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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【転機・5】 +



 鼻につく薬の香り。
 包帯だらけの身体の下には無数の傷が存在していたけれどこれもまた勝者の証。
 痛みはあれどそれは誇り。
 立ち向かい、抗った先の結果。
 これは俺――工藤 勇太(くどう ゆうた)の物語。


「カガミー、りんご」
「ウサギ型でいいか」
「やっほーい!」
「ほれ、食え食え」
「あーん」


 さて現在、例の研究所の一件が終わり俺が運び込まれた先の病院にて見舞い?にきてくれたカガミにりんごを剥いてもらっていたりする。満身創痍の俺は両手が動かす事が出来ないので、相手に思い切り甘えまくりの強請りまくりで、カガミもまたそれなりに対応してくれるものだからついつい調子に乗ってしまう。
 口元に運ばれてきたリンゴをぱくりと銜えながら俺は幸せそうに咀嚼する。カガミもまた剥いたばかりのリンゴを自分の口の中に放り込んでいた。


「カガミ、カガミ」
「ん?」
「カガミー、キス」
「ん、ほい」


 つい、という言葉がある。
 うっかりという行為がある。
 リンゴを強請る要領もといそのままのノリでキスを求めてしまった俺に対してカガミは何の躊躇も無く唇を寄せ、簡単に触れ合わせてきた。一瞬にして自分の失態に気付くとぼんっ! という音が出る勢いで顔面が真っ赤に染まりあがり、俺は枕へと自分の顔を押し付けもだもだと暴れだす。
 俺が入院している部屋は個室ではない。共同部屋だ。自分の他に数人一緒に入院している部屋で先程の発言などしてしまった日には枕ではなくむしろ土に埋まりたくなるというもの。
 幸いにも検査や休憩部屋に行っている人が多く、更に自分のベッド周りにはカーテンが引かれていたため視界的には周囲から隠れていたが……「どうか残っていた人達が俺の言葉を聞いていませんように」と今はただ祈るだけ。


「あのさ、カガミ」
「おう」
「俺お前に話したい事があるんだ」


 やがて落ち着きを取り戻した頃、俺は枕から顔を起こしちらっとカガミへと視線を向ける。
 その先の人物は自分が剥いたばかりのリンゴをしゃりっと齧りながら手を平行に滑らせた。ピンッ――っと何かが張る様な気配がして俺は目を丸める。カガミはリンゴの最後の一片をウサギ型へを剥き終えるとそれを遠慮なく自分の口へと運んだ。


「空間遮蔽をした」
「え」
「今からお前にとって重要な事を話すんだろ。それをうっかりでさっきのキスみたいに言われても困るし」
「う、っぐ……」
「今此処の空間は外部の物音は聞こえても俺たちの声は出て行かない。カーテンが境界線だから出たい時は勝手にやってくれればいい」
「お、おう。分かった」


 キスについてまだ突っ込むか、と内心また顔を赤らめそうになりつつも俺は上半身を整えながらベッドにしっかりと座る体勢を取る。下半身には布団が掛かっており温かい。
 こくりと唾を無意識に飲み込むと、俺はゆっくりと口を開く。


「俺がどんな俺になってもお前は許してくれるかな」


 例え<迷い子>ではなく、前を見てがむしゃらに生きる人間になったとしても「案内人」は傍に居てくれるのか。
 これから話すのは俺の決意の話。
 その結果、カガミにとって「工藤 勇太を導く」という役割を終えるのではないかと危惧しながらやんわりと目を閉じ、俺は語りだす。


「今回の件で俺は研究所の連中と改めて戦う事を決めたんだ」


 カガミがどう反応するのか。
 視界を閉ざした俺には何も見えない。感応能力もわざと抑えて、ただただ言葉を紡ぎ続けた。


「もちろん俺一人じゃやれる事に限界が有るって言うのは知ってる。だから以前から耳にしていたある機関に身を置こうと思うんだ。そういう組織的なもんって、やっぱ研究所とどこか重ねちゃって今まで敬遠してたんだけど……でも今考えればそこに行くのが一番良い気がするんだ。そこの事は――話さなくてもカガミはどんな機関か分かるだろう?」
「……ああ、そうだな」
「少なくとも俺がそこに身を置く事にとって不利益じゃないとは思う。なんせそこは超常現象に関しては出来るだけ民間に害を及ぼさないように、という理念を持って動いているところだから。――でも、今すぐっていうわけじゃなくって自分を支援してくれている叔父の事もあるからさ、其処に行くのは高校卒業後にするつもり。向こうだって俺を受け入れてくれるかも分かんないからこの計画ももしかしたら駄目になっちまう可能性はあるんだけど」


