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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.11 ■ prelude





「――ったく、おっせぇなぁ」

 東京都渋谷。
 かの有名な犬の銅像が置かれた前、大きな交差点の近くで一人の青年が、待ち人への不満を一人で小さく口にした。
 約束から三十分程経っているにも関わらず、友人の女性は姿を見せなかった。

「ドタキャンとか有り得ねぇだろ……」

 苛立つ様子で青年は舌打ちしながら、スマホをポケットへと突っ込んだ。
 その瞬間、背を向けていた交差点側から、クラクションが鳴り響いた。

 唐突なクラクションの音に、野次馬達がザワザワと声をあげる。
 何事かと興味を惹かれた青年が野次馬を掻き分け、交差点を見つめる。
 二人の土気色の肌をした女性が、赤信号になった交差点に立ち尽くしている姿を見て、青年は思わず自身の目を疑った。

 交差点に立ち尽くす白いコートを着て綺羅びやかに着飾る女性は、彼の待ち人であった。

「おい、ユウ! お前――!」

 青年が慌てて交差点に躍り出ようとしたその瞬間、女性の口からズルリと這い出た黒い影が横断歩道の白の上に落ちた。
 周囲の想像しさが止まった途端、もう一人の女性の口からも同じモノと思われる黒い影が落ちる。

 その光景に愕然とした喧騒は静寂に包まれた。
 青年もまた、躍り出たその足を止める。

 しかし、その躍り出た彼の命運は、そこで尽きる事になった。

 這い出た影が、突如弾けるように飛びあがり、彼の身体を覆った。
 みるみる内に身体が飲み込まれ、黒い粘着性の液体のような影が青年“だったもの”を吐き出した。
 力なく飛ばされた青年を避け、人混みが割れる。

「――ひ……っ!」

 誰の声が皮切りになったのか、その青年の残骸を見た人々の口からは、悲痛な叫び声が生まれた。
 大きく目を見開き、口を開いた彼の身体は交差点上にあった女性と同じく土気色に染め上げられ、更に青年の口から、再び“それ”は這い出た。
 数が増えたのだ。

 這い出た黒い何かが、割れる人混みを次々と襲い、その数を着実に増やしていく。

 それはまるで、人が食われていくような光景だった。

 そんな光景をビルの上から眺めていた一人の男が、苦虫を噛み潰した様に顔を歪めていた。

「まったく、悪趣味な光景だ……」
「フフフ、何を言っているんですか。これは必要事項……。貴方のお眼鏡に適わないのは残念ですけど、大事な大事なコース料理の前菜ですわ」

 筋骨隆々の男。
 軍服にも似た服を着ていた短髪の男に、黒いローブにフードを被った女が隣りでクスクスと嗤いながら口を開いた。

「まぁ良い。骨のある奴が来たら俺が出る」
「えぇ、ご期待してますわ、“ファング様”」







 ――同時刻、IO2東京本部。
 突発した事態に、IO2本部はかつてない程の慌ただしさに見舞われていた。

「報告します! 現在、渋谷にて大量の詳細不明の“何か”が現れ、次々に人を喰らっているとの事です!」
「チッ、そっちもか!」

 指揮官の元へ次々と上がる報告に、指揮官は舌打ちをして返事をした。

「現在渋谷駅周囲五キロへの侵入を封鎖し、警察とも連携を取っています! しかし、マスコミの規制は……!」
「動画サイトにアップされてます! しかもあっちこっちからです!」
「クソ! エージェントは至急、第三級戦闘装備を携帯してバスターズと共に現地に飛べ! 生存者の保護を優先し、標的の正体を探るんだ!」

 怒声の響き渡ったIO2東京本部は、混乱の渦中に投げ込まれ、その機能を失いつつあったが、最優先事項に基づいた判断を下すのであった。

 騒がしかった司令室から蜘蛛の子を散らすように人が散った所で、司令官である男の耳に、軽快な乾いたノック音が届いてきた。

「誰だッ! この忙しい時に――!」
「――何事ですか?」
「と、統括管理官殿! 失礼しました!」

 姿を現したのは、上原 楓。
 茶色く長い髪を真っ直ぐ降ろし、目には四角いフレームのない眼鏡をかけている。妖艶な雰囲気を纏った彼女は、部が違ったとしても名も知られ、その権力はかなり上層部に近しいものであった。

「気にしないで。それより、何があったのですか?」
「えぇ、これが報告書類です」

 司令官が一枚の写真が写り込まれた報告書を楓へと手渡した。

 報告書には、現在渋谷で起きている怪奇現象とも呼べるその光景の写真が数枚と、黒い“何か”が映り込んでいる。
 飲み込まれた人は次々に絶命し、その身体から新たな“何か”が生まれ、次々増殖していると書かれていた。

