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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


―It's Show Time―






 茶色いトレンチコートに身を包み、首にはマフラーをかけた女性が、エコバッグに野菜やお菓子の材料を詰め込んで街を歩いて行く。
 イルミネーションに使われている青や白のLEDが、冬の無愛想な木々を彩り、今夜が聖夜である事を高らかに歌う様に鈴の音混じりの軽やかな音楽が流れていた。

「(んー、こんな所で良いよね?)」
『ずいぶん色々買ったのね……』

 夜から行われるパーティーに思いを馳せ、買った物を確認するかの様に心の中で小さく呟いた美香。
 そんな美香に、呆れ混じりに声をかけたユリカである。

「(良いの。子供にとっても大人にとっても特別な日なんだからっ)」
『ふーん? 信仰の違いかしらね』

 クリスマスが何なのかを美香から説明されていたユリカも、美香の言っている言葉の意味には理解が及ばなかった。



 ――きっかけは、武彦からの電話だった。

 依頼主から仕事の依頼をされた武彦が、美香に仕事を振るという事になったのだ。
 依頼内容は至ってシンプルな、『孤児院のクリスマスパーティーを盛り上げる』という内容である。

 マジックと称して催しを行うユリカと、クリスマスパーティーに恥じないご馳走を用意し、子供達と歌を歌う事などを考えている美香の表情は、どこか楽しげに緩んでいた。

 夜から行われるパーティーの準備をすべく、まだ昼前だと言うのに買い物を済ませた美香は、住宅街へと足を進め、武彦に指定されていた孤児院へと向かって歩いていた。
 もちろん、孤児院のキッチンの使用許可などは既に得ている。
 夜のパーティーまでに料理の準備を済ませ、ケーキを作る予定でいる美香の為である。



 孤児院に向かって歩く美香と、人通りがない事を確認したユリカが具現化し、姿を現して美香の荷物を半分持った。

「ありがと」
「別に良いわよ。それより、子供の前で何すれば良いの? アタシと美香で模擬戦でも披露する?」
「しませんー。もう、相変わらずだね、ユリカは……」
「人間の催しとかってよく分からないのよねぇ」

 それも仕方のない問題ではあるのだが、模擬戦なんてしようものなら、衝撃で家屋が倒壊する可能性すら否めない。

「あとで色々考えるから、任せてくれれば良いよ」
「ん。そうする」





◆◇◆◇






「今日は宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします」

 孤児院に着いた美香と、孤児院の院長がお互いに挨拶を済ませる。
 銀色の髪をしたユリカの見た目もあり、外国人という体裁で取り繕い、院長に協力者として紹介をした美香の笑顔は終始引き攣り気味ではあったが、どうにか納得してもらえた。

「小さい子供達は今日、職員と一緒に皆で出かけています。時間を合わせて帰って来ますので、どうぞご自由にキッチンをお使い下さい」
「はい、有難う御座います」




 孤児院の造りは木造の広々とした造りをしていた。
 入り口から真っ直ぐ伸びる廊下の右手に大きな部屋があり、その向かい合う左手には院長の部屋と、住み込みの職員の部屋。その奥には広めの台所が用意されている。

 三階建ての建物。
 上の階は全部子供達の部屋になっていて、一つの階に六部屋。
 それぞれ六畳の部屋が左右に三部屋ずつ用意されているが、今は空き部屋もあるそうだ。

 一つの部屋に小さい子が二人ずつ部屋割りが決められ、多感な思春期を迎えた子は一人部屋を使う様に配慮しているそうだ。

 木造の建物は、無機質な建物とは違って何処か温かな雰囲気を醸し出していた。




 早速中へと足を進めた美香とユリカは、入って右手にある大きな広間で、せっせとパーティーの準備をしている子供達を見かけた。
 彼らは中学生の男女で、小さな子供達の為に準備を手伝う方に回った、この孤児院の子供である。

 簡単なパーティー用にあしらわれた内装は、金や緑に赤などのつけられたガーランドが飾り付けられ、リースが飾られている。
 部屋の一角には大きなツリーが立てられているが、今はまだ何もついていない。これは子供達が戻ったら皆でやる事にしているようだ。

 ユリカと美香を見るなり、準備をしていた子供達は興味を示していたが、すぐに内装の準備へと戻って行く。
 年上として、まだ幼い子供達の為に準備をするという責任を感じている彼らに、その心情を知ってか美香は頬を緩ませていた。

「ここがキッチンになります。他の子供達の立ち入りも禁止しているので、どうぞご自由にお使い下さい」
「はい。お借りしますー」

 そう言って院長がキッチンの扉を閉めて部屋を去っていく。

 キッチン、というよりも美香にとっては調理場というイメージが強い広さだった。
 洗い場は二箇所あり、コンロもIH調理台が広めに用意され、中央には少し大きめの長方形のテーブルが用意されている。
 幸い、調理器具の置き場所などは棚に張られた紙で一目で分かる様に整理されている為、美香もそれにはほっとしていた。

「さて、料理するよー!」
「アタシは何すれば良い?」
「んー、料理は私がするから、マジックの打ち合わせしちゃおっか」

 こうして、美香は料理をしながらユリカに『マジックとは何か』から始まる長い講義が始まった。






◇◇◇◇






 既に時刻は、パーティー開始予定時間の一時間前。十八時を迎えていた。
 調理場では、既に下準備を終えた料理が立ち並び、その後片付けを済ませた美香が満足気に一息ついていた。