 怪我をした手で布団をぎゅっと握れば痛みが走る。
 それを見たカガミが今まで座っていたパイプ椅子から立ち上がり、ベッドの脇へと腰を下ろして手を外した。二人分の体重を受け止めたベッドがぎしりと音を立てて揺れる。一層近くなったカガミの存在を感じながら、俺はまだ終わっていない話の続きを語り始める。


「俺、本当に色々考えたんだ。最初こそ『一般人』に拘ってたんだけど――やっぱり俺が持つこの能力って無視出来ないものだと思う。持っている以上使用に対してそれなりの責任が付きまとうし、ただ力を使って逃げてお終いだなんて出来ないだろ。だったら、って思ったんだ。それだったら俺は自分のこの能力を活かす道を歩もうと心に決めた。それが例え周囲から『工藤 勇太』の存在が消えてしまう結果になってしまったとしても俺が俺である事には変わりないから――」


 寒いわけじゃない。
 けれど声が、身体が無意識の内に震える。
 この言葉はカガミにどう届いているのか知りたい、でも知りたくないという二律背反が心を襲う。繋いでくれている手は温かいけれど、この温かさがいつかは消えてしまう事を最初から知っていた。
 「案内人」は<迷い子>を導く存在。
 既に『迷い』を失った俺にとって彼はどんな存在なのだろうかと――気になって仕方が無い。けれど俺の人生は俺にしか選べず、彼がレールを敷くべきものではないことも俺は重々承知していた。


「研究所に対抗できる組織があるって聞いた時は正直驚いたんだぜ。でもさ、そういう組織を後ろ盾にして自分自身も更に向上して、そして自分のこの特殊な能力をその組織を通して誰かの役に立てる事が出来るんだったら――俺が昔願っていた『平穏な生活』とは遠くなっちまうけれど、それはそれで俺も幸せになれるかもしれない」
「勇太」
「人は皆歩むべき道があって、選ばなければいけない選択の時があって、それら全部同じ道じゃないって俺はもう身に染みて思い知ったからさ」
「――『選んだ』んだな」
「ああ、『俺が選んだ』」


 助言こそあれど、最終的に決断を下したのは紛れも無く自分。
 そこに迷いは無い。


「――カガミ」


 目を伏せたまま俺は傍に居るであろう相手の名前を呼ぶ。
 静かに、願う、その存在。
 <迷い子>ではない俺は彼にとってどう見えているのか――それだけが唯一の『迷い』。心臓が早鳴り、俺は口付けを強請る。


「勇太、どうかお前は笑っていて。それが<いずれ忘れられる俺>の願いです」


 その言葉はまるで呪文。
 唇に触れる柔らかな感触と共に急速に訪れた眠気に抗えず、俺は意識を手放した。



■■■■■



 とある案内人達の会話。


「人の一生を共に過ごした事があるね」
「人の一生を共に過ごした事があった」
「僕らを伴侶とし、住処を変え、外見を変え――僕らは最後まで一緒だった」
「愛しいと囁きあい、身を委ね、望むがままに望む居場所を与えた道も過去にはあった」
「カガミ、君は一体何人存在するの?」
「スガタ、お前は一体何人存在してるのか」
「僕らに課せられた運命は多種多様。<迷い子>に作用されない存在でありながらも、彼らに揺らされ続ける」
「俺達は平行世界の中で同じ人物と同じように出逢っても、愛し合ったり憎みあったりと結果を違(たが)う」


 そこは彼らの住処。
 戻るべき最初の地点。
 過去でもなく現在でもなく未来でもない、ただの点のような場所。
 二人背を寄りかからせながら、同じ姿をする少年達はただただ答えの出ない質疑応答を繰り返すのみ。


「僕らは約束を違える事をしない」
「だからこそ出来ない約束はしない」
「どうか幸せになってね」
「どうか幸せに」

「「 それだけが<多くの存在から忘れられた案内人(僕/俺)>からの唯一の願いです 」」


 これから訪れるであろう複数の未来をカガミはその蒼の瞳で見届けながら、とある一人の<迷い子>が贈ってくれた時計を指先で撫でた。











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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、第五話です。
 決意のお話、ということで若干しんみりしつつ最初の方のうっかりさんにはほのぼのさせて頂きました^^
 今後どういう展開になるのか、どうやって生きていくのか楽しみにしつつ――今回は多くを語らずこの辺で失礼致します。