 事件発生から僅か十分足らずの報告書には、その被害者の数と思しき数字が刻まれているが、ネズミ算式に計算した数字がそこに書き込まれていた。

「……一時間で、このままだと三千人以上が……ですって?」
「既にエージェントとバスターズには第三級装備を持って事に当たらせています」
「……そう、ですか」

 楓がそう言って踵を返し、司令官には見えない様に僅かに口角を吊り上げた。

「……良い機会ね。“材料”が揃っているなんて、ね」

 楓の呟きは、誰の耳に届くでもなく、その場の虚空に消え行った。







◆ ◇ ◆ ◇






 ――事件発生から二十分後。

「――チィッ、分かった。増援に回る」
「どうされました?」

 大きな黒塗りのバンを鬼鮫が運転し、五人を乗せて走っていた車。
 電話を切った鬼鮫が近くにあったパーキングに車を停車させた。

「勇太。俺とチビネコを連れて渋谷まで飛べ」
「な、何をいきなり……」
「渋谷で手当たり次第に民間人が襲われている」
「えっ……?」
「黒い液体状の何か、とは言っていたが、まず間違いなく人外だ。IO2で対処しているらしい」

 鬼鮫の言葉に、凛がある事を思い出し、エストを見つめた。そんな凛に応えるように、エストも静かに頷いて応える。


 凛とエストが思い当たったのは、凰翼島の事件であった。
 エストが島の中で起きていた異変に気付いた時、同じような形状をした魑魅魍魎が大量に発生した事があった事を、エストは凛にも話していた。

 幸い、島内は人口も少なく、その被害が表沙汰になる事はなかったが、その見た目の特徴と、手当たり次第に人を襲うという点では同じであった。


「鬼鮫さん、私と凛も行きます」
「相手は何か分からねぇんだぞ。付いて来たっておまえらじゃ――」
「――恐らく、魑魅魍魎が何者かに操られているのだと思います。凰翼島で、私もそれと同じ特徴のモノを祓いました。私と凛なら、難なく対応出来るでしょう」

 エストの言葉に、鬼鮫は逡巡する。

「……仕方ねぇ。そう言うなら任せるぞ。勇太、行くぞ」
「あ、あぁ!」






◇ ◆ ◇ ◆





 現時刻、渋谷駅前。

 勇太達は姿を現して早々に黒い魑魅魍魎に襲われ、凛がそれを祓って霧散した。
 眼前の光景に、勇太は言葉を失った。

 土気色になった人々は倒れ、交差点を走り抜けようとした車が接触し、大破。近くのビルにも車が突っ込み、ビルからは煙も上がっている。

「……なん、だよ……これ……」
「オラ、しっかりしろ。お前は生きている人間を探せ! エスト、凛! チビネコと一緒にこの辺りを一掃出来るか?」
「チビネコって言わないで下さい! 護衛はします」
「時間はかかりますけど、二人なら恐らくは。凛、行けますか?」
「はいっ!」

 凛もまた、心の中では目の前の光景に打ちひしがれそうではあったのだが、自分を奮い立たせる。
 こういう思い切りの良さは、女性らしいと言うべきだろうか。

 そんな凛の強さを目の当たりにした勇太は、何とか気を立て直して自分の両頬を叩いた。

「一時間後にここに戻るよ! 何かあったら強く俺の名前読んで! テレパシーで多分気付けるから!」
「はい!」
「鬼鮫さんはどうする?」
「俺は、どうやらご指名みたいなんでな……」

 鬼鮫のサングラス越しの鋭い眼光が、交差点に立つ男を睨み付ける。
 その先にあったのは、ファングの姿だった。

 虚無の境界の戦闘狂と呼ばれるファングの情報は、鬼鮫の耳にも入っていた。

「勇太、気を付けろ。今回の件は虚無の境界による仕業だ」
「――ッ、何でそんな事……!」
「あそこにいるのは、虚無の境界の実力者、ファングです。工藤 勇太、貴方は一刻も早く、生存者の救出を。こちらは鬼鮫さんに任せるべきです」
「そういうこった。さっさと行け、勇太」
「……ッ、すぐ戻るから!」

 勇太がテレポートを使ってその場から消え去ると同時に、鬼鮫は刀を抜き、ファングに向かって駆け出した。
 その動きを見たエストと凛が鬼鮫に追走し、魑魅魍魎を次々と祓っていく。



 余談ではあるが、凛は護符を使い、エストは光を放って対処する。
 凛の力はエストの様に圧倒的な量を持ち合わせてはいない為、護符を使って力を調整して戦う事を主流にしている。

 力を宿し、武器として使用する事で温存する。

 その戦い方を教えたのはエストであり、その方法を実践したのは、凛の母親だったと聞かされていた。



「虚無の境界のファングだな?」
「ほう、鬼鮫か。退屈せずには済みそうだな」

 互いに圧倒的な威圧感を放ちながら、鬼鮫とファングが対峙する。







「あらあら、行っちゃいましたねぇ……」

 黒いローブにフードを被った女がファングと鬼鮫達を見つめながら小さく呟いた。

 女がスッと手を差し出し、それに答えた魑魅魍魎達が動き出す。
 クスっと嗤い、小さく口を開いて呟いた。

「散ったのが一人じゃ、退屈ですけどね……。ね、盟主様?」

 女の後ろに忽然と姿を現した、一人の女――。

 ――巫浄 霧絵は、その言葉に口角を吊り上げて答えた。

「久しぶりの再会、といきましょうか。工藤 勇太……」




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