 そこへ、ノックをしてきた院長が中へと入ってきた。

「おぉ、これはこれは……」

 中央にある長方形のテーブルに並べられた料理の数々を見て、院長は思わず感嘆の声をあげた。

 七面鳥、とまではいかなかったが、ハーブと胡椒で味付けしたチキンや、大皿に作られたエビのグラタン。コーンスープに、クレソンサラダ。ポテトサラダや、チーズの入った南瓜を使ったチーズボール等が、ずらりと並ぶ。
 その他には、鶏肉の唐揚げなど、子供が好きな食べ物も用意されていた。

 そして一際目を引くものが、その実、簡素なウェディングケーキ程度のサイズがあるであろう大きな二段重ねのショートケーキである。
 高さにして三十センチ程度、幅は八十センチ程という圧巻ぶり。
 これを作る為に、何をどうしたのかは美香も口を開こうとはしなかったが、小分けして作ったスポンジを見事に組み合わせ、贅沢に作られた物であった。

「これ程の料理とは……。いやいや、驚かされました……」

 院長の言葉に、思わず美香が顔を赤くして照れていた。
 【加速】を使って料理した事を院長が知る由もない。


 これらは全て武彦から『経費』として申請される事を事前に承諾している。が、武彦はここまで豪勢な料理を作るとは思っておらず、請求された領収書を見て空いた口を閉じるのに幾分かの時間がかかる事になるが、今は置いておこう。


「では、衣装を用意していますので、どうぞこちらへ」
「衣装ですか?」





◆◆◆◆





 クリスマスパーティーが始まった。
 美香とユリカは二人揃ってサンタの衣装に着替えて登場した。

 用意された簡素なステージ上で美香がピアノを弾き、職員の女性が子供達と手拍子をしながらジングルベルを合唱する。
 その間に他の職員、院長までもが急いで美香の作った豪勢な料理を運ぶ。

 さすがに規格外なケーキは後でユリカと美香で運ぶ、と伝えると、院長が手伝おうとしたが、それは美香が断った。

 大合唱の後で、豪勢な料理をバイキング式に大きなテーブルに乗せ、職員達が希望のある食べ物を順番に取っていくと、子供達は大喜びで食べた。
 クレソンサラダの人気が明らかに低かったのはご愛嬌だろう。


 食事も一段落ついた所で、ユリカと美香が再びステージに上がった。

「みんな、今からお姉さん達がマジックをしてくれますー。拍手ー!」

 さながらデパートの屋上を彷彿とさせる職員の声に、子供達が拍手して応える。

「では、まずは、軽く瞬間移動から見せちゃおうかな?」

 美香の突拍子もない発言に、子供達が唖然とする。
 そんな様子を気にもせず、ユリカに向かって頷くと、ユリカが歩いて扉に向かう。

 思いつきの美香のネタは、至ってシンプルな瞬間移動という名の【加速】移動であった。
 疑いの声をあげる子供達の前で、職員の人達がご丁寧にもドラムロールを鳴らす音源を用意していた事に驚かされた美香であったが、ユリカが早速ドアをくぐる。

「おー!」
「すげー!」
「うそー!」

 ドアをくぐったユリカを見た途端に再奥にあるドアを見つめた子供達が、既にユリカが姿を現している事に、感嘆の声をあげた。
 これには子供達よりも、タネも仕掛けも用意していなかった事を知る職員達が口を開けて唖然とする事になったが、子供達がそれを知る由もない。
 拍手と歓声の中、ユリカは特別な事をした訳ではないのに喝采を受ける事になり、どうにも所在なさげに頬を掻いていた。

 更に美香がトトトっとユリカと同じ事をしてサプライズすると、子供達は真似しようと慌てて扉に殺到するという不思議な事態が起きたが、職員達の制止が入った。

「じゃあ皆にケーキをあげるねー」

 そう言って用意していた大きな布を持ち、ユリカと美香が自分達の姿を隠すように上に持ち上げる。
 何をするのかと見つめていた子供達が、落ちていく布を見つめていると、そこにいた二人の姿が忽然と消えている事に戸惑い、声をあげた。

 【加速】した美香とユリカがキッチンへと向かい、大きなケーキを二人で運び出し、ステージ横の扉から姿を現すと、美香達を見つけた子供達が「いたー!」と大声をあげて美香達を指差した。
 現金なもので、子供達の瞬間移動した事への驚きは、巨大なケーキを前に感動を飲み込まれ、ケーキを見上げて大はしゃぎしていた。



 職員が慌てて片付けたテーブルの上に置かれたケーキに詰め寄る子供達を見て、美香とユリカはパーティーの成功を見つめ、お互いに顔を合わせて小さく笑っていた。



 聖夜はこうして更けていくのであった。







                                  FIN




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ご依頼有難うございます、白神 怜司です。
クリスマスどころか、明けましておめでとうございますw

今回のお話は、会話よりも描写主体となったお話に
してみましたが、お楽しみ頂ければ幸いです。

後日武彦は顎が外れかけますが、それはまた別のお話ですw

去年は連作へのご参加、有難うございました。
今年も改めて、宜しくお願いいたします。


白神 怜司