など、許されない。それは琴美にも、わかっている。
 わかっていても、しかし心の内で高揚してしまうものが、確かにあるのだ。
(次のお仕事では、私と互角以上に戦える……ふふっ、出来れば殿方とお会い出来ますように……)